悲痛な叫び
2019/1/28 会話内容一部修正
スライムに箸を投げつける。多少ズレていても、魔糸さえあれば補正は効く。
俺の近くに寄ってきたスライムを次々に倒していく。射程が5メートルしか無いとはいえ、遠隔で直接弱点を狙えるので危なげなく倒せている。
「ハナちゃん……そんな魔法見た事無いよ。一体何の魔法なの?」
「よそ見しとる場合か! 集中しろ!」
レイも一匹ずつ、確実にスライムを倒している。スライムが襲いかかるタイミングを見て的確に核へとカウンターを入れている。
スライムばかり倒していたから効率良く倒せるのかもしれないな。
「おおー! いいぞーそのまま全部ぶっ飛ばせー!」
「うるサイですよ、それだけ元気があるなら働いて下サイ」
「ダメダメ、ポーションも傷を癒やす物しか無いし、もう少し休まないと爆発出来ないわ」
「別に爆発させなくても良いんです! ああもう! どれだけ倒しても減りません!」
ケイカは魔力量にモノを言わせて強烈な魔法をバコスコ撃っている。
魔法を放つたび、強烈な暴風が起こりスライムを飲み込んで行く。
これ……終わりがあるのか? 倒したら倒した分だけ増えていくみたいなオチじゃないことを祈る。
もう数十分は経っている。レイは体力が、俺は魔力の底が見えはじめる。
「ケイカ……疲れた。休んで良い?」
「ダメです! とてもじゃないですが防ぎきれません」
「えー? ここに来る前は余裕ぶってたのに」
「だって知らなかったもん……こんなにいるなんて思いませんし!」
知らなかったもん……と、言われても俺もそろそろ限界だぞ。これは本格的にまずいのでは。
ぐうっ、どうすれば良い。囲まれる前にまた逃げるか? いや、逃げてダメだったから戦ってるわけで……って、そうだ。ケイカは転移が使えるんだったな。
「ケイカ、転移で逃げられないのか?」
「転移、ですか。ギリギリ魔力は足りそうですが。しかし、スライムに家を荒らされるのは」
「俺らを追ってるんだから大丈夫だろ。まぁ最悪ダメだったとしても諦めろ。もともと辛気臭いオンボロ幽霊屋敷なんだから精神的ダメージも低いだろ」
「わかりました。スライムとの距離を見計らい、良いタイミングを待ちましょう。それと、仮にも思い出の我が家なのですからもうちょっとオブラートに包んで下サイ!」
文句を言いつつ、サイクロンとやらをぶっ放している。魔力……足りるよな?
レイも動きが鈍ってきた。少しずつ、後ろへと下がり始めている。俺とケイカは一定の距離を保っているので少しくらいなら会話が出来るが、レイは剣での戦闘なので長話する余裕は無いようだ。
「レイ、これから転移してもらうからもうちょっと踏ん張れよ」
「聞こえてたよ。ハナちゃんも頑張ろうね」
「くう、こんなか弱い美少女に重労働させて。スノーみたいに変な筋肉ついたらどうするんだ?」
「ふふん、まだまだねハナ。多少筋肉がついてた方がバランスが取れて可愛く見えるのよ」
お前は体と脳みそのバランスが取れてないけどな! もう少し考えて行動して欲しい。
「……本当に、体は良いんだけどな。出てるとこ出てて。それで15歳? 発育良すぎだろ」
「ちょっと! 変なこと言わないでよ」
スノーが顔を赤らめ、体を抱くようにして恥ずかしがっている。良い意味でも悪い意味でも初なようだ。
もう少し誂ってやりたいが……そんな余裕が無い! スライムがまたも近づいてくる。
俺はベトついた箸を拾い上げ、スライムへと投げる。くそ、こんな事ならダーツの練習でもしとけば良かったな。
心の中でぼやいていると、それを聞いていたかの様にセピアがフォローを入れてくる。
(それでも命中率は6~7割……くらいですね。魔糸と合わせれば十分にカバーできますよ)
(外す度に無駄な動作が入るから練習は必要だな。箸がスライム以外に通用するとは思えないけど)
(ハナ様、何も箸だけではありません。今後の事も考えて投擲武器は視野に入れておいた方が良いですよ)
投擲武器か。投げナイフとかブーメランとか……確かに魔糸で操ると楽しそうだ。今度考えておこう。
今はスライムに集中だ。魔力を出来るだけ抑えつつ、ケイカの転移するタイミングを待つ。それまでは耐えるんだ。
「ケイカ! まだダメか?」
「ダメです、一方向を魔法で吹き飛ばした所で他方向から距離を詰められます。それを追い返しては迎え撃ち……の繰り返しです」
「サイクロンより強い魔法無いのか?」
「時間がかかりますし、魔力を使いすぎると転移できなくなります!」
要は広範囲な攻撃が足りない、という事か。困ったな、俺もレイも広範囲な攻撃なんて無いぞ。
何か無いかと考えていると、レイが割って入る。
「スノーさんがさっき撃った魔法なら、スライムと距離を離せるかもしれない!」
「何? 何か秘策があるのか?」
「うん、スノーさん! もう一発、さっきの撃てないかな!!」
あれだけ数がいるのに、なんとかなるのか? ケイカの魔法ですら苦戦してると言うのに。
スノーはレイの言葉を聞くと立ち上がり、拳を突き立てて答える。
「ふっふーん、遂に来たわね。私の見せ場が! ここでドーンと私が一掃してあげるわ! もしかしたら転移なんて必要無くなっちゃうかもね!」
「おい、魔力無いんじゃなかったのか」
「冒険者たるもの、ここぞって時の為に残しておくのものよ。それに、休んだから少しは魔力も戻ってるだろうし十分イケるわ!」
スノーは腕を回し、体をほぐしている。大体想像がつくけど……不安だ。
「やれやれ、やっと開放されそうですね。爆発女、さっさとぶっ放して下サイ」
「スノーよ! 人の名前くらいちゃんと覚えなさいサイカ!」
「……私、この人嫌いです」
どうやら相性が悪いようだ。喧嘩は後にして欲しいものだ。
スノーはケイカの前に立つと、拳を合わせて構える。その拳から、炎が燃え上がった。
美少女と言うか熱血少女だ。心なしか目もギラギラしている。
「おお、拳を合わせて力を蓄えている……力強い構えだ。美少女っぽくはないけど」
「そうですね、拳から炎が舞い上がる様はとても雄々しいです。美少女っぽくないけど」
「くうう、仕方ないじゃない! この魔法、拳を合わせないと出来ないんだから!」
そう言っている間も、スライムは迫ってくる。
スノーが合わせた拳を離し、右腕を引くようにして構え直した。どうやら準備が整ったようだ。
拳の炎は右手に蓄えられ、猛々しく燃え上がっている。一体どれほどの威力なのだろうか。
「これでラストよ。少しガタが来るから後よろしくね」
「え? それって」
レイが聞く前に、スノーは右拳を撃ち抜く。
「ッッウラアァァァァァァァァァァァ!!!」
力強い叫びと共に、正面一帯を爆発が襲った。激しい爆音が森中に響き渡る。
爆発が連鎖し、スライムを木々もろとも粉々にしていく。
「うげぇ、えげつねー魔法だな。これでまだ冒険者成り立てなのかよ」
「スノーさん、期待の新人らしいからね」
さっきもこれを撃ったようだ。どうやらこっちの世界も森林破壊に悩まされている様だな。
スノーは倒れる程ではないが、殆ど力を出し切ったようだ。膝を付き、険しい表情をしている。
レイは急いでスノーを支える。
「スノーさん大丈夫?」
「平気よ、流石にもう動けないけど。話すのもしんどいわ」
「ごめんね、僕が力不足なせいで」
レイは悔しそうな表情でスノーに謝っている。まだ10歳だし仕方ない部分もあるが、レイはそれでも許せないようだ。巻き込まれた側なんだけどな。
だが、スノーのお陰でなんとかなりそうだ。大分スライムとの距離を空けることが出来た。
「では転移魔法を使います。4人もいますし、集中力が必要になるので少し待ってて下さいね」
ケイカの角が白く光り始める。瞬く間に光は広がり、周囲を明るく照らす。
先程見た転移と同じ光景だ。どうやら、やっと終わりが見えてきたようだ。やれやれ、今日は結構キツかったな。
俺が安心しきった時、スノーが驚愕の声をあげる。
「うそっ!? まだスライムが残ってる!?」
「くっ……このぉっ!!」
レイとスノーの前に、まだスライムが一匹残っていた。どうやら偶々真横へと逃げて難を逃れたスライムがいたようだ。
だが、たかがスライム一匹、レイなら追い返せるだろう。と高を括っていたが。
「あっ!?」
という気の抜けた声と共に、剣が手からすっぽ抜けた。スライムはそのまま二人へ飛びかかる。
まずい、このままではレイが危ない!
「ちぃっ! 間に合え!」
咄嗟に俺は箸を投げた。幸い俺の位置からレイ達とスライムは重なっておらず、直線で投げる事が出来た。
そのまま、箸は運良く核に攻撃が当たり、スライムを倒すことが出来た。「ぎゅきぃ」と言う甲高い鳴き声をあげて、そのまま崩れ落ちる。うん、流石に肝を冷やしたな。
「レイ! 最後の最後でそれは勘弁してくれ!」
「ご、ごめんね。突然だったからびっくりして」
「うむ、無事だったし良いけどな。えーっと、剣はどこに行ったかな。あっちの方向に飛んでったみたいだが」
俺はレイが剣を飛ばした方向を見る。どうやら、木の枝に引っかかってしまったようだ。
あれじゃ取れないな。転移の準備がそろそろ終わりそうだし……レイには申し訳ないが諦めてもらうか。
「レイ、剣は諦めろ。また別の買って貰え」
「そうだね。あれ結構気に入ってたんだけどなぁ」
「ふふん、二人共まだまだお子様ね。良い方法があるわよ」
スノーが得意げな顔をして話に入ってくる。良い方法ってなんだ? 魔法で空飛ぶって訳じゃないだろうし。
レイから離れ、剣が引っかかっている木の下まで移動する。ヘロヘロなんだから無理しなきゃ良いのに。
「枝に引っかかってるんでしょ? だったらこうすれば良いのよ」
スノーは、ゲシゲシと木を蹴り揺らした。良い方法……と言うか物理で無理矢理なんとかしてるだけだな。
確かに枝が揺れ、剣が落ちかけている。危ないなぁ、ここが俺達以外誰もいない森だからいいものの、下に誰かいたらどう……する……って!!
「ストーーップ!! スノーー!! ストーーップ!!」
「シューートッ!!」
最後に景気よく放たれたスノーの蹴りで、剣が落ちる。だが、その下には……!
「準備完了です! 角に補充されたありったけの魔力を以て、サイ高速で街へとひとっ飛びです!」
そう、ケイカがいたのだ。まずい、このままではケイカが幽霊に逆戻りだ!
俺は咄嗟に大声でケイカに言うが、くそっ間に合わん!!
「ケイカ避けろ!! 上だ上!!」
「そう、犀人なら――ふえ?」
ケイカが上を向いた瞬間、バキィッと軋むような音が鳴り響く。その後、剣と別の何かが落ちる音が聞こえた。
バキィってまさか……俺達は同時にケイカの額を見てしまった。
「うわ……」
「あわわわ」
「……」
俺は思わず声が出た。レイは慌てた様子でケイカを見ている。スノーはケイカから視線を逸らし、顔を青くして冷や汗を流している。
気まずい沈黙が流れた後、その音を鳴らせた張本人がそれを破る。
「みぎゃあぁぁぁぁぁ!!! 角が、角が折れたぁぁぁぁぁ!!!」
リールイ森林の奥地から、悲痛な叫びが森全体に響き渡った。