こんな時に寝てる奴が一番ふざけてると思うハナちゃんなのでした
2019/1/28 会話表示修正
妙に体が軽い。ふわふわと浮いているみたいだ。俺は死んでしまったのだろうか?
「全く――幾ら何でも無茶苦茶です。一介の冒険者すら手こずる魔物に特攻なんて。少しは美少女らしく後ろで大人しくしてて下サイ」
う……どっかで聞いたような声だ。きっと今まで聞いてきた声が走馬灯のように浮かんでいるのだろう。いや、もう死んでるけど。
なんか気持ちよくて動きたくないんだよな……ふわふわした感じが堪らない。
「いつまで寝てるんですか! さっさと起きろ!」
「いだっ!?」
急に落とされた!? いつつ、尻が……ったく、仏さんに何てことしやがるんだ!
俺は堪らずババッと起き上がる。
「誰だか知らんが何すんじゃボケ! 痛いだろが!」
「それだけ元気なら早く起きて下サイ! 悠長に話してる暇は無いですよ!」
「ってお前! ケイカじゃねーか! 無事だったのか!?」
「話は後です、まずはあのトレントを何とかしますので、ハナさんはそこでおとなしくしてて下サイ!」
そ、そうだった、それにしたって一体何がどうなったんだ? 俺は無事だしケイカはいるし、訳がわからない。
(ハナ様!? 良かった、無事だったのですね)
(セピアか。うん、どうやら無事っぽい。何が起こったのかはわからんが……とりあえず今は)
俺は地に手をついて立ち上がる。どうやら、俺が少し気を失っている間に合流できた様だ。
ケイカは風魔法で周りのスライムを蹴散らしている。あいつ、魔法使って大丈夫なのか?
「ハナちゃん! 気がついたんだね。大丈夫? 怪我とか無い?」
「レイ、すまんちょっと状況についていけない……ヤバイ状況なのは重々承知なんだけど、少し教えてくれ。何がどうなった? なんでケイカが普通に魔法使ってるんだ?」
「う、うん。実は――」
レイから、俺がノビてる間に起こった事を簡単に教えてもらった。
まずケイカだが、俺たちが戻った後に魔力が底を尽きたそうだ。風が止まった所で保護されたらしい。
その後、スライムから離れる為に一旦退避。その後、巨木が動いているのを遠目に見えたのでもしやと思い駆けつけて来たのだ。俺が地面に叩きつけられる直前、ケイカが風魔法で衝撃を和らげて俺を救ってくれたらしい。
助けるつもりが助けられていたと言うことだな。そのままトレントと交戦し今に至る。ちなみに、俺が気を失ってから数分しか経っていなかった。
「ケイカの魔力が無いのなら、なんであいつバシバシ魔法使ってんだ?」
「ケイカさん、なんでも角が二つあるみたいでもう片方にも魔力を貯めてるらしいんだ」
「そういえばもう一個あったな……ちっちゃいのが」
立派な角――だった物の上方に、ニョキッと生えている小さな角。予備電池みたいな物だろうか。
そちらは無事だったようで、魔力を出し切る事なく戦えているようだ。先程の様に派手な魔法は使えないみたいだが。
「あぶねっ! おーい角の嬢ちゃん! スライムがこっちまで来てるぞ!」
「無茶言うなファイト。三人を匿いつつ戦ってるんだ、戦力を分散出来てるだけで十分なくらいさ」
「少しずつだが、トレントの動きも鈍っている……先程の特攻で負った傷が効いているのかもな」
冒険者三人も疲労困憊でありながらもトレントと対等に渡り合っている。
リアムが言ったように俺がぶっ刺した所から、黒い液体が絶えず流れており、トレントもその部分を庇うように応戦している。
ヨルア、ファイトがトレントの攻撃を引き付け、機動力が高いリアムがその傷に狙いを定め短刀にて攻撃を加える。
少しずつ傷を広げ、着実にダメージを与えてはいるのだが、危機感を覚えたのかトレントの攻撃もより一層激しいものへと変わっている。
「Zzz……」
「で、このアマはまだ寝てるのか」
「よく寝れるよね……この状況下で」
隣では青髪の美少女が気持ちよさそうに寝ている。ケイカに守られているとはいえ無防備すぎるだろ。
……なんかムカつく。俺はそっとスノーの胸に手を置く。
「ああーっとこんな所にもスライムがっ!」
「ちょ、何してるんだよ!? ダメだよこんな時に悪ふざけしちゃ!」
「こんな時に寝てる奴が一番ふざけてると思うハナちゃんなのでした。おのれスライムめ、このっこのっ」
制裁の意を込めてこねくり回していると、流石に違和感があったようで、スノーの意識が戻ってくる。
「ん……んう……? ひゃっ!? ちょ、何!? 何なの!?」
「あ、起きた」
「起きた、じゃないわよ!」
びしびしと頭を叩いてくる。こんなに元気なら一緒に戦ってこいや。
「スノーさん、体は大丈夫? さっきまで歩くことも出来ない様子だったけど」
「んー……少しは回復したかも。でも、私が出てもまた足引っ張るだけね。魔法も二、三発しか撃てなそうだし」
「乳揉まれるくらいスキだらけだしな」
「むぐぐ……このエロガキ!」
レイやスノーもそうだが、俺もボロボロでいたる所に細かな傷がある。
そりゃ魔物に飛びかかったらそうなる。美少女の柔肌が……なんて事だ。傷が残ったらあの魔物タダじゃおかねぇ。
俺は周囲に目を向ける。相変わらずスライムが数体彷徨いており、ケイカが危なげなく追い払っている。
……少し数が減っているか? 流石に無限湧きって事は無いかもしれないが、どうしたんだろうか。
いざとなったら俺も少しは……ってあれ? 箸が――箸が無い。そっか、さっき振り落とされかけた時手放しちゃったっけ。
何か代わりになるものは無いかな。そこらへんに落ちてる枝程度じゃダメだし、少しでも頑丈で、俺でも扱えるやつ。
付近の地面を物色していると、ある事に気づく。
(ん? んんぅ~?)
(ぐすっ……どうなされました?)
(セピア、お前泣いてたのかよ……じゃなくて、何か今あそこで動いたような……?)
(スライムでしょうか? ですがそれらしき姿は見当たりませんが)
(うん、あの付近は確か)
俺がトレントに一発カマしてびゅーびゅー飛ばしてたあの黒い液体だ。それ以外には何も見当たらない。
ただでさえ暗くて見辛いので確認し辛いのだが、俺には何か蠢いてるように見え――
(――っ! ハナ様、すぐにそこを離れて下さい!)
(へ? 一体何が)
一瞬の出来事だった。俺が気付いた時には既にそれは目の前まで迫って来ていた。
それが一体なんなのかわからない。だが、その黒い影は俺に向かって突進してきた。
「え、ちょ、うわわっ!?」
思わず尻もちをついてしまう。本日何度目だろうか。
そこに勢いよく黒い影が腹部に飛びかかってきた。
「ぐへぇ!?」
「ハナちゃん!?」
美少女らしからぬ声をあげ、レイが俺の異変に気づく。
ちょっと美少女を痛めつけすぎじゃないですか? 女の子の腹は攻撃しちゃいけないんだぞ!
と、思いつつ未だ違和感のある腹部を擦る。するとどうだろう。何やら体験したことの無い感触が俺の手を通して伝わってくる。
「いつつ……な、なんだこれ。黒い……スライム?」
他のスライムとは違いぷにぷにの感触。以前スライムを思い切りぶっかけられたが、あのどろどろ感は無い。
俺を取り込もうとする様子もない。というより、大きさも普通のスライムより小さく、取り込めるほどじゃない。
「ハナ、さっさとそれから離れなさい! 食べられちゃうわよ!?」
「いや、それが離したくても離せないと言うか……すり寄ってきて離れないと言うか」
執拗に俺の腹をすりすりしてくる黒いスライム。平時なら可愛いなとも思えるが、今はなぁ……第一、コイツなんなんだ。
まさかあのトレントから出た黒い樹液みたいのから生まれたのか? そう考えるとなんかグロいな。
俺は黒スラ(面倒なので縮める)を引っ付けたまま立ち上がる。
「ハナちゃんそれ、平気なの? 痛くない?」
「痛くはないけどくすぐったいな。襲ってこないみたいだし、そのままにしても大丈夫だろ」
「流石にそれはまずいんじゃ」
「安心してハナ、変な動きをしたらすぐに私が蒸発させるわ!」
俺の腹ごと風穴空けそうで怖いわ。頼むから変なことしてくれるなよ黒スラ。
(セピア、コイツが何か分かるか?)
(スライム……である事には間違いなさそうですが見た所、スライムにあるはずの核がありませんね。トレントと同じ変異種かと思われます)
(おいおい、そんなホイホイ出して良いのか変異種)
(ホイホイ生み出してはマズイんですけどね……強力な個体が一体湧くだけでも生態系が崩れる可能性がありますので)
目の前で絶賛バトル中のトレントを見れば分かる。あんなスライム製造機ポンポン生まれてたまるかってんだ。
ただでさえ緊迫した状況なのに、更に悩ましい案件が……どうするかなコイツ。仮にコイツが暴れたら俺らで対処できるのだろうか。
俺が悩んでいるのを尻目に、黒スラは俺の腹回りで蠢いている。
(ハナ様、一つ提案があるのですが)
提案? 珍しいな、セピアから提案なんて。一体なんだろうか。
そのまま俺はセピアの話を聞いてみる。
(そのスライムを捕獲してみませんか?)
(捕獲……だと……馬鹿な、死に設定だった魔物使いがここで役に立つだと……)
(いや、死んでませんから。今まで機会がなかっただけですよ)
だって、これまで一度だって説明がなかった物を持ち出されてもピンとこないじゃない?
それにコイツ一匹仲間にした所で戦況が変わるわけでもなし……意味なくないか?
(大丈夫です、最悪いつでも使役状態は解除出来ますから。それに、今は一人……一匹でも盾が欲しい所ですので)
(盾とか酷いなぁ。これだから神様は)
(うう……すみません、気をつけます)
冗談なのに。もう、すぐ真に受けるんだから。
という訳で、いつでも解除できる、スライムだしまぁ囮くらいにはなるだろうという外道じみた考えのもと、俺は捕獲をしてみるのだった。
(そういや、どうやって捕獲するの?)
(以前お話したように、本来は戦闘に勝利し捕獲対象が弱った所を捕獲するのですが、今回は最初から懐いているので捕獲魔法を済ませるだけで大丈夫です)
(捕獲魔法?)
(はい、詠唱は必要ありません。彼(彼女?)に向かって捕獲を念じてみて下さい。了承すれば、自ずと実感できるはずです)
自ずと実感って本当かよ。まぁ減るもんじゃなし物は試しだ。俺は黒スラに捕獲を強く念じ……捕獲を念じるってなんだ言葉おかしくねえか? どうすりゃいいんだ。ええい、捕獲捕獲捕獲……つかまれーつかまれー。
俺が必死に念じていると、それに呼応するかのように黒スラがグリグリと俺の腹をまさぐる。うへへ、くすぐったい。
なんとなくだが、コイツから魔力を貰っているかのようなそんな感触だ。これがテイム……かな。
(おめでとうございます。捕獲成功です。そのスライムはハナ様の従魔となりました)
(ええ……もう? 適当言ってないだろうな?)
(言うわけないじゃないですか! 従魔になった事でステータスが見れるので確認してみて下さいよ!)
逆ギレ気味にセピアが言う。だってあまりにも雑な魔法だからさぁ。こういう細かい所、ハナちゃん気になっちゃう。
有無を言わさず、黒スラのステータスを開示してきたセピア。まぁ、せっかく従魔になったんだから見せてもらおうか。仮にも変異種なんだからステータスもスペシャル様でいてくれよ?
名前:――
情報:カースドスライム - 0歳
体力:C
筋力:-
敏捷:A
魔力:D
知力:C
魅力:F
幸運:D
スキル:【闇魔法】【粘液】
特殊スキル:【変化】
呪われた、と来たか……




