美少女にかかればどんな奴だって笑顔にさせられるのだ
2019/01/04 セピア会話等の念話表示修正ここまで。随時更新していきます。2章からは修正済です
俺はそれからケイカに解呪の方法を教えて貰った。貰ったのだが。
「本当にこれで合ってるのか?」
「合ってます。嘘を教えても仕方がないでしょう?」
「ううむ」
前にも言ったが、俺にも羞恥心というものがある。美少女的になる為だったらそんな物捨てられるのだが。
この件とは話が別なのだ。あんまりその、なんというか、まさか呪文があるとは思わなくて。魔法の詠唱はいらないのに。
本当に開けられないのか? と思い蓋を押して見たのだがびくともしない。鍵がないにも関わらず、くっついてるんじゃないかってくらい動かなかった。
「さぁ、早く呪文を唱えて下サイ。手をかざして唱えるだけですよ」
「……さっきの呪文じゃないとダメ?」
「ダメです。早くしないとレイくんが寂しがりますよ? ハリー! ハリーハリー! ハリーハリーハリー!」
うるせー急かすな! 誰かに聞かれるのは抵抗あるんだよ!
(あの、ハナ様。ケイカさんの言う通りレイくんが心配です。大丈夫ですよ、呪文を唱える時、言ってくれれば耳を塞いでますから)
(思春期の子供に気を使うみたいな対応ヤメテ! やるよ、やれば良いんだろ!)
セピアからも急かされる。覚悟を決める……程、変な呪文でも無いのだが。俺にとってはちょっとばかし恥ずかしい。
仕方がないので俺は棺へと手をかざす。
「ついに決心して頂けましたか。わくわくです」
「そんな軽くて良いのかよ。親父さんの大切な遺品なんだろ?」
「良いのです。当時ならともかく、今更そんな真面目になる程の事でも無いです。リラックスして挑戦してみて下サイ」
ケイカなりに、俺に気を遣っているらしい。それに笑顔ではあるが、やっぱりケイカ自身も少し緊張しているみたいだ。
かざした手に魔力を集中させる。魔糸を出す時の様な感覚で、手のひらに魔力を集める。
「彼の者よ、廉潔なる呪光を以て呪染の檻を打ち砕け――解呪」
薄っすらと手の先が光る。集まった魔力が流れていくように、棺へと注ぎ込まれていく。それに抵抗するかの如く、棺から黒い靄が浮かび上がり棺を包んでいく。
「これは」
「父上の魔力……ですね。ハナさん、大丈夫ですか?」
「ん、問題ない。少し耳鳴りがするけど」
とはいえ、精神的な疲労が感じられる。魔力消費による疲れは無いものの、別の感情が流れてくるような感覚に違和感を覚える。
セピアが語りかけてくるのとはまた違う、耳元で囁かれているようなぞわぞわとした物だ。
「ケイカ」
「ハナさん? どうしました?」
「眠い」
「はい?」
その流れ込む感情のせいなのか、もう深夜だからなのかは分からないが、猛烈な睡魔が襲う。
これ、中断したらマズい奴だよな? うう、でもどんどん思考が曖昧に――
「ごめ……ちょ……寝るわ」
「ちょっとぉ!? 頑張って下さいハナさん!」
「少し仮眠取るだけだから」
「今解呪の真っ最中ですよ!? あわわっ、危ない!」
俺はケイカの驚く声を聴きながら、そのまま眠ってしまった。
「ぐごーすぴぴー」
「起きろ」
「ひゃうっ!」
頭に強い衝撃。どうやら誰かに頭をはたかれたようだ。誰だせっかく気持ちよく寝てたというのに。
ん? 寝てた? あれ、俺何してたんだっけ……と言うかここ何処だ。
辺りを見回しても暗いだけで何処に何があるのかわからない。一体何が起こってるんだ。
「まだ寝ぼけているのか。早く目を覚ましてくれ、そこの娘」
「うわわっ!? 何だ!? 何処にいるんだ!?」
「上だ。その場で見上げてみろ」
俺は言われた通りに上を見上げる。
そこには、ローブを来たパッと見初老のおっさんが立っていた。なんか変な杖持ってる。
そのおっさんは俺と目を合わせるなり、声をかけてくる。
「驚いたぞ。まさか子供が来るとはな」
「子供で悪かったな。で、ここ何処だよ。俺こんな所知らないぞ」
「ここは君の夢の中、と言った方が分かりやすいか。厳密に言えば違うがね。君自身はリールイ森林の奥地にいる」
「うーむ……あ! そうだ思い出した! ケイカに頼まれて棺に解呪してたら眠くなってそのまま寝ちまったんだ」
おっさんは頷くと、下に降りて来た。
よく見ると、頭に大きな角がある。ケイカとよく似てるな。もしかして親戚の人?
「私が寝かせたような物だからな。まずは、礼を言わせてくれ。呪いを解いてくれてありがとう」
「呪い……ああ、棺のか。あれで解呪出来てるのか? なんか黒い靄出てたけど」
「ああ、解呪出来てる証拠だ。初めてにしては鮮やかであったぞ。生前に会ってみたかったが……それは無理な話か」
「生前?」
このおっさんも死んでるのか? この森幽霊だらけだな……。お祓いして貰った方が良いんじゃね?
それに何故このおっさんがお礼を言ってくるのか。というか誰だこのおっさん。
「で、どちら様? 俺はそんな立派な角を持ったおじさんに知り合いはいないぞ」
「私はタンケイ。犀人の長であり、ケイカの父だ。娘が世話になったな。是非、君の名を教えてくれ」
「ハナ。俺の名前はハナだ。そうかケイカの親父さんだったか」
「む、そこまで驚かぬのだな」
なんとなく予想してたしな。幽霊自体もケイカ見てたから驚かんし。
娘が世話になったって言ってたが、ケイカが幽霊になってるって知ってるのか?
「おっさん、ケイカの事知ってるのか?」
「ああ、幽霊になってもしっかりと見ていたよ。私が呪いをかけたこの棺に、毎日声をかけてくれる死んでも尚愛おしい娘だ」
「そこまで知ってたのか。じゃあおっさんも声をかけてやれば良かったのに」
「それは出来ないのだ。呪いを解いた者のみしか語りかける事が出来ぬでな」
やっぱ解呪できてるんだ。良かったー中断したらなんかペナルティとかありそうで怖かったんだ。
「それで、俺を寝かせたって言ってたけど何で?」
「あの呪いを解いた君に頼みがあるのだ」
「頼みぃ? ケイカもおっさんも唐突すぎんだよな。と言うか頼み事する相手の頭をいきなり叩くなよ」
「む、それは失敬」
タンケイは軽く頭を下げる。いきなり叩いてくるし、高圧的なおっさんかと思ったら存外優しい。
頼みというのはなんだろうか。まさか犀人の宣伝でもしろっていうんじゃなかろうな。俺はタンケイに尋ねてみた。
「頼みって何だ?」
「頼みというのはな、娘に掛けられた呪いを解いて欲しい」
「呪い? ケイカに掛けられてる?」
「そうだ。実はな、ケイカはまだ生きているのだよ」
生きてんの!? 思いっきり浮いてますけど。まぁこの世界魔法あるし、普通に飛べそうだが。
いや、でも透けてるしなぁ……あれは生きてるとは言えない。
「今は仮死状態になっているだけだ。体を置き去りに、魂が抜けて彷徨っている状態だな」
「幽体離脱?」
「まさにそれだ。幼いのに難しい言葉を知っているな」
難しいと思わないのは、よくテレビとかでその言葉を見ていたからだな。本来は幽体離脱なんてそう使う言葉じゃないし……。
「という事はケイカの肉体は何処かにあるって事か。大丈夫なのか? 体に戻ったら骨でしたとか悲惨だからやめて欲しいんだが」
「そこは問題ない。その為に私が棺に呪いを掛けたのだから」
「え?」
ケイカの体と棺の呪いってどう繋がるんだ……ってまさか。
瞬時に思い至った答えを、俺はタンケイに聞いた。
「まさかあの棺の中身って」
「恐らくは、君が思っている通りだ。あの中には、ケイカの肉体が入っている」
「やっぱりか」
体を保管するなんてあれくらいしか浮かばないしな。それよりも、何の呪いを掛けたら肉体を保持出来るのだろうか。
その疑問に答えるように、タンケイは話を進める。
「棺へ掛けた呪いは『時間の停止』。呪術の中でも最上の呪い、禁忌とまで言われる物だな」
「マジか。そんなヤバいもん解呪しちゃったのか俺」
「解呪は一律どの呪術にも対応出来るからな。後は魔力濃度の問題だろう。君の魔力なら解呪出来ても不思議ではない」
解呪は種類問わず何にでも使えるのね。と言っても呪いなんて早々無いだろうけど。
時間停止か……確かにそれならば、ケイカの肉体も腐らずずっと維持できるな。
「ケイカに掛けられた呪い……『疼死』を解くのであれば、魔力濃度がより高い者の解呪が必要になる。私はケイカを仮死状態にした後、時間の許す限り研究を重ねてきた。そしてついに、ケイカの肉体を維持しつつ強力な解呪を持つ者を捜す方法が確立出来たのだ。時間停止の呪いならば、タイムリミットはないし、棺は時間ごと固定され開けられることはない。解呪するにもそれ相応の魔力でなければならない。お陰で命を使う羽目になってしまったがね」
タンケイは満足そうに説明する。笑顔で命捨てましたって言われても反応に困るぞ。それに疼死って……すげーヤバそうな呪いだな。
「唯一の懸念事項は解呪を行った者の人柄。悪人に解呪されてしまったら、と心配であったが杞憂であったようだな」
「何処からどう見ても純粋無垢で可憐な美少女ですからね」
「はは、見た目はな。君にも事情があるのだろう。詮索はしないよ」
余計な事聞かれると面倒だからその心遣いは助かる。でも見た目はってまるで中身は酷いみたいに仰りますね。
「ハナ。どうか私の頼みを聞いてくれないだろうか。その変わりにと言っては何だが、私の力を君に授ける」
「え、おっさんの力ってまさか」
「私のスキルである呪術師。本来であれば他者に渡す事など不可能だが、肉体を捨てる事で、自身の魂ごと呪いとして他者に移す事が可能となった」
理屈は良くわからないけど、要はスキルを譲渡出来ると。とんでもない事を可能にしたなこのおっさん。
でも呪術師か。スキルはあるに越したことはないんだけど、美少女からイメージがかけ離れてるんだよなー。
「どうせならもっと可愛いスキルくれよ」
「可愛いスキル……と言う表現を初めて聞いたぞ。そもそも私は呪術師しか無いのでな、諦めてくれ。まぁ、呪術師という語感は可愛いのではないか?」
語感かよ。確かに言われてみるとそうだな……そうかな? ともかく、頼み事を受けると前払いでスキルが貰えるらしい。
貰えるものは貰っておこう。解呪できるかどうかは別にしてな!
「じゃあ、せっかくだから頂きます。呪いなんてあんまり使いたくないけど」
「呪術師は呪いだけではないぞ、運用は多岐に渡る。詳しく知る必要があれば、家に置いてある参考書も好きにして構わぬよ。残っていれば、だが」
「お、助かるな。ありがたく貰ってくぞ」
「ああ。私の呪いを解いた君なら、ケイカの呪いも容易く解ける筈だ。期待しているぞ。それと、呪いはなるべく早く解いてやってくれ。棺の呪いが解けた瞬間から、ケイカの『疼死』が出てきてしまうのでな」
そう言って、タンケイはまたも上へと昇っていく。って何処行くんだこのおっさん。
「そろそろ時間だな。必要な事は全て話した。今後も娘をよろしく頼む」
「いやいや、解呪はするけどそれ以降は知らんぞ? と言うか俺みたいな美少女に頼むなよ」
「頼りがいのある美少女ではないか。それに、棺の中のモノを貰う、と君から言ったのだろう。ケイカは世間知らずな所があるのでな、そのまま外に出すのは不安なのだ。厚かましいとは思うが、お願いできないだろうか?」
頼りがいのある美少女ねぇ。ケイカも見た感じ成人してるんだからそこまでしなくてもいいだろ。これが親バカと言うやつか。
まぁでも……そうだな。労働力として連れて行くのも悪くない。使用人と言うやつだ。あれだけ凄い魔法が使えるならボディーガードにもなる。ふへへ、こきつかってやるぜ。
「シカタナイナー、俺が面倒みてやろう」
「ああ、精々使ってやってくれ。妻が早世してから、私はずっと娘を甘やかしてしまったのでな。頭でそれだけではダメだと理解はしていたのだが……難しい物だ」
「おっさんの子育て話なんか聞きたくないわ」
ツッコミが無いというのも寂しいな。セピアがいれば言われずともツッコんでくれるのに。あの鋭いツッコミが無いと物足りなく感じる。
と、言ってる間にもタンケイは離れてしまっている。俺は聞こえるように声を大きくしてタンケイに言う。
「じゃあな、タンケイのおっさん。スキルありがとうな、しっかりとケイカの呪いは解呪するから安心して成仏するといいぞ」
「押し付ける形になってすまないな。呪いを解いたのが君のような娘で良かった」
「ただの娘じゃない、この世界で一番の美少女だからな。そんな俺に看取られるなんてこれ以上無い幸せだぞ?」
「はは、ご尤もだ。娘に真実を言わぬまま、逃げるように死ぬ私には勿体無いくらいだよ」
一々暗い事言いやがって。死ぬときくらい自分勝手に死ねと言うのだ。
「ばか親め、最期ぐらいそういう謙遜は無しだ。満足して逝け」
「ああ、ケイカによろしく言っておいてくれ」
「言われなくても、ケイカにはちゃんと言っとくよ。やっぱ一番大事なのは娘だったってな」
それを聞き、タンケイは今までで一番の笑みを見せた。ふふん、美少女にかかればどんな奴だって笑顔にさせられるのだ。
俺は次第に意識が薄れていく。先程の急な睡魔に襲われるような感覚だ。最近寝落ちが多い気がするのだが……。
下らないことを考えながら、俺は意識を手放した。