人見知り美少女が思い切ってお礼を言う姿に衝撃を受け呆然としかけた
「なんだ、治療の為に王都まで行くのか。その割に元気そうだな」
「そんな事無いぞ、偶に手首ズキズキしたりヒリヒリしたりするし」
「え? 痛いんですか?」
「前々から言ってたじゃんよ。あーでも、軽い物は持てるぞ」
「そこまで酷いのか」
「いやいや、そんなでもないから」
カカオに、俺達が来た目的などを離しながら移動する。
実際痛みが少し増してるんだよな……ま、そこまで痛い訳じゃないし今日には王都へ向かうから良いんだけど。
「無理しないで下サイね。荷物があったら持ちますので」
「スキル使えば自分で持てるし。気にすんな」
先程、受付をやってた劇団員に見せたチケットをふわりと浮かせながら、自分の目の前へと持ってくる。
大きく火竜劇団と書いてあり、下に格好良い竜のシンボルマークが描かれている。
この世界にロゴタイプなんて物があるのは驚きだ。他の本は手書きの一品物っぽいのが多かったけど、これはもしや印刷して複製したものではないか?
(印刷技術はあります。ハナ様のいた世界と技術は異なりますが……)
(どう違うんだ?)
(印刷方式は一つだけです。ただ、原稿から転写する仕組が異なりまして、まず原稿を――)
(ストップ。多分聞いても分かんないから、またそのうち頼む)
(承知しました)
ま、なんか魔法かなんかでばばーっと複製すんだろ。細かい事は気にしない!
ただ、この技術と後は写真さえあれば俺の美しい姿をこの世界に周知出来るんだがな。
そんな妄想をしている間、カカオとダイナが隣で会話を始める。
「しかしお前達、一緒のパーティじゃなかったのか」
「流石に、ここまでの大所帯は無いだろ」
「そうか? ある程度慣れてくるとパーティ同士で結託してチーム作るなんて良く聞く話だけどな」
ギルドクラン的な奴だろうか。まぁ、冒険者ギルド自体がその大きな括りなんだろうけど。
「詳しいなカカオ」
「知り合いにいるんだよ。仕事柄、護衛だの取引だので冒険者が絡むからな」
「なるほど……ん?」
話をしている途中で、前方から何やら話し声が聞こえる。
騎士らしき人が何人も周りに控えている。だが、誰もがどこか苦い顔で話している人物を見ていた。
「揉め事かな」
「騎士がいっぱいいるです」
「よし、そっとこの場を離れるか」
「でもあの辺、私達の席だよ?」
広場は、既に椅子が並べられていた。
後ろ側になるにつれて台座が詰まれ、舞台を見上げる形から下へと見る構図となっている。
俺達の席は丁度中央付近。舞台と高さが並行しており、見やすそうな位置にある。
その席で、火竜劇団の副団長であるコキアと、なんか偉そうな爺さんが話している。
「――であれば、私が直接話を付ければ良いだろう」
「しかしながら侯爵、護衛の問題もございまして――」
コキアに挨拶はしたいものの、お取込み中な所に割り込むのもな。
それに、なんか凄い偉い人っぽいから目を付けられたら大変だ。貴族だろうし。
ハナちゃん知ってるよ。この手の異世界の偉い人は、言葉一つ間違えると捕まっちゃうんだってコト。
こっちから話しかけちゃいけなかったり、なんかよく分からん言い回しで皮肉っぽい事言ってくるに違いない。
(おいセピア。貴族と話す時どうすりゃいいんだ。普通に敬語で平気? 俺、謙譲語と尊敬語の区別付かないんだけど)
(ハナ様の世界――いえ、住まわれていた土地の言語が複雑なだけで、この世界はそこまで細かく無くても問題ありません。普段から取り繕っている言葉遣いで大丈夫ですよ)
(日本語って、そんなややこしいか?)
(まぁ、他の言葉に比べれば)
そうなんだ。とはいえ。目を付けられるのはまっぴらごめんなので、ほとぼりが冷めるまでその辺でぐだぐだお話でもしてようか。
そう思ってその場から離れようとした時、偉そうな爺さんの近くに立っていた、金髪の女の子と目が合った。
鼻が高くて目がクリクリしてる。超美形やんけ。相変わらずこの世界の少女はレベル高いな。などと思っていたら、相手もじっとこっちを見て来るでは無いか。
この視線……間違いない、俺に見惚れている。やっぱ同じ女の子だと分かっちゃうんだよな俺の美しさが。
そんな理解ある彼女に、俺はにっこりと笑って会釈する。
それを見た金髪の子は、少し顔を赤らめた。
フフ……可愛い奴め……おや、何をしている? 何故爺さんの上着を引いて……まて、流石に貴族はまずい。さっきちらっと侯爵って聞こえたし。
ハナちゃん心の準備が……!! おい待て!! ヤメロ!!
そんな心の叫びも空しく、金髪の女の子が爺さんと話し始める。
しまった……またやってしまった……何故自制できないのか。いや、今回は仕方ない。見られたらスマイルで返さないと美少女失格だしな。
(ハナ様、いつか絶対危ない目に遭いますので、今のうちに矯正して下さいね)
(ごめんね……)
いつもの様にセピアが正論で諭して来たので素直に謝る。
爺さんと話していたコキアがこちらを向いた。……うん、苦笑いしてこちらへ手招いている。
仕方ないので、俺はコキアの所へと向かった。
「すまん、ちょっと挨拶行ってくる」
「おい待て、あの人は――」
カカオが止める間もなく、俺はコキアの所へとやってくる。
「こんにちわ。お疲れ様です、コキアさん」
「ハナさん、来てくれてありがとう。いきなりで悪いんだけど――」
「少し良いかね?」
と、コキアが言った直後、爺さんが話に割り込んでくる。
「不躾で悪いね。君は?」
「此方こそ突然すみません。ハナと申します」
「ハナ……」
下にいる少女へ少し目を向けると、今度はコキアへと話しかける。
「この少女の席なのかね?」
「はい、正確には『六曜』というパーティの席になります」
「そうだったか」
「あの、何か拙い事でもありました?」
少し不安げな美少女っぽい感じの顔で尋ねると、金髪の少女がぐいーっと爺さんの服を引っ張る。
なるほどな、そういう仕草もあるのかと勉強させてもらいながら、爺さんの話を聞く。
「難しい話では無くてな、私達の席もここへ移動して欲しいと頼んでいたのだ」
「移動ですか?」
「ああ。私の場所はそこの、一番奥なのだが」
爺さんが指す方を見ると、結構高い位置に席がある。
見やすいだろうが、些か遠い。
「あそこ迄遠いとな。情けない事に、よく見えないのだ。孫娘も楽しみにしておったのだが、どうにも高い所は苦手でな」
「そう言う事でしたか」
「ですが中央となると、護衛の配置に難がありまして……」
確かに、これだけの数をぎゅうぎゅうに詰めるのはな。
「それで、君達に許可を取ろうとしていた所だ。護衛は減らせばよかろう。外にも護衛がいるのだろう? 過剰であるよ」
その言葉に対して、近くに控えていた騎士の一人が反論する。
「失礼ながらリーヴァン様、万が一という事もあります。近頃は物騒な事件も立て続けに起こっていますので、ご自重下さい」
「しかしだな」
「……」
どうやら自分というより、そこの少女を気にしているらしい。
要は、護衛も入れるようになれば良いんだろ? じゃあ俺等がどけば解決じゃねえか。
俺はダイナ達に目配せして、こちらへ来て貰った。
「ダイナくん、実はかくかくじかじか何ですけど」
「いやそれじゃ分からんが」
「私から説明致しますね。まず、紹介から致します。この方は――」
「ストレチア王国ラフィル領主。リーヴァン・ダリフナ・ラフィルだ」
「りょ、領主様……!!」
ルーファが驚くと同時に、ぺこーっと凄い頭を下げている。
横を見ると、オクナとガーベラが跪いて頭を下げていた。やべえ、ガチなやつじゃん。
俺もやった方が良いんかなと思い周りを見ると、騎士の人がなんか言いたげにこちらへ向かってくる。
しかし、爺さん――ラフィル侯はその騎士を手で制すると、薄く笑って口を開く。
「不要だ、頭を上げてくれ。騒ぎ立ててすまないな。コキナ殿、説明をお願いできるかな」
そう促すと、コキナは謙遜した様子で説明を始めた。
「そう言う事でしたか」
「という訳でダイナくん、私達とラフィル侯爵の席と取り換えよう」
「ああ、それで丸く収まるなら良いんじゃないか?」
別にあそこからでも良く見えるし。トイレとか面倒そうだけど、それだけだ。
他の面子も、問題無いと首を縦に振っている。
「良いのかね?」
「ええ、構いません。これで席は足りますか?」
「少し詰める必要がありますが、大丈夫です。ありがとうございます!」
良かった、無事に解決したわ。偏見で貴族=傲慢とか思っちゃダメね。
(権力は人を変えますし、教育次第で傲慢になってしまう方もいますので、慎重になさって下さい)
(……うっす)
(本当に分かってます?)
セピアのお説教を躱しながら、俺はコキアへと話しかける。
「大丈夫そうですか?」
「ええ、助かったわ。折角来てもらったのにいきなりごめんなさいね、ハナさん」
「いいえ、忙しいみたいですし、私達は席へ移動しますね。舞台、楽しみにしてます」
「ええ、期待していて」
その自信に溢れた返事を聞くだけで、期待が持てる。
さて、長居は無用だし早く向かうべしとラフィル侯爵に一礼し、段を上ろうとした時、ラフィル侯にくっついていた少女が近づいてくる。
「……? どうされました?」
目の前まで来たので、思わずそう声を掛けてしまった。
顔を伏せ、もじもじとしている。なんやこの可愛いナマモンは。俺に対する挑戦か?
「……あ……う……」
「?」
「ありがとうございまひゃ!!」
耳まで真っ赤にしながら、お辞儀をした後すぐに侯爵の元へと戻っていった。
馬鹿な……可愛すぎる。人見知り美少女が思い切ってお礼を言う姿に衝撃を受け呆然としかけたが、侯爵の孫娘相手に失礼な事は出来ないので、ぐっと堪えて返事をする。
「どういたしまして」
「この子はまだ外に出るのも慣れておらず、他者と関わる事も無くてな。失礼をした」
「いいえ、誠実で素敵な淑女かと。では、失礼します」
渾身の美少女スマイルで侯爵の孫娘に先程のお礼をぶちかまし、俺はそそくさと自分の席へと向かった。
いやぁ……危なかった……侯爵の前で粗相をする所だった。あの子の破壊力中々だぞ。侯爵の家は安泰だな。
「……」
「どうしたカカオ、最初から最後まで無言で」
「いや、お前誰だよと思って」
「俺は俺だよ」
そういや美少女モードを見せたのは初めてだったな。いや、こっちが真の姿だから普段はカモフラージュしてるワケなんだけど。
「カカオくんも、レディにお前なんて言ったらダメだよ?」
「……」
「珍獣発見したみたいな目で見るのやめろ」
「ハナ、早く行こうぜー。オイラお腹空いた」
やれやれ、まだ若いカカオくんに美少女の良さは分からんのだ。
いつか語らねばなるまい……美少女の何たるかを。
「……」
「で、なんでお前ら二人は口が塞がってんだ」
「侯爵へ無礼な事言わない様に、私とガーベラさんで予め塞いでおきました」
リコリスとシーラがむぐむぐと何か言っている。もう平気なんだからその布外してやれよと。
「……ふう、息苦しくて叶わぬ。侯爵がなんだというのか」
「全くだ、人の立場なんざ俺には関係ないっての」
凄いな、外して早々に口塞いで間違いじゃなかった事を証明してくれたぞ。この無礼者どもめが。
「なんにせよ、ようやく落ち着けるのう」
「ああ。だが、人が増えてきたな」
「皆さん、こっちですよ! 早く来るです!」
ルーファと、それに引き摺られていたボタンがいち早く椅子へと座っていた。
簡易的な椅子だが、ちゃんと布っぽいのが敷かれている。流石コキアだ、その辺は抜かりが無い。
俺はボタンの隣に座ると、先程取り出したチケットを見る。
開演時間がざっくりとしか書いて無いが、いつやるんだろうな。
「あとどれくらいで開演だろ」
「全員来たらじゃないですか?」
「でも、急用で来れなかったりする人もいるだろうしな」
「大抵こういうのは、日の昇り方で決めるんだよ。もう少しかかるだろうな」
カカオ曰くもう少しらしい。時間ってのが曖昧だと面倒だな。雨の日とかどうするんだろうな。
俺は後ろから顔を出してきたユーリの顎を撫でながら、開演の時間まで待つのだった。