ぬいぐるみを持ったあどけない美少女って最高じゃん?
昼食を済ませた後、俺とレイはディゼノの街中を歩いている。
ルマリよりも活気に溢れ、数多くの露店が並んでいる。お祭り……とは違うが、皆明るく、洋々たる街並みだ。
「凄いね。こんなに人がいるんだ」
「ここは特に人が集まるんだ。冒険者ギルドの本拠地があるストレチアは遠いからね、ここを拠点にして活動する冒険者も多いんだよ」
「ストレチア……えっと、国の名前だっけ?」
ここはストレチアという国の領土と言うのを前に聞いたな。随分と大きい国だそうな。
その中でもルマリやディゼノはストレチア領の中でも端っこ……だが、ディゼノはその国端れの中でも大きい街で、こうして人が集まっているんだな。
「とは言ったものの、食べ物やゲテモノしか売ってないね」
「ゲテモノかなぁ。あの腕輪なんて良さそうだけど」
レイが指をさす先には、龍の顔面をデザインしたかの様な腕輪が置いてある。
うーん……ブサイクだな。シーサーのバッタモンみたい。イマイチ美少女とは釣り合わん。
「レイ、もうちょっと美的センス磨けよ。あのブサいのは無いわぁ」
「格好良いと思うけどなぁ。そもそもあの腕輪はお洒落で使う物じゃなくて、れっきとした装備品だよ。どんな効果なのかはわからないけど」
「ほー、そんなんあるのか。どうせならもっと可愛くデザインすればいいのに」
どうやら、レイには好評価のようだ。旅館によくある龍剣アクセサリーみたいなもんだろう。子供心にクリーンヒットと言う訳だ。
ちなみに値段は……って、たっか! 金貨1枚と銀貨5枚かよ。あのダサいデザインで5~6万円とかボッタクリじゃん?
「レイにはまだ早いな」
「いやいや、買わないから! いつかはあんな装備品、買ってみたいけど」
その前に、レイの趣味を矯正しないとな。あんなダサい装備してたら他人のフリするしか無くなってしまう。
道行く人々を見れば、そんな装飾品を着けている冒険者もちらほらいる。うーむ、街外ならともかく、ここで付ける必要あるのか?
女性まであんな厳つい服を。もうちょっと自身の可愛さを磨けよ……って、あれは――
「おいレイ! アレ見ろアレ! 猫! 猫耳に尻尾まで生えてるぞ!」
「猫人だね。ここでは獣人も珍しくないよ。というかハナちゃん、ケイカさんも獣人じゃないか」
「ケイカは角要素しか無いしな。やっぱり獣人と言えば猫とか犬だよな。はぁぁ、すげー」
冒険者風な猫人のねーちゃんをじっと見ていると、俺に気がついたのか顔を綻ばせて手を振ってきた。
美人なねーちゃんだなぁ。異世界のレベル高すぎだろ。まぁ俺が最カワだが。
俺も軽く手を振ると、猫人はまたねと手を下ろし、そのまま奥へと行ってしまった。
「中々可愛い子だったな。でも、この時期に肩出して寒くないのかねぇ」
「ガン飛ばしちゃダメだよハナちゃん」
「飛ばしてねーよ!? 俺を何だと思ってんだ」
相変わらず失敬な奴だな。大体、可愛い子いたらつい見てしまうだろ。男の性だろ。俺美少女だけど。
それにしても、こうごく自然にネコミミちゃんが闊歩してると戸惑うな。つい目で追ってしまうから早く慣れないと。
ふいに、髪を軽くグイグイと引っ張られる。頭に乗っているボタンが俺を誘導する時に行う仕草だ。俺を乗り物扱いしよって。どっちが従魔だ。
「どうしたボタン。腹が減ったか? さっき食っただろ。肉を一切れ分けてやったのにまだ足りないのか?」
「きゅう」
「あっちに行ってみたいのかな?」
レイが指す先は、裏通りへと続く狭い路地。ボタンはどうやら、そっち側に興味があるようだ。
少し薄暗い。狭くて建屋に挟まれているからなんだろうが、あんまり行きたい場所じゃないなぁ。
「ボタン、あんなとこいってどうするつもりだ。あんな裏路地、美少女的にアウトだぞ。行ったら碌な事にならないって、ハナちゃん分かっちゃう。多分襲われてる途中に勇者とか来ちゃって、凄い冒険が始まる」
「爺ちゃんもよく言ってるけど、そんなおとぎ話みたいに事件なんて早々起こらないよ。ほら、ボタンの気が済むまで付き合ってあげよう」
「へいへい……こら、髪を引っ張るなボタン。俺の美しい髪が痛む」
10歳の子に諭されるとは思わなかった。ちょっぴり恥ずかしい。
後、ジジイは何ガキに吹き込んでるんだ。元冒険者って言っても還暦過ぎてまで夢見るなよ。
俺とレイはボタンに引っ張られるがまま、細い道を歩いていく。薄暗いながらも、表の賑やかな声は聞こえるのでまだ安心か。
「日が当たって無い分少し冷えるな」
「大丈夫? やっぱり戻ろうか?」
「いや、これくらいなら――ん? あれは」
少し歩くと、開けた場所へと出た。昔見たヨーロッパの裏路地に似てるな。もうちょっと明るければここでのんびりしたかった。
その場所にぽつりと、小さな露店がある。……いや、あれは店か? 小汚い机の上へ雑に置かれてるのは商品だよな?
その裏で、店主と思われる黒いローブを来た人物が何やらゴソゴソやっている。怪しさがやばたんだな。
「よし、戻るぞレイ。見るからに絡んだら駄目なタイプだあれは」
「そうだね。呪いの武器とか押し売りして来そうだよ」
「ああ、呪いはもう間に合ってるからな。ボタン、もう気が済んだだろ。美少女にこんな暗い場所は似つかわしくない。さっさと戻るぞ」
俺達は向きを反転させて、直ぐ様戻ろうとする。
「あっ、お客さんだ!」
……後ろから声が聞こえるが、ここは振り向いたら負けだろう。俺とレイはそのまま走ってその場を去ろうとするが――
「ちょっと待ってくださいですよ!!」
「うおっ! いきなり前に!?」
凄い勢いで俺達を抜き去り、目の前に現れた。はやっ!? 何だコイツ!?
隣を見れば、レイはすでに警戒態勢に入っている。おおう、俺なんかより全然頼りになる。
「僕たちに何か用ですか?」
「いきなり逃げるなんて酷いです。せっかく来たのですから、少し見てって下さいです」
「いや、明らかにヤバそうな店じゃねえか。お前も怪しいし。どうせ人間の臓器とか売ってんだろ」
「そんな物売ってないですよ! 見た目だけで判断しないで欲しいです!」
俺達の前に躍り出た怪しい人物が慌ててローブを取る。
「ホラッ! ぜんっぜん怪しくないですよ! ただのか弱い子供です!」
目の前に現れたのは、俺達と同じくらいの身長……いや、少し低いくらいの美少女だった。
ほほう……小汚い格好だが、いい線いってんな。病的に白い肌に、灰色の髪がまたグッドだ。だが、少し痩せすぎか? せっかく可愛い顔してるのにやつれてるじゃねえか、勿体無い。
「……何ジロジロ見てるですか」
「あん? なんでもねーよ。それよりも、なんであんな所で店を開いてるんだ。もっと人通りがある場所の方が良いだろ」
「そんなの私の勝手です。さっさと見ていくですよ」
「強引だね、この子。どうしよう」
まぁ、ガキだとわかった以上別に危険じゃ無いだろうし、少しくらいなら良いか。どうせ大したもんも売ってないだろうし、適当に見て戻ろう。
俺はレイにそう言って、この美少女の店を見ていく事にした。
「さあさ、今だけの特価品が並んでるですよ。お買い得なのでさっさと買うです」
「売る気あんのかお前」
「まぁまぁ、まずは見てみようよ」
もう少し言葉遣いを学んだほうが良いなこの子は。レイに宥められ、俺は商品に目を移す。
どれどれ――
「おいガキ、この大きい金ピカの箱は何だ?」
「ガキじゃないです、私の名前はルーファです。それはそうと、お客さんお目が高いです! それは御貴族の方が好んで使う雉の箱です」
「雉の箱?」
ルーファと名乗る少女は金色に光る箱を持ち上げると、粗末な布に包みだす。
「いや、何してんのキミ」
「キミじゃないですルーファです。お買い上げするので布に包んでいます」
「買わねーから! トンだ悪辣セールスだなオイ!」
「金貨25枚になるです」
「高ェ!」
やっぱりヤバいわこの店。物売るってレベルじゃねえぞ! 接客というものを知らないのかこのガキは。
「この雉の箱はですね、箱の中身が劣化せずに保存される魔法が仕込んであるです。武器から食料までなんでもですよ! その中でもこれは一級品、かの高名な彫金師ケール氏が作った――」
「いや、説明されても買わないから。もっと人の話を聞けよチビ」
「アンタもチビでしょうが!!」
「俺はハナだ」
「私はルーファです!」
ダメだ、会話にならない。
大体そんな高価な物なんでこんな寂れた所に置いてあるんだ? 胡散臭い。
「おいチ……ルーファ、一つ聞いていいか?」
「はい、なんですか?」
「どこから仕入れたんだこれ」
「掘ったら出てきたです」
「それ盗掘じゃねーのか!? さっきのケールがなんたらは何だったんだよ」
「箱と一緒に説明書も埋まってたです」
「説明書!?」
ほら、とルーファは俺に見せてくる。確かにボロボロではあるが、雉の箱に関して説明が事細かに書いてある。
中身を見てみると、どうやらルーファが言っている事自体は正しいようで、本当に中身が劣化しない魔法の箱らしい。
……のだが、最後に一文だけ追加されている。
※雉の箱を使用後、再び箱を開けた者は死ぬ呪いが掛けられてしまうので注意!
全然ダメじゃねーか! こんなもん露店で売ってんじゃねーよ! 後、命に関わる事なのに注意喚起軽すぎじゃん?
「ルーファ、この説明書全部読んだのか?」
「当然読みましたよ。私の言った通りの事が書いてあるです」
「この悪質な但し書きは?」
「え?」
持っていた説明書を奪い取り、舐め回すように見ている。
「……」
「わかったか? それは売っちゃダメな奴だから」
「お客さん、まだ他にも商品はあるです。他のは多分大丈夫なのです」
「だから買う気無いし」
「ご迷惑をおかげした分少し値引くので買うと良いです」
こいつめ……意地でも何か買わせる気か。しかも何故か上から目線。
見た目からして明日食う飯に困ってるような様子ではあるが、だからといってこんな盗品まがいの品を高額で買わせるか?
そもそも、店売りせずとも表でちらつかせれば欲しそうな輩がいると思うが……うーん、闇が深そうだ。少し気になるが関わらないでおこう。
「この巾着袋は?」
「そこのボーズはわかっていらっしゃるです。それの中身は、状態異常なら何でも瞬時に治せると言われる万能薬が入ってるです」
「ボーズって……でも、頑丈そうで綺麗な袋だね。中身は流石に買えないけど、巾着袋だけとかなら……」
「一式で金貨10枚と銅貨8枚ですが、万能薬は巾着袋より金貨10枚分高いです。なので、そこから巾着袋だけ買うなら残りの代金を払ってくれればいいです。にへへぇ」
ルーファが厭らしい顔で、レイに代金を求めている。
ベター過ぎる……最近流行ってるの? 言葉遊び使った詐欺。確かにこの世界、レジとかなさそうだし引っかかる奴はいるだろうけども。
「うーん、少し高いけどそんなものかな? 銀貨1枚で払えるし、それくらいなら――」
「待て待て、レイも乗せられるな。大体袋なんて家にあるだろ」
「そうだけど、ルーファさん困ってるみたいだし」
「お前な……」
相変わらず甘々な奴……流石に今回は妥協できんぞ。金に関しては一切の妥協をしないのが出来る美少女。
こんな訳の分からん品で散財するのは良くない。別に対して欲しくもない物なら尚更だ。浪費癖付きそうだしな。
「ダメダメ、いけません。人の為になんて以ての外です。せめて自分で稼げるようになってからにしなさい」
「うう、そこを突かれると痛い」
「なぜ急にお姉さんっぽくなったですか」
「ハナちゃん、コロコロ性格が変わるんだよ。気にしないで」
変わってないぞ。俺はいつだって可憐な美少女だ。
その後も、何かと売りつけようとするルーファを躱し続けていると、ついには諦めたのか、悪態を付き始めた。
「むうう、もう良いです。冷やかしならけえれけえれです」
「最初から買わんと言っとるのに」
「うう、それじゃ困るのです……」
急にしおらしくなってしまった。俯きながら巾着袋の紐を弄っている。それ商品だぞ。
隣を見れば、レイが心配そうにルーファを見ていた。このまま帰るって言ったら絶対待ったと言われそうだ。どうしたものかと、何気なく商品を見直していると、端の方にまだ見てない品を見つける。
「ぬいぐるみ?」
「あっ、それは――」
ルーファが何か言う前に、ひょいと手に取る。
どうやら毛糸で出来た人形のようだ。ふむ、ほつれも少ないし上手だな。少しぶちゃいくだが、ぬいぐるみと思えば違和感はない。
……人形遣いたる俺としては、一つくらい人形を持ちたいと思っていたのだ。まぁこれはぬいぐるみだが。
(セピア。これ、俺が動かす分には問題ないよな?)
(はい、軽い上に動物の毛糸ですので、魔力が通しやすい分扱いやすいかと。ただ、戦闘で使うには些か脆いかと思いますが)
(使わん使わん。練習用だ)
これで魔物相手にどう戦えと。武器持たせるにも手が丸っこくて何も持たせられんし。
それに、ぬいぐるみなら普段から持ってても問題ないしな。ぬいぐるみを持ったあどけない美少女って最高じゃん?
「よーしルーファ、コイツを頂くぞ」
「ええっ! これを……ですか?」
「おう、いくらだ? 銀貨2枚までに抑えろ」
「――銅貨3枚」
「え?」
「そのぬいぐるみ、銅貨3枚です」
安い……というか適正か? 他の品に比べ随分価格が落ちたな。まぁ好都合だけど。
俺は銅貨をルーファに手渡す。
「ホントに良いですか? 返しませんよ? 銅貨」
「なんで? まさかこれ曰く付きのぬいぐるみじゃないだろうな」
「いや、別にそうじゃないですけど」
またも、ルーファはもじもじしている。ようわからん奴だな。
「さて、そろそろ行くぞレイ。流石に寒くなってきた」
「日が暮れそうだしね。僕も何か買ってあげたかったけど、ごめんね。ルーファさん」
「へっ!? あっ、いや、大丈夫です。へへへ……」
なんかニヤついてるぞ。さっきからおかしい。
まぁ、当人が満足なら良い事だ。
「毎度ありです! またの来店をお待ちしてるですよ!」
「あー……気が向いたらな」
「またね、ルーファさん」
俺とレイは更に暗くなった道を歩きだす。
もっと色々回る予定だったけど……別に良いか。ディゼノならまた来る機会があるだろうし。掘り出し物もあったし。
そういえば、なにか忘れているような――
「ちゅう」
「あ、ボタン。お前どこ行ってたんだよ」
「ん? 何か体の中に入ってるけど」
ボタンを良く見ると、確かに中で何かが輝いている。
「お前また変なもん食っただろ。体に悪いモンだったらどうするんだ。吐き出しなさい」
「ちゅ ぷえっ」
「わわっ、僕にぶつけないで」
ボタンは、レイに向かって光る物体を吐き出した。
これは――
「髪飾り?」
「みたいだな。俺のとは違うけど、一体どこから……ボタン、お前どっかからパクってきたんじゃないだろうな」
ボタンがプルプルと震えて抗議している。ううむ、どうやら違うようだ。
どっかから拾ってきたのか? ルーファは特に着飾ってなかったし、誰のだろうか。
「ま、いっか。俺が使わせてもらおう。綺麗だし」
「ええー! 無くして困ってる人がいたらどうするのさ」
「そうは言っても、今から探すとなると夜になっちまうし。それに、髪飾り一つ無くしたくらいで死にゃあしねーよ。にしし、ナイスだボタン。褒めてやるぞ」
「いいのかなぁ……」
良いのだ。ちょうど目を引くワンポイントが欲しいな~と思ってたんだ。
見た目も可愛いしな。スイセンをあしらったデザインは中々クールさもある。
拾い物で着飾るというのは美少女らしくないが……いずれ自力で手に入れるまでの繋ぎって事で納得するとしよう。
(納得したらダメですよ。ちゃんと持ち主を見つけたら返して下さいね)
(あーハイハイ。見つけたら、見つけたらね)
もう大分日も暮れているが、街の賑やかな声は未だ止まず、絶えず、冴えている。
真面目なセピアの話を流しつつ、俺とレイは宿へと向かうのだった。




