ネガティブな事ばかり言ってると不幸になるですよ
感想、誤字報告ありがとうございます。
「暗くて見えないです」
「やっぱ道間違えてんじゃねえか?」
「んー!」
「おーおー、悪かったから叩くな」
ボタンの抗議の声が寂しく響く。
点々した灯りが少しずつ無くなり、道の先が見え辛くなってきた辺りで、ルーファは思わず口にする。
「しかし辛気臭い場所だな。盗賊のねぐらだってんならもっとこう、酒とか金目のモンとか蓄えとく物だろ」
「それに、人っこ一人いないですよ。不思議です」
「そうだなぁ。こんな場所拠点にするんだ。盗み以外にも目的がありそうだな」
今はもう見えないが、いまにも崩れそうな建屋が並んでいた。
わざわざ崩落しそうな場所で寝泊まりはしないだろう。ともすれば、危険な場所に留まねばならない理由がある。
「ったく、ルコに騒ぎを起こすなって言われてんのによ……」
「何か言ったです?」
「なんでもねーよ」
面倒な事へ巻き込まれる前に、さっさと脱出しよう。
と言っても、既に迷いつつある訳だが。
「んー」
「どうした」
ボタンが唸りながら服の中に手を突っ込みもぞもぞと動かしている。
そして、服から何かをとりだした。
何やら発光している。光を放つというよりは、範囲的に周りを明るくしている様にも見える。
「昨日買った石ですね! 早速役に立ったですよ!」
「んふー」
「石?」
ボタンの手を見ると、無骨な形の石が光っている。
ラフィルの石屋で売っており、安価で買って貰ったのだそうだ。
「今日も沢山光を集めてたですから、暫くはもつですよ」
「それまでに脱出出来れば良いんだがな」
「ネガティブな事ばかり言ってると不幸になるですよ。もっと前向きになるです」
「なんだ説教か?」
どこぞのおっさんライズにも似た様な事を言われたなと、リブラコアは思わず苦笑いする。
「ま、確かにそうだな。前向きに行くか。最悪出れそうになければ破壊しながら進めばいい。天井ぶち抜いて行けば最悪外へ出れるだろ」
「その前に崩壊して潰されちゃうですよ!?」
「そこはまぁ、イチかバチかだ。餓死するよかマシだろ? ま、ボタンの選んだ道が正しけりゃそんな事しなくてすむさ」
「ボタンさん!! 大丈夫ですよね!!?」
「ん」
胸を張って問題無いとアピールするボタン。
光る石を片手に、ぶんぶんと腕を振って暗い道を進む。
「ったく、危機感のねえ奴だな。大人でも普通、賊に襲われたら怯えて何も出来ないだろ。本当にガキか?」
「ボタンさんは子供というか……そもそも人間じゃ――」
ルーファが言いかける前に、周りから物音が聞こえた。
ガシャリと建物が崩れる音。それだけでなく、けたけたと笑う様な、気味の悪い声。
「ぴっ!?」
ルーファは素早くボタンの近くに寄る。
「何ですかこの声!? 気味悪すぎです!」
「賊にしては可愛らしい声だな」
「何処が可愛いですか!?」
忙しい奴だなと思いながらも、リブラコアは周りを注視する。
人の気配はしない。恐らく、賊では無く魔物の類だろう。
「見っけ」
暗いながらも蠢くモノを視界に捉えた瞬間、リブラコアは駆け出した。
勢いよく振りぬかれた剛腕。風が起こるほどのスピードで繰り出されたパンチと共に、その靄が短い叫びと共に吹っ飛んだ。
「やっぱレイスか」
「レイス?」
レイスは実体をもたない魔物だ。
ただ拳や武器で攻撃しただけでは効果が無く、すり抜けてしまう。魔力を纏った攻撃でなければ効果的にダメージを与えられない、厄介な魔物だった。
「でも、おじさん思い切り殴ってたですよ」
「スキル使ったからな」
「何のスキルです?」
「内緒だ」
リブラコアの腕が淡く光を帯びている。
「ま、今回ばかりはレイスで良かったな。普通の魔物だとぶっ飛ばした衝撃で遺跡が壊れちまう」
「きゅう」
ボタンも負けじと真似をして、きょろきょろと辺りを見回した。
遠巻きにこちらの動きを窺っているレイスを見つけると、ググっと足に力を入れ、リブラコアの様に勢いよく跳ぶ。
思い切り拳をレイスへと突き出す。
しかし、ボタンはそのままレイスを素通りして、壁へ激突してしまった。
「お、おいおい……勢いよく行ったな。大丈夫か?」
「むうーっ!!」
何事も無かったかのように、ボタンは立ち上がった。
何かを訴える様にリブラコアを見ている。
「よそ見すんな!! 来てるぞ!!」
リブラコアは、ボタンへ襲い掛かろうとしたレイスを蹴り飛ばす。
先程迄ボタンを嗤っていたレイスが、悲鳴をあげて吹き飛んだ。
「ボタン、無理するな。下がってろ」
「や」
「嫌ったって、力押しじゃどうにもならねえんだ。じゃあ、なんか魔法使えるか? 使えるなら、そいつで倒せばいい。それさえあればこいつらは脆い」
「……ん」
ボタンはぷくーっと頬を膨らませつつも、闇魔法を使う。
辺りにいたレイスが、ボタンの【シャドウエッジ】を受けて瞬く間に消滅した。
「……全部いなくなったですか?」
「ほー、闇魔法か。レイスと相性は良くねえが、あれくらいなら一撃だな」
「ボタンさん凄いです!」
ボタンは消え去ったレイスの辺りをぐるぐると回っている。
「なんか探してんのか?」
「ん……」
下を見ながらてくてくと歩き、やがて諦めたのかルーファの元へと戻る。
「急ぐですよ。おじさんが天井を破壊する前にさっさとここから出るです」
「ボタンのお陰で大分時短になったな! と言うかさっきから聞いてんだが何なんだよお前。ホントに人間か?」
「ボタンさんはスライムですよ」
「は? スライム?」
リブラコアが思わずと言った風に零すと、ボタンが元の姿へと戻る。
元のスライムと違い黒くうっすらと透けて見えるものの透明感は無い。
しかし、その形と粘体は紛れもなくスライムであった。
「相変わらず丸くて可愛いです」
「んふー」
「……黒いスライムか」
ルーファがボタンを抱き上げて撫でているのを、リブラコアは神妙な顔付きでそれを見ていた。
「……その恰好であんまり見ないで欲しいです」
「仕方ねーだろ。というかなんでスライムが人の形になれんだよ」
「ハナさんが言うには【変化】ってスキルを使ってるらしいです」
「スライムが【変化】? つーかハナサンって誰だよ」
「ボタンさんの主人です」
取り合えず歩きながら話すか。と、二人と一匹は再び進み始める。
ハナの話から始まり、ルーファはラフィルで出会いともに行動する仲間の事を話していく。
「今、リコリスつったか?」
「はい! おばあちゃんとっても強いですよ! きっと、直ぐ助けに来てくれるです」
「……そうか」
親から散々聞かされた事がある、王都を護った幻獣と知り合いだったとは。
同姓同名の別人かとも思ったが、尾が三本ある狐人だと聞きほぼその幻獣だと確定した。
そして、ルコの付き人であるアウレアの親でもある。
以前ルコから、リコリスには近づくなと聞かされている。
半年後にリコリスが障害となるのは間違いなく、今刺激して計画が破綻する事も有り得る。アウレアにも目をつけられるだろう。
「幻獣に黒いスライム。随分と個性的な仲間だな」
「ですよね。ハナさんもちょっとズレてますし。や、凄い優しいんですけど」
「そのハナサンってのは、ボタンだけじゃなく、リコリスの主人でもあるのか」
「はなー」
あの幻獣を手懐けるハナサンってのは一体どんな奴なんだ。面倒よりも、好奇心が勝つ。
「はい、私もハナさんに救われたんです。もしあの時ハナさんがいなかったら……ここでおじさんと出会う事も無かったですよ」
「そうか。良い奴なんだな」
「うーん……良い人では無いかもです」
損得の勘定無しにわざわざ人の住む国を護る、正義感の塊みたいな幻獣が従っている以上、悪人なんてことは無いだろう。
半年後にやる事を考えると……敵対関係になるのは間違いない。
「ま、まずはここを出てからか」
「ちなみに、裸で会おうものならすぐに凍らされるですよ」
「かもな」
盗賊と一緒に衛兵に突き出されたら目も当てられない。
アルタ教会の五家が一人、リブラコア・フラッタが露出狂なんて言われたらたまったものではない。
賊が一人でもいれば服をかっぱらって脱出出来るのだが……と思っていた時に、小さな教会の様な建物が目に映る。
「……誰かいるな」
「ん」
「ここから分かるですか?」
「なんとなくな。レイスよか気配が濃いから生者だろう。ようやく盗賊とご対面か」
「気を付けて欲しいです。普通の人間じゃないですよ」
「俺からすればお前達も普通の人間じゃないがな」
「ボタンさんはスライムですし、私は別にヘンテコじゃないです!!」
話もほどほどに、三人は建物へと近付いていく。
どうやらアルタ教会とは別の物らしく、見た事も無いシンボルが建物の上に掲げられている。
「昔はどんな神さんを信仰してたのかねぇ」
そんな言葉を呟きながら、リブラコアは扉を思い切り蹴り飛ばした。
「おじさん、いちいち乱暴です!!」
「もう壊れてんだから気にすんなよ。それよりも……ボタン」
「え――」
ルーファの間の抜けた声がもれたその直後、前方から数本の矢が放たれた。
ボタンは即座に反応しルーファの前に飛び出すと、正面から来る矢を弾いていく。
「良い動きだ。で、何だテメェら」
そういったリブラコアは避ける素振りすらも見せない。
リブラコアに一本の矢が当たると、先端が拉げて下へと落ちる。
「げ、なんだこの化け物……聞いてねえぞオゴラ」
「カシラが作った新種かもしれねえぞルモロ」
そう呟いた男達は、番えていた弓を下ろす。
ルーファはその姿を見て一歩後退る。先程自分で言った『普通の人間じゃない』、化け物の様な姿だったからだ。
「テメエらに化け物扱いされたくねえんだよ。なんで腕が4本あんだよ」
「4本あると便利だろ? なあルモロ」
「そう言う事聞きたい訳じゃねえだろオゴラ」
二人でつつき合っているのを、リブラコアは観察し始める。
腕だけじゃなく、体全体も……変な筋肉の付き方をしている。
大概碌な事していないな。と、リブラコアは早々に思考を打ち切った。
「取り合えず服だ。テメエら服をよこせ」
「いきなり!? どっちが盗賊ですか!?」
どうせ碌な奴らじゃないし、適当に奪ってとんずらしてやろ思ったが、男達が立つさらに奥を見て、リブラコアが驚きの声をあげる。
「お、待て待て。おい、奥の方に色々置いてあんじゃねえか!! 教会を盗品置き場にするとは罰当たりな奴らだなぁ!」
「なんでそんな嬉しそうなんですか!」
自分が盗まれた者も、きっと置いてあるに違いない。
中々ついてるなと、リブラコアはウキウキしながら話を続ける。
「そのナリからして普通の賊じゃないな? 大方、違法な研究でもやってんだろ」
「研究? 研究なのかオゴラ」
「シラネ。カシラが何やってるかなんて分からん」
「そうか。まぁどうでも良いか」
「自分から聞いたのに変な奴だなルモロ」
配下……いや、学の無い山賊を取り込んでこっそりマッドな研究をやってたのだろう。
しかし、今はそんな事どうでも良い。さっさとここから離れて、一度実家に戻らねばならない。まったく、無事に王都から離れて、一息ついたー! なんて気を抜いて酒なんぞ飲むんじゃなかった。
リブラコアは目の前の相手など、眼中に入っていなかった。
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