まるで天使が舞い降りたかのようだ
「リアムさん、どうですかこの服はっ!」
自分の服を見せつけるようにくるりと回る。
ふわっと髪が靡き、まるで天使が舞い降りたかのようだ。回った後は腕を後ろで組み上目遣いをするのも忘れない。かわいい。
「どうと言われてもな。……暖かそうだな?」
「ハァ。リアパイセンは女心がわからないなぁ。そんなんじゃスノーと付き合えないぞ」
「えっ! お兄ちゃん、スノーさんの事好きなの!?」
「冗談でもやめてくれ……アイツはそんなんじゃない」
照れ隠しではなく、マジトーンで語るリアム。まぁ地雷だしな。根はいい子なんだけれども。
ミスミがこれ以上無いくらいガツガツ兄へと言及する。色恋沙汰が好きなオトシゴロなのだろう。
そういや、スノーといえば……ここ数日見ていないな。一体どうしたんだろうか。
「リアムさん。スノーさん、最近見かけませんけど。何かあったんですか?」
「ああ、アイツなら……」
「少し遠方まで出稼ぎに行ってますよ」
リアムの代わりにケイカが答えてくれた。出稼ぎって、そんな金がいるのかアイツ。ファッションに金かけてるくらいだから少しは余裕かと思ってたが。
「スノーさんは以前壊した町の門――アレの修理費を全額払わなければならないのです」
「あー……そうか、アイツがぶっ壊したんだっけ」
「ギルド長が立て替えてくれたんでその時は大丈夫だったんだが。スノーの奴、数ヶ月そのまま放置……いや、忘れてただけか。そのせいで、先日こっぴどく説教されてな。手っ取り早く稼ぐ為に、王都寄りの町へ移動したんだ」
流石トラブルメーカー、金銭トラブルも例外なくメイクしてやがったか。よし、アイツにはぜってえ金貸さねぇ。
冒険者ギルドは基本大きな町なら何処にでもあるらしく、各国共通なのでどの街で登録しても依頼が制限される事は無いらしい。
まだどんな国が世界にあるかは知らないが、どの国も戦争はしておらず、比較的平和なんだと。お決まりのなんちゃら帝国だとかほにゃらら法国みたいなのが攻め込んでくるというイベントは無さそうだ。
(ハナ様、もっとこの世界について学んだ方がよろしいかと)
(違うんだセピア。自分のスキルの事とかケイカの親父から貰った参考書等もあって時間がだな)
(香水とか服装についてが大半だった気がしますが……本当に、気をつけて下さいね? ただでさえハーフエルフという種族は襲われやすいのです。更に多彩なスキルを持っているとなると……)
(へいへい、知識を蓄えていざって時対処出来るように……だろ? ちゃーんと勉強してるって。少しずつな)
ハーフエルフ……まだエルフに会った事は無いが、精霊の一種として存在しているらしい。
見た目は人間そのもの、色白く美しい肌と髪が特徴だ。金髪もいれば俺のような銀髪、緑髪なんてのもいる。人と同様に町中で生活している者もいて、冒険者として活動しているエルフもいるらしい。
人との相違点は長い耳と、魔力が人間よりも高い事。そして寿命だな。
そんな珍しくも無さそうなエルフなのに、何故ハーフが狙われやすいかというと、エルフと人間の間では基本子供が出来ないからだな。
そう、基本……だ。俺が存在出来る以上、例外がある。
どうすれば子供が出来るか……まではわからない。そこらに置いてある本などで調べられる限界だな。
それ故に、俺という存在は非常に稀少なのだ。ステータス含めバレるわけにはいかないな。
ちなみに、現在のステータスはこちら。
名前:ハナ
情報:ハーフエルフ 女 10歳
体力:F
筋力:G
敏捷:F
魔力:D
知力:B
魅力:A
幸運:A
スキル:無し
特殊スキル:【人形遣い】
・魔糸
【魔物使い+】
[従属]
・カースドスライム
【呪術師】
スキルが一つも無いのに特殊スキルが三つ。完全にガチャで豪運掴んで一切努力してません感があるが、体力と敏捷が一段階上がってる事を評価して欲しい。ちゃんと努力してるんだよ! 薬草採取とかレイと一緒にランニングしたりとか!
そもそもスキルがそう簡単に手に入んねえんだよ! 魔法は前に試そうとしてセピアに確認したら「どうやら一つも適正が無いようですね……ハハハ」とか涼しい顔で言いやがるし。
無いものをねだっても仕方がないので、ある物でなんとかするしか無いのだが。
人形遣いの項目に魔糸が追加されていた。最初に見た時は無かったのだが、使えるようになったから表示されたのだとセピアは言う。
もしかしたら他にも出来ることがあるかもしれないな。女神さんの呪術書……もといハウツー本には書いてなかったが、本人の努力次第って言ってたし、自分で頑張って探していこう。
従属という項目が追加され、その下にはカースドスライム……ボタンの事だな、魔物の種族が追加されていた。
セピア曰く、+が付く度に従属出来る魔物が増えるらしい。今は一つ+なので、もう一匹従魔を作れる。
魔物を従えるだけじゃなく何か他にも何か出来るらしい。バフとか魔力供給とか。だが、+一つではまだ出来ないんだと。
どうやって+を増やすんだろうな? 従魔を育てまくるとか? 今はまだ謎だが、この件も追々調べておかないとな。
そして新入りの呪術師だ。ケイカの親父、タンケイから受け継いだスキル。
何が出来るのかと言うと、そのまんまだが、呪いを掛けられる。だが、呪いを掛けるには呪文、そしてイメージが重要になる。
この世界では昔から詠唱……というより、言葉は魔法を行使するにあたって重要なファクターとされている。
ずっと前の転生者……俺の先輩みたいなもんだな、そいつらがこの世界に顕現して、初めて無詠唱魔法が実現したんだと。今まで詠唱が無いと魔法が発現されないと思われていたので、当時は革命的だったそうだ。俺もイキりたかった。
ケイカが逐一詠唱していたのはこれのせいだな。本人は「今更変えても調子が狂うのでそのままで行きます」と言っていた。まぁ、タイミングを合わせる掛け声みたいなものだろう。
その言葉のイメージを、もっと重要な位置づけとして扱うのが呪術だ。元の世界でも呪術と言うのはどういう状態にしてやろうか、というのを前もって構築しているな。
わかりやすいのが藁人形に釘だな。あれは藁人形を呪う対象に見立てて五寸釘を打つというストレス発散の延長みたいな呪いだ。
症状としては釘を打ち付けた部位から呪いが発病して死ぬらしい。やり方は諸説あるが、呪った時のイメージが重要なんだな。
タンケイがくれた参考書にも例を添えて書かれていたので非常にわかりやすかった。呪術の効力、即ち効きやすさは俺の魔力濃度が重要になってくるらしい。
その前段階のイメージを言葉として簡略させたのが呪文だ。要は、呪いの儀式を文に詰め込めこんだような物だな。
呪文を唱えて呪いを掛ける。と言えば簡単だが、相手にその症状が出るようにイメージするのが難しい。ケイカが掛けられてた呪いも俺には出来ない。
『疼死』の呪い。じわりじわりと痛みが生じ、最期は激痛が全身を蝕み苦痛と共に死ぬ。
最大限苦しませて殺したい用のやべー呪いだ。そんな呪いを今までのほほんと過ごしてきた俺がイメージするのは中々難しい。まぁ、出来たとしても絶対やらないが。
参考書を見る限り種類は結構あるようだが、扱えるのはそこまで多く無さそうだった。試す相手がいないので本当に扱えるかはわからないが……いつか機会があるだろうか。
話が逸れてしまったが、この三つの特殊スキル。一つ一つが稀少なので、見つかったら大変だ。大騒ぎで持て囃されるだけならまだいいが、きっと碌な事にはならないだろう。
ちやほやされるのは好きだが、拐われるのは勘弁したい。もっと強くなって、従魔が増えたら公言しても良いかもしれないが。
当面はスキルを使いこなせるように日々努力しつつ、ここでのんびりするのだ。幸いここらの治安は良いし、不便も無い。魔物も少ないしな。
「どうしたんですかハナさん、ぽけーっとして」
「ん? いや、誰かに呪い掛けたいなって」
「とんでもない事考えてますね……スノーさんにでも掛けて下サイ」
「お前もとんでもない事平然と言うなよ」
ブラックなジョークが飛び交いつつも、まったりと時間が過ぎる。
せっかくなので、ケイカのステータスも確認しよう。他人のステータスを確認するには、直接俺が触れればセピアが開示できるらしい。という訳でケイカにタッチ。
「わっ、ちょっと何するんですか!」
「せっかくだしコミュニケーションをだな」
「いきなり抱きつかないで下サイ! 棚の整理してるんですから! わー落ちる落ちる!」
棚の薬を落としそうになっているケイカを無視して、ステータスを開く。
ちなみに、ステータスを覗くのは本人にバレない。この世界では、基本ステータスは非公開にしておくらしいし、俺が見てる事を知られない様に気をつけなきゃな。
(うう、勝手に覗いていいのでしょうか)
(良いんだよ、減るもんじゃ無し。ほれ、さっさと見せる)
(わかりました。でも、他人のステータスを無理やり見るのはやめましょうね)
下着覗いてるわけじゃないんだから良いだろうに。そこは価値観の違いというやつだろう。
別に他人のステータスを無闇矢鱈に見たいわけじゃないし良いけどな。
だが、ケイカのステータスは知っておく必要がある。今後また事件に巻き込まれる事があるかもしれんしな。知っておいた方が融通が利くだろう。
名前:ケイカ
情報:犀人 女 15歳
体力:E
筋力:F
敏捷:E
魔力:C
知力:E
魅力:B
幸運:E
スキル: 【風魔法】
【魔力吸収】
【呪術耐性】
特殊スキル:【魔力貯蔵(角)】
スキルが三つ、特殊スキルが一つ。魔力がC、魅力がBだけどそれ以外は平均的なステータスで特筆すべき所はないな。どうでもいいけどEとF多くてステータス見辛えなオイ。
風魔法はバンバン使ってたな。使っていた魔法は暴風砲火、烈風通道、蜃気楼風。……サイ、言いたいだけじゃねえか。
魔力吸収は文字通り、魔力を吸い上げるスキル。大気中から微量の魔力を吸い上げて自身の魔力に変換出来るらしい。自然回復が二倍になるようなもんだ。メチャツヨだな。
呪術耐性はどうやら俺が解呪した後に取得したようだな。文字通り呪術による耐性を得るらしい。
強力な呪術を長時間掛けられていると取得できるようだ。俺もなんか自分に掛けようかな。と言っても自分で解呪出来るからいらんか。
魔力貯蔵は以前ケイカが言っていた。角に魔力を貯めておけるスキルだな。スライムが粘液を持っていたように、犀人限定の固有スキルと言った所だろう。
「あ、危なかった……もう、やんちゃな子ですね。怪我したらどうするんですか」
「ケイカ」
「……何です?」
「角、もう平気なのか?」
「え? ああ、はい。最初はびっくりしましたけど。前にも言いましたが、少しずつ再生しますので大丈夫ですよ」
「そっか」
未だ折れた後が残っているものの、どうやら元に戻るようだ。凄い騒ぎようだったからな、少し心配していた。
半年経って、多少は魔力が貯められるようになったらしい。うっすらだが光ったりもする。
俺はケイカから離れて、カウンターに座る。帰るなり何処かへ消えていたボタンもちゃっかり膝の上に乗っかってきた。
「うお、ボタン。いきなり乗っかるなって」
「わー、ボタンだ! 触っていい?」
「良いけど、そんな強く引っ張るなよ」
「はーい! ……うわ、相変わらず柔らかい」
「ちゅう」
もにもにとボタンを引っ張るミスミ。ボタンが嫌がってる様子は無いけど、随分伸びるな。
これだけ伸びるなら変形も出来そうなもんだが……相変わらず変化は使えない。ま、良いけどな。スライムにはスライムの良さがある。闇魔法だけでも十分戦えるし。
おや、何やら頭に違和感が――
「ケイカ、何をやってる」
「え? 撫でてるだけですが」
「何故無言で……怖いわ」
「ふふ、不器用ながらも心配してくれるハナさんが可愛くてですね」
「別に心配なんてしてないし。ホラ、ちゃっちゃと棚の整理しろって」
見ろ、女同士でいちゃついてるからリアムが生暖かい目でこっち見てるだろ。こっ恥ずかしいからやめて欲しい。
ミスミもずっとボタンをもっちもっちしてるし、身動きが取れん。まぁ……居心地は悪くないけど。
このまま、まったりと午前中を過ごす……と思っていたのだが、事件は突如訪れる。
ガラッと、勢いよく扉が開けられた。入口には、一人の男が仁王立ちしていた。一体コイツは何者なのか。




