少しは近所迷惑考えな!
「……ん?」
「どうしたです?」
しばしの休息を挟み、いざ外へ向かおうと教会らしき建屋を出た時、リブラコアが歩みを止める。
「なんか……ここではあまり聞きたくない音が聞こえるな」
「聞きたくない音?」
「川の音。それも、濁流の様な勢いのある音だ」
ルーファは目を瞑り、耳を傾ける。
微かに、ザァァ……と、水が飛沫を上げて流れる音が聞こえてくる。
「もしかして、地底湖でもあるですか?」
「それなら良いんだが、それにしては勢いが強い」
少し考えた素振りを見せ、リブラコアは再び歩き始める。
「まぁ、行ってみれば分かるか」
「えっ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないだろうが、戻った所で外へ出れる訳でも無し。なら、進むしかねえだろ」
「行き当たりばったりですよこの人!!」
そう言いながら、ルーファはずんずんと進むリブラコアの後を追いかける。
相変わらず広い地下内だが、徐々に道が狭まってきた。
壁もごつごつと岩肌が見え始め、洞窟の為りを見せ始めた辺りで、奥から聞こえる音が更に大きくなる。
水の音だけでなく、足音、金属が弾く音。そして、人の声。明らかに、人が争っている音だ。
「誰かが賊の根城に攻め込んできたってとこか?」
「もしかして、助けが来たですか!?」
「だと良いがな」
「もう、そうやってすぐ意味深でネガティブな事言うです。前向きになれって言ったですよね?」
こいつ実は余裕だろと思いながら、リブラコアは奥へと駆け出す。
遠くまで聞こえる程の戦闘音。派手にやれば当然、崩落の危険がある。
自分ですら直ぐ思い至るのに、平然と戦い続けるのは何処の馬鹿だ。
どしんどしんと、地に何がが落ちる音。そして、女の笑い声が響く。
焦りと苛立ちを覚えながらも、リブラコアは走る。
「いきなり走らないで下さいです」
「さっさと止めねえと俺達も生き埋めになりかねぇぞ……というか、お前結構走れるな」
「かけっこだけは自信あるです」
「おい! 突っ走るな!」
ルーファはガシッと掴まれた。
「何するですか!」
「こっちの台詞だ! 誰かが戦ってんのに一人で突っ込んで巻き込まれたら守り切れねェぞ!」
「ボタンがまもる」
「ああそうかい!」
さらっと頭の上に乗っかってくるボタンをそのままに、リブラコアは一直線に奥へと向かう。
するといきなり、正面から大量の水が流れてきた。
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
「ちゅう」
リブラコアはがっしりと構え、その場に踏みとどまる。
ボタンは、ルーファを抱えその場を離れた。
「ったく、今日は厄日だな。一体なんだってんだ?」
リブラコアが愚痴りながら、正面を向く。
そこに見えるは、一人の騎士と大柄な女。
あの大きなバカ笑いはあの女か。そうリブラコアが一瞬思うも、目を引くはもう片方の騎士。
よりにもよって、リブラコアが見知った騎士の一人。汪騎士サントリナ・コットンであった。
「はは、ヤバいヤバい!! 一瞬でも気ィ抜いたら首が刎ぶねぇッ!!」
大柄な女は、その身長以上の斧を器用に振り回しながら、サントリナと打ち合っている。
目を爛々とさせる女。かたやサントリナは、まるで機械の如く愚直に攻撃を加え続けている。
三度切り結んだ後、サントリナが距離を取ると同時に魔法を放つ。
濁流を思わせる圧倒的な質量の水が、女へと襲い掛かる。
「フハッッ!!」
女は笑いと息を同時にした様な声を発した後、斧を地に叩きつけた。
強い衝撃が放たれ、濁流はおろか、他の建造物も巻き込み破壊していく。
その様子に、サントリナは渋い顔をして口を開いた。
「心中する気ですか?」
「それも良いねぇ! アンタみたいな強い美男と一緒に生き埋めにされるなら悔いも無いさ!」
「こちらは御免被りたいですね」
水が衝撃で分かたれた瞬間、サントリナが女の懐へと入る。
「チッ、姑息にもならないッ!!」
女はサントリナの剣を斧の柄で何とか受け止めるも、そのまま後ろへと吹き飛ばされる。
そして、息をつく暇もなく次の攻撃が飛んでくる。
(あの騎士、なんつー出鱈目な動きしてやがんだ。女の方も悪かねえが……)
傍から見れば防戦一方。しかし気を抜けば、サントリナでさえ遠距離からでもあの斧の被害を受ける。
そんな切迫した緊張感の中で、死闘が繰り広げられていた。
(あまりアイツと相対したくないが……後ろからこっそりと脱出を出来ないだろうか)
一瞬、そういった考えが過ぎるも、水浸しで狭いこの場所じゃそれも難しい。
そもそも――騎士は自分達の存在に気が付いているだろう。
ごちゃごちゃ考えるのは性に合わないので、リブラコアは普通に声を掛ける事にした。
「おーい。お取込み中に悪いけどここ通るぜ」
「んん? なんだおま……おまっ!? キラキラ野郎!? なんでここにっ!?」
「キラキラ野郎ってなんだよ」
頭を掻きながら、驚いている女の方を見る。
山賊にしちゃ身綺麗な、大柄の女。この騎士と多少やり合えてる所を見る限り、賊にならずともやっていける様に思える。
「そうかお前、酔ったフリして私の宝を掻っ攫うつもりだったな!」
「いや違うが。まぁ多少は路銀で使うから、迷惑料としてかっぱらったが」
「正直に言わなくて良いやつですよ!?」
ボタンに抱えられているルーファが思わず口にする。
「良くも私のお宝を――!」
言いかけたその女がその場を離れる。
直後、岩をも破壊する水の弾がその地を大きく抉られる。
「そこの不良神父。邪魔なので早々に離れる様に」
「だからそう言ってんだろ! どこかの暴れん坊二人がハシャぐせいで立ち去る前にここが崩れそうなんだよ。少しは近所迷惑考えな!」
売り言葉に買い言葉と、言い返すもサントリナは表情一つ変えずにルーファとボタンの方を向く。
「貴方は、どこかで見た様な」
「さん」
「ああ、昨日の。巻き込まれない内に早く立ち去りなさい。その様子を見ると多少は動ける様ですし、私はこの賊を誅さなければならないので」
言いたい事を言い終えると、サントリナは直ぐに女へと接近し、再び攻撃を始める。
「知り合いです?」
「ん」
こくりと頷いた後、ボタンはリブラコアの近くへと降り立つ。
「ん」
「ああ、行くか」
「待て私のお宝!! だぁーもうっ! くっそ無理無理ッ!!」
「待つかっての。来世はトレジャーハンターにでもなるんだな」
必死に逃げ回りながらもひたすら宝、宝と口にする女。
しかし涙を呑んで――と言う言葉が正に合いそうな表情で、サントリナへと意識を戻した。
「まさかの奴に出会っちまったな」
「おじさんも知り合いだったんです?」
「ほんの見知った程度だ。会話すらした事無かったさ。ただ――」
「ただ?」
「いや。なんでもねえ」
どうも、他にも共通の知り合いがいる。そんな気がしてならないと、リブラコアは直感する。
みな似た様な考えなのか、それとも偶々なのか。知る由もないが、今出会っていい事はない奴らばかりだ。
そう考えながら今も騒ぐ女を尻目に、リブラコアは二人と共にそそくさとその場を去るのだった。
盗賊の女、ヒメと呼ばれる女と、サントリナが戦闘をしている最中。
地下から更に上へと戻り、大きく開けた場所で、もう一人の騎士も戦いを繰り広げていた。
壮美の騎士――レギネは、襲い来る火の弾を避け、その場で剣を振るった。
刃が届く距離ではないにも関わらず、数メートル先の目標に目掛け、斬撃が襲う。
対し、レギネを相手取る者は――
「っんの、鬱陶しい――ッッ!!」
斬撃をバックステップで回避し、無意識に自身の尾を立てて威嚇行動をする。
幻獣と人間のハーフ。アウレアが、そのままレギネへと接近する。
「貴方が、ラフィルで暴れ回った狐人ね」
「こっちが先に聞いてんだよ。アンタ、四騎士の一人でしょ」
「だったら何?」
アウレアの蹴りを籠手で受け止め、相手の様子を窺うレギネ。
微動だにせず、冷静なレギネにアウレアは苛立ちを隠さぬまま答える。
「だったら死ね」
蹴りを受け止められた足から、炎が噴き出る。
爆発するかの様に噴き出た炎の風で、レギネが吹き飛んだ。
「レギネ様!!」
ビエネッタが、光魔法を行使する。
鋭い光の矢が、アウレアへ向けて放たれた。
「うぜェって言ってんだろッ!!」
それを蹴りでそのまま叩き落す。
力技で援護射撃を防がれたビエネッタだが、怖気ず、引き続いて光の矢を放つ。
「んなに死にてェならまずアンタから――」
目標を切り替えようとアウレアがビエネッタの方を向いた時、吹き飛ばされたレギネが再びアウレアへ斬撃を放つ。
「賊ではないみたいだけど――危険人物には変わりない。無力化させて貰うわ」
「ああ……一々余裕ぶっこいてんじゃねえぞッ!!」
レギネとしてはただ騎士として仕事を全うしているだけなのだが、アウレアにとっては戦いの最中に事務的な会話をするレギネが気に入らない。
元々、賊を倒しに遺跡へ侵入したアウレアだった。
外にいる冒険者達を退け、強引に中へと侵入。強い者がいれば鍛錬になるし、金目の物があればついでに頂く。
そんな気楽な気持ちでいたのだが、最初に目にしたのは騎士――それも、ルコがアウレアから話を聞いていた四騎士と思われる一人、壮美の騎士レギネ。
半年後に起こる災厄。一人はその災厄に加担するものの、他三人も当然脅威である。
その災厄を防ぎうる強さを持つ四騎士は、極力排除した方が良い。
アウレアは螺旋する炎を見に纏い、レギネへと襲い掛かる。近付くだけで燃え上がりそうな灼熱の炎蹴だが、レギネはそれを剣で受け止める。
「あまり暴れると遺跡が崩れるわ」
「じゃあ埋まって死ね」
「少しくらい会話出来ないのかしら」
レギネが足払いすると、アウレアは飛び上がり更に回し蹴りを放つ。
それを籠手で弾く様に流すと、剣でアウレアを斬る。
「甘い」
その攻撃を、アウレアは体を逸らして避ける。
アウレアが纏った炎が、レギネへと襲い掛かる。まるで生物の様にうねりレギネへと迫る螺旋炎。
「ふっ――ハァァッ!!!」
少し気合を入れると、レギネの体から風が起こる。
その風が、螺旋炎を逸らしレギネを守る。
「チッ、インチキ女」
「貴方、一度自分を省みた方が良いわね」
「ウザい」
命が奪われる寸前の攻防を、わずか数秒の内に幾度も行われる。
いつでも援護出来る様に、ビエネッタはその様子を見ながら状況確認をする。
(サントリナ様は賊と思わしき女性と共に遺跡の更に下へ滑落。ヴィネアはサントリナ様の捜索。そしてレギネ様と私は――)
突如現れた狐人の襲撃。
相手はこちらを知っている様だが、こちらはラフィルで暴れていた狐人、という事しか知らない。
だが、四騎士であるレギネと渡り合っている時点で只者では無いだろう。
(任務ってそうそう上手く事が運ばないって聞いていたけれど……余りにも突拍子無さすぎる!)
唯一、こうした遠征になれていないビエネッタは気が気でなかった。
今回はイレギュラーの中でも更に混迷極めた状況だが、ビエネッタはそれを判断できない。
やはり任務を聞いた時点でレギネ様を御止めすれば良かったと、ビエネッタは緊迫した中で思うのだった。
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