可愛げのあるマスコットキャラみたいなのを使役して覚悟を決めた美少女が敵に立ち向かう
2019/1/28 会話表示修正
外装が剥がれ、黒く変色した幹。まるで激高した翁のような表情になり、根を鞭のように撓らせて激しい攻撃を繰り出すトレント。
先程みたいにくしゃみをするような茶目っ気は既に無く、ただ機械的に目の前の敵を排除する魔物に豹変している。
「……面倒だな。朝までには帰って、妹の朝飯を作ってやらなきゃいけないんだが」
リアムはため息混じりに冗談を言い、次々に襲い来る根を避け続ける。スライムが減ったのは良いが、これでは埒が明かないと焦り、攻撃を試みる。
トレントが根を横薙ぎする。リアムはそのまま高く跳躍し、トレントへ接近する。
「予想以上に柔らかいな。コイツめ、トレントに擬態した大タコか何かじゃないのか?」
トレントは嗄れたうめき声をあげながら、リアムの左右から枝を挟む様に叩きつけようとする。
「……ヨルアさん、片側を頼みます」
「任せておけ――そぉらァ!」
ヨルアは勢いよく槍を投擲する。槍は、リアムを挟み込もうとする左側の枝をへし折り、そのままトレントへと一直線に向かう。
だがトレントは、根を大きく振り上げてその槍を弾いてしまう。
「やはりそう上手くはいかんか!」
「いえ、十分です」
リアムはもう片側から来た枝を切り落とすと、そのままトレントの真正面へたどり着く。
先程あった傷は――幹が剥がれた後も未だ黒い液を垂れ流し続けている。
やはりここが弱点か。とリアムは短剣を抜き、迷いなく突き刺す。
「……ちぃっ、逸らされたか」
トレントとは思えない異常な反応速度で、傷への攻撃を避ける。すぐに他の枝が襲って来る為、リアムはそのまま後ろへと離脱する。
ヨルアは鎖で繋がった槍をそのまま引き寄せ、リアムと共に後方へと下がる。
「惜しかったなリアム。さて、投槍もヤツの速度ではまともに当たらぬだろうし、どうしたものか」
「暴風砲火!」
「む? この声は――」
突如、目の前に竜巻が起こる。暴れ狂うような根の鞭を切り裂きながら、トレントを後退させる。
ヨルアが振り向くと、桃色の髪を靡かせ、風魔法を撃った少女、ケイカが立っていた。
「犀のお嬢さん、こちらに来て大丈夫なのか?」
「スライムよりも、トレントを早急に倒さないとどの道お陀仏ですので。私も手伝います。それと、ファイトさんも無事ですよ。後方で少し休んでいます」
「そうか、良かった」
ヨルアはトレントの方へ向き直る。サイクロンを受け千切れた根が再生、いや、成長していく。
「……参ったな、これではキリが無い」
「ウラァァァァァ!!」
「この声は」
スノーは掛け声を上げ、拳を降りおろした根に叩きつける。そのまま気合の掛け声とともに、メキリと音を立てトレントの根が弾け飛んだ。
「スノー。お前まだ休んでた方が良いんじゃないか?」
「リア先輩だって疲れてる癖に! ふふん、もう大丈夫! 私が変わってあげますよ!」
「やれやれ」
「やれやれ……じゃないですよ! 美少女が手伝いに来たんですよ? もっとシャキッとして下さいシャキッと!」
「……めんどくさ」
スノーの破壊力ならば、当てさえすればトレントを倒せる。面倒だと悪態をつくも、頼もしい後輩だと笑みを浮かべるリアム。
だが、根は切り落としても粉砕しても再生され、いざ本体へ攻撃すれば避けられる。どうすればトドメの一撃を与えられるか。リアムが考えていると、不意に後ろから声が聞こえた。
「行くよ、黒スラちゃん! あのトレントに、君の力を見せてあげて!」
「きゅう!」
可愛げのあるマスコットキャラみたいなのを使役して覚悟を決めた美少女が敵に立ち向かう姿、見てるか?
こんな暗いシケた森なのは残念だが、今すっごい美少女活してる! ああ、異世界来て良かった。
(ハナ様、喜ぶのはトレントを倒した後……いえ、この森から脱出した後です。さぁ、早く彼に命令を)
この緊迫した空気で舐めてるの? という感じでセピアが急かしてくる。ご尤もなので何も言い返せないけど。
俺は黒スラに命令をする。
「黒スラちゃん、皆をサポートするよ! シャドウエッジでトレントの根っこを切って!」
黒スラはぴょんこと跳ね、根の影からシャドウエッジを放つ。
スパスパと切れるやつもあれば、太くて切れない奴もあるな。まぁ、とりあえず手当たり次第切っとくか。再生する時間も少しラグがあるし、あいつらもやりやすいだろ。
「……これは闇魔法か。あの子、名前は確か」
「あの子はハナ、魔物使いなんだって。闇魔法を使ってるのはあの黒いのね」
「黒……ああ、あれか……って、何だあれ!」
「スライムでしょ? 何驚いてるんですか」
「あんなスライムいるのか? 核がないぞ。どうやって動いてるんだ?」
「もう、ボサッとしてないで行きますよ! せっかく黒スラくんが牽制してくれてるんですから!」
「あ、ああ」
ふふん、驚いてる驚いてる。やっぱ美少女には謎生物のマスコットだよな。
そういった意味じゃコイツは中々良い拾いもんしたぜ。へへへ。
(そういう賊みたいな言葉遣いさえ直せれば素敵な美少女なんですけどね)
(賊!?)
後で覚えてろとセピアに脅しをかけつつ、俺はケイカの元へと向かう。
「ハナさん、トレントの根を切ってもすぐに再生してしまいます。魔力を無駄に使うのはまずいと思いますが」
「あん? 流石に無限には再生はできないだろ。それに、あの木偶の坊の動きを封じる必要があるからな。そういった意味でも黒スラには牽制に徹してもらう」
「おや、君は……」
「あっ、さっきはどうも。ヨルアさん、ですよね? ハナと言います……と、挨拶はまた後ですね、まずはあのトレントを倒しましょう!」
「そうだな。ともかく、君があの根を抑えてくれるならやりようはある。君のような幼い子に危険な事をお願いするのは気が引けるが、頼まれてくれるか?」
「はい! 私、一生懸命頑張ります!」
「急にキャラ変えないで下サイ。反応に困ります」
キャラ変えるとか言うなよ。最終的にはこっちメインで行くつもりなんだから。
ハハ、何百年かかるんですかね……というセピアの小言をスルーしつつ、黒スラの様子をみる。
……よし、大丈夫そうだな。従魔になってから、何となくだが黒スラの魔力が残りどれ程か感じ取れるようになった。
出来れば今のうちになんとかしたい所だが、ヨルアのおっさんは良い作戦があるのかな。
「リアム、スノー、二人はトレント本体への攻撃を頼む。特にスノー、お前の魔拳なら、トレントを倒すのに十分な威力だ。多少逸れてもダメージは与えられるだろう。やってくれるか?」
「はい! 任せて下さい!」
ドンッと胸を叩くスノー。そのドヤ顔、今はちょっとだけ頼もしい。
リアムも、無言で短剣を構える。うーん、スノーと違ってクールだ。
「犀のお嬢さんは私と共に本体へ向かう二人のサポートだ。先程の風魔法、冒険者として十分やっていける物だ。期待しているよ」
「はい、どの道私の魔法ではあのトレントを捉えきれませんので。後衛に回ります」
「ハナ、君は引き続きあの従魔を用いてトレントの牽制と、未だ周りを彷徨いているスライムの対処をお願いしたい。何、大きな根やリアム達に襲いかかってくる物は私達で処理する」
「わかりました!」
根っこだけじゃなくてスライムもか。一気に魔力を使いそうだけど行けるかな。
俺は黒スラに確認すると、きゅ! と力強く鳴いてぴょこんと跳ねた。うん、行けるな。
簡単な振り分けだが、前衛2後衛3、後衛で前衛への攻撃を抑えつつ、一気に前衛が叩く。前衛に敵の攻撃を受ける奴がいないのが些と不安か。ファイトのおっさんがいればな。
「行くぞスノー。根に当たったら……いや、お前の頑丈さなら大丈夫か」
「なんですかそれ! レディに対して失礼ですよ先輩! ファイトさんですら死にかけたんですから!」
「さっき、思い切りぶん殴ってただろ……」
前衛二人が仲良く突撃する。仲いいなお前ら。
「さあ、こちらも行くぞ! せぇや!」
「全て明け渡せ、風の道へ。烈風通道!」
ケイカが唱えると、今度は竜巻でなく、外へと押し出すような、強い突風がトレントを襲う。
先程の様に魔力が十分ある訳ではない為、見た目は地味だが、きっちりトレントの根を抑え込んでいる。
何が凄いって、おっさんが投げた槍、風の影響受けてないのよね。味方は効かないのかしら?
もちろん、俺も負けてはいないぞ。周りを見てきっちりスライムも処理している。いや、黒スラがやってるんだけど。
リアムとスノーは根を避けながら、確実に前へと進んでいく。
いいぞーいけいけー! そのままヤツの土手っ腹にぶち込んでやれ!
「よし、このまま一気に」
「グルル……オォォォォ!!」
「ぐうっ、凄い叫び声……! だけど! ギルドマスターに比べればこんなもの!」
「……後で報告しといてやるからな」
「ヒエ……やめて下さい」
相手が負けてたまるかと雄叫びを上げているのに、未だ軽口叩いてるぞ彼奴等。ある意味凄い。
そこに、トレントの中でも一番デカい根っこが二人を襲う。くそ、流石にあの位置じゃケイカの魔法じゃ巻き込んじまうか。シャドウエッジもあれは防げない。前衛二人になんとかしてもらうしか無い。
「スノー、前に出ろ。俺があのデカブツを受ける。少し屈めよ」
「先輩!? 流石に無茶ですよ! あんなの――」
「良いから行け! さっさと本体に一発入れてこい!」
リアムはそのまま受け止める体制を取る。コイツマジか。見る限り回避主体の身軽なアタッカーって所だろ? あんなの受け止められるはずが――
「アースプロテクション――ぐうっ、ぬゥゥゥッッ!!」
一言、魔法を唱えると共に根を全身で受け止める。地面に軽くめり込むも、何とか踏みとどまっている。すげ……この兄ちゃん、中々やるな。
そのおかげで、スノーがトレントの目の前に躍り出る。周りに邪魔をする根も無い。よし、行ける!
「行けスノー!! 思いっきりぶち抜けェ!」
「いい加減にっ、さっさと倒れろォ! ウッラァァァァァァ!!!」
俺が入れた傷へ、スノーの魔拳が打ち込まれる。
着弾した瞬間思い切り空気は爆ぜて、トレントの唸り声と爆発音で腹に響くような轟音が鳴る。
爆発の煙が徐々に消え、トレントの全容が見える。
魔拳を食らった部分から、大きな穴が空いている。見た所、半分以上は削られているだろう。
「うっし! まさに風穴ぶち抜いてやがるぜ!」
「流石にこれならあのトレントも――」
「グゥゥゥゥオオオォオオオォォォッッ!!」
「まだだ、まだ終わってないぞ! スノー! 下がれ!」
ケイカが言いきる前に、トレントが叫ぶ。しぶとい奴だ!
ヨルアが叫ぶと、スノーはふらつきながらも後ろへと下がる。まだ動けるだけマシだが……
「あんな状態なのにまだ根が再生するのか!」
「黒スラ、あの二人を援護しろ!」
「きゅう!」
スノーに襲いかかる根を、シャドウエッジで処理していく。――ダメだ、近ければ近いほど頑丈なのが多い!
リアムから巨大な根が離れる。野郎、スノーに集中攻撃する気か!?
巨大な根は上に大きく振り上げられると、そのままスノーの方へ向ける。
「スノー走れ! 一番大きいのが来るぞ!」
「ちょ、無理ですって! もう魔力切れの体力切れで」
「四の五の言うな! さっさとしろ!」
リアムがスノーの方へと向かう。だが……クソ間に合わねえ! スノーの頭上に大きな根が移動してくる。
「くううう! こうなったら先輩の様に素手で受けとめて」
「バカ! 足を止めるな! さっさと走れスノー!!」
リアムが叫ぶが、もう遅い。スノーは正面切って受け止めようと構えている。
あのバカ、流石に無理だ。くそ、一体どうしたら……!
俺が考える間もなく、無情にもスノーの頭上へと根を振り下ろされるのだった。




