私と一緒に美少女スローライフを満喫しましょ?
2019/1/28 会話表示修正
目の前に温かな光を感じ、ゆっくりと目を開く。
端正な顔立ちをした女性が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「ハナさん、大丈夫ですか?」
「ん、ケイカ」
「良かった、急に倒れ込むからびっくりしました。私では受け止めることも出来ませんので」
そう言って、ケイカは俺の元を離れる。どうやら風魔法で受け止めてくれたようで、体は傷一つ無い。
さっきの夢で……いや、夢じゃないか。ケイカの父、タンケイと名乗る呪術師が俺に語りかけてきた。
ケイカの呪いを解いて欲しいと。その代わりに、自身のスキルを俺に渡すとも。
もし本当なのだとしたら、俺に呪術師のスキルが……なんというか、回りくどいスキルばかり手に入るな。
「ケイカが看ててくれたんだろ? ありがとな」
「数分しか経ってませんので、看ると言う程でもありませんよ。それよりも呪い、解けたみたいですね」
「みたいだな。黒い靄も無くなってるし」
ケイカはホッとしたように手で額の汗を拭う。
汗? 幽霊の癖に、いや実際には死んでないんだっけか。幽体なのに汗なんてかくのか?
(ハナ様、体に異常はありませんか? 呪いが掛かっていたりしませんか?)
(セピア、大丈夫だ。それよりも)
俺がセピアに説明をしようとした時、突然ケイカが倒れた。
「ちょっ、おい!」
「……大丈夫です。少し安心して気が抜けただけです。それか、心残りが無くなって成仏してしまうのかもしれませんね。気にしないでくだサイ」
ケイカは笑って答える。死んでないんだから成仏なんてするわけ無いだろ。ケイカの様子からして、明らかに痛みを我慢している。
顔色は……幽体だから分かりづらいけど、衰弱しているのはわかる。早くケイカに掛けられた呪いを解いてやらないと。
「ケイカ。棺、開けるぞ。辛いなら座ってて良いから」
「いいえ、大丈夫です。父上の大切な何か、それを知るまでは死んでも死にきれません」
ケイカは意地で立ち上がり、棺の前に移動する。
どれだけ親父好きなんだ。さっさと解呪してさっきの事、教えてやらんとな。俺は棺の前へと来る。
そして、蓋を思いっきり開く。先程の重さが嘘のように、軽々と蓋は持ち上がった。
俺とケイカは中身を確認する。
「え、あ……嘘。これ」
「……」
ケイカはへたりと座り込む。
棺の中には、桃色の髪色をした、美しい女性が納棺されていた。沢山の花に囲まれ、安らかに眠っている。とても死んでいるとは思えない、綺麗な肌をしている。
少し見惚れるも、手を前にかざす。きっと今もケイカは痛みを我慢しているはずだ。まずはさっさと呪いを解く。
俺の行動を、セピアは不思議そうに聞いてきた。
(ハナ様、一体何を?)
「良いから見てろ――彼の者よ、廉潔なる呪光を以て呪染の檻を打ち砕け――解呪」
俺は解呪を唱える。直後、ケイカの体から黒い靄が浮かぶ。
先程の様な耳鳴りは無い。だが、体に纏わりつくようなねっとりとした不快感が俺を襲う。
呪いを掛けた奴の性格が透けて見える様だ。もうこれ以上無いくらいに醜く、捻曲り、歪んでいる。……コイツとは関わりたくないな。
ものの数秒で、黒い靄は消え去った。俺はケイカに声をかけた。
「ケイカ、体に異常は……ケイカ!?」
ケイカが居ない。まさか本当に死んでしまったのか? と、不安に駆られるもその不安はすぐに取り払われる。
「ん……ここは」
「ケイカ……?」
目の前の棺から声が聞こえた。聞き覚えがある。透き通るようで聞きやすい、何処か気品のある声だ。
まさか、魂が体に元に戻った?
「ハナさん? 何で……え?」
棺の中から、一人の淡麗な女性が起き上がる。その女性は起き上がるなり驚き、顔を触ったり、手を見たりしている。
どうでもいいけど……いやどうでも良くない。かなりの美少女だった。幽体だった時に比べ少し痩せている様に見えるか?
額からは立派な角が覗いている。生で見ると……中々尖そうだ。理由は判らんが、どうやら元に戻ったらしい。
「ケイカ、色々聞きたい事はあるだろうが。まずはこっちから聞かせてくれ。体はもう痛くないか?」
「はい、すっかり。あっいえ、最初っから全然痛くないですけど!」
そこ、突っぱねる所じゃないだろ。
「それより、一体何がどうなって」
「そうだな、一から話すからまずはそこから出てこいよ。歩けるか?」
「は、はい」
ケイカは立ち上がると、たどたどしくこちらへと歩いてくる。 何処か危なっかしいので、俺は手を掴んで支える。
しっかりと体温はある。瑞々しく小さくて柔らかい、女性らしい手だ。
「ありがとうございます。触れられるって良いですね」
「うんうん、後で沢山おさわりしてやる」
「サイテーです」
ケイカに睨まれた。ジョークなのに。
椅子に座ると、ケイカは懐かしむように肘掛けを撫でる。
「この椅子。ずっと私の指定席だったんですよ。またこうやって座れる日が来るなんて」
「ケイカは死んでた訳じゃ無いらしいからな。これからも安心して座ると良いぞ」
「……ハナさん。教えて下サイ、私に……いえ、貴方に何があったのか」
「ん、実は俺が寝ちまった時に……」
呪いにケイカの父、タンケイの魂が居た事。ケイカは死んでなかったと言う事実。ケイカに掛けられた呪いと棺の呪い。俺は、ケイカに先程起きた事を話した。
「そう……ですか。父上は安らかに逝けたのですね」
「そりゃあもう満足そうにな。結局、あのおっさんにとって一番大事なのはケイカだったんだよ。毎日声を掛けてくれたのに何も出来なかったってめっちゃ悔いてたぞ」
「……父上」
ケイカが俯いて、ぽろぽろと涙を零す。嬉しいのか悲しいのか、訳が分からなくなっているのかもしれない。親父さんが実は自分のために、文字通り命を懸けて救ってくれたんだもんな。そりゃ、思う所もあるだろう。
俺は何も言わず、ケイカから何か言うのを待つことにした。その間、俺はセピアと気になる点を話そうかと思ったのだが。
(セピア、そういう訳だったんだけど、結局ケイカに呪いを掛けた奴って)
(……)
(セピア?)
(ぐすっ……タンケイさん、娘さんの為にそこまでっ……ううっ……)
(えぇ……)
神様が感極まって泣いてるんだけど。いや悪いとは言わないけどさぁ、今後大丈夫なのかこの神。
まぁ無感情よりずっと良いけど。繊細な所がセピアの良い所でもあるからな。
俺はセピアとケイカが泣き止むまで待った。
「ハナさん」
「ん?」
ケイカが、俺の目を見て話す。
ひとしきり泣いた後なので目が若干赤い。だがその目は、何処かスッキリとしている。
「その、何度も言ってるのですがもう一度言わせて下サイ。私だけでなく、父上まで救って頂いてありがとうございました」
ケイカはその場で頭を下げる。
しっかりとした声で、お礼を述べてきた。もう大丈夫だろう。
「ふふん、美少女たる俺にかかれば容易いもんだ」
「何かお礼をしたいのですけど、見ての通り私にはこのボロ屋しか無くて」
「あー、そのお礼だけど、おっさんから娘を好きにして良いって言われたから、ケイカには俺の召使いとして着いて来て貰うわ」
「……はい?」
ケイカは良く分からないと言うような顔で俺を見ている。
「だからー、俺の為に働いてくれよ」
「いきなりすぎて意味が分からないんですけど! 父上が本当にそんな事を? と言うかいきなり召使い扱いですか!?」
「おっさんが言ってたのは本当だぞ。それにケイカ、幽霊の時だったらまだしも今の状態でここに住むのは無理があるぞ」
「……確かにそうですが」
結局この森からは出なければならない。まぁ近いし、いつでも来れるから問題ないだろう。
それに幽霊事件の張本人でもあるから、バレるとまずい。冒険者に引き渡すなんて勿体無いしな、適当にやり過ごそう。
「なーに別に無理難題をふっかける訳じゃないさ。私と一緒に美少女スローライフを満喫しましょ?」
「貴方といるとトラブルが絶えない気がするのでお断りしたいです」
「今ならそこそこな美少年も付いてくる」
「ぐっ、美少年で釣るとは卑怯な……はぁ、仕方ありませんね」
冗談で言ったのに……こいついい趣味してるな。
まぁなんでも良い。とにかく角付き美少女ゲットだぜ!
「じゃあ改めて……よろしくね、ケイカさん♪」
「……そのコロコロ変わる態度はなんなのか、後で教えて下サイね?」
「えー? 何のことですかぁ?」
「全然違うのにそこまですっとぼけるのはある意味凄いです」
ケイカは諦めたように溜息をついた。
美少女に余計な詮索は不要。可愛ければなんでもオーケ。美少女の哲学だから覚えておいてね。
ちょうど会話が終わったところで、ケイカがぴくりと眉を寄せる。
「誰かここに来ます。二人……と、その後方に多数の魔物です」
「追いかけられてるのか? ってその二人ってまさか」
「恐らく、レイくんと爆発女です」
捜す手間が省けた……とは言え、余計なものまでついてきたようだ。さっさと帰って寝たいのに。寝不足は美容の敵なんだぞ。
俺とケイカは外に出る。遠くの方で薄っすらと明かりがゆらゆらと動いている。恐らくあれがそうだろう。
結構遠いと思うのだが、どうして何も見ずに来るのがわかったんだろうか。
「なんでわかったんだ?」
「犀人の角は、魔力を溜め込めば溜め込むほど辺りの魔力を感じ取ることが出来ます。私は幽霊だった時からずっとずっとこの角に魔力を溜めていました。もう何年、何十年溜め込んだかも分かりませんが、この角のお陰であの距離程度なら容易く感じ取ることが出来ます」
体は棺の中だったのに魔力は溜め込めたのか。魔力は体というよりも魂が関係してるのか?
ケイカは角を光らせる。すると、その周りに風が渦巻く。
「大方、爆発女が所構わず撃ち込んで、魔物を呼び寄せたのでしょう。本当に傍迷惑な方です」
「スノーってそんなに派手なのか?」
「それはもう。本人も攻撃も騒がしい事この上ないです」
本人が騒がしいのは知ってるけど。確かにこの静かな森でどんぱちやってたら魔物が集まってくるだろうな。
ケイカは風を纏ったまま静かに歩き出す。
「この家が巻き込まれるのは忍びないので、私から行って追っ払ってきます。ハナさんはどうします?」
「そうだな。レイがいるなら行くか。スノーとケイカがまた喧嘩したらまずいし」
「喧嘩をふっかけてきたのはあっちですけどね。わかりました、一緒に行きましょう」
俺とケイカは、遠くで動いている小さい明かりを頼りに、レイとスノーの元へと向かうのだった。




