貴重で、強力な力を小さな箱に詰め込んだような存在
遅れてすみません。
年末まで忙しいので文量減るかもです。
ハナが劇場から離れた後、リコリスは空中に佇む羽の生えた大男と対峙していた。
(ウウム……下手に冷気を放っては余計な被害が出る。面倒じゃの)
どうにか無力化を試みるも、やたらタフなのだ。
その上、隙あらば会場を破壊しようとする辺りタチが悪い。
(主め……ユーリがいるとはいえ、また自ら逸れるとは。もう少し自分の価値を理解して欲しいのう)
貴重で、強力な力を小さな箱に詰め込んだような存在。まだ未熟だが、使いこなせてしまえばどのような状況でも覆せるほどの力を有する少女。
故に、ひとたびハナの存在が広まれば、直ぐにその身を狙われるなど想像に容易い。
ボタンがいない今、ハナが孤立するのは危険だ。早々に合流しなければならない。
いっそもう、羽を捥いで始末してしまおうと動き出した直後、後ろから声を掛けられる。
「姐さん、動きにキレが無いな。どうしたんだ?」
カカオがそう言いながら、リコリスの横へと並ぶ。
「てっきり、逃げたかと思ったぞ」
「そんな訳ねーだろ。最初は少し焦ったが、しっかりやる事はやってきたぜ」
「フム?」
何の事かと首を傾げるが、後ろにいたカカオの子分達を見て、直ぐに合点がいった。
「いつの間に呼びつけた」
「うちはフットワークが軽くてな。流石に街に賊が入り込めば、こうして表立って荒事も引き受ける。オヤジも既に動いてるぜ」
バシリと手に拳を打つと、カカオはリコリスへと尋ねる。
「で、なんだあの珍獣は」
「知らぬ。無駄に打たれ強いから加減が難しい」
「力が有り過ぎんのも大変だなー」
上で羽ばたいている大男を見つつ、他人事の様に言うカカオだが、
その大男は、何かを探しているかの如く辺りを見回している。
「さっきからあの様に、我を襲ってきたかと思えば、こうして空をうろついておるわ」
「何か探してるのか?」
「侯爵の孫娘は既に保護されておる。他に何かあるとは思えぬが」
「じゃあ、ヤベーんじゃねえか? ここがよ」
カカオはとんとんと頭をつつき、苦い顔で上を見上げる。
支離滅裂な行動に意味があるかどうかは分からないが、ハナと合流しボタンとルーファを見つける方が先決だ。
リコリスはそう考え、カカオへと命じる。
「それはともかく、良い所に来たぞお主。暫く、アレの相手を頼めるか?」
「まぁそのつもりだったが……姐さんはどっか行くのか?」
「主がまた逸れた。直ぐに合流せねばならぬ」
「またっていう程チョロチョロしてんのか。確かに落ち着きはなさそうだな、アイツ」
そんな話をしていると、カカオと大男と目が合った。
「お、ガン飛ばして来たぞ。戦闘開始の合図か?」
「では任せたぞ」
「うーわ、見れば見る程なんか気分悪くなるな……」
聞いているのか聞いていないのか、カカオは手で軽く挨拶すると、そのまま前へと走り出した。
リコリスはハナの元へと向かうべく、舞台の裏手へと回ろうとしたその時、舞台裏から人影が飛び出した。
「グオオオオオオオッッ!!?」
「ムッ!?」
飛び出したというより吹っ飛ばされたと言うべきか、先程入口から入ってきたと思われる獣人が、地と体を平行にしたままリコリスの隣を横切る。
リコリスが前を向き直ると、舞台裏から腹に響く様なドスの利いた声が聞こえてくる。
「おどれらァ舐めた真似しくさりおってコラ゛ァ゛ッ!!! 全員纏めて毛皮剥いで、劇の衣装にしたろうかワレェ゛ッ!!! コラ゛ァ゛ッ!!!」
「待ってっ!!コキアさん待ってっ!! まだお客さん残ってるから!!」
「おい、ヤタロウ呼べっ! 劇を滅茶苦茶にされて、ついに副団長がキレたっ!!」
コキアがドレスを着たまま、大きな棍棒を振り回し威圧している。
(まぁ……誰しも取り乱し激昂する程、許せぬ事はあろう)
リコリスは見なかった事にして、そそくさと裏側へと回った。
観客も大分減っており、全員冒険者ギルド近くの建屋に避難していると近くの劇団員が話している。
侯爵含め、貴族は東区へと避難をしているとか。であれば、ハナも東区へ向かったのだろう。
行く場所を定め、いざ行こうと走り出した時、目に前にケイカが現れる。
「お主、いつの間に」
「えへへ、シーラさんとヤタロウさんに任せてこっち来ちゃいました」
バツが悪そうに、苦笑いしてリコリスへと答えるケイカ。
「ハナさん、いっつも置いてきぼりにするんですから。だったら、こっちから追いかけてやりますよ」
「ボタンとルーファは――」
「ハナさんと合流したら探します! いつだって、一番危険な状況に陥るのはハナさんなんですから」
こうなれば、何を言ってもハナの元へと向かうだろう。
それにリコリスとて、ハナを追いかけているので人の事を言えないのだ。
「直ぐにハナを連れ戻せば問題あるまい。カカオの一味もこちらへ来ている様じゃからな」
「冒険者達も、手隙の人は来てくれてるみたいですよ」
ズドンズドンと、後ろから破壊音が聞こえてくる。
その度に、男たちの悲鳴が上がる。
「新手ですか!? 急いでハナさんと合流しないと!」
「いや、大丈夫じゃと思うが……」
「え?」
何が起こっているかある程度想像がつくので、リコリスはそのままケイカと共に東区へと向かった。
火竜劇団が襲撃にあっている一方で、賊討伐に赴いた騎士達がロゼ遺跡へと突入していた。
サントリナが駆けると、入口で立っていた見張りを即座に切り捨て、ヴィネアへと尋ねる。
「報告で聞いた数と違いますね」
「おかしいですね。数刻前までは4人居たのですが」
肩から斬られ、絶命した賊の顔を確認するヴィネア。
完全に死んでいる。のだが、何処か違和感がある。
「眼が、違う?」
「目?」
瞳の色が黄色い。それは人の個性や種族によってありえるのだが、瞳が大きく、開いている瞳孔が形が猫や獅子と同じ様な、縦に楕円している。
「やはり普通の人間とはどこか違うみたいね」
「ここで考察しても仕方ありません。それは冒険者ギルドに回収して貰い、直ぐに中へと入りましょう」
「……そうね。既に人の数が減ってるみたいだし。取り囲んでいるとはいえ、1人でも逃せば国民に被害が出る。行きましょう」
遺跡への突入は騎士とその部下のみという少人数。万が一に冒険者たちが遺跡を包囲する。
本来騎士のみで事足りるのだが、黒い魔物騒動の影響で人が不足している。その為今回の討伐は、冒険者ギルドへ助力を願う形を取っている。
「中は――火が灯っていますね」
「もぬけの殻という訳ではなさそうですね。直ぐに制圧します」
「サン、分かっていると思うけど」
「ええ、心得ています。しかし、やむを得ないと判断した場合は直ぐに討ちますので」
先程の見張りも、不意を突いた一撃で即死させている。
迷いのない、徹底した制裁に、ビエネッタは心中で戦慄している。
「……では、光魔法は必要ありませんね」
「ええ。奥はどうなっているか分かりませんので、魔力を温存して下さい。ここは細く、深い遺跡だそうなので」
「ストレチア王国の前に存在していた、ベゴニア王国の都だったとか」
ストレチアが建国してから、数百余年もの月日が流れている。
それ以前の国を知るものは、エルフ等の、一部長命な種族しかいない。
ベゴニア王国はストレチア以上に栄え、当時は他国をも呑み込み、地繋ぎの周辺諸国を統一するまであと一歩と言う所迄来ていたそうだ。
「そんな王国の都も、今では盗賊団の巣窟となっている訳ですが」
「サン、そんな事を言ってはダメよ」
「過去など振り返っている暇はありません。貴方には未来を進んで頂かなくては――と、話している場合ではありませんね」
「ヴィネア、先行して。私が後ろを見るわ」
「承知しました」
暗く細い一本道を通り抜ける。
賊がいた痕跡はあるものの、見張り以外は1人も現れない。
様子がおかしいと感じつつも、騎士達は遺跡の奥へと進んでいった。
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