この世で一番優れた呪術師
少し仕事の方が忙しかったので、更新が空いてしまいました。申し訳ありませんでした。
王都ストレチア。ストレチア王国の中心となるこの都では今、黒い魔物騒動で厳戒態勢を敷いている。
ハナがノイモントへと着く少し前、王都の近くで巨大な魔物が出現した。何の前触れもなく突如現れた魔物に、王都は一時騒然となり、混乱と恐怖に包まれている。
「――以上です。カルミア様」
「うん、ご苦労さま。わざわざディゼノまで出向いて大変だったでしょ。ほら座って座って。美味しい紅茶にクッキーもあるよ」
「結構です」
「つれないなぁ」
そんな喧騒の中、王都内の一角にある屋敷にて気の抜けた会話をする者たちがいた。
背丈の小さい少年。金色の髪から出る耳は主張するように尖っている。カルミアと言われた少年は、片手をぶらりと下げながら、のんびりと菓子をつまんでいる。
「あの子、逃げちゃったんだねぇ。帰る所なんて何処にも無いのに。えーと、なんて言ったっけ」
「ルーファです。先程お伝えしたばかりでしょう」
「そうそう、それね。誰だか知らないけど僕が折角掛けた呪い解いちゃってさぁ。……なんで呪いなんて掛けたんだっけ?」
「『幸薄そうだし生きてても辛いだけだろうからねぇ、引導を渡してあげよう。何、老婆心って奴さ。ハッハッハ』と、ノリノリでやっていたではありませんか」
「ありゃ、そうだったかな? 金縛りの呪いはしょっちゅう掛けているからねぇ」
ハハハと、無邪気に笑うカルミア。
目の前に立つ黒いローブを羽織った女性は、そんな彼に淡々と答えていく。
「そうですね。お陰でカルミア様が無駄に購入する茶葉代も苦にはなりません」
「ハッハッハ、そうだろそうだろ? 呪いの対象がくたばったら手元に即金が入るんだぜ? こんな楽な稼ぎも無いよねぇ」
「つい先日、失敗したばかりですが」
「う……うるさいよ。まさか僕より魔力の濃い奴がいるなんて思わないじゃん。しかも解呪までしてくれちゃって」
呪いが解けた事は、解呪が為された時点で術者へと伝わる。その慣れない感覚に、カルミアは少し戸惑っていた。
今まで、カルミアの呪いを解いたものはいない。カルミアは遥か昔に、自分以外の呪術師を根絶やしにしていた。それ故に、今の時代では解呪の呪文を正確に知っている者は少ない。
呪術師と言うスキルは、今やカルミア以外にはまともに扱えないのだ。
「で、君の部下とやらはどうしてるの?」
「現場を見られた相手を始末すべく、既に行動へ移している様ですが」
「ですが……って、君の部下だろう。ちゃんと面倒見なよ」
「始末出来なければ――私が貴方達を始末します、とは言いましたが」
「こっわ、ボスがイキり散らすとか部下は苦労するねぇ」
カルミアは挑発するようにやれやれと手を上げるも、女性は気にも掛けない。
「ま、そいつらはどうでもいいや。僕としては、ルーファちゃんの呪いを解いた奴を追って欲しい所かな」
「現場を見たと言われる人物と同一では?」
「子供なんでしょ? 子供が解呪なんて古い魔法、知ってるとは思えないけどねぇ。ま、それを言ったら僕も永遠の美少年なんだけどねぇ」
「子供……ですか。貴方が」
女は初めて、表情を顕にする。
眉間に皺を寄せ、わざとらしいため息をつくのを、カルミアはニヤニヤと見ていた。
「では、解呪を行った者を捜索すればよろしいのですか?」
「うーん、ルーファちゃんの後を追えば自然と会えそうだけどねぇ。でも、今はそれどころじゃないし」
「黒い魔物、ですか」
「うん、全く以て迷惑な話だよ。何も王都の真ん前に出さなくたって良いじゃないか、ルコの奴め。実験ならよその国でやって欲しいよねぇ」
「知りません」
「はあ……君はもう少し会話を楽しんだほうが良いねぇ」
ため息混じりに、ぶつぶつ文句を言いながらカップへと口を近づける。
暫くの沈黙が続いた後、カルミアは思い出したかの様に女性へと告げた。
「そう言えば君が居ない間に、訪問者が来てねぇ」
「……」
「誰だか知りたい?」
「いいえ、別に」
「誰だか知りたい?」
女性の言葉へ被せる様に、カルミアは問う。
目を逸らすも、じっと見てくるカルミアに、女性は根負けし、尋ねる。
「……はぁ、どなたです?」
「うんうん、素直でよろしい。ルコのペットが先日尋ねてきてねぇ」
「アウレア様、ですか。以前お会いした時は、『二度と視界に映るな』とえらく嫌われていましたが」
「ああ、自分から来た癖に開口一番クソチビ扱いさ。これだから獣は。崇高だの荘厳だの言われる幻獣なら、もっとスマートに話せないモノかねぇ」
カルミアは愚痴っぽく言っているが、殺伐とした雰囲気だったであろう状況はそこに居らずとも容易に想像がつく。その場に居なくて良かった、と女性は内心思いつつ聞いていた。
「あいつ、ノイモントに用があるらしくてね。向かうついでにって、ルコが僕に伝言を寄越したのさ」
「伝言?」
「『一生引き篭もってろ陰キャクソニート』、だって」
「……」
恐らくそのままの意味でなく、アウレアの私怨が9割程こめられているのだろう。一体アウレアに何をしたのか。
「嫌われ過ぎでは?」
「伝言もまともに出来ないみたいで悲しいよ。要は、あの黒い魔物には手を出すなって事らしい。僕ん家の目の前に出しておきながら、良く言うよねぇ」
「良く伝わりましたね、それで……」
「ルコとは付き合いが長いからねぇ。それはもう、君が生まれるずっと前からだよ? マブダチなら、ある程度フィルタが掛かってても分かるものさ」
「……ただの暴言ではないですか?」
「あれはペットなりのスキンシップだよ。可愛いもんだねぇ、あの獣は誂い甲斐がある。話していてとても楽しいよ」
カルミアに敵が多いのも、その性格のお陰であるのだが。そんな事はつゆ知らず、カルミアは満足そうに笑っている。
アウレアがノイモントから帰ってこない内に退散しようと、女性は心の中で決心した。
「ノイモントへ何しに行くかは知らないけど、随分怖い顔をしていたよ。ケジメを付けに行くとは言ってたけど」
「ケジメですか。たしか彼処は幻獣の住処となっていましたね。確か――」
「彼処にはねぇ、狐の害獣が引き籠もってるんだよ。懐かしいねぇ、あいつも良く僕の邪魔をしてくれたねぇ」
「カルミア様にだけは引きこもりと言われたく無いでしょうね」
「ハハハ、手厳しいねぇ」
数十年前からモント山の守神となった狐の幻獣。話だけは聞いていたものの、実際にいるのかすら怪しいとされていた。
だが、カルミアの様子からしてそれは真実だったようだ。いつも屋敷にいるのに、一体どこからそんな情報が入るのか、ローブの女性は不思議でならなかった。
「はー、どうせなら相打ちして死なねーかなぁ」
「身も蓋も無いですね」
「だってあの女狐は一々説教してきてウザいし、ルコのペットも中途半端で見てられないんだよねぇ。根は善人な癖に悪ぶっちゃって。見ててムカつくんだよねぇ」
「先程、話してて楽しいと言っていたではないですか」
「味方である以上仲良くしなきゃねぇ。――おっと、そろそろ時間かな」
持っていたカップを静かに置き、カルミアは立ち上がる。
「何処に向かわれるのです?」
「んー? 冒険者ギルドだよ。半年前からぶいぶい言わせてる凄いヤツがいるらしくてねぇ。そいつが黒い魔物を討伐するらしいから、僕も見物しに行くのさ。ああ、そのお菓子片付けといてね」
「珍しいですね、茶菓子を購入する以外で外出するなんて。でも、よろしいのですか? 黒い魔物はルコ様から手を出さない様に言われているのでは?」
「興味があるんだよ、その凄いヤツにねぇ。なあに、少し見てるだけさ。それに、僕みたいな美少年がずっと屋敷に籠っているのもなんだしねぇ。少しは表に出てちやほやされたいじゃないか。久々に女の子とも遊びたいし!」
「はあ」
「ハッハッハ、さぁ行くぞ! エルフ随一の美少年であり、この世で一番優れた呪術師、カルミア様がご出立だ!」
楽しげにスキップで外へと向かうカルミアを、黒ローブの女性は無機質ながらも何処か呆れたような目で見送る。
王都の張り詰めた空気に粗ぐわぬ陽気さで、カルミアは冒険者ギルドへと向かうのだった。