冒険者に託す幼気な美少女って感じで凄い可愛くなかったか?
2019/1/28 会話表示修正
暗くて見えないが、遠くの方でぽよんぽよんとスライムが跳ねている音が聞こえる。あれだけの爆発があったにも関わらずまだいるのか。
一刻も早くこの場から離れなければならない。ならないのだが。
ケイカはあたふたしながら、ポッキリと折れた角部分を手で抑えている。どうやら角に貯めていた魔力が暴走しているようで、ケイカを中心に強風が吹き荒れている。
「うわっ、凄い風! ケイカさん落ち着いて!」
「ケイカ! 急がないとスライムがまた迫ってくるぞ、早く転移を使え!」
「あひぃぃぃぃ! 角がっ!角がぁっ!!」
「しっかりいたせー!」
完全に混乱している。うぐぐ、吹き飛ばされないようにするのがやっとだ。
なんてハードなサバイバルホラーだ。これじゃ転移どころではない、さっさと止めさせないと。と言っても俺じゃ太刀打ちできないし……スノーに止めて貰うしか無い。
「スノー、お前がやったんだろ! なんとかしろ!」
「無理ー! さっきの蹴りでもう限界! 動けないー!」
「アホー!」
スノーは飛ばされないよう、俺の足元でうつ伏せになっている。
一番取り押さえられそうなやつが身動き取れないとは。いかん、このままでは全員お陀仏だ。
(畜生、何かいい案ないのかセピア。こういう時こそお前の出番だろ)
(角に貯まっていた魔力を全て放出するまで待つしかありません。それでも、全て出しきった後は倒れてしまうでしょう)
(あんな所でぶっ倒れたら格好の的だぞ。ええい、一体どうすりゃいいんだ)
そんな時、ごうごうと風の音がなる中で突如、俺達の後方から音が聞こえた。
スライムが回って来たのか? いや、気が抜けるような跳ねる音は聞こえない。これは……
「……見つけた! ヨルアさん、ファイト! こっちだ!」
「リア先輩!? 助けに来てくれたの!?」
「いつもより風が強いと思ったら……酷い有様だな」
「ちょっと! 無視しないで下さいよ!」
全身黒っぽい服を着た、若い男が声をあげる。
どうやら冒険者のようだ。俺達を捜索しに来たのか? 何というタイミング。さすが俺、幸運と美少女数値が高いだけの事はある!
「君がレイ、そっちの子はハナだな。無事か?」
「は、はい! 大丈夫です!」
レイが答えると、男は直ぐに俺の方へと向かってくる。はやっ、向かい風なのに一瞬で俺の目の前まで来た。
「あ、す、すみません。助けに来て頂いてありがとうございます」
「いい、気にするな。それよりも立てるか? 少し辛いだろうが、急いでここを離れるぞ」
「リア先輩、ちょっと待ってくださいよ。あの子も一緒に連れてってあげて下さい」
「あの子って……あそこで踊ってる奴の事か?」
ケイカは角を抑えようとしては風に邪魔されて手を振りながらくるくる回っている。阿波踊りみたい。
しかし、あれはあれで大変だ。風が邪魔して中々近づけない。
「……放置したらまずいか?」
「あっちからスライムの大群が迫ってきてるんですよ!」
男はスノーが指す場所を目を凝らして見る。この暗さで見えるのか。夜目が利くんだな。
「それを早く言え! さっさと立てスノー、寝てる場合じゃ無いだろ!」
「好きで寝てるんじゃ無いんです! 魔力の使いすぎで力が入らないんですよ!」
「またお前はそうやって後先考えず魔法をぶっ放して! 少しは加減しろ!」
「むうーっ、仕方ないじゃないですか。緊急事態だったんですよ!」
男とスノーがぎゃいぎゃいやっていると、後ろから更に二人現れた。
見た目貫禄があるおっさんと斧を担いだガタイの良いおっさんだ。どっちも冒険者って感じのナリだな。
貫禄がある方のおっさんが、レイに近寄って行く。
「レイ、大丈夫か。遅れて済まないな」
「ヨルアさん、大変なんだ。もうすぐ沢山のスライムがこっちに押し寄せて来るんだ」
「そーみたいだな。風があるとは言え、大声で痴話喧嘩してりゃ誰だって聞こえるぜ」
斧のおっさんが誂うように言う。見た目はいかついけど気さくなおっさんみたいだ。
続けて、ヨルアという男が宥めるようにスノー達へ言う。
「二人共、話は後だ。まずはレイとスノー、後はその子を安全な場所まで連れて行かないとな。ファイト、スノーを運べるか?」
「問題ないが……おっさんはどうするんだ?」
ヨルアは槍を持ち、ケイカの方へと向く。
「俺とリアムで、あの娘を止めてみよう。どうやら魔力が暴走しているようだ。スライムの大群も迫ってきているし時間がない。レイ、走れるか?」
「あの、ヨルアさん。僕も何か手伝えませんか?」
レイは心配そうに、ヨルアへ聞いた。何か力になりたいと言う気持ちが逸っているのだろう。
リアムは、ヨルアの言葉に頷いて俺の元を離れる。
「そうだな、レイはファイトと一緒に護衛を頼む」
「は、はい! でも、そっちは二人だけで大丈夫なんですか?」
「別に魔物とやり合うわけじゃないさ、やりようは幾らでもある。それよりも、俺はそっちが心配だ、ファイトはスノーを担いでいるからな、もしもの時は助けてやってくれ」
ヨルアはちょいちょいとファイトを指さして答える。か、かっこいい……助けてやってくれだなんて俺も自然に言ってみたい。
ファイトは俺達の元へ来ると、スノーを文字通り担ぐ。腹が苦しそうだ。
「ぐえー! ちょっとファイトさん、レディに対しての扱いが荒いですよ! せめておぶってください!」
「湿気った爆弾なんざ怖くねえからな。機動力重視だ」
「うわーん!」
ま、スノーなら大丈夫だろう。それよりもケイカだ。早く落ち着かせて連れ出さないと。
俺も残ってやりたいが……きっとゴネても無理矢理連れてかれるだろう。
「あの、ヨルアさん?」
「ん、どうした? 君も早く避難しないと危ないぞ?」
「あの人を……ケイカを、宜しくおねがいします!」
「……任せてくれ。必ず連れて帰ろう」
ここはおっさんズに任せるしか無い。そもそも、俺が出たところで邪魔になるだけだし。それに……
(セピア。今の、冒険者に託す幼気な美少女って感じで凄い可愛くなかったか?)
(状況!!! 少しは空気を読んで下さい!)
俺は真面目なのに……それに、ケイカの事だって勿論心配だ。だけど、今は悩んでもしょうがないだろう。
ファイトを風よけにしながら、俺は後方へと下がる。
「じゃあ先に行くぞ! ちゃっちゃとあの嬢ちゃん連れて戻って来いよ!」
「ああ、そっちは任せた。行くぞリアム、期待の新人と呼ばれているのがスノーだけじゃないと言う所を見せてやれ」
「……別に、期待を持たれるような謂れは無いんですがね」
ケイカへ近づくにつれ、強さを増し暴れ狂うかのような風に対峙する二人。
……むう、俺も少しは真面目に特訓でもしなきゃな。せめて、レイやケイカを守れるくらいには。と、ほんのちょっぴりだけ反省した。
「ぐわあああああ!! ファイトさん! もう少し優しく走って!! お腹に深刻なダメージが!!」
「ウルセー!! 鼓膜まで鍛えてねえんだよ、静かにしてろ!」
俺よりも真面目にやらなきゃいけない奴は何一つ反省していなかった。
それから、暫く走って俺達はケイカの家の前まで着いた。
ファイトはスノーを担いでいるのにまだまだ余裕そうだ。さすがは冒険者と言ったところか。俺? もう限界ですが?
「だいぶ風が収まってきたな。……嬢ちゃん、辛そうな所悪いが休憩は早めに切り上げるぞ」
「ぜいぜい……はい、大丈夫です……ひいふう」
「ハナちゃん、全然大丈夫に見えないよ」
だから体力は無いんだってば。ただでさえ深夜、しかも歩きっぱなしだ。そろそろ体が限界である。
隣を見ると、頭を垂れたスノーからイビキが聞こえる。こ、こいつ、この状況で寝れるのか。
「ぐぅぐぅ……ぐおおー」
「おいおい、流石の俺でもこんな体勢じゃ寝れねえぞ……どんな体してんだこの娘は」
「ま、まぁ、静かになって良かったじゃないですか」
確かに、ぎゃーぎゃー喚かれるよりはマシだが。さっきからビュービュー風は吹くわボカンボカン爆発させるわで、耳を酷使させすぎた。
改めて思うが、普段は静かな森だ。前の世界では虫の音や鳥の鳴き声があるから無音なんてそうそう無いんだがな。
「ん?」
「どうしたレイ、何かあったか?」
「いや、何かあっちで大きな音がしたような。ズシンズシンって感じで」
「なんだそれ、まるで何かの足音みたいじゃねえか……まさかな」
お前……そういう事言うと本当にそうなってしまうんだぞ。お約束って言葉はこの世界じゃ普及されていないのか?
レイの言う通り、耳を済ませると何やら踏みつけるような大きな音が聞こえる。しかも……俺達が逃げようとしている方向から。
少し、音が大きくなってきたか? 心なしか地が揺れているような。気の所為……で済ませたい。
「嬢ちゃん、休みを更に短くしなきゃならねえようだ」
「うぐぐ……一体何なんですか。この森そんな危険だったんですか?」
「わからねぇ。俺もこんな事は初めてだ。だが、冒険者ってのは常にイレギュラーの連続だからな。一々驚いてたらキリがねぇ。レイ、ヨルアから聞いてるぞ? 冒険者になりたいんだってな。ま、良い経験だと思ってもう少し付き合ってくれ」
「はい!」
はいじゃねーよ! 俺は付き合いたくねーよ! この際俺も担いでくれねえか!?
レイは目を爛々とさせている。普段出来ない体験で恐怖よりも好奇心の方が勝っているようだ。逞しい子だ。
その間にも、音が近づいてくる。ズシン、ズシンと重い物がゆっくり歩いているような、そんな音だ。
「歩く音からして、そこまで速いわけでは無さそうだが……場合によっては、戦わざるを得ないな。スキを見て通り抜けられれば良いんだが」
「マジですか? マジでやり合うんですか? 歩く音からして絶対ボスキャラですよあれ」
「ハナちゃん、ボスキャラって何?」
答える間もなく、その足音の主は姿を現す。大きな体……いや、大きな巨木。メキメキと黒い足をゆっくり動かしては前に落とす。
木が歩いているのだ。なるほど、森ならではと言うか、コイツがじっとしてれば気づかないのも頷ける。
中心に顔の様な物が見える。皺々の老人のような顔、恐ろしくも見え、優しそうにも見える。
「トレント、にしては大きいな。突然変異した個体か?」
「ファイトさん、こ、これを倒すの?」
「コイツは流石に……骨が折れるな。スノー担いでなくても難しそうだ」
「ぐ……ぐおおー」
つまり、とてもじゃないが今の状態じゃ敵わない、ということだ。で、なんでコイツは眠っていられるんだ。
トレントらしき物は、動きを止めると体を仰け反るように後ろに反らす。そして、ふぅふぅと不気味な声を挙げている。
「ふぅ、ふぅぅ、ふぅ」
「なんだ? 様子がおかしい。一体何するつもりだ?」
「これ逃げた方が良くないですか? 毒とか飛ばしてきたらまずいんじゃ」
「距離を取るぞ。レイ、嬢ちゃん。俺の後ろに回ってくれ」
俺達は後方へと下がりつつ、トレントの様子を見る。
不気味な声をあげていたトレントが、仰け反った体を勢いよく戻した。と、同時に……
「ぶぇぇぇっくしょーーーい!!!」
「くしゃみかよ!!!」
大きなくしゃみを放った! ツッコミがファイトと被ってしまったよ。
木でも鼻がむず痒くなるんだなぁ。鼻あるのか知らないけど。
「フ、ファイトさん、あれ……!」
「ああ、少し……いや、かなーりマズいぞあれは!」
「え?」
くしゃみをしたトレントから出た体液……いや、蜜? が、うねうねと動いている。あ、あれはまさか……
「嘘……あれ、スライム?」
「信じたくないが、その様だな。トレントから生まれるなんて聞いたことねえが……実際起こっちまってるモンは疑いようがねえ」
なるほどな、こうして私達の元へと届けられるのか。勘弁してくれ。
トレントから生まれた数滴のスライム達が、俺達に向かってきた。
「逃げるぞ! 来た道を戻れ!」
「でも、結局あっちもスライムがいるんじゃ!?」
「コイツよりマシだ! それに道が一本ってわけじゃない、迂回する事だって出来る。まずは合流するぞ!」
なんというか、やる事が全部裏目に出てる気がするな。まさかこんな化物がいたなんて。くそう、厄日とはこの事か。
「ふぇっ、ふぇっ、ぶぇぇぇっくしょーーーい!!!」
「またかよ! マスクぐらいしやがれってんだ! 人としてのマナーだろうが!」
魔物にマナーってあるのか? そもそもこの世界にもマスクはあるんだな。まぁ花粉症があるくらいだからあるのか。
って、このトレントはまさか……花粉症か? 木なのに? 治してやったら収まるとか都合の良いこと無いものか。
だが、花粉症の薬も無いしそもそも効くかもわからない。それに、近づくなんてとてもじゃないけど出来ない。
ファイトの言う通り、戻って合流した方が良さそうだ。俺達は、死に物狂いで来た道を戻っていった。




