俺をこき使うとは良い度胸じゃねえか
劇場は大混乱となっている。
泣いている子供や、必死に逃げようと怒声を散らす者など収拾がつかない。
俺もただブルっている訳にも行かないので、まずは状況確認だ。
「ケイカ、リコリス。少し待て」
「何じゃ」
「ユーリ!」
「あいよー」
後ろで控えていたユーリが、のそりと立ち上がり俺を蔦で持ち上げる。
上から劇場を見下ろしつつ、腕を組みながらどうなっているのかを確認する。
なんか毛むくじゃらの奴らが、シーラと交戦している。
獣人……と言うには少し獣よりだな。顔とかほぼ犬だし。ああいう種族もいるんだな。
(いえ……あのような種族は存在しない筈です)
(存在しとるやん。セピアが勉強不足なんじゃないの~?)
(そんな事無いです! 全知全能とまではいきませんが、それぐらいは分かります!)
ちょっぴりムキになっているセピアを微笑ましく思いつつ、ならばあれは何なのかと俺は問い返す。
(分かりません。なので、もう少し近くで見れないでしょうか?)
(オイオイ、俺をこき使うとは良い度胸じゃねえか。普段なら危険だから離れて下さいって騒ぐのに)
(この場に安全な場所はありません。速やかに状況を分析して事態を収めるべきです)
良いだろう。珍しくセピアがやる気なので、それにノッてやる。
蔦で持ち上がっている状態からユーリに合図を送り、そのまま背に乗る。
「よし、俺達も入口へ向かうぞ」
「おいおい、加勢するつもりか?」
「当然じゃ。主よ急げ。あの数、黒龍だけでは抑えきれぬぞ」
「わぁーってるって。じゃあ行くぞボタン――」
ボタンを呼ぶが、返事がない。
後ろを振り返り席を見ると、ボタンがいなくなっていた。
「おい、ボタン!! どこだ!!」
嘘だろ……さっきまでそこで眠りこくってた筈だ。
俺の指示も無しに、勝手にいなくなる奴じゃない。一体どうなっている!?
「ハナさん、ルーファさんもいません!!」
「なんだと!?」
一瞬で二人が消えただと?
俺はともかく、リコリスやユーリすら気付かないとなるとおかしい。
狼狽えていた俺を、リコリスが宥めてくる。
「落ち着け、お主らしくもない。何処かへ行ったとしても、そう遠くはあるまい。まずはこの場を落ち着かせるのじゃ」
「ぐっ……ふぅぅ。分かってるよ」
口でそう言っても、焦りが心の中で燻っている。
だが、リコリスの言う通りだ。ボタンを探すにも、この混乱の中じゃ非効率だ。
乱入者共を速攻でぶちのめして、さっさとボタンを探す!
「ユーリ!!」
「ほーい」
気の抜けた様な返事で、ユーリは跳躍する。
客席の上を、大きな獅子が飛び、悲鳴があがる。怖がらせて悪いが、気にしてる暇はない。
「ハッ、死にてえ奴からかかって来な!」
シーラは楽しそうにケモい獣人と戦っていた。
俺は楽しむ余裕が無いので、さっさとぶっ飛ばす事にする。
「やれ」
「よっしゃー!! オイラの勇姿を脳裏に刻めっ!」
着地と同時に、ユーリは蔦を展開する。
獣人達を拘束すべく、幾つもの蔦が伸びて行く。
しかし、獣人達は涼しい顔で蔦を避け、そのままこちらへと向かっていく。
「ヒュウ!!」
「ヒャハハハハ!!」
「サイッコー!!」
テンションたっか! 何だこいつら。
「おいお前ら――」
「サクッ! とヤッてやるぜ猫ちゃんよォ!!」
「大人しく死んどけやッ!!」
結構な速度で蔦の合間を縫って襲ってきた。一度ユーリを後退させる。
ダメだ、話が通じない。クスリでもキメてんのかこいつら。
だが、元々穏便に済ませるつもりも無いので早々に会話は諦め、人形へ魔糸を繋げる。
もたついてる時間が惜しい。
「オイ犬っころ共! サクッ! と潰してやるからさっさと来な!!」
「ああ!? ガキはお呼びじゃねえぞ!」
スキップの様な軽快な走りで、獣人達がこちらへと向かってくる。
俺は人形を操り、攻撃を開始する。
剣を両手に、獣人達へ急接近。
小さいながらも強烈な一振りを放つと、獣人の一人が大きく仰け反る。
避けられるとは思っていなかった。見えていたというよりは、反射的に避けた風に見えたが。
「おおっとォ!? 今のはやべェぞ!」
「ぶっ壊しちまえ!」
獣人の一人が、剣を横薙ぎする。
浮遊する人形は、それを両剣でなんなく受け止めた。
そのまま、押し込む様に剣を振るうと、獣人を吹っ飛ばす。
どうやら、力はそうでもないみたいだ。いや、人形の力がおかしいんだけども。
「ユーリ、土魔法は使えんのか」
「周りに土無いと出来ないよ」
以前リアムとかセントレアがやってた、自分の身体能力向上させたり地震起こしたりは出来んのか。
まだまだ、魔法の修行が必要な様だ。
「まぁいい、お前は魔法無くてもバチクソ強いからな。そのまま蔦で牽制しろ」
「アイアイサー」
避けられるとは言え、当たるだけでノックアウト出来る威力の蔦を常時振るえるので敵にとっては脅威だろう。
このまま距離取って蔦避けミス待ちしても良いが、時間がかかるな。
「シーラ、早くこいつらぶっ飛ばせよ」
「うっせ! 数が多いんだよ!」
「龍になりゃいいだろ」
「客席ごと破壊して良いならそうするがな」
「じゃあ大丈夫です」
そう言いながらも、着々と片付けている。
このままなら問題無く鎮圧出来そうだなと思ったその時、不意に辺りが暗くなる。
「ん? なん……!!」
振り返った俺の目に映ったのは、羽の生えた人間がリコリスにぶっ飛ばされる所だった。
情報量が多い! 何が起こった!?
「突出するな。狙われるぞ」
「待て待て、何だアレ。おっさんに羽とか何も嬉しくねえぞ」
「あのような種族は見た事も無い。変化にしても少し……いや大分おかしいのう」
ビュオッと音を立てて風が駆け抜ける。
蔦の攻撃を避けていた獣人が、突風で吹き飛ばされ壁に激突した。
「うわ、いたそ」
「ハナさん、今度という今度はずっと一緒にいますからね!」
「分かってるって。そう鼻息荒くするなよ」
ふんすと鼻息荒く意気込みを口にしているケイカをあしらいながら、羽付きの方を見る。
リコリスの一撃を受けても、少しクラついてる程度で立ち上がる力は残っている様だ。
……しかし、ガタイの良いハゲ親父に羽とか半端なく似合わねえな……。
「リコリス、あのキモいのはお前がやれ。俺の視界に映すな」
「好き嫌いをするでない」
「そういう問題じゃないだろ!」
俺がツッコミした直後、入口から派手な破壊音が響く。
次から次へと忙しい。早くボタンとルーファを探したいのだがな。
今度は、頭に大きな角が生えた……うん? 牛か?
ヤタロウとはまた違う、ふくよかながらも力強そうな二足歩行の牛が現れた。
「グォォォォォッ!!! 全部ッッッ!!! ブッッッ壊すッッッ!!!」
うるさっ!? 牛が大声量で宣言すると、そのまま突撃してきた。
さっきの獣人も巻き込んでいやがる。協調性とかないんかこいつら。
本来ならこういう考え無しに突っ込む手合いはカモなのだが、今の俺には捌ききれん。
もう少し人形への理解があれば、直ぐに解決方法が思いつくのだろうが。
どうするか考えていると、ケイカが直ぐに風魔法を撃ちこむ。
「ハナさん。猪みたいに突進してくる相手は、ギリギリまで引き付けてから避けて攻撃するのが良いですよ」
「人形でやると風圧で飛んじゃうんだよな」
「そこはほら、私がフォローします」
おお、ケイカが頼もしい。
思えば、本格的にケイカと共闘するのはリールイ森林以来ではなかろうか。
ちょくちょく一緒に走ったり、リコリスの修行したりはしていたが。
俺は人形を構えさせると、牛野郎が近づいてくるのを待つ。
唸り声をあげて勢いよくこちらへと向かってくる。もう数秒もあれば、人形がバラバラ……にはならんが、ぶっ飛ばされて魔糸が届く範囲から外れてしまうだろう。
「――今です!」
ケイカが叫ぶと同時に、人形が右へと避ける。
少しブレたが、真後ろから風を受けて、強引に奴の横へと移動する。
すれ違い様に、両方の剣で牛野郎の体を斬り付ける。
相手の勢いも相まって、大ダメージが見込めるだろう。と、奴の体に剣が当たった瞬間。
「ええ!?」
「なんだそりゃ!!?」
ぽよん。と剣が弾かれ、更に人形も横へとぶっ飛ばされる。
やべえ、魔糸が切れた!! つーか何だ今の挙動!? おかしいだろ!!
「グハハハハハッ!! 俺に斬撃は効かねェッッッ!!」
してやったりという様な顔で、そのまま俺達の方へ向かってくる。ヤバい、こうなるとユーリに何とかしてもらうしかなくなる。
あれを受け止められるだろうか。しかし、今の謎弾きがまた起きたら……流石のユーリでも大怪我してしまうかもしれない。
「うん、ダメだこりゃ! ケイカ、避けるぞ!」
「それもダメです! 私達が避けたら客席に被害が出ます!」
「ンな事言っても、このままじゃ俺らごと轢かれちまうぞ!!」
「何をしてでも、止めて見せます!! ハナさんは離れて下サイ!!」
頑固な奴だな!! くそ、こうなりゃケイカの風魔法と魔断の剣でゴリ押すか?
(セピア!!)
(避けるのであれば、ケイカさんを強引にでも引っ張るしかありません。止めるのであれば、ハナ様の仰る通りケイカさんと共に攻撃を加え、ユーリさんの蔦で動きを止めるのが最上かと)
(結局ごり押しじゃねえか!!)
考えているうちに、もうすぐそこまで近づいている。もう時間が無い。ぶっ飛ばす覚悟を決めたその時、上から大きな巨体が目の前に振ってきた。
「ヤタロウ!」
「うん、昨日ぶり。ハナ、ケイカ。ここは俺に任せて」
ミノタウルスのヤタロウが、俺達の前に現れた。
ヤタロウはそう言って身を屈めると、真正面から牛野郎とぶつかりに行った。
生物がぶつかり合う音ではない、鈍い衝撃音が響く。
じりじりと、巨体同士が組み合い、地に付いた足が沈む程に力を入れてお互いを抑えつけている。
「これは――ッ! お前、魔物だな?」
「いいや、れっきとした人間だッッッ!!」
「ま、どっちでも良いか。だが、この感触は」
ヤタロウは組み合った腕を強引に引き寄せると、力任せに牛野郎を持ち上げた。
「グッ!? ウォォォォォッッッ!! 離しやがれッッッ!!」
「マポイフの弱点は――」
持ち上げた牛野郎を思い切り上へ飛ばすと、ヤタロウの口から炎があふれ出す。
その炎が勢いよく吹かれ、牛野郎の体を包んだ。
「ガァァァァッッッ!?」
「火を浴びると体が硬質化して、斬撃が通るッ!!!」
背負っていた大きい斧を手に取ると、落ちてくる牛野郎へ思い切り叩きつけた。
斬撃というより叩き潰してる感じがするけど……それでも、確かに攻撃が通っている。
その証拠に、ボロボロになった牛野郎が地に伏している。
「おお、一撃で。やるなヤタロウ」
「助かりました!」
「うん、むしろこっちが助かってる。折角見に来てくれたのに、面倒な事巻き込んでごめんね」
見た目通りの頼もしさだ。
ヤタロウのお陰で、何とか客席への被害を止める事が出来た。
だが、さっき言っていた魔物云々の話はどういう事だろうか。
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