私、見ちゃったんです
ロゼ遺跡。
かつては栄えた強国の地下都市も、無惨に倒壊し、荒れ果てている。
そんな荒廃した遺跡に、白衣を纏った男が居座っている。
辺りにはその場にそぐわない物――真新しい机や、数々の薬液。まるで病院や研究所を思わせる様な道具が立ち並んでいる。
「……む?」
足を組みながら何かを書き記していた男は、徐に立ち上がる。
「遂に来たか――」
男は何もない暗い天井を見上げ、白衣に付いた埃を払う。
埃を払う音が響く程に、遺跡内は静寂に包まれている。
その静寂を打ち破る様に、ざりざりと砂利を踏む様な足音が近づいて来た。
「カシラ、騎士共が入ってきたよ!」
「ヒメ、分かっているから大声を出すな。上まで聞こえそうな勢いだ」
男がそう言うと、ヒメと呼ばれた、2メートルを越えそうな程の背丈を持つ女性が豪快に笑う。
「悪い悪い。で、私達はどうすれば良いんだ?」
「複雑に考えなくても、好きに迎え撃てば良い。策を弄した所で、お前達じゃまともに理解できないだろう」
「そりゃそうだな!」
遺跡が崩れそうな程の、びりびりとした大声で笑うヒメ。
男は軽く耳を塞ぎながら、うんざりするように後ろへと歩いて行く。
「はぁ、何故逃げなかった。もうお前達に用は無いんだがな」
「逃げるっつったてな。私達はカシラに救われたんだ。カシラが夢を叶えるその時までここにいるさ」
「ありがた迷惑だ。折角救ってやった命を捨てるとはな。理解に及ばん」
ため息混じりに苦言を呈する漢。
そんな男の後ろをとことこと小動物の様について行くヒメ。
「でも時間稼ぎすればカシラは喜ぶだろ?」
「ああ。俺の夢が叶うまでここを離れる事は出来なかったが――もうすぐだ。」
弱々しくも決意を秘めた言葉を吐き、男は遺跡の最奥へと辿り着く。
かつてのベゴニア王国が、王族を匿う為に建てられた屋敷。
屋根は崩れ、入口も破壊され、屋敷とは言えない状態のその場所に一つだけ、新しく作られたような牢屋が存在する。
その牢屋に、一人の少年が寝っ転がっていた。
「――!!」
男がやってきた事に気づくと、少年は急いで立ち上がり、男へ向かって何か叫んでいる。
だが、何も聞こえない。ヒメはそんな状況に、首を傾げて男へと尋ねた。
「……なに言ってるんだろう、この子」
「大した事ではない」
男は牢屋の前に立つと、右手を払った。
すると、魔法が解けたかの様に、少年の声が聞こえてきた。
「僕をどうするつもりだ無礼者っ!! 言っとくけどな、お前じゃ僕に指一本触れられないぞっ!! そもそも立場と言う物が違うんだよ、立場と言う物がっ!! 」
まくし立てる様に、少年は男への罵倒を繰り返している。
「相変わらず口の減らない亡霊だ」
「なんだと誘拐犯! 異常性癖の変態野郎! バカ! スケベ!」
息継ぎ無しで罵倒を続ける少年。
ヒメは牢屋へ近づくと、少年を黙らせるべく思い切り牢を蹴る。
「ギャー!! 怖っ!! なんだこのデカ女!!? そうやってすぐ暴力かっ!! お前を育てた親が泣くぞっ!!」
「いや、アンタ幽霊だから殴れないでしょ」
「少し黙れ。思いつく限り一番酷く惨たらしい方法で成仏させるぞ」
「……」
口に手を当てて、少年はピタリと喚き止んだ。
男は牢の鍵を取り出し、少年へと見せつける様に前へと出した。
「もうすぐ準備が整う。時が来たら、貴様を牢から出してやる」
「前も、もうすぐって言ってただろ」
「安心しろ、1日も掛からん。今日しっかりと仕事をこなせば、それで終いだ」
「……」
少年は訝しみながら男を見ている。
「今日で、俺はここからいなくなる。貴様はそれで自由だ。勝手に成仏するなり、地縛霊やっていくなり好きにするが良い」
「ええー! 話し相手がいなくなるじゃん!!」
「元々、大した話はしていない」
再び手を振るうと、少年の声が聞こえなくなった。
また何かを叫んでいる少年に背を向け、男は元来た道を戻り始める。
「ヒメ。ラフィルへ向かった者達はどうなった」
「ひとりだけ戻ってきた。二人ほど子供をかどわかして来たけど、他は――」
「まぁ、そうだろう。むしろ、二人連れて来ただけで上出来だ。侯爵の孫は?」
「まだ全員帰ってきて無いから分からないけど、たぶん失敗した」
「そうか」
失敗と言われた物の、気にした様子もなく男は喋り続ける。
「騎士共の動きを鈍らせる為に、意表を突く形で侯爵の孫娘を誘拐しようとしただけだ。いないならいないで良い。それよりも、子供はどこへ置いてある」
「一昨日、酔い潰れて遺跡の前に寝ていた男と一緒に上の牢屋にぶち込んである」
「後で取りに行く。それと、その男は始末しなかったのか」
「それが! やったら高そうなジャラジャラをいっぱい着けててさ! 取り合えずみぐるみ剥いで、他にも無いか起きたら聞こうと思って」
「またそれか。今日死ぬつもりなのに、金品の所在など聞いた所で意味が無いだろう」
「……あ、そっか」
ヒメは手の平をポーンと打ち、恥ずかしそうに笑った。
「まぁ、俺が知った事ではない。好きにしろ。やってきた騎士も殺しても良い。怖気づいて逃げ出すも良い。俺のやる事は変わらん」
「カシラはホント最期までドライだなぁ。ま、そういうトコに惚れたんだけど」
トントンと肩を斧の柄で叩き、歩みを揃えていたヒメが照れくさそうに言った。
元の場所へ戻ると、ヒメは歩みを止めずに外へ向かう道を進み始めた。
「じゃ、ぶっ殺してくる。これ、さっき言ってた牢の鍵」
「ああ。達者でな」
「うん」
男は粗末に投げた鍵を受け止めると、再び椅子に座り、何かを書き始める。
その無関心な送り出しに、ヒメは満足そうに笑いながらその場を後にした。
無事にラフィル侯爵を西区まで送り届け、俺は再び劇場へと戻っている。
戻り際、アリッサに美少女ウインクすると顔を赤らめて俯いてた。俺はあの子を妹にしようと思う。
(変な事を言っていないで、早くボタンさんとルーファさんを探しましょう)
(へいへい)
セピアにいつものお小言を頂きつつ、ユーリに跨って元来た道を爆走している。
「す、凄いですね!! ここまで速いなんてッ!!」
「ヒマリさん、あんま喋ると舌噛みますよ」
「大丈夫です!! 魔物に乗るのは慣れてますから!!」
「ねーちゃん、喋りながら毛を引っ張らないでくれる?」
そんな爆走にも動じずユーリを毛並みを触っているのは火吹きアルマジロの主人こと劇団員のヒマリ(さっき名前を教えてもらった)。
一緒に乗せて欲しいとの事だったので、可愛い女の子の頼みを断れない俺は、ユーリの有無を確認せずに承諾した。
結果、座れる場所が無いアルマジロがユーリの蔦へ必死にしがみついてる可哀想な状態になっている。
「そろそろ着きますので、コキアさんの所で降ろしますね」
「いやあ……今はコキアさんに近づかない方が」
「?」
俺が何故かと問い返そうとした時、正面からリコリスとケイカがこちらへと向かって来るのが見える。
あいつら抜け出して来たのか。勝手な奴らだ。
「ハナさんが一番自分勝手ですヨ!!」
「出会い頭に心を読まないでくれる?」
「無事であったか」
「おう、何だかんだ衛兵さんもいたから、実は侯爵の近くが一番安全まであったぞ」
出来ればそこに居座りたいくらいだったが、ボタン達を探さなければならないのだ。
ほんと何処にいったんだ、あいつら。
「主よ。我が思うに、もう劇場にあやつらはおらぬじゃろう」
「マジかよ」
「ルーファはともかく、ボタンはお主から離れたら暴れるじゃろ。寝ていたとて、この騒ぎでは流石に起きる」
「オイラなら寝てられるけどなぁ」
「そんな事で張り合うでない」
さらわれた時点で起きて欲しかったが。というか、ボタンならすぐに起きて返り討ちに出来る筈なんだがな。
だが、いなくなった事実は変わらん。ボタンを見つけて直接聞くのが手っ取り早い。
「じゃあ、一体どこに行ったんですか?」
「それを今から探すのじゃ」
「っつったてなー。見当付かんぞ」
「あのー、ちょっとよろしいですか?」
後ろに乗っていたヒマリが声を掛けてくる。……すっかり存在を忘れていた。
「何じゃお主は」
「火竜劇団所属のヒマリです! さっき言ってたボタンって子なんですけど……昨日一緒にいた黒髪の子ですよね?」
「その子ですね」
「そういや昨日、衣装をとっかえひっかえしてた時にいましたね」
ノリノリでメイド服持って来てたのを覚えている。
「あの騒ぎが起こる直前なんですけど……私、見ちゃったんです」
「まさか――」
「はい。あのお二人が……いきなり宙に浮いて、劇場から飛んで行ってしまった所を見てしまったんです!
「なんと!」
それは、アリッサが捕まった時と一緒じゃねえか!
まさか、最初にあいつらがさらわれていたとは。
「それ本当か!」
「は、はい! すみません! あの後立て続けに騒ぎが起こって、すっかり失念してて……」
「それは仕方あるまい」
「むしろ、よく目撃してましたね」
「ユーリくんが凄い目立つので、度々視界に映るんですよ」
「なんだオイラのお陰か」
誇らしげなユーリだが、お前はまずあいつらが誘拐された時に気づけよ。ライオンなんだから嗅覚鋭いだろ。
ぐいっと鬣を引っ張りつつ、話を続ける。
「どっちの方へ飛んで行ったか分かりますか?」
「方角は西の方だったかと。あっちですね」
ヒマリは指で方向を示す。
「西区?」
「確かに、ラフィルの中で隠れるにしてはうってつけの場所だが」
ゴロツキがウロウロしてるらしいしな。
だが、流石に侯爵まで巻き込んでおいて、逃げ切れるとは思えんのだが。
そう思った所で、ケイカが口を開いた。
「……西区って、確か抜け穴がありましたよね?」
「昨日、ルーファが言っていたのう」
「そいつらが出入りしていた穴だってのか?」
「だってあんな個性的な人達、門で止められるでしょう」
確かに入れるか否かは置いといて、素通りは出来なそうだな。
「と、なるとラフィルから外へと出ている可能性が出てきたな」
外に出られたらまずいな。急がないとマジで何処行ったか分からなくなる。
直ぐにでも南門――ラフィルの外へ向かおうとユーリへ伝えようとした時、ケイカが言葉をこぼす。
「もしかしたら……」
「ん?」
「何か心当たりでもあるのか?」
「ラフィルの南門から少し離れた所に、ロゼ遺跡があるんです」
どっかで聞いた名前だな……。
「例の盗賊団が住処にしている場所ですね」
「はい。まず疑うなら、その盗賊団じゃないかと思いまして」
ああ、ガーベラが言ってた規模のデカい盗賊団の拠点だったか。
でも、盗賊団だからといって今回の件と関係あるかは分からないんだよな。
「アテが外れたらどうすんだ。その間に遠くまで離れたらシャレにならんぞ」
「でも、他に思いつきませんし。やみくもに探すよりかは良いと思います」
確かにそうだが。どうするかな……。
行くなら急いで行かないとマズい。何されるか分からん。……いや、ボタンがいれば平気だろうが、アイツも何するか分からんしな。
俺達が焦る中で、ヒマリが話を切り出した。
「私も……いえ、私達も手伝いますよ。手分けして探せば効率的です」
「私達って……火竜劇団の皆さんがですか!?」
「良いのか? 報酬もたいして出せぬぞ」
「大丈夫ですっ! 副団長に頼んでみますっ! まだあっちが落ち着いて無いので、全員という訳には行かないですけど……」
それでも、とても助かる。むしろ、こんな状況でこっちの手伝いして貰うのは申し訳ないな。
だが、手を借りれるならばいくらでも借りたい状況なので、素直にお願いするほかあるまい。
「すみません、お願いします!」
「はい、任せて下さい!! ここからは走って戻るので、ハナさん達はそのまま行って下さい!!」
そう言うと共に、ヒマリは火吹きアルマジロを掴んでユーリから降り、そのまま劇場へ走り出す。
「ありがとうございます、ヒマリさん!」
「すまぬな」
「全部片付いたら、ユーリを好きなだけ撫でてくれて良いので!」
「うぉい!?」
ヒマリに礼を言い、俺達は直ぐに南門へと向かった。
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