うーん、寸分の狂いもなく美少女。
一体何者だ。随分ガタイが良いな。動きやすそうな服装に対し、ゴツい大剣を背負っている。目元にはワイルドな傷跡。THE・冒険者って感じだな。
まぁそれは良いが……どいつもこいつも扉を乱暴にしやがって。冬前に扉が壊れたらどうする気だ?
「爺さーん!! レーイ!! 今回こそ早く帰って……来た……ぞ?」
男は困惑気味に店内を見回している。爺さんとレイの知り合いか? つーか声でけーよ。ビリビリ来るわ。
あ、目が合った。仕方ない、お仕事しますか。
「あの、どちら様でしょうか? ここは――」
「スイマセン入る家間違えました」
「えっ!?」
素早く頭を下げた後、バタンと扉を開けて立ち去っていってしまった。
なんなんだあのおっさん……この家、結構目立つから間違えようが無いと思うんだが。後、扉乱暴にするな。
「なんだったんですかあの人。レイくんの知り合いみたいですが」
「知らん、レイは外に出てるからな。爺さんにでも聞いて――」
「やっぱここじゃねえか!!」
「どわぁ!?」
またも乱暴に扉を開けてズカズカと入ってくる男。なんだこのおっさん!
見ろ、ミスミがびっくりしてボタンをちぎる勢いで引っ張ってるぞ。大丈夫かこのスライム。
「何なんですかアナタは! 衛兵さん呼びますよ!」
「待て待て、ここは俺の家だぞ!? お前たちこそ何故ここで寛いでいるんだ!」
「いいえ、ここは私の家です! 冷やかしなら帰って下サイ!」
ケイカよ、トラブルはなるべく避けてほしいんだがな。後、お前の家じゃねーから!
どうしたもんかなと考えていると、奥の部屋からのそっと爺さんが出てくる。
「騒々しいのう、一体何を騒いでおる」
「おっ、爺さん! やっぱり居たか!」
「げえっ!! アルターゴリラの変異種!!」
「ああ!? 誰がゴリラだ!!」
「お前じゃい!!」
年甲斐もなく騒いでいる爺さんとおっさん。冗談が言い合える程には顔見知りのようだ。
でもな、俺を挟んで騒ぐのは止めて欲しいのよ。ボタンが千切れるから。
ポンポンとミスミの頭を撫でながら、俺は爺さんに聞いた。
「あの、お爺さま。落ち着いて下さい。一体この人は何者なんですか?」
「うむ? なんじゃ、お主説明もしないで暴れておったのかい」
「暴れてないからな? 家に帰ったらなんか可愛らしい嬢ちゃん達が世間話してたから驚いただけだ」
さらっとスルーされた可哀想なリアム。仕方ないよね、こんな美少女軍団いたらさ。俺だって気づかないかもしれない。
「その男はジナ。儂の息子じゃよ」
「ええ、という事は……レイくんの父上ですか!?」
「おうそうだ。レイの友達だったか、よろしくな!」
なんと、レイの親父さんだったか。そりゃ自分の家で知らない女の子達が店頭でダベってたら驚くか。
どことなく……レイに似てる気もする。性格は全然違うけど。
「所で、レイは何処にいるんだ? 門前には居なかったみたいだが」
「レイくんならヨルアさんと一緒にリールイ森林へ薬草を採取しに行きましたよ。もうすぐ帰ってくると思います」
「そうか。リールイは今危険だと聞いていたが……アイツが一緒なら大丈夫か」
「まったく、息子の危機だったと言うのに何処をほっつき歩いておったんじゃ」
「……すまねぇな爺さん。その件も含め後で話すよ」
ジナは背負っていた大剣を降ろして、家の中へと入っていく。
「急いで帰ってきたから疲れちまった! 奥で少し休ませてもらうぞー。いきなり悪かったな、嬢ちゃん達」
そう言ってジナは、どすどすと二階へと登っていった。階段踏み落としそうな勢いだ。
まだ挨拶もロクに出来てない気がするが、まぁ、後で話を聞いてみるか。
ミスミが未だに硬直している。大丈夫だろうか。
「おーいミスミ、大丈夫か?」
「あ、うん! ちょっと驚いちゃっただけだよ。大丈夫大丈夫!」
「むぎゅう」
「……ボタンを放してあげなさい」
「はーい」
独特なアートと化していたボタンを手放し、ミスミはリアムの方へと駆け寄る。
リアムの奴、中々反応がないと思ってたらアイツも何故か放心している。
「リアムさん? どうしたんですか?」
「……はっ、あ、ああ。本物のジナさんを見て少し驚いただけだ」
「そんなに驚くもんかねぇ」
「そりゃそうさ! 冒険者の間で知らない人はいない。この村の誇りだよ、ジナさんは」
「ほへえ、そんなに」
思わず気の抜けた返事をしてしまう。そんなにアゲアゲするって事は余程凄いんだろうな。
レイも高名な親父を持って大変だな。事あるごとに比較されて気疲れしそうだ。アイツの場合そんなの気にして無さそうだけど。
「あっ、もうこんな時間! お兄ちゃん、もうどこもお店開いてるよ!」
「そうだな。長居してすまなかった、ハナ、ケイカ。俺たちはそろそろ行くよ」
そろそろ昼時だ。一旦閉めて飯にしなきゃな。
リアム達もそろそろ御暇するようだ。リアムが何点か薬品を買っていたので、ケイカがそれを包み渡している。
「おいおい良いのかぁ? リアムパイセンよう。せっかくレイの親父が帰ってきてるのに。お近づきになるチャンスだぞ?」
「今日は一日妹に付き合う予定だからな」
「優しいお兄さんですね、リアムさんは」
「いや、まぁ……約束だからな、当然だ」
妹>尊敬する冒険者のようだ。お手本みたいな仲の良い兄妹だな。
買った品を渡し終えると、リアムとミスミは外へと出る。
「じゃあねハナさん、ケイカさん! ボタンもまたね!」
「おう、あんまりはしゃいでコケんなよ!」
「また来て下サイね」
ミスミは手を振って店を出ていく。うーん、寸分の狂いもなく美少女。あんなテクを俺も違和感なく使えるようになりてぇ。
こう、わざとらしい感じを無くして、以前アーキスにやったような元気いっぱいの美少女っぽく……
「じゃあねケイカさん!」
「いや、私はどこも行きませんから。バカやってないで早くお昼にしましょう」
「バカって言うな! 今日のお昼は!」
「ハックベアと豆の薬味ソテーです」
「何それ美味そう」
ふふ、熊肉とか食べた事ないから楽しみだな……ハックベアって熊だよな? 飯を食う度に知らない単語が飛び出すので勉強にはなるが、何食ってるかわからない恐怖はある。
ケイカが来てくれたおかげで飯が充実しつつあるな。ケイカは親父さんとの二人暮らしが長いせいか良く料理をしていたみたいだ。
後は、レイの作る料理の上達具合がヤバい。多分既に俺よりも美味しいもの作れる。アイツ成長チートでも持ってんじゃねえのか。
まぁ、料理は元々誰かに作らせる予定だったから良いのだ。色んな食べ物が楽しめるのはこの世界に来て良かったと言える点の一つだな。いつか食べ歩きとかしてみたいな。
「ちなみにハックベアは私が一人で討伐しました」
「まだ何も聞いてないよ」
「ちなみにハックベアの討伐難度はEクラスの冒険者が数人で一匹を相手取る程なのですが、私はソロで」
「わかったから! 飯の時聞いてやるから!」
事件の後、ケイカは冒険者になった。流石にタダ飯は気が引けるという事らしいが、そもそも冒険者稼業をやってみたかったっていうのが本音だろう。
あの親父なら言えばやらせて貰えただろうに、気を使ってたんだろうな。当時は親父の助手みたいな事をやっていたそうだ。
それにしても……自己主張が激しすぎる。そもそもEクラスがどれだけ強いか知らねーよ。そもそもお前何クラスだよ。
「レイくんもお昼に帰ってくるそうですし、丁度良いです。一緒に聞いて貰いましょう」
「せっかく冒険者の大先輩がいるのに、ケイカみたいな木っ端冒険者の話なんて勿体無い。折角だから経験談でも聞いて勉強しろよ」
「もう! どうしてアナタはそんなに口が悪いんですか! 大きくなったら苦労しますよ!」
「いだだだっ! 耳を引っ張るな!」
ジナ……レイの親父か。結構凄い冒険者らしいからな、俺の素性がバレないように注意しないと。
ああいう野生動物みたいなのは鋭いからな。勘だのピンと来ただの理不尽な理由で詰め寄ってきそうだ。
面倒だなと思いつつ、ケイカと一緒に飯の準備に入るのだった。
「フッ、今日の出来もバッチシですね。強くて料理も出来て角もある、どうも、犀人のケイカです」
「角は関係ないだろ……焦げちゃうからさっさと皿に移して」
「もう、急かさないで下サイ」
確かに美味そうではある。熊なんて筋肉だらけで硬そうなイメージが合ったが、割とそうでもない?
ボタンに爺さんとジナを呼びつけるように指示して、皿を運んでいると、扉を開ける音が聞こえる。レイが戻ってきたようだ。
「ただいまー。わぁ、いい匂いだね」
「おかえり。レイ、お前の親父さんが帰ってきてるぞ。今二階に――」
「父ちゃんが!? すぐ行く!」
「あっ、おいレイ!」
飯に興味を示したと思ったら、すぐに親父の方へ行ってしまった。まぁ、そりゃそうか。偶にしか会えないんだもんな。
(ハナ様、少し良いでしょうか)
(ん、どした)
(あのジナさんという方ですが、高位の冒険者とあれば……状態石を持っている可能性があります)
(状態石……なんだっけそれ)
(ステータスが見れる石です。それを手に持ち相手に触れて念じると、ステータスが見れるようになります。つまり、ハナ様のステータスがバレてしまう恐れがあるのです)
(げっ、マジかよ)
俺のステータス問題は前々からなんとかしなきゃとは思っていたが、良い案が浮かばずにいた。
せっかくここまで地盤を固めたのに流浪の身になるなんて嫌だぞ俺。なんとかして誤魔化せないか。
(セピア、なんとかならないかな。こう、即席でステータス隠せるのとか無いのかな)
(呪術師のスキル、自身に呪いを掛ければ隠蔽できるかもしれません)
(ホントか!? だったら今すぐ――)
(ですが、今すぐ大量にある呪術書を探すとなると)
(むう、確かにあの量は……辛いな)
ケイカの親父から貰った呪術書。少しずつ家に持ってきているのだが、結構な量があるのだ。それでもまだ全て持ち運べていないくらいだ。
今から探すとなると一日、いや、あるかどうかも分からないのだ、もっと時間がかかるはず。
(なのでハナ様には――)
(ハナ様には?)
(お得意の舌先三寸でなんとかして頂くしかありません)
(ハァ?)
マジかコイツ……結局それじゃねえか! フリが長すぎるだろ。お得意のってなんだよバカにしてんのか?
(そもそも、対策を怠っていたハナ様にも原因がありますからね)
(怠ってたわけじゃねえし。セピアが教えてくれないからだし)
(それくらい自分で調べるって言ったの、ハナ様じゃないですか)
(むっ……うう、そうだけどぉ)
言い負かされてしまった。確かに俺が悪いんだけど……。
(ともかく、この場を乗り切ってすぐに調べましょう。もしかしたら状態石自体無いかもしれませんし)
(OKOK、任せとけ。レイと爺さんを言いくるめた時みたく、鮮やかに躱してみせる)
別に普通にしてれば良いんだ普通にしてれば。大体俺がビクつく理由も無いし。
一々気にしてるとせっかくの飯が不味くなる。よし、大丈夫大丈夫、ハナちゃんは大丈夫です!
昼飯の準備を終え、俺は自分の席にてどう言い訳するか考えるのだった。
(鮮やか……あれがですか)
あーあー聞こえない。




