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美少女になりてえよなぁ  作者: 釜蔵
彼岸花は一期を尊ぶ
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獣相手にも美少女スマイルは欠かさない

 宿へと着く頃にはもう日が落ちていた。

 ルマリに居た時は満天の星空が見えたものだが、ここは少々暗い。どうやら、雲がかかっているようだ。雪、降ってるくらいだからな。

 うう、さぶさぶ。まさか雪道歩く事になるとは。



「さぁここだ。入るぞ」

「おおお、一番お高い所じゃないですか! さっすがジナさん、サイ高です!」



 外観は宿……と言うより旅館だった。屋根には雪がつもり、如何にも箱根辺りにありそうだ。ジナが扉をガラリと開け、中へと入っていくので、俺達はそれに続く。

 ――おお、広いぞ。内装もこれまた和風で、入った時に仄かな木の香が安心させてくれる。些と防寒対策が出来ていないようで肌寒さは残るが。

 そこに、一匹の毛玉……ライズがこちらに近づいてくる。



「まぁ、ジナさん。狐福こふく荘へようこそいらっしゃいました」

「カフさん、2年ぶりですね。今回は少し人数が多いんですが、大丈夫ですかね?」

「ええ、部屋は空いておりますよ。いつもより降雪が早いせいか、冒険者の方が少なくて。まぁ、元々この時期は少ないんですけどねぇ」



 そう言って目の前のライズはくすくす笑っている。ううむ、未だに慣れない。きぐるみが喋ってるみたいだ。

 顔は結構可愛いんだが……やっぱ真ん丸なのは違和感があるぞ。クレーンゲームで取りやすそう。

 女将さんっぽいライズが手をポフポフ叩くと、奥から数匹のライズが出てくる。



「皆さん、お客様の荷物をお願いしますね」

「はい! お任せ下さい!」



 返事をしたライズがジナへと近づき、持っていた荷を持ち上げる。割と力はあるんだな。その辺はやはり魔物なのか。



「出迎えに荷物持ちとは凄い待遇です!」

「そうか?」

「そうですよ! 普通こんな親切じゃありませんよ」



 普通は冒険者が一時的に使うだけだからな。ビジネスホテルみたいな物だろう。

 荷物を運ぶため近づくライズに、ケイカがちょっかいを出している。


 

「あ、あの、ライズさん。お耳を触らせてもらってもよろしいですか?」

「よろしくないですダメです」

「じゃあ体の方のふわふわだけでも……」



 仕事の邪魔してやるなよ……確かに触り心地は良さそうだが。お、俺にも来た。こうしてみると愛くるしくて女子供には人気が出そうだ。魔物という括りにするには些か憐憫の情が湧く。

 ま、俺の方が愛くるしいんだけどな。獣相手にも美少女スマイルは欠かさない。



「始めまして! よろしくお願いしますね、大きなうさぎさん!」

「ご丁寧にどうもありがとうございます、お嬢さん。お荷物、失礼しますね」



 荷物を頭にのっけようとした時、ライズの動きが止まった。



「どうしました?」

「ん? ん? この匂い――」



 くんくんと鼻を鳴らして何かを嗅いでいるようだ。まさか風呂入ってないから体が臭うとか無いだろうな。このくっそ寒い中頑張って体は拭いてたんだぞ。

 ユーリから抽出した香水もバッチリキメてるから問題ないはず……だが。

 そう思っていると、ライズがどんどんこっちに近づいてくる。



「すみません、少し失礼します」

「え、ちょ、おい」

「お、お、おおお、凄い……なんですかこの香りは」



 ライズが顔を擦り付けてくる。抜け毛が服に付くから止めて欲しい。

 引き離そうとライズを押すのだがびくともせん。あっ、めっちゃもふもふだ。

 他のライズから何してんだよーだの早く荷物持てよーだのと言葉が飛んでくる。



「ま、待って。この人凄いんだ。とってもいい香りで――」

「本当? 僕にも嗅がせて」

「私も私も!」

「何だコイツら……おい待て!! ぐおおっ!? 変なトコ触るなっ! ボターン!! レーイ!! 助けろ!!」

「あわわ、大丈夫!?」




 数体のライズに囲まれてもみくちゃにされる。息苦しい……やたらめったらに鼻を押し付けやがって。

 レイと一緒に引き剥がそうと躍起になっている所へ、女将さんっぽいライズが止めてくれた。



「これ、お客様を困らせてはいけませんよ。早くお連れしなさい」

「はい! すみませんカフさん!」



 引っ付いていたライズが直ぐ離れた。助かった……可愛い動物に絡まれる美少女も悪くは無いんだが……大きいからこえーんだよ。



「ごめんなさいね、驚かせてしまって」

「い、いや……気にしないで下さい……」

「ハハハ、随分好かれたな。人懐っこいとは言え初対面であそこ迄スキンシップを受ける事は早々無いぞ?」

「むうう。羨ましいです、ハナさん」



 嫉妬を受ける程大層な事はされてないから……軽くトラウマだぞ。

 何気にボタンはケイカの方へ退避している。こいつめ、ご主人の大事を無視しよって。



「えーと、カフさん? でしたっけ?」

「あら、紹介が遅れて申し訳ありませんね。私はラ・カフ。見ての通り、ライズなの。気軽にカフと呼んで下さいね」

「はい、カフさん。私はハナと言います。助けて頂きありがとうございました!」

「いいえ、むしろ迷惑をかけてしまって申し訳ありません。その分、きっちりサービス致しますので、期待していて下さいね? ハナさん」



 サービスか。と言っても俺が金払ってる訳じゃないからな。貰えるものは貰っとくけど。

 しかし、やたら顔を押し付けて来たが何だったんだ。良い匂いって言ってたから……香水の事か?



「ここは寒いでしょう? 直ぐに部屋へご案内致します。お食事は部屋にお運びしますね」

「お風呂はありますか?」

「ええ、ございますよ。浴場はここを右に出て直ぐです。外にございますので、風邪をひかないようお気をつけて。ぜひ、長旅の疲れを癒やしていって下さい」



 飯付き露天風呂付きとか最高か? いや、日頃の行いが良いからな。これくらいは当然だろう。

 飯をちゃっちゃと食ったら早速入ろうそうしよう。



(ちゃんとゆっくり噛んで食べないと胃に悪いですよ。ライズの主食は野菜ですので、しっかり残さず食べてくださいね)

(おかん……!)

(違います)



 これをおかんと言わずどうするのか。ああ勿論、食事も楽しみだぞ。旅行は出されるもの全てを楽しまなければ損だしな。

 俺は偶に近寄るライズを退けつつ、部屋へと向かうのだった。


























「ぶはあ゛ぁ゛ぁぁぁ……やべェー……気持ち良すぎて死ぬ」

「きったない声出さないで下サイ」



 俺とケイカ、イルヴィラさんの三人で露天風呂へとやって来た。雪山をバックに、なんて中々乙なものだ。

 カフさん曰く、どうやらちゃんとした温泉らしい。出た後もポカポカで湯冷めし難いそうだ。



「ああ、本当に良いお湯。……護衛として来たものの、こんなリラックスして良いのかしら」

「良いんです! イルヴィラさんは普段から気を張り過ぎですよ。こんな時くらいゆっくりしましょう」



 イルヴィラさんが珍しくうっとりしている。うーん、ケイカと違ってセクシィ。体も引き締まってるし美女と言うに相応しいな。



(セピア、お前は果報者だぞ。俺を通して覗けるんだからな)

(いいえ、見えてませんよ)

(え?)

女神カラー様より私が見える視界を一部弄られておりまして。現在ほぼ謎の光に包まれています)

(謎の光)

(なので、安心して入浴して下さい)

(風呂場で襲われたらどうするんだよ……)



 それ調停者に必要な機能か? まぁいいや俺は見えるし。

 それにな、一々女の裸体に興奮してたらこの先やっていけないんだよ。だからこそ今、慣れなければいけないのだ。

 だから見る。それはもう、穴が空く程。これも調停者としての仕事に繋がるからね。



「おい、イルヴィラさん見てるんだから邪魔すんなケイカ」

「嫌です、目が厭らしい」

「は? 美少女に厭らしいとか言うな。体が貧相だからって言って良いことと悪い事があるぞ」

「体型は関係ないじゃないですか! サイテーです!」



 くっ、ケイカを避けてもケムくて重要な部分が見えん! くそっ負けてたまるかっ!!

 俺とケイカで乱戦していると、入口からガラリと音が聞こえた。誰か入って来たみたいだ。



「あら、賑やかですね。皆さん、お飲み物をお持ちしましたよ」

「カフさん。お見苦しい所をすみません」

「誰のせいですか!! 全く貴方って人は……!」

「ぐおおお……耳をグニグニするな!!」



 湯船の中で暴れるのはマナー違反だぞ全く。ひっつくケイカを無視しつつ、カフさんの元へと向かう。

 これは……なんだろう? 赤っぽい色でフルーティな香りがする。



「カフさん、これは?」

「これはですね、このモント山で取れる野苺を擦り潰して飲みやすくした物ですよ」

「美味しそうです」



 イチゴか、確かに美味しそうだ。甘いのは苦手だが、果物の甘さは好きだな。

 おお、冷たい。露天風呂に冷たい飲み物……最高だな。それでは早速――



「……おお、中々甘酸っぱい」

「さっき食べたばかりなのに何杯でもいけそうです。イルヴィラさんも飲んでみて下サイ」

「ええ、じゃあお言葉に甘えて」



 甘酸っぱいながらスッキリした味わいだ。砂糖の類は入ってないそうなので、コレだけ甘ければ生で食べても全然行けそうだな。

 隣を見れば、カフさんもゴクゴク飲んでいた。



「良い飲みっぷりですね」

「うぷっ……コホン、失礼しました。余りにも美味しそうに飲んでいたのでつい……」

「甘いのが好きなんですか?」

「ええ、ライズは皆、甘い物が好物なんですよ」



 ほー、なるほどな。さっき毛玉共が俺に群がってきたのは香水の甘い香りのせいか。



「それに、この苺は御狐様おきつねさまの好物でもありましてね。このノイモントの名物にもなってるんですよ」

「御狐様?」

「ええ、このモント山の守護獣ですよ」


 

 狐が守護獣ねぇ。そもそも狐と言えばお稲荷さんな認識だが、やっぱ異世界だと全然違うのね。



「守護獣って本当にいるんですか? 以前来た時にここの人から聞きましたけど、誰も見た事が無いって」

「ええ、普段は山頂でお過ごしになられていますからね。滅多な事では下に降りてきませんよ」

「守護獣っていうくらいだから凄い強いんでしょうねぇ」

「それはもう、幻獣ですから」



 ジナが言ってた幻獣か。滅多に降りないって言ってたし会えないよなぁ。ボタンの変化の事聞きたいんだけどな。と言うかそもそも人の言葉喋れんのか?

 イルヴィラさんが、カフさんの言った事に付け加える。



「その守護獣のお陰で、モント山の魔物は大人しいの。まぁ、ライズ達がいれば早々大事にはならないけど」

「イルヴィラさんは山の様子を見に来たって言ってましたよね」

「ええ、本当は春に来ても良いんだけど、ハナさんが困ってるっていうから無理やり仕事こじつけて来たの」

「ぶっちゃけすぎでしょう」



 いや嬉しいけど。嬉しいけど……なんか重い。何故かイルヴィラさんこっち見ないし。何故だ。何故顔を赤らめる。



「御狐様は大昔、各地を転々とし数々の厄災を収めてきました。そんな御狐様が生まれ育った場所がこのモント山なのです」

「なるほど、御狐様にとってここは故郷なんですね」

「ええ、彼女……いや、御狐様は数十年程前から、このモント山に御身を置かれまして。故郷が恋しくなった……にしては、少し閉鎖的といいますか。山頂は御狐様がいらして以来、常に雪氷の世界。近づける者は誰もいません」



 カフさんは何処か寂しそうに語る。そんなヤバそうな幻獣、気にかけんでもほっときゃ良いと思うのだが。優しいおばちゃん? なのだろう。



「じゃあ、もし会ったら言っておきますよ。麓の人……ライズ達が寂しそうにしてたって」

「いやいや、会えるわけ無いじゃないですか。山には入らないってジナさんも言ってましたし。そもそも出会ったら生きて帰れるかどうかわかりませんよ?」

「だって良い幻獣なんだろ? そんなやつが美少女を襲うわけ無いだろ」

「また根拠の無い事言って……」



 御狐様か。どでかい化物みたいなのだったらやだな。どうせなら可愛い方が良いんだけど。

 ライズもこんなずんぐりむっくりだし案外デフォルメっぽい獣だったりして。



「フフ、ありがとうね、ハナさん。もし会えたら、お願いしますね」 

「ん、任せてください」

「ああ、やはりハナさんは優しい……もし私が山へ行った時見かけたら、捕獲してでも連れて来るわ」

「罰当たりか? 出禁になるからやめてね……」



 イルヴィラさん、ノボせているのか知らないが発言が過激すぎる。そういや、結構長く入ってた気がするな。

 ま、これだけ気持ちいいならずっと入っていたい気持ちもわかる。明日も朝風呂だな。

 墓参りが終わったら少しこの街も見てみたい。雪、降らなきゃ良いけど。



「……ぎゅう」



 ……なんか妙に大人しいと思ったら、俺達が話している間、ボタンはずっと蕩けていた。

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