お出かけ仕様のおませな美少女
ディゼノに着いた日の夜。ジナが予め取ってくれていた宿で夕食を取り、そのまま部屋に向かう。
2人部屋を2つずつ借り、俺とケイカ、レイとジナで分かれた。ボタンは当然俺の部屋へ。ジナが事情を話して特に問題なく入れてもらえたのだ。魔物使いが希少とはいえ、居ないわけではないからな。ただ、ジナという実績のある冒険者の証人が居ないと説明が面倒だが。
そして現在、ケイカと二人で部屋にいるのだが。
「狭い」
「そうですか? 二人部屋の割に広いと思いますよ。こんな良い宿を用意できるなんて流石ベテラン冒険者ですよねぇ」
ちげーよ、ベッドの上だよ。なんでお前俺のベッドに潜り込んできてんだよ。
暖かいけど、折角久々のベッドなんだからのびのびと寝たいんだが。
「明日は早いですから、ちゃんと起きて下サイね」
「毎日ボタンに叩き起こされてるから大丈夫だ」
「出来る従魔ですね」
「出来る従魔はご主人様を叩かないけどな」
寝る時は静かなんだがな。もう少し、加減を覚えて欲しい。
「そもそもなんでそんな早いんだよ。今日みたいにお昼からで良いじゃん」
「ノイモントはディゼノ程近く無いんです。朝から行っても当日にはたどり着けないんですから」
「尚更、昼出発で良くね? 夜は移動しないんだろ?」
「ある程度、野宿する場所を定めてるんですよ。街の外では何があるか分かりませんからね。魔物が少ないとはいえ、いないわけではありませんし」
「物騒な世の中だなぁ」
「ハナさんの危機感がなさすぎるんです」
俺ほど危機感を持ってる美少女もそういないぞ。なにせ襲われる要素に関しては数え役満出してると言っていいからな。
……ちょっと不安になってくるな。一応呪術師のスキルで自身に【隠蔽】の呪いを掛けているのだが、大丈夫だろうか。
(大丈夫です。ちゃんと隠蔽出来ていますよ。ハナ様の状態は私がきっちり把握し、確認していますので)
(覗くなよえっち)
(うええ!?)
セピア曰く問題ないそうだ。傍から見て俺は何もスキルがないか弱い美少女に見えている。
これで前よりは動きやすくなった。順調順調、ケイカの親父には感謝しないとな。
「ハナさん、聞いてるんですか? 今、冒険者達は黒い魔物騒動で――」
「聞いとる聞いとる。俺が華麗にぶっ倒したあのトレントだろ?」
「トレントだけじゃないです。他の場所でも相次いで黒い魔物が出現してるから、大騒ぎになってるんですよ?」
「あんなホラーな奴が他にもいるのか。さっさと生産中止にするべきだな」
黒いと言えばボタンも黒いけどそれの仲間なのか? 今はまだ何も言われていないが、今後もしかしたらボタンが奇異の目で見られかねん。その辺も考えとかねばな。
「ハナさんも気をつけて下サイ。興味ある事にはすぐちょっかいを出すんですから」
「ペットみたいに言うな。いいから自分のベッドに戻れ」
「今日は湯浴み出来なくて寒かったんですよ。温めさせて下サイ」
「体くらい拭け獣臭くなるぞ」
「言われなくてもそれくらいしてます!」
ぐおお……背後からすり寄ってくる。本来なら背中が幸せになるのだが、ケイカでは力不足だ。後5年もすれば少しは色気付くだろうか。
「もっと良いもん食えよケイカ」
「話の流れがわかりませんが、何かバカにされた様な気がします」
「気のせい気のせい……バカお前腹を触るなっ!!」
「……むぎゅう」
このセクハラ女め……!! もう良い、俺は寝る事にする。
もうちょっとこの街を堪能したかったが、仕方ない。途中で変な子に絡まれちまったからな。
そういやアイツ何だったんだろ。明らかに盗品っぽい危ない商品取り扱ってるし、あまり関わらんほうが良かったか? ついあのボロい人形買ってしまったけど。
……むむ、気になりだすと余計考えてしまうな。さっさと寝ないと起きれないというのに。
街歩く機会があったら、また寄ってみるか……既にトンズラしてそうだが。
「……え……わけで……」
誰かの話し声が聞こえる……ううん、もう朝か?
被っていた布をバサッと上げる。隣を見ると、ケイカとジナが何やら話していた。
「おう、おはようハナ」
「うう……おはよう……ございます」
「ハハ、まだおネムか。早く起きて貰った所悪いが、少し問題が発生してな」
「んー……? 問題?」
一体早朝から何が起きたんだ。俺は目をこすりながらベッドから降りる。
ひょう、寒い。急いでカーディガンを羽織り、二人の元へと向かう。
「御者が腕を痛めたみたいでな。すまんが、今日の移動は難しそうだ」
「タイミング悪いですね。なんでまた」
「ガタイの良い兄ちゃん達に突き飛ばされたんだと。全く、誰だか知らんが危ねえ奴らだ。ハナ、お前も気をつけろよ」
物騒だな。人が多く集まるって事は当然そういう輩もいるって事か。ジナの言う通り気をつけなきゃ。俺の美しい体に傷が付いたら大変だ。
「ジナさんは前に馬車を扱ってたって言ってましたけど、乗れないんですか?」
「ああ……そうなんだが、以前借りた時ちょっと傷いれちまってよ。マリー……ギルド長に散々追いかけ回されてな。流石に懲り懲りだよ」
「何故そうも自分から死にに行くのですか」
どうやら、ギルド長を怒らせると死ぬ程ひどい目に合うらしい。冒険者こっわ。
「じゃあどうするんです? 新しい御者を手配しないと」
「ああ、大体もう決まってる」
「早いですね。こんな早朝から動ける人いたんですか?」
「いや、今日ヨルアがルマリに行くって言ってたんでな。そこから俺の知人で、馬車使える奴を引っ張ってくる」
「最初からその人雇えば良かったのでは」
「金が嵩むんだよ……冒険者ギルドから派遣される御者なら割りかし安く済むしな」
おっさんをパシらせるとは酷い親父だ。だがまぁ、知り合いなら安心だろう。
全く、せっかくこんな早く起きたのに肩透かしを食っちまった。……二度寝するか。
「じゃあもう今日は移動しないって事で、おやすみなさーい」
「こらこら」
「ぐえっ」
首根っこを掴まれる。コイツめ……服が伸びるだろ。
「なんですかジナさん。今から二度寝に入る所なんですが」
「せっかく早起きしたんだ。レイと一緒に訓練してこい」
「はー? 血圧低くて朝辛いから無理なんスけど」
「ワガママ娘め……この前一緒に走ってただろ」
いや今日は無理。朝早すぎだし。汗かいても家じゃないから風呂入れないし。
それに今はお出かけ仕様のおませな美少女。そんな汗臭い事出来ないし。
「じゃあ早速ベッドにinして――」
「きゅう」
「げ、ボタン」
ボタンがベッドの上で突っ込んでくる態勢をとっている。何故だ、何故こうも二度寝の邪魔をする。
……仕方ない、朝の散歩程度に留めて付き合ってやるか。
それから俺は、妙にやる気のあるボタンと共に、レイの元へ向かうのだった。
「さぶっ、さぶっ、帰る」
「ハナちゃん、まだ10分も経ってないよ」
冒険者ギルドの隣に訓練用の敷地がある。宿から離れ、俺はそこでレイの訓練を見学している。
訓練っつっても剣を素振りしてるだけだ。まぁ、反復練習は大事だが。でも、毎日同じ事してるから見飽きたなぁ。
「レイ、偶には違う事やれよ」
「いきなり何さ、違う事って」
「そうさなぁ~、例えば」
俺は外に立てかけてある練習用の剣(冒険者ギルドで使ってるらしい)を魔糸で持ってくる。
練習用なだけあって軽い。と言っても俺の力じゃ持つのがやっとだが、魔糸ならブンブン振り回せるくらいまでは慣れてきた。
「コイツでレイをひたすら攻撃するから、レイはひたすら受け流す」
「そんなんで練習になるのかなぁ」
「レイには新しい刺激が必要なのだ。普段はヨルアのおっさんから師事されてるんだろ? 俺の流派も習得しなさい」
「そんな流派無いでしょ」
と言いつつも、レイは剣を構える。やる気十分だな、何だかんだ楽しみなのだろう。
正直、俺のスキル練習にもなるのだ。細かい動作は反復練習あるのみだからな。剣振り回すならまだしも、人形を扱えるようになるにはまだまだ経験が足りない。
「よし、ではハナちゃん流受け流し術を教えるぞ。まずは適当に受け流しなさい」
「何その術……うわっ!?」
早速レイに向かって一振り。自分で扱う分には力加減を調整しやすいんだが、魔糸を通すとバランスが崩れやすいな。振った後、地面に落ちてしまった。難しい。
「危ないなぁ、始めるなら始めるって言ってよ」
「魔物はそんな親切じゃないぞ! 常に気を張ってなきゃ生き残れないのだ」
それっぽい事を言いつつ、地に落ちていた剣を振り上げる。うん、振り上げる方が楽だな。
レイの訓練というより俺の訓練になっているが、折角広々とした場所で剣を振り回せるんだ、好きにやらせてもらおう。
指を動かす度に剣を薙ぐ。レイも負けじと弾くが、手応えがいつもと違うのか苦戦しているようだ。
「おほほ、段々慣れてきた」
「ぐうっ、まっ、きつっ」
余裕綽々に剣戟を振るう俺とは対象的に、レイは速度に合わせるのが辛そうだ。
……人形遣いって対人戦めっちゃ強いのでは? と錯覚しそうだ。俺自身が狙われた時にどうするかを考えないとな。でも自分で動くのだるいし……どうするかな。
「きゅう」
「そう言えばお前が居たな、ボタン」
「速っ、ハナちゃっ、速い速いっ!」
ボタンに守ってもらえばいいか。コイツ何気に強いからな。
あれからボタンの闇魔法を色々調べたが、現状扱える魔法はどうやら三つだけらしい。
一つは以前トレント戦でも使用した【シャドウエッジ】だ。影から鋭利な突起を突き出して敵を攻撃する。
これだけでも十分天下取れそうな気がしたが、魔物の強靭な皮膚にはあまり通らないらしく、人相手でも場数を踏んでる奴には見破られるらしい。あんなのどう避けるんだか……。
だが、スキがなく牽制には使えるし魔力消費も少ない。お手軽に使えるというわけだ。
二つ目は【ダスト】。もやもやした暗い霧を発生させて、相手の動きを制限する魔法らしい。
試しに俺へ掛けてもらったが、動けないわけではないが、動きづらくなる状態になった。例えるなら、水中にいるようなイメージだな。弱体魔法と言っていいだろう。
対象は一人だけのようだ。スライムに囲まれた時のような状況では使えないだろう。
そして、三つ目は【ダークアライズ】。暗黒空間を発生させて対象を飲み込む……というホラーな魔法だ。
最初は黒い靄の様な物が発生し、徐々にその靄が広がっていく。最初は【ダスト】と同じかと思ったがアレ以上に密度が高く、決定的に違うのはその空間から手のような物が飛び出し、対象を掴んで飲み込むのだ。
取り込まれた対象が中から出てきた時は、ぐちゃぐちゃだった。まぁスライムなんだけど。その時、人相手には絶対使わないと心に決めた。グロすぎて吐く。
魔力量はこの【ダークアライズ】が一番使うようで、二発撃つだけでボタンが萎んでいた。これは多用しない方が良さそうだな。危ないし。
と、この様に俺よりずっと強そうな技を幾つも使えるのだ。更にスライム特有の【粘液】に加え、特殊スキルの【変化】まで持ち合わせている。【変化】は偶に使ってみるようにボタンに指示するのだが、扱える様子は無い。幻獣とやらが使えるみたいだが、簡単に会えるわけも無く、暫くは使えないな。
「ボタン、お前は防衛の要だ。俺の為に精一杯頑張れ」
「きゅう」
「ストップストップ! ハナちゃんストーップ!」
おおう、思考に集中しすぎてレイが曲芸みたいになっていた。剣を止め、俺の手元まで持ってくる。
――重っ。こんなの振り回してたのか。筋肉がブチブチいって暫く使えなくなるぞ。
レイが膝に手をついてぜいぜい言っている。少しやり過ぎたか。
「すまんレイ、ボーッとしてた」
「酷いよ……死ぬかと思った」
「大げさだっつの。練習用の剣だし平気だろ。それに、当たる前に止めるよ。止められれば」
「止められればって……」
うん、こっちの方が練習になるんじゃないか? 今後はレイと一緒に戯れるのもアリだな。
レイはいい経験になるし、俺は魔糸操作の練習になるし、一石二鳥ではないか。
「レイ、今後もこれやろうな」
「ええ……嫌だよ疲れるし」
「ダメダメ、これくらい捌けなきゃ一流にはなれないぞ」
「また適当言って、こんな剣の使い方してる人ハナちゃんくらいだよ……」
へたりと座り込んでしまった。そんなにか。
仕方ないので、俺はレイが回復するまで魔糸で剣を振り続け、感覚を体に染み込ませていった。




