あのスライムは私にやらせてください
2018/04/23 一部修正
2019/01/04 会話表示修正
以前は辛勝、勝ちとは言えべとべとにされ辱められたスライム。
戦うなんて嫌だ、面倒だ。なんて普段は言ってるけどやっぱり悔しい。主にべとべとにされたのが。
そして今、その雪辱を果たす時がやってきたのだ。
「ケイカさん、あのスライムは私にやらせてください。ここいらでおあそびはいいかげんにしろってとこをみせてやりたい」
「ハナさん、戦えるのですか? 何処と無く油断してやられてしまいそうな台詞ですが」
ケイカと共に森の奥地へと向かっていると、ついにスライムと遭遇した。
相変わらずぽよんぽよんと可愛く動いている。コイツが人を殺めるなんて思えないが……。
「きゅうっ!?」
ネズミの鳴き声を更に高くしたような音を出し、スライムは俺の方へと向く(実際向いてるかわからないけど)。
今回は正面から堂々と戦う事になった。まともに戦闘を行うのはこれが初めて。うん、少し緊張するな。
それを感じ取ったのか、セピアが俺に気を遣って話しかけてくる。
(ハナ様。10日足らずの練習でしたが、今のハナ様なら難なく倒せるはずです。余り力みすぎないように、落ち着いて対処して下さい)
(ん、わかってる。ケイカもいるし死ぬ心配は無いからな)
俺は服の中からある武器を取り出す。魔力が通しやすく、殺傷力があって、誰からも咎められない物だ。
まぁそこまで勿体つける程大層な物でも無いが。
「……お箸?」
ケイカは首を傾げている。そうだろうなぁ。
俺は家から拝借してきた箸を取り出した。木製で棒状、手で持てる丁度よい大きさで軽い、何より無料で持ち出せて無くしても全く心が痛まない。まさに俺向きの武器だ。
人形使えよ! って思うかもしれない。だがあえて言わせてもらおう、俺も使いてえよ!!!
「まず最初に、人形遣いと言うスキルは名ばかりであり、実際には魔糸使いといった方が正しいという認識でいて下さい」
これは、女神さんに貰ったスキルいろは本の最初に書いてあった言葉である。オイ、いきなりブレブレじゃねえか、自分からスキル選んだ訳じゃないからいいけど。
「本来、人間は自身の魔力を直接他の物へ渡せません。魔法として付与、強化等は出来ても魔力自体を移すことは基本的に出来ません。ですが、スキル【人形遣い】であれば魔糸を通して『魔力を持たない物』に魔力を繋げ、操る事が出来ます」
強化魔法で間接的に干渉は出来ても、その素である魔力は体内から移動出来ないって事ね。人形遣いはその限りでないと。『魔力を持たない物』ならば基本何でも操れる。人間や魔物、魔力鉱石等の魔力を帯びている物、魔法剣等の武器は無理だと言う事だ。全部魔力があるからな。先の例は本に記載してあったのだが、魔法剣とかやっぱりあるのね。流石ファンタジーワールド。
だが、それなら片っ端から周りの物を操れるんだから最強じゃね? と思ったが
「操る対象の重量によって消費魔力が変わります。重ければ重いほど、魔力を消費します。今のハナさんだと大体20kg以上の物は殆ど操れませんし、無理矢理魔力を使えば魔力不足で倒れてしまうので気をつけてくださいね?」
だ、そうだ。ご忠告ありがとうよ。でも、ハウツー本なんだから個人名出すなよ。
個人差もあるが、魔力は日々使っていけば伸びていくものらしい。セピア日々努力しろとしつこいので俺も毎日魔力を酷使している。普段は優男っぽくて頼りない印象なのだが、こう見えてもスパルタなのだ彼は。
他にもスキルについて書いてあるので、簡単に纏めると
・魔糸の射出は指の先からのみ。
・魔糸で操っているものは浮遊させる事が出来る。だが、魔力消費が増えて操作の難易度も上がる。
・魔糸の射程は熟練度によって変わるが、現状5M程伸ばせる。
・複数の物を対象に魔糸を通す事が可能だが、一つ一つに魔力を使う。
便利そうで不便……という程でもないけど制限が多い。
とにかく魔力を使う使う。魔力を増強するチートな道具とか欲しくなるね。現状射程も微妙だし。
俺つえー! は出来ないようだ。俺かわいー! なら幾らでも出来るのだが。俺かわいー!
さて、話を今に戻してスライムとの戦いだ。俺は今魔糸を繋げた箸を二本右手に持っている。スライムは落ち葉や枝をパキパキ鳴らしながらジリジリとこちらへ近づいてきている。俺の様子を伺っているのかもしれない。
スライムの核は体内の中央にある。外から可視出来るから助かるな。
箸を食事の時と同じ持ち方に変え、スライムを注視していると後ろからケイカが声をかけてくる。
「箸持って格好つけてもダサイですね」
「やる前からダメ出しですか!?」
「だって箸ですし……はっ、まさかスライムの踊り食いを!?」
「食わねーよ静かにしてろ!!」
集中してるんだから変な事言わないで欲しい。その間にもスライムはこちらへと近づいてくる。もう少し……。
スライムはスピードを変えずに向かってくる。――よし、射程内だ。
「せぇーのっ!」
俺は箸一本ずつ飛ばす。一つ目は直接核に、二つ目はスライムの後方へ。偏差撃ちと言うやつだ。
だが、スライムは避けようともせずこちらへと飛び出してきた。早々上手くいかないもんだね。
箸がスライムの体へと沈む。勢いよく入ったものの、核の手前で止まってしまった。スライムはきゅうきゅう言いながらぽよんぽよん跳ねている。挑発されてるみたいでイラッとするぜ!
「ハナさん、全然効いていませんよ? 大丈夫なんです?」
「うん、後数秒で終わると思いますよ」
「はい?」
今も箸はスライムの中に在る。普通の武器なら取り込まれて終わりだが、魔糸があるなら話が変わる。
魔糸を通した箸であれば、スライムの体に当たった後も魔糸を通じて無理矢理動かす事が出来る。最悪溶かされる前に引き抜くことも出来るはずだ。そんな事せんでも問題ないが。
俺は箸を核の方向へ向くように転換させる。物理を吸収すると言っても硬い訳ではないので難なく動かせた。そのまま、指をクイッと動かして箸を直進させた。
「ギュィ!?」
ちょっと濁音が入った奇声を上げて、スライムが爆散した。うーん、あっさり終わった。
セピアがカモだと言っていた理由がわかった。魔物自体の知能も低いので危なげなく退治できる。……いきなり飛びついてきて自爆とかしないよな? 一応後ろに飛ばした箸を引き戻す事で対処できると言えば出来るけど……。
「いえい! ハナちゃん大勝利! ぶいぶい!」
美少女の勝利宣言も添えて完璧な初陣だった。前回? チュートリアルみたいなモンだったからノーカンだよ。
ケイカは爆散したスライムを見て驚いている。ふへへ、ちょっと気分がいい。
「びっくりしました。本当に瞬殺してしまうとは。口だけ美少女かと思っていましたが、戦う事も出来るのですね。それに、あのスキルは……」
「スキルに関しては企業秘密です♪」
「キギョー秘密?」
幽霊だしケイカなら別にスキルの事を教えてもいいんじゃないかと思ったが、一応伏せておいた。べらべら話す物でもないからな。
俺はスライムの残骸から箸を拾い上げる。うわキタネっ、当たり前だけどドロドロだよ……。水魔法とか使って洗浄したい。
「ケイカさん、水魔法とか使えませんか?」
「私の適正は風魔法のみなので使えません」
「ありゃ? さっきの転移も風魔法なんですか?」
「あれは属性魔法ではないですし、理論上は誰でも使える魔法です。高位と言われる所以はえげつない魔力消費量にありますので」
風、火、水、土。そして光、闇。基本はこの6属性が属性魔法と言われる。光と闇は珍しいが、それ以上に稀な氷魔法とか雷魔法とかを持っている人もいるそうだ。レア属性って響きはワクワクするね。持ってないから俺には関係ないけど。
それ以外の魔法は各々その名称で呼ばれる。転移魔法とか強化魔法とか。
いくつの属性を持ってるかは個人があるが、一般的には0~2属性、3~4属性でめちゃんこ運がいい。5~6属性は世界中探しても両手で数えられる程しかいないそうだ。俺は属性魔法全て適性無し。水も火もぱっと出せないのだ。悲しい。でもいいもん、超珍しいスキル持ってるし。
因みに、人形遣いはスキルだけど魔糸は魔法に分類されるらしい。ややっこしい。
「このドロドロ、風で吹き飛ばせないですか?」
「箸も一緒に飛んじゃいますよ。諦めて捨てるなり拭くなりしてくだサイ」
「ぐぬぬ」
仕方ないので葉っぱなどで拭いてから服の内側にしまう。貧乏性なので捨てられないのだ。
内側にはポケットがついており、箸を4本ほどと何かあった時様に銅貨を数枚所持している。こんな所来ると分かってたらもっと準備してきたのに。
箸をしまい、ポンポンと手で髪を整えているとケイカが話しかけてくる。
「もうすぐ着きますよ。休憩は着いてからにしましょう」
「随分急かしますね。そんなに大事な話なんですか?」
「はい、私にとっては凄く大事です。そのままハナさんにご協力頂けるかもしれませんので」
そのままって……まさか生贄になれとか言うんじゃないだろうなこいつ。
濃い魔力が必要って言ってたし。普通にお喋りしちゃってたけど、セピアの言う通り油断しない様にするか。
「大丈夫、変な事はしません。少し魔力を消費するかもしれませんが、危険な事は絶対しませんよ」
「ホントォ? 自分が生き返るために生贄にするとか、進化するために私を食べるとかしません?」
「しませんよそんな事!?」
顔を見る限り大丈夫そうなんだけどな。何か企んでいる、と言うより楽しみで待ちきれないって感じだ。
ここで話し込むのも何だし、もうすぐ着くとの事なので、俺とケイカは再び目的地へと向かい歩き始めた。
一方その頃、ルマリ村。ハナとケイカが転移した後、村の住民が門の惨状を知り大騒ぎとなっていた。
衛兵達が説明をし、門の警備も強化しているが、村人の不安は大きくなる一方だ。
「……それは本当か、シェクター」
「はい、間違いありません。女冒険者が幽霊と戦闘。近くにレイ君の姿も確認しました。その直後に瓦礫が飛んできて私は……申し訳ありません」
「今はゆっくり休め。非常事態の時動けなければ、次こそ命を落とすやもしれないぞ」
門番のシェクターはその後救助され、一連の流れをアーキスに報告している。
いきなり門内で爆発が起きた事。幽霊が出現した事。レイと冒険者の姿を確認した事。そして、ハナに介抱された事。
現在衛兵を集め、村内で三人の捜索を行っているが、未だ見つかっていない。
アーキスは駐屯地の医務室を後にし、外へと向かう。すると丁度、外から一人の衛兵がアーキスの所へと向かってくる。
「アーキス副長。冒険者ギルドから数名、捜索に当たって頂けるそうです。リールイ森林への捜索も、時間を早め既に向かっているとの事です」
「即断即決だな、頼もしい限りだ。ご苦労だったダンテ。休憩を挟んだらお前も捜索に当たってくれ」
事件の発覚と同時に、アーキスは冒険者ギルドへ応援を要請した。
捜索隊の編成、村住民への説明、応援の手配と、衛兵長が中央都市に喚ばれ不在の中でもアーキスは冷静に判断し、対処している。
「副長はどうなさるおつもりですか?」
「私はリールイ森林へ向かう。恐らくだが、彼らは森へ向かった、または連れて行かれたと踏んでいる。憶測で判断するのは危険だが……」
「危険だが……レイ殿が心配なのでしょう? と言っても、副長なら誰が拐われても向かっていきそうですが」
「ダンテ、誂うのはよしてくれ。私はそこまで猪突猛進ではないよ」
ダンテが本当ですか? 副長ですからねぇと笑って話す。
アーキスも思わず苦笑いをする。知人の子が拐われたと聞いて緊張状態だった自分を、ダンテが気を遣って解してくれたのを理解しているので叱る事も出来ない。
「大丈夫です。普段サボってる副長が居らずとも、私達は回りますよ。但し、一人で行くのは流石にやめて下さいね? 最低二人は付けて下さい」
「済まないな、いつも苦労を掛ける」
「掛けられ慣れてますので。次はどの酒場が良いでしょうかね?」
「オイオイ、お手柔らかに頼むぞ。……と、ふざけている場合では無かったな、直ぐに出るぞ。ハリスとイルヴィラを付ける。それで問題無いだろう」
アーキスはハリスとイルヴィラを呼びに駐屯地内へ戻る。何時になく早足で。
焦ってはいけないと頭で理解してはいるものの、自制がきかない。レイだけなら自衛も出来る上、冒険者も一緒の可能性が高いので問題ないが、あのハナという少女もいなくなっている。手遅れになる前に見つけ出さねば。
やはり副長なんて向いてないな、とアーキスは独りごちる。汗ばむ手を握り締め、森の捜索へ臨むのだった。
「門がぶっ壊されてたって言ってたけど、スノーがやったんじゃねえだろうな」
「十中八九スノーだろう。シェクターが焦げ臭かったと言っていたそうだ」
「……やれやれ」
リールイ森林の入り口近く、3人の冒険者が足早に進む。
ルマリ村での事件を聞いたギルドマスターが、ギルドからの緊急依頼という形で直ちにリールイ森林へ迎えと命令を下した。
内容は行方不明者の捜索、幽霊の発見及び討伐。依頼ランクはC。元々ランクはEだったのに対し、重要度と緊急性からランク上げしたようだ。
「偶々居合わせてて良かったぜ、今日はヨルアのおっさんに任せてさっさと帰ろうと思ってたんだ」
後ろを歩く斧を担いだ大男が、警戒しながらも前を歩く槍士……ヨルアへと話しかける。
「ファイト、おっさんはやめてくれ。俺はまだギリギリ若者だぞ? ……リアム、そんな顔をするな」
ヨルアは老けている……というよりも、同年代と比べて些かダンディな顔つきをしている。
そのため、他の冒険者からはおっさんと呼ばれ親しまれている。当人は納得していないが。
「……ヨルアさんは貫禄があるからな」
「うはは、あの無口なリアムがフォローしてるってだけで面白え。酒の肴が増えたな」
「勘弁してくれ、というか警戒を怠るなよ?」
「わぁーってるよ。ただのスライム畑と思うな。新たに発見された未開の地だと思って探索に当たれってマスターに念を押されたしな」
前方を歩くぼそぼそと小声で話す男……リアムは頷いて前を向く。
何でも、有名な冒険者であるジナの息子が拐われたらしい。ヨルアがいつになく焦っているのはその為か。
今のヨルアは一見普通に見えるが、いつもより歩幅が小さく、歩く速度が速い。呼吸も少し乱れている。いつも以上に気を張らねばな、とリアムは心の中で考える。
ファイトと話していたヨルアは、依頼の内容を確認する。
「行方不明者は三人。スノー、ジナさんの息子、レイ。そしてハナと言う少女だ。スノーは言わずもがな、レイはスライム程度なら問題なく倒せる。幽霊の素性が分からない以上危険である事には変わりないが。だが、もう一人の少女は一般人だ。もしここまで拐われていたなら、スライムにすらやられかねない」
「……拙いな」
「スライムつっても舐めて掛かるとひでえ目にあうからなぁ……。早く探してやらねえとな」
その頃ハナはスライム相手にイキッているのだが、そんな事を知る由もなく3人は更に移動速度を上げる。
「それでヨルアのおっさん、ただ闇雲に探すだけで良いのか?」
「いいや、闇雲に探すわけじゃないさ。もし本当にここへ、レイとスノーが来ているなら自ずと分かる筈だ」
「え? それってどういう……」
ファイトが言うよりも早く、その音は森中に響き渡った。
前方より爆音。それも一回ではなく数発続けてだ。
「あー……そういやそうだったな」
「……夜間の探索中に物音を立てる危険性を彼奴に教えてやった方が良いな」
「まぁ、今回に限ってはお手柄だ。音がした方向へ急ぐぞ!」
3人は駆け足で向かう。爆音の元凶は既に分かっていた。
ここ最近、ギルド内では有名になりつつある。爆音が鳴り続けたら、そこに問題児がいる、と。
その後も爆音が引き続いて鳴ったりピカピカ光ったり、ヨルア達は止まる事無く森を駆け抜けていった。溜息も止まる事は無かった。




