はい、美少女ですが何か?
2018/04/23 一部修正
「ソエアアアアアアアアア!!!」
リールイの森に女の奇声がこだまする。直後、激しい爆発音が連続して鳴り響いた。
夜にも関わらず昼間の様に明るい。爆発のせいで。
音が止むと、剣を持った少年がその女に近づいて話しかける。
「これが魔拳か……。凄い威力だね、スライムが一瞬で蒸発しちゃった。でも、こんなに爆発してるのに全く燃えてないね」
「爆発してるだけで炎は出ていないからね。いや出てるのかな? うん、理屈は分からないけど大丈夫よ!」
「父ちゃんと言いスノーさんと言い冒険者って適当な人多いよね」
「フッ、ジナさんと私を同列に挙げるだなんて恐れ多いわ……悪い気はしないけどね」
「そういう意味じゃないんだけど……」
剣を持った少年、レイががっくりと肩を落とす。ここ数日、薬屋の常連と化しているスノーとは何度か会っており、その度に父親の事を聞かれていた。
そのスノーは先程、ルマリ村でレイが幽霊に襲われそうになっていた(様に見えた)のを一方的に殴りかかって行った女冒険者だ。
これは数十分前の事、殴られそうになった幽霊が慌ててその場を離れ、事情を説明しようとするも……
「落ち着いて下サイ、別に襲うつもりはありません。ここは穏便に話し合いで解決しませんか?」
「拳で語る? 良いわ、美少女同士だし手加減しないわよ」
「はい?」
この様に脳筋解釈をしてしまい、門の近くで盛大に暴れてしまった。
幽霊も魔法で応戦するものの、近距離の中でも更に近い位置、インファイターである上に魔法を駆使するスノーは相性が悪い。
それもあり、周りを意識できず戦闘中に門を倒壊させてしまった。
「スノーさん! 僕は平気だから落ち着いて!」
「レイくん、そこでジッとしていて。下手に動くと危ないわよ」
「危ないのは貴方です! ボンボンボンボン派手にやって、この爆発女!」
風を利用してスノーの動きを抑えようとするも上手く妨害が出来ない。スノー自身直線的な攻撃の為、避けることは出来ても早すぎて切り替えせない。
上に逃げようとしても幽霊はそこまで高く飛べない。精々5メートルが限界だ。一回上に逃げようとしたら、スノーは悠々と飛び上がって拳を振るってきた。
強い――というよりは上記の通り相性が悪すぎた。スノー自身はまだまだ未熟な冒険者だが、魔拳の精度は高い。今はまだ一発も貰っていないが、目が慣れてくるにつれ避けるのが困難になってくる。
更には、もう10分は全力でやりあってるというのに全く疲れを見せない。時間をかけて優位を取るつもりが、逆に追い詰められていた。
ついには、スノーの拳が幽霊の体をカスる。幽霊と言っても魔法は通じるので、多少なりともダメージが通った。
「ぐうっ……、仕方ないです。無駄打ちはしたくなかったですが」
「角が光ってる!?」
「何か企んでるわね? させるものですか!」
スノーは跳躍して上空に浮いている幽霊へ急接近する。そのまま、腕を下から振り上げて幽霊を殴りつけた。先程よりも大きな爆発が起こる。
幽霊はそのまま霧散する。だが、手応えがまるで無かった。
「流石にそれは当たったらタダじゃすまなかったでしょうね」
「んなっ、下!? 幻影魔法!? 風魔法しか使えないんじゃなかったの?」
「はい、これも風魔法ですよ。詳サイは教えませんが」
幽霊がそう言うと、スノーの下に魔法陣が浮かび上がる。スノーは空中で体勢を立て直し、そのまま幽霊に一撃を食らわせようとするも間に合わない。
「あっちで少し頭を冷やして下サイ」
直後、幽霊の角から強烈な光が放たれる。魔法陣が起動し、魔力が周囲に満ちていく。
光が消えると同時に、スノーとレイの姿は無くなっていた。
そして現在、レイとスノーは森を探索している。
夜とはいえ、元々はスライムのみが生息する危険度の低い森。少量の明かりさえあれば十分探索ができる。
「見慣れた景色も、暗くなると雰囲気が全然違うね」
「本来は動かないほうが良いんだけどね。今回の依頼は特別だから、もしかしたら探索中の冒険者と会えるかもしれないわ」
「でも、僕たちの方から戻らないとまずいよ。ここは奥地だと思う、見たこと無い木もあるし。ヨルアさんも今日は風が特に強いから無理はしないって言ってたし、ここまで来るとは思えない」
「奥地ねぇ。妙にスライムが多いのもそのせいかしら?」
二人は道なき道を歩いている。ルマリ村方面から入る手前の森は、ある程度道が出来ているので迷うことも無いのだが、深部の方は手付かずで、位置が把握しづらい。
と言っても、そこまで大きな森では無いので歩き続けていればいつかは外に出られる。どの方面から出るか分からないが。
「森の中には入るなって言われてたのに……爺ちゃんに怒られちゃうな」
「子供がそんな後ろ向きにならないの。むしろ巻き込まれただけなんだからこんな体験できてラッキーだと思えば良いのよ」
「巻き込んだ本人がそれ言うんだ」
レイは鍛錬を終え帰宅しようとしていた所へ幽霊に声をかけられる。
最初姿を見た時は驚いた。「貴方から濃い魔力の残滓を感じる」「貴方も良い魔力を持っている」「顔立ちが良い、将来有望」「名前は? 歳はいくつですか? 今一人ですか? おうちはどこですか?」など、会話だけ見ると怪しいと言えば怪しいのだが、人間らしい立ち振舞をする幽霊だなとレイは思った。
それ故に、レイはしばらく幽霊と話し込んでしまったのだ。ちなみに怖かったので名前と家は教えていない。
「悪い幽霊じゃなかったんだけどな」
「少し話したくらいで信用しちゃ駄目よ。魔物の中には狡猾で人を騙す様な種族もいる……って先輩が言ってた」
「その先輩にもっと落ち着いたほうが良いって言われない?」
「よく言われるわ」
誇らしげに答えるスノー。何故そこまで自信に満ち溢れているのか。
変に暗いよりはずっと良いし、心強くはあるけど。と、レイは言われた通り前向きに考えた。
「やっぱスライムじゃ全然運動にならないわね。数だけは多いけど……まぁ、せっかくだしガンガン倒しちゃおう!」
「スノーさん明かりを振り回さないで! 中の魔力鉱石がふっ飛んじゃうよ!」
「大丈夫よ、最悪私の明光拳があるから」
聞いたことが無い技だ……自分で名前付けただけだろうなぁとレイは呆れた目でスノーを見る。
スライムしかいないとは言えあんまり目立つような事はして欲しくない。既にあれだけ爆発させてるので手遅れだと思うけど。
「何それ……なんか嫌な予感がするから使わないでね」
「了解! 明光拳!」
「ちょぉっ!?」
レイが拳を前に突き出した瞬間、スノーが持っていたランタンよりも更に強烈な光がレイの目を襲った。
スノーは冒険者ギルド期待の新人だ。稀少であり強力な魔拳と有り余る程の体力。そして何より可愛い。冒険者ギルドに入ってすぐに頭角を現している。だが、同時にその突っ走る性格で数々の騒動を引き起こしている。そんなスノーに付いた二つ名は問題児。
夜の森林に、太陽の如く眩しい光と男の子の悲鳴が響き渡った……。
光が収まり、視界が回復する。どうやら、転移が終わったみたいだ。
どうやら完全に夜になってしまったようで殆ど真っ暗だ。辺りを見渡しても全然何処かわからない。
幽霊は何処行ったんだ……? 一緒に転移してきたんじゃなかったのか。
「おーい、幽霊、いるのかー?」
(ハナ様、先程の幽霊が言っていたのが本当ならリールイ森林です。あまり大きな声を出すとスライムに見つかってしまいますよ)
(そうだな、周りも見えないし危ないか……ってそれ大分危険なのでは)
あの幽霊、面倒な事をしてくれたな。しかも全然反応がない。いきなり転移しといて放ったらかしとは酷いやつだ。せめて明かりをくれよ明かりを……。
俺はふと空を見上げる。やっぱり月は無い。その代わり、それを補うかの様に星々が輝き主張している。
最近は、寝る前に夜空を見上げる事が多くなったな。元々天体観測なんて趣味じゃなかったけど、あっちの世界と比べて凄い綺麗だし、見ていて飽きない。日本じゃなければ普通に綺麗な星空もあるんだろうけど。
でもそれだけじゃない……気がする。無意識にというか、本能的に見てしまっている様に感じる。見ていて落ち着くんだけど、同時に少し怖くもなる。
「星々の光に魅せられているミステリアスな美少女……良い。これでもう少し明るければ怖くないんだけど」
「明かり、点けましょうか?」
「ひあう!!?」
目の前にいきなり幽霊の顔が! 思わず変な声をあげてしまった。
「どうかしましたか?」
「急に出てくるなよ心臓に悪いだろ」
「ごめんなサイ、久々に人とお話が出来たので興奮してるのかもしれません」
幽霊の周りがじわじわと明るくなっていく。これはこれで雰囲気でてるなぁ。
明るくなったお陰で周りが確認できる。どうやら本当に森へ転移したみたいだ、最初居た場所と似たような景色が広がってる。
「それで、お前の家は何処にあるんだ? どうせなら直接そこへ飛ばせば良かったのに」
「転移するとですね、その転移先に強風が起こるのですよ。家が壊れたら大変です。ものっそいボロ屋なので」
「自分でボロ屋言うなよ……ってお前、もしかして転移を頻繁に使ってるのか?」
「はい、便利ですよねあれ」
もしかしなくても突風現象はこれが原因な気がする。こっちの街まで届くってことは相当な強風なのだろう。今日だけで少なくとも2回……いや、レイを転移させたの含めると3回使ってるよなコイツ。
どれだけ魔力持ってるんだ。もしかしてMP無限チート……!
幽霊はふよふよ浮いたまま俺に話しかけてくる。
「では参りましょうか。えーと、ミステリアスな美少女さん?」
「俺の名前はハナだ。よろしくな胡散臭いサイ子さん」
「なんですかその酷い名前は! ケイカです、ケイカ! ちゃんと覚えてくだサイ」
「へいへい、はよ行くぞケイカ」
「ぬぐぐ、自分勝手なガキですね」
幽霊……ケイカはぷりぷり怒って訂正してきた。存外普通な名前だ。生前の名前だろうか?
生きてた時の記憶はあるように見える。会話成立するしお父様とか言ってるし。常識が少し足りないけど。
俺とケイカは歩きながら、話を続ける。
「自分でサイサイ言ってるのは何なの? わざとなの?」
「犀人と言う人種を世界中に知らせるためキャラ作りしてたのが癖になってるだけですよ」
「俺から聞いといてなんだけどそんな事ぶっちゃけんなよ……」
そもそも犀ってそこまで見慣れてないし地味だよなぁ、かと言って珍しいわけでも無いし。鬼人は筋肉もりもりマッチョマンとか、牛人は爆乳ねーちゃんとか、そういうイメージが付いてるけどサイって言うと……わからん、とりあえず突進が強そう。
後は……あの角がサイっぽいな。アレってやっぱ武器にもなるのかな。先っぽが鋭利だから角で突かれると痛そうだ。
「なんで犀人の宣伝なんてしてるんだ?」
「珍しく、殆どの人に知られていない人種なので旅先などで苦労するんです。我ら犀人は極めて少数の人種、それ故知ってる人も少ないのです」
「絶滅危惧種みたいだな。今はケイカの他にいるの? いや、お前死んでるからノーカンか」
「そんな悲しいこと言わないで下サイ。犀人は……きっと今も力強く生きていますよ。生命力高いんですから」
ケイカがいつ死んだかは知らないけど、その口ぶりから結構前なのだと思う。
今は多少知れ渡ってるのかな。今度爺さんに聞いてみよ。
「苦労するって言ったって街に入れない訳じゃないだろ? 知らないってことは人種差別とか迫害なんかされてる訳ないし」
「少し訝しみの目は向けられますが確かにその点は問題ないです。でも……」
ケイカは眉間に皺を寄せる。何か重い事情があるのだろうか。
少し待って、ケイカが口を開く。
「でも、どれだけ説明しても鬼人だって言われるんですよ! それだけならまだ良くて、酷い時には『牛人の割に胸が小さいな』とか言われて……! 失礼にも程があります! あんな巨乳しか良い所がないビッチ共と一緒にしないで欲しいです! 大体なんですか胸だけで判断して! 鬼人には角で劣り牛人には胸で劣る中途半端な人種って言いたいんですか!? ほんっとサイテーです!」
おおう……、めっちゃ怒ってる。大分苦労しているようだ。
そんでやっぱ女の牛人、胸デカいんだな。見てぇ。美少女だから自然にお近づき出来そうだし。
「はあはあ……すみません、取り乱しました。そういう訳で、我ら犀人は確固たる地位を確立すべく日々広報活動に努めているのです」
「なんというか、そこまで深刻じゃなくて良かったわ。虐められてるとかだったら笑えないもん」
「十分笑えないし深刻ですヨ!!!」
またもケイカが声を荒げる。スライムに見つかるぞ。セピアから「もう少し気を遣ってあげて下さい」と怒られてしまった。セピアは逆に気を遣いすぎだと思う。
ケイカは落ち着こうと深呼吸している。幽霊なのに酸素取り入れて落ち着くのだろうか。
「すはーっ……ぷふぅ……気を取り直して、今度は私からハナさんに質問します。いいですか?」
「うん、良いぞ。答えられる範囲なら何でも答える」
いつの間に質問コーナーに……一応ここ魔物が出る森だよな? 良いの? こんなほんわか雰囲気で。真面目にやってる冒険者さんに怒られない?
「ハナさんは自分の事を恥も外聞も無しに美少女って言ってますよね?」
「なんか凄いディスられてる気がするけど……。はい、美少女ですが何か?」
「それにしては話し方が凄い男らしいというか、育ちの悪さが出てるので違和感がありまして。見た目がとても可愛らしいので尚更です。とても歪に見えます」
歪と来たか。確かに思いっきり素だったよ。幽霊が出てきて余裕無くなってたからな。
言われてみればそうだ。良くないよなぁ、中身も美少女として磨きをかけるって決めたばかりじゃないか。
「歪だなんて酷いです。私はただ真っ当にケイカさんとお話したかっただけですよ! 今後は気を遣わずちゃんと『素』でお話しますので、ケイカさんも気軽に話して下さいね♪」
「……なんというか、その、心に深い傷でも負っているのでしょうか。もしよろしければ相談に乗りますが」
「やかましいわ」
病んでねえよ。自分で言うのもアレだけど元からこうなんだよ。
俺が抗議を入れていると、ケイカが思い出した様に言う。
「あっ、でも、さっき私を見て驚いてた時の反応は可愛かったです」
「あれは……うん、そうですね。誰だって幽霊見たら驚きますし」
ケイカが手を大振りさせて俺の真似をしてくる。確かにさっきは結構びっくりしたけど……そんな大袈裟だったか? 盛ってない?
まぁ可愛いならいいけど……うん。
「顔、ほんのり赤いですよ」
「うぐっ……、幽霊如きが俺を弄れると思うなよ!」
「また元に戻ってますよ。ちゃんと女の子らしい言い方で話してくだサイ」
「……誂わないで下さい。ほら、ちゃんと周りを見てないとスライムに襲われますよ」
ケイカは「かわいいです」と頭を撫でてくる。幽霊だから触られても何も感じねえ。
感じないけども、俺にも羞恥心というものはあるのだ。恥ずかしいものは恥ずかしい。セピアよ、驚いたような声を出すな。
それからしばらく、俺とケイカは話しながら森の奥へと歩いて行くのだった。