これくらい出来なきゃ美少女なんてやっていけないだろうが!
2019/1/28 会話表示修正
只管に森を駆ける。後ろから大きな音を立てて巨大な木が追いかけてくる。
前門の虎、後門の狼と言うのは正にこの事だ。うう、体力的にとてもつらい。
(セピア、元の場所へ戻ってどうにかなるものか?)
(戦力を固め、一点突破というのは悪くないと思いますが、魔物の数が未知数ですのでなんとも)
(その前に、突破できないから右往左往してるんだけどな)
あのトレントをぶっ倒したら終わりってことにならねーかな。ボス倒したら雑魚が消滅するみたいな。
……ならないよなぁ。そもそもあのトレントも倒せるかわからんのに。
「このまま戻って合流したら、そのまま別の道から逃げるぞ。道なんて無いけどな、ハハハ!」
「笑っとる場合かおっさん! その有り余ったパワーで俺も担げ!」
「お、意外と元気じゃねぇか嬢ちゃん! このまま一気に行くぞ!」
「くそおおおお!」
スピードをあげるな! 死ぬ! 動悸で死ぬ!
必死に追いかけているうちに、元の場所へと辿り着いた。足がガクガクだ、俺は意図せずへたりと座り込んでしまった。
「ぜえぜえ……おいレイ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……それよりも、ケイカさんは無事かな?」
そうだ、ケイカはどうなったんだ? あの冒険者二人も見えないが……まさかスライムに食われてしまったなんてことはないよな。
「おおーい! ヨルア、リアム! 何処だ、返事をしろ!」
「ケイカさーん! 無事ですかー!」
ファイトとレイは大きく声を出して呼びかけるも、返事がない。
そういえば……さっきまでびゅうびゅう風が吹いていたのに今は無風だ。あいつ、一体どこに行ったんだ。
(あいつめ、せっかく助けてやったのに……勝手に死んだらお仕置きしてやる)
(死んだらお仕置きも出来ませんよ! また幽霊になる前に探し出しましょう!)
(捜すったって何処にいるかわからんし俺らも逃げてる最中だし)
セピアに愚痴を投げつけていると、後ろからズシンズシンと大きい足音が聞こえてくる。
もう来やがったか……パッと見、すっとろそうだったが、歩幅が大きいせいか思ったよりも早い。
「マズったな、まさか、いなくなってるとは思わなかったぞ」
「くそ、どうすんだおっさん!」
「おっさん言うな! 俺はそんな年じゃねえ!」
「言うとる場合か……ってもう来たのか!」
目の前にトレントが現れる。むう、遂に覚悟を決める時が来たか。ファイトはスノーを肩に引っ掛けつつ背中に担いでいた斧を持つ。
俺も息を整えつつ箸を取り出す。正直全く勝てる気しないんですが。と言うか誰だよ箸を武器に選んだ奴こんなんじゃ戦いにならないよ。
「すまねえな、助けるつもりが一緒にピンチになっちまってよ。でもまぁ、ここで終わるつもりはねぇ。こうなりゃコイツをどうにかして、悠々と帰ろうじゃねえか」
「スライムもいるのにどうやって帰るんだよ」
「そんなもん倒してから考える!」
「うわーんもう終わりだー!」
なんなんだこのおっさん! ノープランじゃねーか! よく今まで生きてこられたな!
トレントは渋い顔をしながら腕のような枝を振り下げる。
「ハナちゃん! 後ろに下がって!」
「どわー! 死ぬ死ぬ!」
咄嗟に後ろへと跳んで避ける。地に叩きつける鈍い音が辺りに響き、砂埃が舞う。
そのスキを狙って、ファイトが腕に斧を振り下ろす。だが、少し幹が削れる程度で、ダメージが入ったようには見えない。
「ぐっ、硬いな。コイツにぶん殴られたらたまったもんじゃないな。お嬢ちゃん、危ねえから下がってな! 本当に死んじまうぞ!」
「だけど、一人でどうにかなるもんじゃないだろ。何とか倒す方法を考えないと」
「わわ、また来るよ!」
トレントが大きく枝を振り上げる。ファイトやレイはそれなりの防具を付けているが、俺は薄着一枚だ。間違いなく死ぬ。
言われた通りに、俺は後方へと下がる。うう、移動するのも辛い。
その直後、またも大きな音を立てて地響きが鳴る。
「ファイトさん! 弱点とか無いんですか!?」
「ああ、見た目通り植物だから火にゃ弱いんだが……レイ、お前魔法使えるか?」
「い、いえ……ファイトさんは?」
「俺も一切使えん! うははは!」
駄目じゃん! 笑うとこじゃないよそこ!
叩きつけられるトレントの腕を避けつつ、ファイトは攻撃を試みるが全くと言っていい程通用していない。
それに、トレントの後ろからぞろぞろとスライムが押し寄せてくる。
「ちぃっ、もう来やがったか。気張れよ、何とか活路を見出す!」
「は、はい! スライムは僕が!」
「おう、無理すんなよ!」
もう限界も近いだろうに、レイは必死にスライムを倒していく。
……むむ、何か。俺も何か出来ないか。スライムをちまちま倒すだけじゃ駄目だ。あのデカブツを何とかしなければ。
(セピア、トレントの弱点って火だけなのか?)
(通常の種であれば、移動が出来ないという弱点がありましたが……あの個体はそれを克服しているようですね)
そりゃ植物だから普通は動けんよな……いや、ウチの庭に生えてる奴動けてたわ。
ってそんな事言ってる場合じゃないぞ!
(ええい、他は!)
(は、はい! え、ええと……その……除草剤とかでしょうか?)
(真面目にやれアホ神!)
(あわわ、すみません! その、特異個体なんて見た事が無い物で!)
除草剤と言う発想がもう残念だよ! まったくセピアはイレギュラーに弱いな!
トレントの攻撃が段々と激しくなってきた。ファイトの顔にも余裕が無くなっている。
レイは何とかスライムを凌いでいるが、時間の問題だ。そもそも、まだ経験の浅い10歳の少年がここまで耐えているのすら奇跡だろう。
何か、何か突破口はないのか。せめてトレントの動きを止めれたら良いのだが。
その時、トレントの攻撃が止んだ。あれは……もしや。
「またくしゃみか! ……だがチャンスだ。レイ、もう少し耐えてくれよ!」
「はい!」
ファイトは勢いよく前へ出る。斧を思い切り振りかぶり、トレントの正面……顔面へと狙いを定める。
「このっ……野郎が!!」
トレントは仰け反り、くしゃみの体勢をとっている。ファイトはそのまま勢いよく斧を叩きつけた。
ゴスッと言う木が削れる鈍い音と共に、トレントの顔面が一部剥がれた。だが……
「ぶぇぇぇっくしょーーーい!!!」
「うわキタネ! 鼻水くれえちっとは抑えろ!」
「ファイトさん、スライムがまた出てきましたよ!」
「キリがないな、くそっ」
ファイトは再び後方へと下がる。今ので決まれば良かったのだが、そう甘くは無いようだ。
トレントの幹が剥がれた部分から、黒い液体がどろりと流れている。血のようにも見え不気味だ。
(セピア、トレントって植物だろ? あの黒いのなんなんだ?)
(蜜の様にも見えますが、それにしても黒過ぎますね。スライムも何故か体内にいる様ですし、気になります)
あの傷、もっと広げられないかな。人間も失血ですぐに死んでしまうし、植物とは言えあれも魔物だから、もしかしたら倒せるかもしれないぞ。
だが、今の俺の射程では届かない。そもそ魔糸でどうこう出来る範疇に無い。しかし、これ以上長引かせると――
(……)
(……ハナ様?)
(むがあああ!! くそ、まどろっこしい!!)
(ちょっ!? 何する気ですか! 待って下さい! ハナ様!)
大体、なんで俺が追いかけられにゃいかんのだ! あの訳わからん木偶の坊が調子に乗りやがって……今に見てろよ。
俺は前方にあった背の高い木へと登る。怒りのせいか、自分でも驚く程すいすいと上へあがっていく。
(ハナ様、落ち着いて下さい! まさかトレントに飛び移ろうだなんて考えてませんよね!?)
(良くわかったな)
(ぜっっっったい止めて下さい! 本当に死にますよ!?)
(やめん! どうせジリ貧なんだ、僅かでも体力が残ってるうちにカタを付けてやる!!)
(自棄にならないで下さい! きっとまたチャンスは……!)
そんなの待ってたらレイがもたないんだよ! 今にもぶっ倒れそうなくらいフラついてる癖に、まだまだやれるって顔しやがって。くそ、見てられるか!
俺は木の上方へと一気に登る。ケイカの風魔法にも耐えられる程には頑丈で、俺が乗った所で折れる程ヤワじゃない様だ。
ファイトとレイは自分の事で手一杯なのか、俺に気づいていない。そっちの方が都合が良い、よそ見されたら困るし。
俺が立てるギリギリの所まで枝の先へと進む。流石にトレントも大きいので完全に上まで来ることは出来なかったが、あの顔面付近の枝分かれしている部分に飛び移るくらいなら行けるはずだ。
(ハナ様、ご自身の身体能力を考えて下さい! まだ10歳の少女ですよ!? こんな所から飛び移ってもし落ちたりしたら)
(ええい、お前がやる訳じゃないんだから今更ごちゃごちゃ抜かすな! これくらい出来なきゃ美少女なんてやっていけないだろうが!)
(絶対美少女関係無いですよね!?)
セピアの諫言を無視し、俺はタイミングを図る。
攻撃は更に激しさを増している。少し間違えたら俺ももろに食らってしまう。腕を叩きつけたと同時に飛び移るのがベストか。
(次の攻撃で行くぞ。セピア、いい加減覚悟を決めろ)
(……わかりました。出来る限り全力でサポートします)
(ふふん、それで良いのだ)
トレントが大きく腕を上げる。叩きつける前の行動だ。そのままトレントは腕を大きく振り下ろす。良し、今だ!
「ッシャアァァァァァァ!!」
気合の叫びと共に、思いっきり俺は跳躍する。確かに思ったほど飛距離は無かったが、問題ない!
枝の分かれ目にしがみ付く形で着地する。うう、腹に衝撃が来た。
ファイトとレイは突如俺が降ってきたので驚愕している。だが、そんな事を気にしている場合ではない。
「ハ、ハナちゃん!?」
「んな、何だぁ!?」
「げほっ……この、クソ野郎が……調子に乗るな!!」
俺は即座に箸を取り出し、真下にある黒い液体が滴っていた傷口に思い切り差し込み、ぐりぐり回す。
「グオオオオオオオオ!!」
「オラオラ、さっさとくたばりやがれっ!」
反応からして効いているようだ。黒い液体が噴水のように噴き出す。トレントは抵抗し体を揺らして俺を振り落とそうとしてくる。
(ぐおっ、やばっ、落ちる落ちる!)
(ハナ様、箸を離して上の枝に捕まって下さい!)
(よ、よし分かった!)
俺はセピアの言う通り上の枝に捕まった。振り落とされないよう必死に掴んでいるが、やばい、マジで落ちる!
掴んでる枝もミシミシと言ってるし、もう腕が……ん? ミシミシ?
「ちょ、マジか、待て待て耐えろ! 耐えろ枝! なんで体は丈夫なのにそこだけ脆いんだよ! 折れるな! 頑張れトレント! いや頑張るな! あっ」
「っ! ハナちゃん!」
ポキリ、と気持ちのいい音が響く。俺の奮闘も虚しく思い切りふっ飛ばされた。
やば、このまま落ちたら死ぬなこれ。結構勢いあるし。せめて痛みを感じず一瞬で死にたい。くそ、やっぱ都合よく行かないよな。
なぜだか、妙に冷静だ。怒り疲れたのかもしれないな。それとも、諦めの境地に達してしまったのかもしれない。
(セピア、ごめん。流石に死ぬかも。最期まで我儘言って悪かったな)
(諦めないで下さい! まだ、まだ何か方法が)
(いや、体動かないし。もう後数秒で落ちるし。どうしようもないだろ)
(そんな……!)
セピアがまだ何か言ってるけど、駄目だ、意識が朦朧としてきた。
どうせ死ぬんだし、このまま眠ってしまえば楽に死ねるだろうか。そんな事を考えながら、俺は意識を失った。




