拐われた男の子の為に頑張る美少女って素敵だと思います
2018/05/03 一部修正
2019/01/04 会話表示修正
夕方になってもレイが帰って来ず、爺さんが迎えに行くというので俺が代わりに行くことにした。レイめ……一つのことに夢中になると延々続けやがるな。迎えに行く手間賃として小遣いを少し没収してやる。
ちなみに、これは3回目である。放って置くと夜までやってるらしい。
前までは良かったが、今は幽霊の件もある。今までは被害は無かったものの、孫に何かあったらと思うと気が気でないだろう。
場所は門近く、訓練するにうってつけの広場がある。最初、爺さんと迎えに行って場所を教えてもらった。
俺はそこへ向かう道を歩いている。空がオレンジ……いや、不気味な朱色に染まり、徐々に薄暗くなっていく。
心なしかいつもより風も強く吹き付けている。嵐の予兆……か? 美少女力2割減になるがスカートの下に短パン履いといて良かった。
(空の色が不気味だな。赤というか少し紫よりの朱というか)
(そうですね、雲も不可思議な動きをしています。レイくんを見つけたらすぐに戻ったほうが良さそうです)
(ベーコン、あいつ買ってないだろうなぁ)
俺の頭には雲の動きよりもベーコンしか無かった。セピアが言うには雲が渦を巻いてるというのだ。俺には見えんが。
セピアは俺の目を通してこの世界を見ている。俺が空を見ていると、セピアもまた空を見上げているような状態。セピアの方が目良いのかな?
何にせよ、ちゃっちゃとレイを連れ戻さねば。早くこの赤い花で色々試したい事もある。1つじゃ足りんかもしれないから追加で2、3個毟っとくか。
数分後、門の前へと辿り着く。
だが、そこは前来た時と大分違った。俺は思わず駆け出して、辺りを見回す。
(っ……セピア、これは)
(門が倒壊していますね。……レイくんは大丈夫でしょうか)
(賊でも侵入してきたのか? にしては、村の中は平和そのものだったが)
俺はまず門番の所へと向かう。無事だといいが……。
崩れている石段を登り、門の外へと向かう。そこには、ぐったりと横たわっている門番の――えっと……なんだっけ。
やべ、こんな肝心な時に名前忘れた。まぁいいや、その門番へ声を掛ける。
「門番さんっ! 大丈夫ですか!?」
「君は……ぐぅっ、いつつ……」
「足を怪我しています、これを」
足を裂傷していたのでポーションをかける。完全に治るわけではないが、痛みが引いて少量の回復はする。爺さんに使い方聞いといて良かった。多分これで合ってるよな?
その後、ゆっくりと体を起こし、門近くの瓦礫に座らせる。門番にポーションを手渡し、飲み干してもらう。
「……大分楽になったよ。すまないね、お嬢ちゃん」
「いえ、それよりも何があったんですか? 門がこんな酷い状態に……」
「はっ、そうだ、早く村の奴らに知らせないと」
門番は体を無理に起こそうとする。だが足の傷は深く、ポーションを使ったと言ってもすぐに動けるものでもない。
再び門番はしゃがみ、痛みを堪えて蹲ってしまう。
「落ち着いて下さい! まだ走れる程回復してませんよ、せめて傷口が塞がらないと」
「ぐっ……済まない、だが急がねば……幽霊が」
幽霊……と門番は言った。もしかして今村を騒がせてる奴か? その幽霊は危害を加えないんじゃなかったのか。
面倒なことになりそう、いや、もうなってるか。レイも心配だし、早く人を呼ばないと。
俺が思案していると、セピアが突然声をあげる。
(ハナ様! 後ろです!)
「なっ! うぉぁぁ!」
俺が振り向く間もなくいきなり突風が襲い、数メートル先までふっ飛ばされた。
門番もふっ飛ばされて運悪く瓦礫に激突した。ピクピク動いてるし死んじゃいないだろうけど痛そう……。
くそ、また突風かよ。まさか風で門がぶっ壊れたんじゃないだろうな。
「一体何なんだよ――ああ?」
一人の女性が正面に立っていた。いや、浮いていた。
薄い桃色の頭髪、額の上から覗く大きな角。スノーが言っていた幽霊と酷似している。薄く開いた目からは、冷たさと儚さが入り交じるような不気味さが際立つ。儚い系美少女……実在していたのか。
幽霊は動かず、じっとこっちを見ている。……じれったい。俺は一息ついてから、目の前の幽霊に話しかける。
「お前か? 門をこんなにしたのは。いきなり風でぶっ飛ばしやがって」
「……こい」
「何?」
こいつ、話せたのか。いきなり来いと言われてもな。というか俺の質問に答えろよ。
言葉は喋るが会話は出来ない……か?
「貴方の魔力、とてつもなく――濃い。やっと見つけました。やっと」
薄っすらと笑みを浮かべて、幽霊はぼそぼそと呟く。
ごちゃごちゃ何を言ってるのか分からんが――
「質問に答えろよ。これはお前がやったのか?」
俺は語気を強くして、幽霊に言う。こいつが魔物なのか別の何かなのかはわからないが、少なくとも危険であることには間違い無い。
辺りはしんと静寂に包まれている。ゾワゾワと寒気立ち、嫌な汗が背中からでてくる。これが威圧感って奴なのだろう、俺はグッと手を握りしめて気合を入れる。
「……勘違いしないで下サイ。私だけが破壊行為をしたわけではありません」
「あん? 話せるじゃねーか。で、私だけってどういう事だ」
そう聞くと、幽霊はふよふよと門の前までやってくる。そして、突如シャドーボクシングを初めた。
「元気の塊みたいな、パワフルな人が私に殴りかかって来ました。私はただ、男の子に話しかけただけだと言うのに」
「男の子? その子の名前は?」
「名前はわかりませんが、剣を持っていました」
間違いなくレイだな。幽霊の様子を見た感じだと危険というわけでは無さそうだが。
「それで、やむを得ずその危ない人のお相手しました所、少々荒れてしまいました。サイ難です」
「少々じゃねーよ門が大破してんだろ。そもそも災難の元凶はお前だ」
「仕方ないのです。その方が拳を振るうと、魔法のように爆発して手がつけられなくて」
幽霊は、何処か気品ある言葉遣いで話す。元気の塊にもなんとなく心当たりがあるんだが……。相手していたって事はやられてしまったのか?
「そんな事はどうでもいいのです。私は貴方に用があります」
「人巻き込んどいてそんな事とか酷いなお前。怪我人もいるのに」
「……後で謝っておきます」
「優しいかよ」
根は悪い幽霊ではないのか? 何処か抜けている、妙に人間味のある幽霊だった。
敵意も感じられないし、何しに来たのだろうか。
「で、んなことはどうでもいいんだけど結局何しに来たんだ? 暴れまわりたいわけじゃないのはわかったが」
「酷いって言ったのはそっちなのにどうでもいいって……まぁ良いです。貴方には手伝って欲しい事があるのです」
「手伝い?」
出会って早々手伝いをお願いされた。セピアに「油断しないで下さい」と、普段より少し気を引き締めたような声で忠告をもらう。
さっきの風は魔法だろうか? 体が浮くぐらいの強風だったな。体が軽い分尚更ぶっ飛びやすい。アレだけじゃないだろうしまだスライムしか倒したことの無い俺には些かハードな相手だ。
あれ? 何気に凄いピンチなのでは……。極力暴れさせないようにしないと。
「はい、私にはどうしても成さなければならない事があるのです。貴方が持っているその魔力であればきっと……父上の悲願を成就させる事が出来ます、出来るはずです!」
少々興奮した様子で幽霊は語る。随分と俺の魔力を気に入っているようだ。
そもそも濃い魔力って何だ。皆一律同じ魔力じゃないのか? セピアー!
(魔力の濃度というものには個人差があります。濃薄で魔法の威力が変わるわけではありませんが、一部の魔法……例えば強化魔法、後は呪術に於いて濃度が濃ければ濃いほど成功しやすくなります)
濃ければ濃いほど成功しやすい……魔法の成功確率とかあるのかよ。
そんなのがあるなら魔法反射とかもありそうだな。ともかく、幽霊は俺の魔力が欲しいらしいのだが。
「お、おう。父上とか願いとかようわからんからイチから説明してくれ」
「わかりました。ですが、ここでは静かに話せそうに無いので場所を改めましょう」
「何処に行くんだ?」
そう聞くと、幽霊は後ろを指差す。そこには俺が転生された場所である、森林が広がっていた。
「まさか森の中まで行くのか?」
「はい、私の家があそこにあるので。大丈夫です、スライム程度なら私で跳ね除けます」
「えーでも幽霊についてくの怖いしー、この惨状をそのままにするのも良くないしー」
「駄々こねないでくだサイ。男の子とパワフルな人もそこにいますよ」
何でレイが森の中に。自分から禁止区域に入るような子じゃ無かったはずだが。
俺が首を傾げていると、幽霊が俺の疑問を答える。
「パワフルな人が余りにがっついてくるので、強制的にリールイ森林へ転移させました。そしたら間違えて男の子も転移してしまって――」
(転移!?)
転移と聞いた途端、セピアが驚くような声をあげる。転移って瞬間移動する魔法……だよな? そんな便利なものあるのか。
(転移なんて高位の魔法、一介の魔物が使えるわけが無いですよ! ですがもしできるとしたら……。ハナ様、この幽霊は危険です、一度退いてダズさんに報告しましょう)
(なんだいきなり。そんなに凄いのか転移って)
(はい、転移の魔法を起動するには大量の魔力を消費します。それこそ一人の人間には到底出せない魔力量です。無理やり発動しようものなら移動先が何処に出るかも分からず、最悪の場合術者の命を落としてしまうでしょう)
(そんなにか。という事はこいつがもし使えるとしたら)
とんでもない魔力量を持っているということだ。そんなのが何故、この村に来てしまったのか。来て早々村が滅びるなんて嫌だぞ。
そんな奴についていくのはごめんだ……と、言いたい所だが。
(仕方ない、行くか)
(ハナ様!? 危険ですよ! 冒険者や衛兵の方に頼むべきです。今のハナ様では絶対に勝てません)
(でも俺が必要だって言ってるし。用事済んだらレイ連れてさっさと帰るよ。そもそも戦闘はする気がない)
(ですが――)
(ですがも何も無いのだ! 今逃げて拗れるよりも素直に行った方がスムーズに行く!)
セピアが心配になるのはわかる。俺もすっごい心配だし怖い。だが――
(レイを見捨てて置けないしな)
(ハナ様……そこまでレイくんの事を)
(今後しばらくこき使うからな。何かあったら俺が大変だ)
(素直じゃないですよねぇ)
素直だよ? 拐われた男の子の為に頑張る美少女って素敵だと思います。正確には拐われたわけじゃないがまぁ似たようなものだろう。
それに、単純に助けてやりたいって気持ちもある。どうせスライムしかいないし、レイなら大丈夫だろうけど……うん。
セピアと話していると、幽霊が訝しみながら俺に尋ねる。
「あの、大丈夫ですか? ぼーっとしてますけど」
「大丈夫だ。さっきの続きだが、森に行くことにしたよ。レイも心配だし」
「そうですか! 穏便に済んで良かったです。断られたら気絶させて無理やり連れて行く所でした!」
「本人の前でそういう物騒な事言わないでくれる? 一気にテンション下がっちゃった」
こえー幽霊こええー! やっぱり選択肢合ってたよ。
幽霊はくるくると回って喜んでいる。桃色の髪がふわっと靡き手を広げ、まるで踊っているかのようだ。
一先ず、森へは秘密裏に行くとしても、門の惨状を誰かに知らせてからだな。
と、俺が説明しようとした所で、幽霊がこっちを向く。うん? なんか幽霊の角が光ってるんだけど……。
「それじゃあ早速行きましょう!」
「は? まて、まずはこの状況を衛兵に伝えてから」
「行きますよー!」
「おい待て! 人の話聞け!」
この世界の住人は本当に人の話聞かねーな!! 俺は幽霊へ必死に声を掛けるも、全く聞いていない。角の光がどんどん強くなっている。これアカンやつや!
「準備完了です! サイ速でリールイ森林へとお届けにあがります!」
「うおいまじかなんか魔法陣出て……待ったストップストップ!」
「莫大な魔力を使う転移もお茶の子サイサイです、そう、犀人ならね!」
「駄目だコイツ、テンションがハイになってて全く聞こえていない……」
地面に浮きでた魔法陣と共に、幽霊の角から更に強烈な光が放たれる。俺と幽霊は光に包まれ、何故誰も彼も俺の話を聞いてくれないのか。泣くぞ? と心の中で愚痴りつつその場から姿を消した。