さっさと逃げてぇ~~
ユーリを撫でつつ隣にいるケイカにちょっかい掛けたり、ボタンにちょっかい掛けられたりして席で待つこと数十分。
そろそろ始まらねえかな~~なんて、先日と同じ様に足をプラプラさせて退屈そうに過ごす美少女を堪能していると、舞台の上に一人の女性が現れる。
あの人は確か、フェイオンにここを案内してもらった時、話していたお姉さんだ。
「長らくお待たせしました。間もなく開演です! 皆さま、ご着席の程よろしくお願いします」
ようやく始まるぞ。割とみんな暇してたし、前座とか組み込んだ方が良いんじゃないか? 素人考えなので口には出さないけど。
舞台にはきっちりと幕が下がっている。野外なのにちゃんとついてるんだな。まぁ場面が変わる時に黒子さんがこそこそ小道具配置してるのが見えると虚しくなるしな。やっぱ劇は幕が無いと。
先程舞台に上がった女性が、再び舞台裏へと戻る。
「ようやくですね! やっぱりちょっと早かったでしょうか」
「侯爵の件もあったし、丁度良かったんじゃないか?」
ダイナとオクナの会話を聞いて、内心頷く。
ギリギリでゴタつくよりも、余裕があるに越した事は無いからな。
ザワザワとしていた観客も、徐々に収まっていく。
舞台付近では、団員達が忙しなく動き回っていた。というか、ヤタロウが目立ちすぎてちょっと面白い。
逞しい巨躯なのだが、なぜか白いシャツにオーバーオールなのだ。特注品っぽい。しかも、やたら爽やかなキャップも被っている。
威圧感を与えない様にしているのだろうか。妙に似合っている。
「しかしデカいなアイツ」
「帽子が可愛いです」
「……可愛いか?」
アレは衣装なのか? あんな愉快なのが出るって事は喜劇の類かもしれないが。
でもオーバーオールは良い物だ。ポップでキュートな美少女を演出できる。今度見かけたら買いだな。
それから、コキアが舞台に上がり挨拶が始まる。
ラフィルで開演に至った経緯と、今のラフィルにおける現状、この劇に対する意気込みなど、舞台前の挨拶は前の世界と変わりない様だ。
しかし凄い声量だな……マイク無しだから聞こえんのかよと心配してたが、これなら問題なさそうだな。
「コキアさん、衣装も相まってとても綺麗ですね」
「お姫様みたいです」
そう言葉が零れるのも無理はない。
どの動作一つとっても、気品に溢れた王女様って雰囲気だからな。
挨拶が終わると、今作――題名『ヴィルポートの超克』のあらすじを話し始める。
ざっくり言うと、ヴィルポートという街が火竜と共に様々な困難を乗り越え、振興していく様を演じるとか。
オチが読めんな。火竜を倒して終わりって訳でもないだろうし。つかそれやったら大批判くらうわ。
どんな話だろうなーなんて、ケイカと話していたらシーラが口を開く。
「もしかして、アレをやるのか?」
「なんだ急に」
「いや……すまん、何でもない」
思わず言ってしまったという風に、シーラは口籠ってしまった。
もしかしてオチが読めたとか? まぁ、ネタバレはよろしくないからな。
コキアの語りが終わり、遂に劇が始まった。基本はやはり喜劇なのか、所々でウケを取るシーンが多い。
屋外だから照明を暗くすることは出来ないが、その分魔法での演出は見事だ。
火竜はやはり大道具だったが、ちゃんと火を吐いていた。舞台が燃えないか心配だったが、平気そうだ。
戦闘シーンも役者が冒険者兼任だからか、迫力がある。
「剣がぶつかった時にキンキン言ってるけど、真剣なのかな」
「刃を潰してると思いますけど」
俺は結構楽しんでるんだけど、戦闘シーンは皆どこか冷静というか、そこまでって感じだった。
本職だからかね。他の観客は楽しそうだし。
だが、物語自体はとても面白い。ヴィルポートのサクセスストーリーみたいだ。
1人に焦点を当てる訳じゃなくて、色んな登場人物が現れては活躍していく。誰が主役とかは決められておらず、ヴィルポートという街そのものが主人公と言うべきか。
(なあハナ、なんであのおっさんは地面に這いつくばってんだ?)
(いや、アレは火竜に頭下げてるとこだよ)
ユーリが聞いたのは、意図せず火竜のと約束を破ってしまい領主が命懸けで謝るシーン。
火竜はそれを軽いノリで許し、領主が大袈裟に驚く。まぁ、笑うシーンだ。
そのシーンで、あははっ! と、ルーファが楽しそうに笑っている。楽しんでいるようで何よりだ。
隣では、ボタンがうつらうつらと揺らめいている。流石にまだ演劇を理解する事は出来んか。
「ボタン、無理しなくて良いぞ」
「……ん」
火竜劇団の人達には失礼かもしれんが、ボタンの好きにさせてやろう。
そして、劇は佳境に入る。
ヴィルポートの街が栄え始め、軌道に乗った矢先に他国から宣戦布告される。火竜の恩恵を受けた街の噂を聞き、土地の取り合いになる。
数百年前に起きた、実話だそうだ。
流石にここまで来ると笑いを誘う場面は少なく、ヴィルポートの兵士たちと敵国の大将が問答をしながら巧みにアクションをする。
火竜はというと、人同士の戦いに手を出すのは無粋だと、沈黙を貫く。
「まぁ、アイツの事だからビビッて出てこれなかったんだろうがな」
「そんな臆病だったのか?」
「ああ。そもそも始まりからして、怯えながら命乞いしてただけだって言ってたし」
「そうだったのか……」
「知りたくなかったな……」
ダイナとカカオが、微妙そうな表情でそう呟いた。
竜だって色んな性格の奴がいるだろう。幻獣だって癖の強いのが多いし。
そうこう言ってるうちに、ヴィルポート側の騎士長が現れ、敵の大将と一騎打ち。
その様子を、ヴィルポート側にいる姫様――コキアが不安そうに見ている。
(お姫様に騎士。正に王道って感じだな)
(ハナ様はどのような物語が好きなのですか?)
(んー……これといって好きだと言えるのは無いが。強いて言うなら、終わりが悲しく無いのが良い)
(悲劇は人を選びますからね)
悲劇的なお涙頂戴も嫌いじゃないけどな。
でもやっぱ、最後は笑って終わる様なのが無難に好きだね。この『ヴィルポートの超克』は果たしてどうなるのか。
なんだかんだで、どうオチ付けるのかワクワクしながら見ている。
「英雄気取りの侵略者共――これで終わらせるぞッ!!」
「良いだろう。決着をつけてやるッ!!」
決着の時が迫る。お互い満身創痍の中、会場に響く程の声で啖呵を切ると、最後の一撃を放つべく駆ける。
そして――
「これで――っ!!?」
「なっ!?」
2人がぶつかる直前。強烈な爆発音が響いた。
演出にしては随分強烈だな!! と思ったが、どうやら違うみたいで舞台に立っている演者の様子がおかしい。
きょろきょろと、周りを警戒している。これは――
俺は辺りを見回そうと立ち上がる。それと同時に、更に爆発音が鳴り響いた。
入口から黙々と煙が立ち上がる。そして、そこからガラの悪い人間が次々に入ってきた。
観客の悲鳴。そして、パニックになり、慌てて逃げようとする人々。
「おい、どうなってんだよ!?」
「知るか! オイ、ダイナ!!」
「分かってる!」
カカオの困惑を一蹴すると、シーラは直ぐに爆発した方へ向かい、ダイナ達は舞台へと走っていく。
おいおい、いきなりなんだってんだ? ダイナは何も言わずに行っちまうし、どうすりゃいいんだ。
「ダイナはどこ行ったんだ!?」
「恐らくコキアさんの元へ! リコリス様! 私達は入口へ向かいましょう!」
「ウム、まずは危害を加えそうな者共を取り押さえねばな」
こんな非常時だというのに、冷静に現状把握に努めるリコリスとケイカ。
俺はどっちかというと、カカオと同じで困惑しているよ。さっさと逃げてぇ~~。