もっと完璧に、もっと素敵な、誰が見ても羨むような美少女に
2019/1/28 会話表示修正
長い夜も明け、再び森は静寂を取り戻す。
散々暴れまわっていたスライム達も、トレントを倒した後は落ち着きを取り戻している。今までの騒動がまるで嘘のようだ。
そのかわり、村の方は大騒ぎ。朝っぱらから門の周りには衛兵やら、崩れた門を見に来る野次馬やらがわちゃわちゃしている。
早朝に帰ってきた俺とレイは、直ぐに家まで送って貰えた。
爺さんは息子がやんちゃ過ぎて多少の事では動じんよ、と言っていたが内心、心配していたのだろう。夜通しずっと起きていたようだ。
そんな爺さんには悪かったが、俺もレイも体力的に限界だった。部屋に戻ると、ばたりと気絶するかの様に眠ってしまった。
そして今、俺は新たな戦いを強いられている。
「あっ、ちょっ、もうちょいっ」
「きゅう」
「バカ止めろオイお前今はマジでヤバイから!!」
「きゅっ!」
「イッッッ!! イウッッタァァァァァァァァゥイ!!」
ちゃんと家までついて来た黒いスライム。そいつの過剰な愛情表現が、筋肉痛のせいで起き上がるのにも一苦労な俺の体を痛めつける。
このちょっと撚るだけで襲ってくる激痛。少しつま先をくいっと前へ伸ばすだけで攣りそうになり、筋肉はどこかしらぴくぴくと痙攣している。
うう、こんなの美少女の役割じゃない。
俺の声を聞いたのか、コンコンとノックをしてレイが部屋へと入ってきた。
「ハナちゃん、おはよう。元気そうで良かった」
「バカモン! どう見ても瀕死だろ! この黒いのを早くどけてくれ!」
「ちゅう」
「ちゅうじゃねぇよキスするぞコラ」
「まぁまぁ落ち着いて……ほら、駄目だよ。ハナちゃんが起き上がれないよ」
俺にのしかかっている黒スラをレイが拾い上げる。思いの外、黒スラは大人しい。
家に戻る時、一旦コイツを冒険者……ヨルアのおっさんに預ける流れになった。コイツも突然変異体だし、そのまま俺が使役するのは流石に不安な点が大きい。
悪いようにはしないと言うことだし、レイの先生でもあるから信用していたのだが、黒スラがゴネて俺から離れようとしなかったのだ。
悩んだ末、後日改めて迎えに行くとの事だ。当人たちも大分お疲れだったからな、あんまり長引かせたくなかったのもあるだろう。
そんな訳で家まで付いてきたのだが。俺が起きた途端に懐いてきた。物理で。寝てる間は何もしてこなかっただけマシだが。
「そういえばさ」
「ん、どした?」
「このスライム、名前決めてないの?」
「……忘れてた」
名前か。確かに付けてなかったな。状況が状況だったし仕方ない。
一瞬、もう黒スラで良いんじゃね? と思ったが、それを察したのかレイが微妙な表情になる。
「ちゃんと決めてあげようよ。こんなに懐いてるんだし」
「へいへい、わかってるって」
と言っても名前なんてそんなにポンポン浮かばないしなぁ。
スラちゃんとかライムちゃんは普通過ぎてつまらんし、スーさんとかイムラさんは色んな意味でNGだし。
実家で犬飼ってた時も結構悩んだっけ。別に急ぐ必要も無いが……やっぱり名前って早く欲しい物なのかな。心なしか黒スラがそわそわしているように見える。
黒いからクロ、は流石に安直か。他は……そうだ、そういやコイツ、普通のスライムと違って水っぽく無いんだよな。団子みたいにボテッとしている。
まるでぼたもちだな。――む、ぼたもちか……うん、そうだな。
「決めたぞレイ」
「おっ、意外に早いね。どんなの?」
「黒スラよ、今日からお前の名前は『ボタン』だ。どうだ、良い名前だろう?」
ぷるぷると震えている。嬉しいのかがっかりしてるのか微妙なラインだ。
レイは覚えやすくていい名前だねと褒めてくれた。可愛い名前だねと言ってほしかったけどね!
「良かったね、ボタン。良い名前を貰えて」
「……」
「ん? どうしたの?」
「きゅ!」
「うわっ!?」
ボタンは勢いよくレイの腕から離れると、そのまま俺へダイブしてきた。
「ぶげぇっ!?」
「す、凄い勢いでスリスリしてるね」
「腹が、腹が擦り切れる……拷問かこれ」
どうやら喜んでくれたようで、今まで以上に懐いてくる。死因が命名とか笑えない。
あー、もう駄目だ。今は起きれる気がしない。別に何かやることがあるわけでもないし、今日はこのまま二度寝タイムに突入するか――
「きゅうぅ」
「あーもう! ぎゅうぎゅう腹を押すな! 寝れねーだろ!」
「ハナちゃん、下で爺ちゃんが話をしたいって言ってたけど」
「今日は無理! 階段から転げ落ちるわ! 痛みがある程度引くまでもっかい寝る!」
大体、なんでレイはあんなピンピンしてるんだ。普段から訓練してるとはいえ少しくらい疲れが残るだろ。恐るべし現役の子供。
ボタンをむんずと掴み、腹から引き剥がして再度抱き寄せる。うむ、抱き枕みたいで寝やすい。
レイがなんか言ってるが、気にせず寝ることにした。流石にか弱い美少女にはハード過ぎた、直ぐに、うつらうつらとしてくる。
……ケイカはどうしたんだろうか。アイツ、確かそのままスノーと一緒に隣町へ向かったんだっけか。
ケイカも死にかけたり、角が折れたりと散々だったから疲れてるはずだが……大丈夫かな。
心配しつつも睡魔には勝てず、俺はそのまま静かに眠りに入った。
その頃、アーキスは休む間もなく事後の対応に追われていた。
あくびを噛み殺しながら、机に向かって黙々と筆を走らせている。
そこに、夜通し村の騒ぎを収めていたダンテが現れる。
「おや、珍しく仕事熱心ですね、副長」
「昨日からずっと言われている気がするな、それ」
「やはり、件の事件絡みで?」
「その報告書だな。やれやれ、この歳になって徹夜は辛いよ」
既に一報、本国へと入れていますしそこまで急ぐ必要も無いのでは? と、アーキスはダンテに宥められる。
だが、トレント亜種の出現、スライムの暴走など、看過出来ない事態が一夜の内に発生している。少しでも早めに情報を伝えた方が良いだろうと、アーキスは感じていた。
門の修復も急務だ。リールイ森林の一時的な閉鎖も既に完了している。直に村人の騒ぎも収まるだろう。
だが、いつまたあの様な魔物が出現するかわからない。暫くは気が緩めないなと、アーキスは小さくため息をついた。
「しかし……ハリス達の話を聞く限り、なんとも恐ろしいトレントですね」
「ああ、まさか二つに切り離しても尚、襲ってくるとは。並々ならぬ執念だ」
「しかも、バラバラにした後に中身、黒い球体が飛び出してきたのでしょう? もはやそれは――」
「トレントでは無い。別の何か、かもしれないな」
ただの突然変異であれば良いのだが、とアーキスは眉間に皺を寄せて煩慮する。
「そこまで副長が考え込むことも無いですよ。ほら、後、数日もすれば兵長が戻ってきますし」
「……そうだな。まずは村の安全を最優先に考えよう。小難しい事を考えるのは柄でも無いしな」
「兵長の方がもっと似合いませんがね」
「ハハ、違いないが本人に言ったら駄目だぞ? ああ見えて繊細なんだからな」
兵長も副長も一癖あるよなぁと感じるダンテであった。
「わかっていますよ。ところで、保護した二人の子供は今何処に?」
「ああ、既にダズ殿の所へ戻っているよ。強い子達だ。帰りも談笑する余裕すらあったからな」
「肝が座っていますね」
レイはともかく、もう片方の少女……ハナがあれ程逞しいとは思わなかった。
黒いスライムを使役し、瀕死ではあったもののトレントを追い詰め、更には最後のあの攻撃……一体どうやって剣を飛ばしたのか。
得体の知れぬ魔法に、少女とは思えぬ根性。アーキスは、あの少女の事が気になっていた。
「どうかされましたか?」
「む、いや、少し眠気が来てね。少し仮眠を取るか」
「仮眠と言わず、一日休まれた方がよろしいのでは?」
「いいや、平時は散々休んでいたからな。こんな時くらい頑張っても良いだろう」
「無理はなさらないで下さいね。もうお年なんですから」
「……自分で言うのはともかく、お前から言われると腹立つなそれ!」
片田舎の衛兵とはいえ、騎士の会話とは思えない程落ち着いた空気が流れている。
幸い、今回の件で死亡者は出ていない。負傷者も大した傷は無かった。気を緩めるつもりは無いが、アーキスは安堵していたのだ。
だが、またこうして危険な魔物と対峙する機会が増えるだろうと心の何処かで感じていた。
複雑な心境ではあるが、今はまだ考えても仕方がない。まずは出来る事をやるだけだ。アーキスはそう割り切り、自身の仕事に励むのだった。
温かい何かが頭に触れているのを感じる。さらさらと髪を撫でられているのが心地よい。
ずっとこうされているのもいいが、一体誰なのか気になる。俺は、ゆっくりと瞼を開ける。
目の前には、俺の頭を優しく撫でている小さな角を持った美少女がいた。
「おはよう、いえ、もう夕方ですね。こんばんわ、ハナさん」
「ケイカ……か。なんで頭触ってるんだ?」
「寝てる姿があまりに可愛かったので、つい撫でてしまいました。本当に、口を開かなければ可愛いんですよね」
「一言余計だっつの」
俺はゆっくりと起き上がる。……よし。筋肉痛、まだ痛むけど多少は引いたか。
ボタンはずっと俺に抱かれて寝ていたようだ。スライムって寝るのか知らないけど。ただ、今は大人しくなっている。
「冒険者ギルドで色々聞かれてたんだろ? もう良いのか?」
「はい、今日はゆっくり休んでくれと言われまして。流石にあの家には戻れませんので、こっちに来ちゃいました」
「来ちゃいました……って、よくたどり着いたな」
「イルヴィラさんに連れてきて貰ったんですよ」
イルヴィラって……ああ、昨日いたクールビューティーな騎士か。
そりゃ重要参考人だし、衛兵の一人でも付くか。徹夜というバッドステータスでようやるわ。
道中楽しくおしゃべりしたらしく、ニコニコ顔で仲良くなったと報告してくる。
「イルヴィラさん、ハナさんとお話してみたいって言ってましたよ。今も下にいますし、早速行きましょう!」
「ちょ、待て引っ張るな! 筋肉痛で全然動けないんだから」
「鈍ってますね。私なんて全然動けますよ! ホラ!」
ホラじゃないわ! いつつ、少しツッコむだけで腹筋いてぇ。
半ば強引に、ボタンを置き去りにして俺はケイカに下へと連れて行かれる。
苦労してたどり着くと、ダズ爺さんとイルヴィラが店頭で話をしている。
「ケイカさん、呼んできてくれてありがとうな。……ハナちゃん、もう平気なのかのう?」
「平気じゃ無いです。めっさ死にかけてます」
「ほほ、大丈夫そうじゃのう。イルヴィラさん、彼女が先程言っていた、ハナちゃんじゃよ」
平気じゃないって言ってんだろジジイ! 態度だけで判断するな!
俺が憤慨していると、やけに姿勢の良い女性がこちらへと近づいてくる。彼女がイルヴィラか。よく見ると……めっさ美人だ。
「始めまして……では無いわね。今朝方ぶりかしら? イルヴィラよ。よろしくね、ハナさん」
「あ、はい。ハナです。昨日はありがとうございました。皆さんが来て頂けなかったら、私はどうなっていたか」
イルヴィラに頭を下げた。うーん、か弱き誠実な美少女は可愛いなぁ。俺がイルヴィラなら思わずキュンキュンしてしまうな。
俺はイルヴィラの言葉を待つが、中々帰ってこない。どうしたんだ?
「……」
「あの、どうかしましたか?」
「……はっ、失礼しました。思わず……いえ、何でもありません」
「はあ、そうですか」
話が苦手なのか? いや、自分から話したいって言ってたし良くわからん人だ。
「本当に、無事で良かった。貴方のような可愛らしい子が傷付く姿、見たくないもの」
「可愛らしいだなんて、そんな」
俺は少し顔を赤らめ、照れる素振りをする。イルヴィラは世辞が上手いなぁ。
可愛らしい……ふへへぇ、ホント可愛らしいだろ。俺もそう思う。俺がイルヴィラなら思わずニンマリする。
「はぁうっ!!」
「!?」
すると突然、イルヴィラが顔を隠してしゃがみこんだ。
「一体どうしたんですか!? まさか体のどこかが痛むとか」
「い、いえ、大丈夫、です」
「イルヴィラさん、顔が赤いです。無理しないで下サイね?」
少し変な声で答えてきた。なんか怖い。
イルヴィラはすくっと立ち上がると、先程よりもキリッとした表情で俺を見る。
「とにかく、貴方が元気そうで良かったわ。ケイカさんも無事送り届けましたので、これで失礼します」
「そうじゃの。お主も昨日から寝ていないようだし、無理せず帰ると良い。改めて、孫達を救ってくれて礼を言う」
「ダズ殿、此方こそこんな可愛い子を紹介し……いえ、騎士として当然の事をしたまでです。それでは」
「イルヴィラさん! 本当にありがとう!」
「はぁぁう!!」
凄い勢いで店から出ていってしまった。何なんだあの人。騎士も冒険者も癖のある奴ばかりだな。
「私といた時はあんな奇行、してなかったんですけどね。ハナさん、何かしました?」
「いや何もしてねぇよ。徹夜でテンションがおかしくなってんだろ」
「ほほ、わしも若い頃はよく徹夜で薬草をもぎまくったもんじゃ」
「徹夜で草むしりとか囚人でもやらねぇよ……」
一体何だったんだ。悪い人では無さそうだし、普通に美人だからお知り合いになって良かったとは思うが。
ともあれ、ケイカが無事に戻ってきた。暫くは隣町の冒険者ギルドや衛兵の駐屯所でお世話になるそうだが、少しすれば解放され、自由に過ごして良いそうだ。
爺さんとも既に話は付けており、正式にこの家に居候するらしい。お金大丈夫か爺さん。
こうしてケイカは俺の仲間(召使い)となり、一つ屋根の下で暮らす事になった。
(お疲れ様です。ハナ様)
その夜。部屋で一人空を見上げ星を眺めていると、今まで静かだったセピアが話しかけてきた。
ったく、ずっとダンマリだったから少し心配したんだぞ。
(おう、お疲れだぞ。さっき寝たばかりなのにまたぐっすり寝れそうだ)
(小さく脆い体でありながらも、全身全霊で敵と向き合うその姿。本当に、ハナ様には感服致しました)
(やめろやめろ仰々しい。てきとーに褒めてくれりゃ良いんだよ)
そう直球に褒められると少し照れる。俺は誤魔化すようにセピアの言葉を遮る。
だが、セピアは構わずに言葉を続ける。
(ハナ様がこの世界へと転生してからまだ15日間程。ですが、既に信頼できる配下を作り、友と呼べる仲間が現れ、そして家族とも呼べる存在が出来ました)
(む、そうだな。運が良かったな。Aだし)
(それだけではありませんよ。悪態をつきながらも相手の事を思って行動するハナ様だからこそ出来た事です)
(う……)
やめろ。こういうべた褒めは苦手だ。こっ恥ずかしい。俺は隠すように手に顔をうずめる。
セピアめ、わざとやってるのか?
(今なら、カラー様が言った事が分かる気がします。ハナ様、貴方は)
(ああああ!! もーいい寝る!! 俺は寝るぞぉ!!)
(ええ!? まだ話の途中ですよ)
(うっせ知るか!! 疲れてるって言ってるだろ!! 大体なんだお前は俺の母親か何かか!! そんな恥ずかしい事つらつらマジトーンで語りやがって!!)
俺はバッと布団を被り、ボタンをむぎゅっと抱いて寝る体制に入る。
確かに色々繋がりは増えたけどな。そこまで俺は大層な物でも無い。見た目はともかく中身はな。
そんなに褒めちぎってくれると恥ずかしさと申し訳なさで堪えられないのだ。だから――
(セピア)
(何でしょうか?)
(ありがとな。……おやすみ)
(はい、ごゆっくりお休み下さい。ハナ様)
逃げる様に、礼を言うしか無いのだ。我ながら情けない。
いくら見てくれが美少女でも、いざという時こんな調子じゃ駄目だ。もっと可愛く、清廉にならないと。
なんだかんだ、まだ自分に自信が持てていないのかも知れない。可愛さも、強さも。
はぁ。もっと完璧に、もっと素敵な、誰が見ても羨むような美少女に――なりてぇよなぁ。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。最初の章はここまでとなります。




