うっかりさんな美少女も可愛い
レクスの群れに遭遇した日の夜。俺はこの世界に来て初めて野宿というものをする。やはりと言うべきか、夜に馬車を動かすのはご法度らしい。
夜行性の魔物が跋扈するのは勿論、暴漢共の件もある。暗く視界が取れない状況での移動は危険だ。そういう訳でこの寒空の下、硬めのパンを齧りながらスープで体を温めている。
「ううむ、質素」
「何言ってるんですか。普通、暖かい物は食べられないんですよ?」
「ま、これも慣れだな。今のうちに沢山体験しておくと良いぞ。安全な旅、なんて早々無いからな」
俺の隣でもっしゃもっしゃと豪快に食べながら、ジナは俺の頭を撫でてくる。やめろっつってるのに。
ケイカ曰くスープがあるだけマシらしい。異次元アイテムボックスみたいな不思議道具は無いみたいなので、馬車が無いと食材も持って来れないみたいだな。
まぁ……悪くない。むしろ、如何にも旅してるって気持ちになれて好きだ。元々美食家でも無いし、こういうのは雰囲気が大事だからな。
スープを飲み干してホッと一息ついたレイは、先程レクスと戦っていたジナの話を持ち出す。
「父ちゃん、さっきの飛びながらぶった斬るの凄かったね!」
「おお、レクス相手ならあれぐらい大立ち回りしても問題ないからな、息子に格好良い所を見せられて満足だ!」
「そんなんでワンちゃんの命奪うなよ……」
「仕方ないさ、奴さん方も本気だったみたいだしな。だが――妙だったな」
「妙だった? ふっつーにボコボコにして終わりだったじゃん」
「ハナは初めて見るからな、気が付かんか」
「だーもう頭を撫でるな!」
またもぐしぐしと頭を撫でられる。豪快に擦りやがって。
「もしだ。俺達が逆に馬車を襲うとしよう」
「ジナ殿……例えが物騒です」
「ハッハッハ、もしもだよ、もしも」
イルヴィラは苦笑いしながらスープを啜っている。衛兵としてはあまり良くない表現だからなぁ……。
「相手は5人、そのうち戦闘員は3人。此方は倍の10人。まだ相手方に見つかってない状態ならまずどうする?」
「んー、数を以て潰す」
「短絡的」
ジナががっくりと肩を落とす。仕方ないだろ、冒険者じゃないんだからパッと浮かばないんだよ。
でも、俺が盗賊なら……そうだな。ジナみたいな強そうなのを相手にするのは避けて、馬車を直接狙いに行くな。だから逃げられないように先回りして逃げ道を――ああ、そうか。
俺が思いついた時には、レイが既に答えていた。
「馬車の周りを囲むかなぁ。人数もこっちの方が多いし」
「そうだな。レクスの狩りもそうだ。取り囲むようにして獲物を追い詰める。だが、今回は違った」
「偶々じゃね?」
「ハハハ、まぁそういう事もあるかもな。だが、大抵イレギュラーには理由があるもんだ」
「例えば?」
「そうだな、例えば――何かから逃げて来た、とか」
怖っ。意味深な事言うなよ。突然変異した魔物が追いかけてくるなんて事は1回やれば十分だ。
「大方アンタに恐怖して錯乱したんだろ。魔物みたいなもんだし」
「魔物言うな」
「その威圧スキルをしまってくれ」
「そんなスキルは無い」
無いのか……ご都合的にありそうだったのに。一体何があって何が無いかわからんな。スキル図鑑とかありません?
(私で分かる範囲ならお伝えします)
(そも神ですら知らないスキルってあるのか?)
(はい、あります。神と言えど完璧ではありませんので)
俺みたいな美少女の体は作れるのにか。種族も全部把握してないって言ったから元より放任主義なのかな。その割にサポート付けてくれたけど。
「確かに、レクスの行動には不審な点も多かったですね。いきなり首を狙いに行ったり」
「いつもと違うのか?」
「はい、普段はもっとネチネチというか、持久戦に持ち込んでくるので。言われてみれば確かに焦っているような行動が多かったですね」
どうやらケイカも違和感を感じていたようだ。
聞けば聞くほどジナが言ってた事が割と有り得そうに感じるな。
「ジナ殿。もし例の黒い魔物であれば……直ぐに冒険者ギルドへ報告しなければなりませんが」
「あーそうだな。と言っても確実にレクスを追いやる魔物がいた、と言う確証も無し。後日改めて俺がマリーに伝えておくさ。イルヴィラ、お前の方は問題ないか?」
「大丈夫です。例え黒い魔物が現れたとしても、必ずや子供達は守り抜きます。ええ、それはもう命に変えても」
「そういう意味じゃないんだよなぁ」
次から次へと問題が発生するな。美少女に対して少し厳しすぎない? もっとあまあまで気楽でも良いんだよ?
俺は最後の一欠片を口に入れ、スープでふやかす。何にせよ、ヤバめの魔物が彷徨いてる可能性がある以上、さっさとここを抜けたい所だ。
「よーし、さっさと寝るぞ! 早く起きてここを速攻通過しよう」
「食べた後直ぐ寝ると太りますよ、ハナさん」
「栄養は全部パーフェクトな頭に行くから平気」
「体には付かないのですね……」
ああ、余計な肉は美少女には不要なのだ。スレンダーでキュートな美少女が良いからな。
その後、俺は直ぐ様寝に入った。夜はジナ、イルヴィラ、ケイカの三人で見張りを回すそうだ。俺はやらない。そういうの免除されるのは子供の特権だからよ。
「ハナさんには朝食の準備をしてもらうので早起きして下サイね? 明日も早いですよ」
「睡眠時間減らすと肌が荒れるから……」
「つべこべ言わない」
そう甘くは無かった。
それから、俺達は2日掛けてノイモントへ向かったが、初日のレクス以外魔物に襲われる事はなかった。杞憂だったな。快適……とは言えなかったけど、馬車から見える移り行く景色は新鮮で、とても印象深い。
ディゼノを出発して三日目の夕方、街が近いのか馬車道も整備されており、揺れも少なかったので馬車の中で寝てしまっていた。日も暮れてそろそろ暗くなるといった所で、俺は目が覚めた。
「んん……」
「お、目が覚めたか。丁度良かった、そろそろノイモントへ着くぞ」
「んあー……ねむ」
「寝てばっかりですねハナさんは」
仕事してないみたいに言うなよ。ちゃんとご飯の支度やら荷物持ちやらやってるんだから。
ふと横をみると、レイが困ったようにこっちを見ていた。
「ハナちゃん、そろそろ……」
「ん? あ、ああ。すまん。重かった?」
「いや、平気」
どうやら思いっきり寄りかかっていたようだ。いや、それどころかがっちりと抱き枕にしてしまっていた。
いかんいかん、完全にバカップルだ。俺はさっとレイの元を離れる。前を見れば、ケイカがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「ご馳走様です」
「やめろ、そんなんじゃない」
「またまたぁ」
目をキラキラさせるな! いつもボタンを抱いて寝てたからすっかり習慣付いてしまった。確かにそんなうっかりさんな美少女も可愛いが……見世物じゃねえぞ!
そこに、御者の椅子にいるイルヴィラが声を掛けてくる。
「ジ、ジナ殿……ふふへっ……もうすぐ門へ到着します」
「なんでお前はいきなり瀕死なんだ。と言うか前見ろ前」
「お気になさらず」
「頼むぞオイ……道凍ってるんだから」
イルヴィラさんが瀕死なのは置いといてだ。道が凍ってる? 俺は言われて直ぐに周りを確認する。
――なんと、辺りは一面の雪に覆われていた。所謂白銀の世界、と言うやつだ。
「えっ!? 雪降ってんの!?」
「今更ですか」
「だって、雪降る前にノイモントへ行くと言ってたからさ」
「ああ、そのつもりだったんだが……例年より降雪の時期が早い。いや、早すぎる。流石にこりゃ予想外だ。ハッハッハ!」
「うげえ、面倒くさー」
さむっ、雪が降ってるとわかったらいきなり寒くなってきやがった。確か荷物にローブが入れてあったな。降りるまでは我慢だ。
俺は手を擦りながらはあーっと手に息を吹きかける。うう、ディゼノに居た時よりずっと寒い。
「なんだ、ハナは雪を見た事があるのか」
「え? ああーっと……はい! 綺麗ですよね、雪って。えへへ」
「何か誤魔化してますね」
「じゃっかあしい。細かい事は良いんだよ」
「父ちゃん、後で触ってみていい?」
「おう、良いぞ。別に危ないもんじゃ無いからな。だが、程々にな」
「はーい」
レイは雪に興味津々だ。そりゃそうか、雪に疎い子供ならあの雪が積もった時のワクワク感を味わうはずさ。
前を見ると、大きな山の麓に壁が反り立っている。ディゼノと言い、こういうのってどうやって建ててるんだろうな……不思議だ。
これじゃ中の様子がどんなかわからんな。ルマリは柵が立ってただけだからわかりやすかった。
あれは登る気にならんな、まぁ山には登らないって言ってたけど。しかし、上から眺めたら景色は良さそうだ。
今直ぐ外に飛び出しそうなレイを抑えつつ、馬車は門へと辿り着く。
「お疲れ様です。不躾で失礼ですが、冒険者ギルドの方ですね?」
「おう、ごくろーさん」
「ジナさんでしたか。今年は早いですね」
「雪が降る前に……なんて思ってたんだがな。まさか雪に先回りされちまうとは」
「ええ、今年は異例の早さですね。まだ本格的に、というわけではありませんが」
門に立っている衛兵さんとジナが親しげに話している。どうやら知り合いのようだ。顔が広いってやっぱり便利だな。
と言っても、一応乗員や荷物をチェックされた。まぁ当然だけど。
無事チェックも終わり、中に入る。街はルマリより整備されており、雪かきしている人が多く見られる。
馬車道はきっちりと雪が避けられている。イルヴィラ曰く、後少し積もってたら馬で牽引出来ずに歩く羽目になっていたそうだ。
まぁ過ぎた事は良いとしてそれよりも……非常~~に気になる、いや、目につく物があるのだ。
「ジナさん……あの毛玉みたいなの、何?」
街のいたる所で、毛むくじゃらのちっこい玉が蠢いているのだ。
ぴょこぴょこ跳ねたり、シャベルのようなもので雪をシャカシャカ除いている。
「あれは魔物だよ」
「魔物!? 大丈夫なんですか!?」
「ああ、彼奴等は『ライズ』と言う魔物でな、簡単に言うと丸っこいウサギだ。人間と共存して暮らしている珍しい魔物だな」
「とっても可愛いんですよ。ハナさんも愛らしい物は好きでしょう?」
ウサギ……? 確かに毛玉から耳っぽい物が主張するように飛び出ているが。
可愛いかと言われると……うーん、微妙。美少女からするともう少し小さい方が。あれ、結構大きいぞ。
馬車から覗いていると、毛玉がぴょんぴょんと雪かきしている人へ近づいていく。
「お疲れさん、手伝ってもらって悪いな」
「いえいえ、持ちつ持たれつですよ。私達も使う道ですから」
喋ってる……毛玉が。しかもめっちゃ礼儀正しい。
「あれ、喋ってるんですが」
「知能も高いからな。普通に話すぞ。だからこそ共存出来るんだが」
「僕も最初見た時びっくりしたよ」
「ええ、他にも共存している魔物はいますが、こうして一緒に暮らしているのはライズくらいでしょうね」
ノイモントへ着いた直後から、俺は異世界にいるんだ、と言う事を再認識させられた。
まさかのっけから驚かされるとは……やるなライズ。




