そう、可愛ければ何でも良いじゃない、美少女だもの
2018/05/03 一部修正
2018/11/24 会話表示修正
レイが用意した朝食を食べた後、俺は店内へと向かう。
外に立てかけてある閉店の表示を開店に変える。
時間はそこまで厳しく決めてはいないようで、準備が出来次第開けているそうだ。
当然緊急時には対応するらしいが。そんな事が起こらないことを祈る。
(これ表示を閉店にしとけばサボれるんじゃね?)
(ダメですよ……ちゃんとお仕事しましょう)
(へいへい)
セピアに叱られつつもきっちりと仕事はこなす。人が来ない間は棚の整理したり、爺さんが調合し、持ってきたのを店頭に並べたり。
最近は花粉が飛んでそこかしこでくしゃみが頻発している。花粉症に効く薬もきっちり売っているらしく、ここ数日は通常よりも人が多いらしい。
まさかこっちにも花粉が飛んでるとはな。レイも少しばかり目を擦っていたか。
前年より花粉症になってる人が多いようで、爺さん曰く俺が来た時から吹いている強風のせいで遠くから流れてきているらしい。
何故か俺は全く花粉の影響を受けない。以前は割と酷く症状が出て、薬飲むと眠くなったり頭痛くなったり副作用が結構強いから悩まされたものだが。
なんど全国のスギ伐採計画を立てた事か。こっちもスギみたいな木から出ているのだろうか。
(なんで花粉症にならないんだろうな、すげー助かってるけど。セピア何か知ってる?)
(恐らく、体を作り変えた際に体質が変化したのかもしれません)
(セピアって毎回たぶんとか恐らくとか言ってるな)
(うう……すみません。精進します)
セピアをいじってると、ガラガラと入口の戸が開けられる。客が来たようだ。
面倒だ……とは言わない。現状では数少ない美少女出来るチャンスだからな。俺は自ら客の前に行く。
「いらっしゃいませ! 今日はどんな薬を所望で――」
「久しぶりね、ハナ」
「……スノーさん。2日前に来たばかりでしょ」
面倒くさいのが来た。2週間前にあった時からずっと俺をストーキングしている女、スノーだ。
スノーがここを突き止めたのが10日前。それから毎日ここに来ているらしい。ちなみに昨日は俺が店番をしていなかったため会っていない。
近隣の魔物を狩りながら幽霊事件の情報を集めているらしく、ここに来るとポーションなど買っていくので一応金は落ちてるのだが。
しかし、話が長い。女の子ってよく長電話するよね。
「それで幽霊事件の新情報なんだけど」
「全く興味無いんですけど」
「まぁまぁ、どうせ暇でしょ? この村の人間なら関係あるんだから聞いていきなさい」
お前も暇だろ。と言いたい所だがまだ朝方。空いて無い店も多く、幽霊を直接確認しに行くとしても夜に目撃されたという情報なので、夕方からの活動だ。
あれからスノーはきっちり許可を貰ったらしく、あの森への出入りが自由に出来ると言っていた。
他にも数名の冒険者が調査を受けているようだ。ちょくちょくここでも見る。
「昨日もあの森で調査を進めてたんだけどね、ついに見つけたのよ、幽霊を!」
「いきなりですね。それで退治できたんですか?」
「こっちもバレちゃってすぐ逃げられちゃったわ。やっぱり自意識があるみたいで、こっちを見た途端凄い勢いで逃げていくのよ」
人見知りな幽霊なんだろうか。そもそも何か悪事を働いたという訳ではないからいきなり退治、という訳にもいかんか。あくまで調査という事だ。
「でも姿を見たんですよね?」
「ええ、夜だったけど大体の姿は確認できたわ。人間っぽいって情報は元々あったんだけど、腕とか足とか見た感じは女の人ね、あれは」
「女性の幽霊ですか。それで見つかったらすぐ逃げると。生前は気弱な女性だったのかな」
「さぁ、どうかしら? ただ、見つかったらすぐ逃げちゃうのは厄介ね、話も聞いてもらえないもの。やっぱり、多人数で取り囲むしか無いのかしら」
幽霊って話せるのか? 確かに魔物の中には人語を理解できるのもいそうだけど。
「姿を確認できたのは良かったですね、もうギルドには報告したのですか?」
「いいえ、見つけたのは昨日……実質今日だったし、この村で少し休んでから戻ろうと思ってたの。だからこの情報はハナが一番乗りよ、良かったわね」
「何も良くねーですよ? そういうのは先にギルドへ報告しないと怒られますからね?」
守秘義務とかあるだろうに……具体的な容姿までは聞いてないけど。
「とにかく聞いて! ここからが重要なのよ! その幽霊なんだけど……すっごい可愛かったのよ!」
「私の話も聞いてくれません?」
「スラッとした体型、桃色の髪がとても綺麗で……私といい勝負ね」
「聞けや」
聞いてない情報が次々に晒されていく。こういうのに限って覚えちゃうんだよね。
ウザいテンションの植物といいスノーといい今日はトバしてるな。これが続くと夕方前にはバテてしまう。
「何より、あの立派な角! 間違いなく獣人ね」
「角?」
「ええ、角よ。ハナは獣人見たこと無い?」
「いるのは知ってましたけど、見たことは無いですね」
知ってたと言うか、女神さんがちょこっと言ってた鬼人という種族。それがいるなら獣人もいるだろうなーっと思ってたので、そこまで驚かないと言うか。
獣人と言ってもいろんな種類がいるのだろう。定番な犬とか猫とか狐とか。角で思い当たるのは……牛か? サバンナとかにいる草食動物も角があるイメージだ。
ちょっと気になるので、俺はスノーに聞いてみる。
「ちなみにどんな角でした?」
「額の上らへんに立派なものが一本と、その上にもう一本小さくて可愛い角があったわ」
「変な生え方ですね」
ユニコーン……? ファンタジーだとまず最初に思い浮かべてしまうが、それくらいしかいない気が……イッカク? そんな限定的な獣人いるのかな。
じゃあやっぱ鬼人? 鬼はいろんな角の生え方があるからなぁ。俺の知識じゃそれくらいしか検討が付かない。
「ちなみにスノーさんはどの獣人なのかわかるんですか?」
「わかんない! 可愛ければ何でも良いんじゃない?」
「それは言えてますねー」
そう、可愛ければ何でも良いじゃない、美少女だもの。スノーと意見が合うのはなんか嫌だけど。
幽霊だろうが角が生えてようが可愛ければそれで良い。うん? 何の話だっけ?
「今日もう一度会って確かめてみないと」
「スノーさんはストーカー趣味なんですか?」
俺は自分が可愛ければそれで良いんだが、スノーはどうやら他者にも興味があるようだ。美少女サークルでも作るのか?
まず、自分を磨けよ! 服装はだいぶマシになったけど、それでも言動や行動が美少女からかけ離れているぞ。
(……)
(なにか言ったかセピア)
(本当に何も言ってませんよ!?)
段々先輩と後輩みたいなノリになってきた。そっちの方が気楽でいいけどな。
その後も、俺とスノーは幽霊の話を続け、気づけばお昼前。我ながら仕事しろよと。まぁ午後から人が来るんだけどね、スノーが早いだけだ。
「もうこんな時間かぁ、そろそろ戻らなきゃ」
「今日も森の中へ行くんですか? 毎日行ってたら疲れちゃいそうですけど」
「ええそのつもりよ。ふふん、大丈夫よ。体力には自信あるし!」
あれだけ走り回ってるのを見れば体力があるのは納得できるが。そもそもスノーってどれくらい強いんだろうな?
あんまり強そうに見えないけど……武器も持ってないし。魔法でも使うのかな。
スノーはその後ポーション他数点の薬を購入していった。割と多めに買うんだな。
この2週間で大分文字はわかるようになってきた。店で出してる薬の名前くらいはなんとかわかるのでスノーに薬名を聞きつつ、拙くも要望のものを用意する。
最後にポーションをスノーから受け取った入れ物に注ぎ、お金を受け取る。
「ひーふーみー……はい、大丈夫です」
「ありがと。明日もよろしくねハナ!」
「明日は私いませんけど。と言うか、毎日来ないでくれます?」
「相変わらずつれないわねぇ、友達出来ないわよ?」
「頭かち割りますよ?」
スノーは、キャーこわーい! と楽しげな様子で店を後にする。余計なお世話だ全く。
しかし幽霊か……。害は無さそうだから放置でいい、とは行かないんだろうな。何かの前兆かもしれないし。
まだまだ森へは行けそうに無いな。大分スキルの扱い方慣れてきたんだけどなぁ。
スノーがいなくなって静かになった店内で、俺はぐぐーっと体を伸ばす。
「んんー……結局、午前中はスノーしか来なかったな。薬の期限が切れちまうよ。粉末タイプの薬は兎も角、ポーションてどれくらい保つんだろうな?」
「作ってから1年は劣化しませんよ。劣化するにしても色が徐々に薄くなりますので、取替時期が分かりやすいそうです」
「んじゃあ、そんなに売れなくても大丈夫だな」
「それはそれで困るような……」
何気ない会話をしつつ、俺は植物の名前を考えていた。
名前をつけるからには、イカした名前を付けたい。一応、俺のせいでああなったんだし。
植物だし、性別は無いだろうけど口調からして男っぽい。スケベだし。男だと格好良い名前がいいだろうな。
(赤色と青色に蕾があったんだよな。クノスペ――は安直かな)
(植物さんの名前を考えているのですか?)
(おう、セピアも良いの浮かんだら教えてくれ)
(はい、わかりました)
それからしばらく二人で考えていたが、中々良いのが浮かばない。
こういうのって拘ると中々決まらないのよね。でも、適当に付けるのはなぁ。
そこに、後ろから爺さんが顔を出す。
「そろそろお昼じゃよ、ハナちゃん。ほほ、最近は食事が充実して舌が肥えてしまってのう、豆だけじゃ満足できなくなってしまったぞい」
「おじいちゃん一週間前に食べたでしょ」
「儂、そこまで燃費よくないもん……」
続きは飯を食いながらにするか。午後からはちょいちょい人が来るから、ちゃんと仕事しないといけないしな。スノーのせいで、午前中だけでも1日仕事した気になるから損だ。
爺さんは先に食べていたようで、俺が飯を食ってる間、店番を交代してくれる。比較的治安が良いとは言え、盗人はいる。人の目が無いと安心して飯も食えんのだ。セ○ムもアル○ックも無いしな。
俺は昼を頂くとしよう。レイは外で剣の特訓をしているらしいので、昼は爺さんが適当に作った物しか無い。どうせ豆。
朝の飯が良すぎたんだ……。パンは硬いながらも素朴な味わいで、目玉焼きも俺が教えた通り黄身は半熟な焼き具合で良かった。
ベーコンなんて塩かけただけなのに口に入れた瞬間、肉汁がめっちゃ出て飲むこむのが勿体無いくらい美味かった。酒と絶対合うなあれは。
(……もう一回あの飯作るか)
(ベーコン切らしてますよ。レイくんがついでに買ってくるって言ってたじゃないですか)
(ちぇっ)
こんな具合に、段々と俺は異世界の生活に慣れていく。
できれば今みたいな平和な生活が続けられれば良いんだけど……。そう言ってるとどかーんと大事件が起きてしまうんだよ。前の人生もそうだった。
そうならない事を祈りつつ、俺は家の中へと戻っていった。
リールイの森。森というよりは林であるが、以前は今よりも大きい森林地帯であった。
だが、開拓が進み、近くに村ができるようになった。元々魔物や動物が少ない珍しい森だったが、現在では魔物はスライム、動物も小動物しか存在しない比較的安全な森となっている。
そんなリールイの奥深く。陽の光が入らない暗い森の底に佇む一人の女性がいた。
「……」
女性は目を瞑り、何を考えているのか、何を祈っているのか。
時々目を開いては、目の前にある棺をじっと見つめる。
「……ふぅ」
小さく、しかしはっきりと溜息をついた。
すると女性の周りに風の渦が生まれ、桃色の髪がふわふわと靡く。風は徐々に大きく、強くなり、やがて周りの木々を巻き込み、ガサガサと悲鳴をあげる。
女性が再び目を瞑ると、渦が霧散した。だがそれは霧散した訳ではなく、突風となり森を駆け巡った。
その事に気づかないのか、興味が無いのか。女性はずっと、祈るように棺の前に佇む。
「……父上」
そう呟きながら、またも溜息をつく。風の渦は勢いを増し、突風となって森、更に近隣の村へと吹いていく。
その風に共鳴するかの如く、女性の頭部から伸びている一本の角が淡く、白く光る。
「必ず……必ず見つけますから」
誰もいない森の奥で、まるで語りかける様に女性は天を仰いで言い放つ。
そして、いつの間にか女性は姿を消した。漆い森の中で、一基の棺が寂しく置かれているのみ。
黒へ溶け込むかの様に暗いその場所は、まるで誰にも立ち入らせないかのような重苦しい雰囲気だった。