その自由さだけは見習いたい
ノイモントへ到着した次の日、俺達は早速墓地へと向かう。天気も良好、相変わらず寒々しいが問題無く移動が出来る。
雪で滑りやすくなっているものの、ジナが持ってきていた雪靴で快適に歩くことが出来る。
「ジナさん、ヘレナさんってどんな方だったんですか?」
「唐突だな、ケイカ」
「だって、折角お参りに来たんですからどんな人だったか知っておきたいじゃないですか」
道中、ケイカがジナにそんな事を聞いた。
爺さん曰くお淑やか系らしいけど、俺もよく知らないんだよな。
「そうさなぁ。俺には勿体無いくらい、美人で優しい妻だったぞ。些と問題もだったが」
「問題?」
「人の心配ばかりして自分の事を疎かにしちまうような奴でな。困ってる人を見たら放って置けないんだよ、すぐ突っ走って厄介事に絡まれて……俺も散々振り回されたなぁ」
「本当に優しい方だったのですね」
「怒ると手がつけられなかったがな……マリー以上に」
「あはは、そういう人ほど怒ると怖いですよね」
困ってる人を見たら突っ走るか……レイにそっくりだな。ジナが振り回されるってどんだけ自由奔放だったんだ。
「レイは母ちゃんに似たんだな」
「え……そうかな?」
「そうだな。似すぎて少し心配になるぞ」
「うんうん、レイはもう少し落ち着いたほうが良いぞ」
「お前もだ、ハナ」
「えー……」
心外だな。俺は割と落ち着いてるつもりなんだが。
(元社会人とは思えないほど落ち着きが無いと思いますが)
(オイ! 前世の話はヤメロ! 女の子に転生した男にはご法度なんだよ!)
(すみません……でも、自覚があるならもっと落ち着いて下さい)
全く、セピアにはデリカシーと言う物がない。俺としか話せないからいい物の、正論は時に人を追い詰めるのだぞ!
ぷんすか怒っていると、後ろを歩いていたイルヴィラさんが近づいてきた。
「ハナさん、少しいいかしら」
「ん? どうしました?」
「あの岩の影……私達の後を付けてる者がいるんだけど……」
「えっ? それマズイんじゃないですか? 早くジナさんに伝えなきゃ」
「あ、いや、そうじゃなくてね」
何処と無く歯切れが悪い。どうしたんだ一体。
振り返ってみると、岩の影から兎の耳がぴょこっと飛び出ている。なるほど、イルヴィラさんが苦笑いしている理由がわかった。
「なにやっとるんだアレ……」
「追い返すのも可哀想じゃない? どうしましょう」
「別に付いてきても特に面白い事は無いんですけどね」
イルヴィラさん、可愛い物に弱いのかな? 昨日もケイカの横で物欲しそうに見てたし。
俺はぴょこぴょこ揺れているライズの耳に近づいて、軽く引っ張った。
「いだだっ! 何してんですかアナタ!!」
「それはこっちの台詞だ。なんでついてきてんだよ」
「だって気になるじゃないですか、その匂い」
「匂いって……そんな事に為につけて来たのか」
「我々ライズにとっては重要な事なんです!」
まさか、そこまでの熱意があるとは……少し怖い。
「宿はどうしたんだ宿は」
「大丈夫です! どうせ人来ないし」
「その自由さだけは見習いたい……いや、やっぱ見習っちゃダメだわ。早く戻りなさい」
「そんな、今戻ってもただ叱られるだけじゃないですか。その香りの原因だけでも突き止めないと割に合いません」
なんでそんな行動力あるのよ……というか、叱られるってわかってるならやめなさいよ。
俺とライズで話していると、前を歩いていたケイカ達がこっちに寄ってきた。
「あれ? なんでライズがこんな所にいるんです?」
「ライズ、ライズと言わないで下さい、僕にはラ・ミルと言う名前があるんですよ?」
「ラ・ミルもライズも似たようなもんだろ」
「酷い!」
小さな手足をバタバタさせ怒っているラ・ミル。くそっ、少し可愛いと思ってしまった。
そのままなし崩し的に、と言うよりケイカが無理やりラ・ミルを引き連れる事になった。
歩くこと数分、ラ・ミルがケイカに触られつつも、ひたすら俺に香水の事を聞いてくる。
「それで、その香水はどうやって作るんです?」
「家に戻らないと出来ないぞ。ユーリ……庭で育ててる花が原料だからな」
「そうですか……」
「うーん、ふわふわです。このまま連れて帰りましょう」
「ダメダメ、お前普段家に居ないだろ。世話するの俺になるんだからやめときなさい」
「ペット扱い!?」
ボタンを制御するだけで手一杯なのに、こんな自由な奴家に入れたら大変だ。
見ろ、ボタンの奴、今もこうして頭の上でバシバシ叩いてくるんだぞ。恐らく俺がラ・ミルにかまけてるから気を引いているんだろうが、普通に痛いからね?
「落ち着けボタン。抱っこしてやるから叩くのをやめなさい」
「頭に乗りながらポカポカ叩くなんて、器用ですねーこのスライム……アイタタタ、耳を引っ張らないで!」
ラ・ミルの耳を引っ張りつつ、俺が腕を出すともぞもぞ移動するボタン。やれやれ、やっと落ち着いたか。一息つくと、ケイカがラ・ミルに質問する。
「ラ・ミルさんはカフさんの親戚なんですか? 名前の最初が一緒ですし」
「いいえ、『ラ』というのは族名ですよ。ラ族のミルって意味です」
「裸族?」
「なんかニュアンスが違う気がしますが……ここにいるライズは全員『ラ』の者です」
「他にも種族がいるんですか?」
「はい、他にもロ族やミ族など、この国だけじゃなく、他国にもいるんですよ」
ライズにも色々いるのね。知能も人並だし、これだけ聞いてると魔物じゃないみたいだ。
まぁ、宿を開くくらいだからもはや人と変わらんか。
「ジナさんは他のライズに会った事あるんですか?」
「あるぞ。例えばロ族はここと違って暑い地域に住んでるライズでな、毛が薄くて灰色の毛色をしているんだ」
「ミ族は耳が長いんだよね」
「よくご存知ですね。ライズ博士ですか?」
「そんなしょうもない博士いたら見てみたいわ」
「しょうもない!?」
「ほら、そろそろ着きますよ。そんなしょうもない話はやめて下サイ」
「しょうもない!!?」
そんな他愛ない話をしつつも、俺達は墓地へと辿り着いた。
てっきり墓石がズラッと並んでいるのかと思いきや、見る限りそのような物は見当たらない。
あるとすれば、目の前にそびえ立っている不格好で大きな緑の石だ。
「あの、ジナさん。お墓って何処にあるんです?」
「何処って、目の前にあるだろう。あの大きな石がそうだよ。あの下に埋葬されているんだ」
「うええ!? 一人のお墓にしては随分と立派ですね」
「ハナ、何か勘違いしてるみたいだが……彼処に埋まってるのは俺の奥さんだけって訳じゃないぞ?」
「え?」
ジナが言うには、あの大きな石の下にはヘレナさんの他、このノイモントで暮らす人達全員のお墓って扱いらしい。
元々、ヘレナさんの故郷がこのノイモントだったらしく、埋葬するなら故郷にしてくれとジナに頼んでいたそうだ。
「大きいですねぇ。濁った緑色が異彩を放っています」
「苔でも付いてんのかアレ」
「あの石は元々そういう色なのよ。魔除けの役割もあるらしいけれど」
「でも、ライズは近づけるみたいですけど」
「そもそも、私達ライズも埋まってますからね、あそこ。私のひいお爺さんも一緒に入れて貰ってます」
「ま、まぁ、あくまで悪いものを近づけないという迷信よ」
うーん、確かに神秘的と言うか、何処か荘厳な雰囲気は感じるけど。やっぱり苔生えてるようにしか見えない。
「レイ、いつも墓参りって何してるんだ?」
「特に変わった事はしてないよ。顔を見せるだけでも喜んでくれるって父ちゃん言ってたし」
別段変わった様子も無く、笑ってレイは答える。
前世だと幽霊なんざからっきし信じて無かったけど……こうして転生なんてさせられて、実際に幽霊みたいな状態のケイカと話した後だと、本当に魂ってあるんだなって思ったよ。だからこうして墓参りして偲ぶのも、無駄じゃないのかもな。
俺は緑石の前まで来ると合掌し、目を瞑る。
「ハナさん、何してるんですか?」
「んー? こうして手を合わせてな、目ェ瞑って祷ってるのさ。こっちの……この辺の人はやらんのか?」
「そうですねぇ、あんまり聞きません」
ケイカはそう言いながら、俺に倣って手を合わせ、目を瞑る。
そう言えばケイカの親父、墓を作ってやらなかったな……ケイカも落ち着いたらで大丈夫だって言ってたけど……少し可哀想だし、帰ったら簡易的にでも作ってやろう。
隣を見れば、レイも何故か合掌している。俺もガキの頃、訳も分からず真似してたな……そういえば。更に隣では、ラ・ミルが小さな手を合わせている。
「僕もやってみます……ふうむ、なんか文化人になった気分ですね」
「ライズがやるとエサねだってる動物みたいだな」
「そんな意地汚く無いですよ!」
あまり黙祷で出すような雰囲気では無いが、母親に見せるなら暗いよりは明るい所を見せた方が良いよな。
朗らかで緩い空気に包まれながらも、俺達はしばらく大きな緑石に祷っていた。




