何で棺を開けたいの? 何で呪いを解きたいの?
2019/01/04 会話表示修正
「ぐっ……何でこんなにスライムが湧いてくるのよ!」
「スノーさんの! せいじゃ! ないかな! うわっ危なっ!?」
静寂だった森に轟音が鳴り響く。数多のスライムが爆ぜ、辺り一面は液体だらけの凄絶な光景になっている。
現在レイとスノーはスライムの群れに囲まれていた。何処からともなく現れるスライムは、一匹一匹は弱くともキリがない。多勢に無勢とはこの事だ。
「こんの――そこだっ!」
レイも剣を振るい応戦している。大振りで剣が抜けないように最小の動きで牽制する。その後、スライムが飛びかかる勢いを利用し的確にスライムの核へと攻撃を当てる。
「やるじゃない! まだ子供なのに凄いね! 私が10歳の頃はまだか弱い美少女で……」
「そんな事良いからこの状況を打開できる方法を考えようよ!」
「そんな事って……」
がっかりしつつもしっかりとスライムを粉々にしていくスノー。
だが、そろそろ魔力が持たない。レイの言う通り、早くなんとかしなければならない。
「いくら何でも無限に湧くってことは無いだろうけど、埒が明かないわね」
「どうするの!? このままじゃ本当に食べられちゃうよ!?」
「仕方ないわね……美少女っぽくないから余り使いたくないけど」
スノーは跳躍して後ろに下がり、しっかりと地を踏みしめて拳を合わせた。力強く拳を握り締めると、熱気が溢れ炎が舞い上がる。
その間にもスライムは迫って来ている。レイはスノーの元へ向かおうとするが、自衛で手一杯だ。
「スノーさん!」
「レイくん、少し下がってなさい。まだこの魔法は安定しないから危ないわ」
「ええ!? 早く言ってよ!」
即座にスライムに背を向けて逃げるレイ。父親の無茶に慣れているのか、瞬時に逃げる選択が出来たようだ。
ついには、スノーの腕が炎に包まれる。スノーは再び構え、スライムの群れへと拳を向ける。
「ふうっ――ラァァァァァッッ!!」
猛々しい叫びと共に、スノーが拳を突き出す。直後、火山噴火のような音と共に爆発が次々に起こった。
前方向へ次々と爆発し、木々、地面ごとスライムが木っ端微塵になっていく。今までで一番激しい破壊音は数秒ほど鳴り続いた。
「す、凄い……! 一瞬で数十匹のスライムを倒しちゃった」
「よーし戦略的撤退! 行くよレイくん! もう魔力がスッカラカンでこれ以上は戦闘続行出来ないわ」
「わかった、後方は任せて!」
爆発で更地になった部分から、レイとスノーは離脱する。不思議な事に木々に火は燃え移っていない。少し暑く、煙くなってはいるが、これなら火災の心配はないだろう。
スライムに瞬発力はあっても速度はそこまであるわけではない。暫く走れば逃げ切れるだろう。レイは後ろを確認しつつ、スノーの明かりを頼りに走り続けた。
「着きましたよハナさん。ここが私の家です」
リールイ森林の奥地。真っ暗な森の中に、一軒のボロ屋。……ボロ屋? ボロいの度合い超えてない? 屋根ついてませんけど……これじゃまるで心霊スポットだ。幽霊を添えてバランスも良い。
扉はあるけど屋根は無し。窓はあるけどその隣に壁が無い。コントの舞台セットかな?
「どうぞどうぞ、何も無い所ですが」
「本当に何も無さそう……あ、やっぱ扉から入るんですね」
扉を開ける意味はない気がするが、コントのお約束だから仕方ない。俺は扉を開け、中に入る。中に入ったのに外なんだけどね。
家の中? は古びて錆びついていながらも、きっちり整えられている。ケイカが手直ししたのか、元々綺麗だったのがそのままなのかは分からないが。
ケイカも生前はここで暮らしていたのだろうか。まさか白骨死体とか見せられるんじゃなかろうな、勘弁してくれよ?
「そこにお掛けになってくだサイ」
「座ったら足が折れて崩れたりしません? 大丈夫?」
「平気です。たぶん」
多分かよ。唯でさえ今日はよく尻もちつく日なのに。
俺は恐る恐る座る。……ほっ、大丈夫だ。ケイカも机を挟んで、対面の椅子に座る。
ケイカは一息着くと、俺に話し始める。
「ハナさん、ここまで来て頂きありがとうございます」
「いえ、レイくんを連れ戻しに来ただけなので……まずはそっちの用事を終わらせたいのですが」
「はい、では」
ケイカはすっと目を細める。今まで穏やかな雰囲気であったが、最初に出会った時の様な真面目な顔で俺を見る。
「説明の前にまずお願いを言います。ハナさんに、あの棺を開けて欲しいのです」
ケイカは後ろを向き、一際大きな箱を指す。あれか。棺ねぇ……あんまり開けたいものじゃないなぁ。
あんなの自分で開けられないのか? 幽霊だから開けられないとか?
続けて、ケイカは棺について話していく。
「あの棺は呪いが掛かっているのです。一般の方にはまず開けられないような、強い呪術が掛かっています」
「呪術? あの中に何が入っているんです?」
「分かりません。ですがあの棺を、いえ、呪いを解く者を探し出す事こそが父上の悲願なのです」
中身より呪いを解ける人を探してるのか。中身はどうでもいいのか?
呪いって言ってもさっきセピアに聞いた事くらいしか知らないしな……。そもそも魔法とは違うのだろうか。セピア、説明!
「呪術は魔法とは別物ですね。呪術は……言わば魔力の毒、と言った方がよろしいでしょうか」
「魔力の毒。魔法は魔力を使うけど、呪術はまた違うのか?」
「いえ、同じく魔力を消費します。ですが、呪術は対象の魔力に干渉し、呪いを侵食させる……そんなイメージです」
魔法は自分の魔力を練り上げるけど、呪術は相手の魔力を侵食するのね。魔糸だと魔力に干渉できないって言ってたけど……根本的に違うのだろう。
さっきの話からして、ケイカは俺に呪いを解けって事か? 俺解呪なんて使えないぞ……。
「ケイカさん、私にその呪いを解けって言うのであれば、すみませんがそれは出来ませんよ? 呪術自体そんな知りませんし」
「大丈夫です。ハナさんの魔力なら少し練習すればいけます」
「私の魔力なら、ですか? 確か濃いって言ってましたけど」
「ええ、魔力濃度は強化魔法の他に、呪術も関係するのですよ。ハナさんであれば直ぐにできると思います」
魔力が濃いと呪術が成功しやすいんだっけ。さっきセピアが言ってたな。
呪いの対象が近くにあるし解呪がすぐ出来るなら大した事は無いだろう。怖いのは……
「解呪したら自分自身に呪いが移るとか、そういうのは無いですよね?」
「棺に呪いをかけたのは父上ですから。誠実な父上がそんな事しませんよ。大丈夫です」
「え? 自分で呪いを掛けて、それを解かせる為にここまでしたんですか? と言うか父上ってさっきから言ってますけど生きてるんですか?」
「そんないっぺんに聞かないでくだサイ。ですので、それを説明する為にここへ来て頂いたのです」
ケイカは細めた目を下に向ける。少し笑みを浮かべてはいるが、哀しい、と言う感情が伝わってくる。
顔を見て全てがわかる、というほど俺は察しが良い訳ではないが、明るい話では無いだろうという事はわかる。
「ケイカさん、無理しなくても大丈夫ですよ?」
「いえ、大丈夫です。人に話すのは初めてですが……ハナさんなら気軽に話せます。あんまり興味無さそうなので」
「え、興味ないってわかってるならそれますます必要ないと思うんですが」
「ただの自己満です」
「む……」
ふざけた事をそんな哀しげ笑顔で言われるとツッコミ難いだろ。
興味無いと言えば無いし、レイも早く探してやりたいが……。むう。
「わかりました。ケイカさんの気が済むまで話して下さい」
「ありがとうございますハナさん。口は悪いけど優しいです」
「毎回一言余計なんだよなぁ」
ケイカの顔が少しだけ緩んだ気がする。うん、やっぱ美少女はあんな顔するもんじゃないな。かわいいかわいい。
「まず何処から話しましょうか、まずは私達犀人の生い立ちから」
「いやそれはいらないです、要点だけ言って下さい」
「ですが、犀人の存在を広めないと……」
「犀人とか興味無いから」
「うう、やっぱり優しくないです……」
気が済むまで話して良いとは言ったが、長ったらしいのは苦手だ。そもそも呪いと犀人の知名度は関係ないだろ。……ないよな?
しくしくと泣きながら、ケイカは話し始める。
「まず先程の件ですが、父上は既に亡くなっています。私より後に、ですが」
「うん? ケイカさんが先に死んだのですか? では幽霊になってからお父さんが死ぬのを看取ったと?」
「ええ、自分が死ぬ直前の事は覚えていないのですが……自分が死んだ後の父上を見るのは辛かったです」
そりゃあ……その悲しみは計り知れないだろう。娘が先に亡くなってしまったんだ、ケイカの父親はまさに絶望していたのかもしれない。
「父上は誰にでも優しく、先に亡くなった母上とも仲睦まじく、そして私も沢山可愛がって貰いました。呪術の腕も相当な物で、呪いで多くの人を助け、手を差し伸べていました。犀人としても、父としても尊敬している方です」
「人を救う? 呪術ってあんまり良いイメージ無いですが」
「確かに、人を貶めるような悪意の象徴として良く言い伝えられていますが、運用次第では人を笑顔にする事だって出来るのです。父上はそれで生計を立てていましたが、決して人を不幸にするような事はしていません」
呪いと呪い。文字は同じだけど微妙にニュアンスが違う。うーん、わかりづれえ!
難しい事は考えず良い呪いと悪い呪いがあると思えばいいか。セピアが苦笑いしている気がするが気にしない。
「そんな父上が、私が死んでから鬱ぎ込んでしまいずっと家に籠もるようになったのです。何度も声を掛けようとしましたが、私が声を掛ける事で父上が狂ってしまうかもしれない、他の方に言い回って狂人扱いされてしまうと思い、中々干渉できずにいました」
親が狂う所なんて見たくないしな。ましてや周りからそんな目で見られるのも娘としては耐えられないだろう。
「やがて、父上は呪術の研究に没頭していきました。食事も碌に摂らず、見る見るうちに老衰していって……」
苦しそうに、ケイカは俯いて話す。無理すんなって言ったのに。
ケイカとしては全て説明しないと納得出来ないのだろうが……あんまり美少女がしていい顔じゃないぞ。
「……すみません。そして最期に、父上はこの棺に呪いを掛けました。自らの命を以て」
「自分の命を使って呪いをかけたって事ですか?」
「はい、強力な呪術には媒体が必要なのです。私が死んだ後、父上はずっとこの呪術を研究していたようです」
命って……凄い重い呪いだな。自分の命賭してまで何をしたかったんだろうか。娘だったら尚更気になるだろうな。
「父上は……、父上の魂は、この呪いを誰かに解いて欲しいと願っている。最期の表情を見て、私はそう感じました」
「そんな強力な呪い、私に解けるのですか?」
「分かりません。ですが、先程も言った様に私から見てもハナさんの魔力濃度は父上以上です。私は出来ると思っています」
しっかりと俺の目を見て、笑顔でケイカは答えた。
そんな期待されてもな。さっきまで楽勝だぜ気分だったけど、そんな話聞いちゃうと……ね。
それに、まだ一番大事な事を聞いていない。
「棺の件は大方分かりました。ですが、まだケイカさんが呪いを解きたい理由を聞いていません」
親父さんがどうであれ結局そこが一番重要で、ハッキリさせなければならない所だ。
何で棺を開けたいの? 何で呪いを解きたいの? ってのが知りたい。ぶっちゃけ、俺としてはそこだけ知れれば良い。
ケイカは笑顔のまま、俺の問いに答える。
「……この棺は私がまだ生きていた頃、物心着いた時からありまして。父上はずっとこの棺を大事にしていました。一体何が入っているのかは分かりませんが……とても、恐らく私よりも大事な物が入ってるのかもしれません。父上が一番大切にしていた物が何なのか見てみたい、というのが私の理由です」
「む、それだけ?」
「それだけですよ? 言ったでしょう? 自己満足だって。大それた企てなんて何も無い、些サイな未練ですよ」
人の未練なんてそんな物か。俺もそうだったしな。でも、自分の娘より大事な物なんて……想像がつかない。
娘が亡くなって放心するくらい悲しんだのだろう。そんな、目に入れても痛くないくらい溺愛した娘よりも大事な物なんてあるのか?
……少し気になってきた。うん、そうだな。別に俺が損するわけじゃ無さそうだし。ケイカの親父さんには悪いが、かるーく解呪してやるぜ。
「わかった。ケイカ、その棺を開けてやる。さっさと俺に解呪のやり方教えろ」
「また口調が戻ってる。こちらから頼んでるとは言えめちゃくちゃ上から目線ですね……。でも、良いのですか?」
「うん、良いよ。俺も何入ってるか気になるし。何か良い物だったら中身俺にくれよ」
「えー……私も父上も既に亡くなってる身ですし別に良いですけどぉ。大切にして下さいね?」
「へいへい」
ふふん、せっかくだし報酬として頂いておこう。出来れば首飾りの様な、おしゃれな装飾品が欲しい。
このお願いが終わったらケイカは無事に成仏……するのか? いや、成仏されるとレイを捜すどころか帰り道もわからんな。俺が安全な場所に着くまで成仏するのは我慢してもらおう。




