来世は、共感してくれる仲間が出来ると良いな
エデルの拳が眼前まで近づいている。
だと言うのに、俺はひどく落ち着いている。
死を受け入れた訳じゃない。何故だか、分かる。この拳は、俺には届かない。
頭上から、高速で何かが降ってくる。その物体が、エデルの拳を弾いた。
「……きゅう」
「ボタン――!!」
思わずその名前を口にする。
ボタンは、俺を掴んでいたエデルの腕に手を伸ばす。
すると、エデルは瞬時に手を離し距離を取った。
「ボタン、お前どこから――」
「ん」
ボタンが頭上を指差す。
館は既に半壊し、屋根が吹き飛びごつごつとした遺跡の上側が見えている。そこに、小さいひび割れた穴が空いていた。
どうやら、上の層から無理矢理突っ込んできた様だ。
「全く、お前を助けに来たってのに、助けられちまったぞ」
「んふ」
このまま逃げ去りたい気持ちがあるが、俺の足がまともに動かん。ユーリもぶっ飛んだまま反応が無いし、何よりルーファが居ない。
と言うか、ルーファどこ行った?
「おいボタン、ルーファは――ッ!?」
エデルが再び接近する。
やはりまずはコイツを倒さなきゃ駄目か。
だが、ボタンがいるならば問題無い。
「にしし。ボタン、とっととそいつを倒して帰るぞ」
「ん」
でも、俺動けねえわ……いや、手は動くから人形は動かせるけど。
いつ下から剣山が生えてくるか気が気で無いんだよな。
そう思いつつ、俺は人形を再び起動させる。
エデルも既に満身創痍だろう。ヒビ入ってるし。
さて、魔力も僅かだ。俺が何も出来なくなる前にケリをつけたい。
「ボタン、ヒビが入ってるとこ狙え。後そいつ土魔法使うぞ」
「うん」
端的に情報を伝えると、俺も人形を動かす。
ボタンがエデルに接近すると、跳ねるように飛んで蹴りを放った。
それをエデルが回避すると、ボタンに向けて殴打を繰り出す。
避ける素振りをみせず、ボタンはその拳をそのまま受け入れる。
「……何?」
その殴打を受け、腹に風穴が空いているにも関わらず、ボタンは無表情のままエデルの顔面を殴り付ける。
スライムのボタンにそんなもん効くハズが無いのだ。
少しよろけ、後退したエデルの後ろから、氷の槍が襲い掛かる。
立て直したリコリスがぶん投げていた様だ。
「こ、の……。ここまで来て――」
もう全身ヒビだらけのボロボロな状態だが、目に闘志が宿っている。まだ諦めていないようだ。
まぁ、それは俺も同じ事。俺は人形の剣に魔力を宿らせると、剣が輝きを放ち始める。
「これで、終わりだ!!」
魔力をありったけつぎ込み、エデルへ斬り付ける。
双剣から魔力が迸り、エデルの胸元を砕く様に切断した。
「ガッッ……ァァ……」
嗚咽を出しながら、エデルはその場に立ち尽くしている。
頼むからもう倒れてくれ……と願いつつ、警戒しながら様子を見る。
その直後。後方から大きな音が聞こえた。
振り返ると、ヤバいくらいマッチョな男が女の子――ルーファを抱えてそこに立っているではないか。
「おじさん、危ないですよ!!普通、あそこから飛び降りますか!?」
「ボタンを追えって言ったのお前だろ? 付き合う必要ないのにわざわざ連れてってやってんだから文句言うなよ」
エデルの仲間かと思ったが、様子を見る限り違う様だ。
一応警戒しながら、俺は声を掛ける。
「ルーファ」
「ハナさん!? 大丈夫ですかその足!!」
「全然大丈夫じゃねーよ!」
「おー、お前がハナサンか」
「で、そこのおにーさんは誰だ」
「俺は――」
その男が名乗ろうとした時、前方から音がした。
エデルが膝を付き、こちらを向いている。先程の執念に満ちた目とは違い、悟ったような、諦めとはまた違う眼差しで俺の方を見ている。
「人形遣い」
「なんだ?」
「名は、何と言う」
「……ハナだ」
答えてやる義理は無いんだが、なんかスッと口に出てしまった。
「ハナ。お前のような者こそ、この世界に絶望するだろう」
「なんだいきなり」
「どれだけ進化を望もうとも、この世界ではそれを否定される」
俺は進化など望んでないんだが。まぁ、美少女としての進化は望んでるけど。
「お前に何があったか知らんがな。どいつもこいつも否定する何て事は無いと思うぞ」
「お前も、いずれ分かる」
ボロボロとエデルの体が崩れていく。意味深な事言って消える気かコイツ。
「おいエデル」
「……」
「来世は、共感してくれる仲間が出来ると良いな」
なんか可哀想だったので、本心をそのまま口にする。
来世なんて前はあるわけねーだろとか思ってたけど、俺が前世と言う物を認識しているからな。
あいつも、きっと生まれ変われるだろう。
エデルの体が、完全に崩れ落ちる。
砂の様に消え、エデルが死んだ事を実感する。……終わったよな? これで生き返ったら流石にビビるぞ。
「……ハナさん」
後ろから、ケイカが肩を抑えてこちらへと向かってくる。
「ケイカ、大丈夫か?」
「私は問題ありません。ただ、ハナさんが」
「あー……そうだな。これはちょっと自分じゃ動けないかもだ」
今回も死にかけたわ。しかも足がマジで痛い。やば、いままで切迫した状況だったから気にならなかったけど段々痛みが増してきた。
「なんだ、怪我してんのか」
「さっきのお兄さん」
「リブラコアだ。ちょっと良いか?」
リブラコアは俺の元に近づいてくると、手で足に触れてくる。
こんなマッチョだとエデルみたいに握りつぶされそうで怖いんすけど。
「おじさん何やってるですか」
「いや、少しくらいは治せるかと思ったんだがな。流石にこれは無理だわ。まぁ止血くらいは出来るか」
「え? 一体何を……アダダダダダァァッ!!?」
リブラコアの手が光り出したと思ったら、足に激痛が走る。
こいつ何しやがるんだ!!? と言う前に、光が消えると共に痛みも消える。
まぁまだ普通に痛いけど、確かに血は止まっている。
「まーこんなもんだな。これで失血で死ぬ事は無いだろ」
「お、おお。ありがとうございます」
「こんなの、布かなんかできつく縛るのと変わらねえよ。気にするな」
何をしたか分からんが、助けてもらった事だけは分かる。
「リコリス、お前も大丈夫か……おっと!」
ボタンが俺に抱き着いてくる。
ぎゅーっとくっ付いて、離れる様子はない。
「全く、心配かけやがって」
「ん……」
「まー無事でよかったよ。後、助けてくれてありがとうな、ボタン」
結局こいつらどこにいたんだ。後でルーファから話を聞かなくてはな。
「主よ。立てるか」
「立てないが?」
「そうか。我はユーリを探してくる。ユーリが動けるようならそのまま乗ってここを脱出するぞ」
「少しくらい休ませろよー」
「最後まで気を抜くな。あの者がいなくなったとはいえ、まだアウレアがいる。騎士も、味方とは言えぬしな」
確かにそうだけど。でも流石に少し休まんと人形も動かせんわ。
「お主がリブラコアか」
「そういうアンタは……なんだ。どっかで見た様な……」
「いや、会った事は無いがの。ミ・ギグと言うライズがお主を探しておってな」
「げ、あのおっさん来てんのかよ」
「いいや、ラフィルには来ておらぬよ」
「ならいいや」
ホッとした表情でリブラコアは答えた。
「まぁ気にすんな。あのおっさんも本気で探してる訳じゃないさ。たぶん」
「たぶんですか」
「まあいいじゃねえか。それよりも、早くここを出ないのか? いい加減、俺も日の光が恋しくなってきたぜ」
「露骨に話を変えたですよ」
リブラコアは気にするなと、ルーファに言い聞かせている。
まぁ俺としてもこんなシケた場所からはとっとと退散したいのだがな。ただ、少しくらい休ませてほしい物だ。
次回更新2025/1/26予定