美少女であるこの俺に相応しい果物と言えるだろう
俺は楽しい夜を過ごした後、宿へ戻ると直ぐに寝落ちしてしまった。
気づいたらルーファと一緒に寝てた。酒を飲んだ訳じゃないのに覚えていない。最後の方ほぼ意識なかったからな……。
「ハナさん、おはようです」
「起きてたのか」
反対向きだったから気づかなかった。
そのルーファは、スライム状態になっているボタンを撫でていた。
「うう、可愛いです。私に譲ってくれないですか?」
「ダメだ」
「きゅう」
俺とボタンは一蓮托生の相棒だからな。
ボタンが、俺に擦り寄ってきた。うーん、もちもちして気持ちが良い。
暫く手触りを楽しんでいると、ボタンがもぞもぞとベッドから這い出る。
「めし」
「そう来ると思った。ボタン、朝の挨拶は覚えた方が良いぞ。おはようだ、おはよう」
「んー」
「おはようです!」
「ん」
まだ挨拶は難しいらしい。ま、気長に覚えていけば良いか。
軽く髪を整えてから、ルーファと共に下へ降りる。
まだ朝早いから一番乗りやろ! と思ったら、既にリコリスがいた。
「おはよーさん。昨日はお疲れ」
「主よ。よく眠れたか」
「おう。婆さんも無理すんなよ」
「流石に少しは休んだ。これで後五日は戦える」
指揮官みたいな事言いながら、リコリスはぱくぱくと何かを食べている。
俺はリコリスの隣へ座ると、食べさせる様に催促した。
「ほれ、早く早く」
「やれやれ、自分で取れば良い物を」
口に入れてもらうと、直ぐに口から鼻へと甘酸っぱい香りがやってくる。
少しすっぱめだが、朝だから丁度良い。寝起きだったが、頭が覚醒してくるのがわかる。
「にしし、うまうま。 なんの果物だろ」
「これは『ナルル』って実だね」
「あ、おばさま」
宿主のおばちゃんが、奥からひょっこりと顔を出す。
「なるるー」
「こらこら、一つずつ食べなさい」
「甘酸っぱくてね、朝食べると調子が出てくるのよ」
「ウム、頂いておるぞ」
ナルルか、可愛い名前だな。美少女であるこの俺に相応しい果物と言えるだろう。
自分でもう一個とって食べる。うん、美味い。
「今日は『火竜劇団』の演劇があるからねぇ。スッキリする物が良いかと思って」
「おや、宿主も見に行くのか」
「もちろん。以前からずっと待っていたのよ。楽しみだわ」
「お宿は平気なんです?」
「お昼はお客さんいないからねぇ。人も少ないから掃除も手早く済むし」
確かに、今日のおばちゃんはどこか小綺麗だ。髪のセットだろうか。
気分よく鼻歌を奏でながら、おばちゃんは奥へと引っ込んでしまった。
「ごきげんだなぁ」
「少し聞いただけでも、ラフィルは暗い事件ばかりじゃからのう。良い息抜きとなるのじゃろ」
「うまい」
「多分これ後から来るヤツらの分もあるからな、全部食うなよ」
それから、昨日俺がいなくなった後の話を聞いた。
要約するとルーファとアウレア(仮)が不法侵入してたらしい。
「悪い奴だな、金貨3枚で黙っててやるよ」
「相変わらずサイテーですねハナさんは」
「口止め料払えば黙っててやるんだからむしろ優しいだろ」
「じゃあ脅迫罪で一緒に突き出すです」
「いやいや冗談。冗談だから。ってか、脅迫罪とかあるんか……」
詳しく聞くと、西区に小さい穴があるそうだ。小さい穴って言っても、アウレアが通れるくらいだから細身なら誰でも通れるだろう。
いつから空いていたかも分からない穴。確かに、何か事件の香りがするな。
「女騎士が言ってた事件もあるし、大丈夫かこの街」
「少なくとも、外にいる賊は近いうちに居なくなるじゃろう」
巻き込まれる前にとっととトンズラしたいな。
そう思いながらナルルの実を食べていると、上から続々と人が降りてくる。
「ハナさん、今日は早いですね」
「にしし、昨日楽しすぎて気持ち良く寝れたわ」
「全く、人の気も知らないで……」
横にいたダイナがげんなりしている。お前も楽しそうに話してただろうに。
「そう言うなよダイナ。リンカちゃん可愛かっただろ」
「そういう問題じゃ……いたた、分かってるって」
ガーベラが、ぐいーっとダイナの腕を抓っている。嫉妬だろうか、なんて羨ましい……俺もガーベラに嫉妬されてえよ。
「ナルルの実か。朝食にぴったりだな」
「そういや、劇はいつからなんだ?」
「昼前と夕方だな。昼前に行こうかなって思ってるんだけど。昼飯もあっちで売ってると思うぞ」
「お昼食べたら、そのまま王都へ向かうつもり」
そんなスケジュールらしい。
朝食を食べ終え、早めに外へと出ようとなった。
2泊しかして無いけど良い宿だった。ベッドふかふかだったし。またラフィルに用があるならここに泊まろう。
「おばさま、ありがとうございました。また来たら、次もここに泊まります!」
「あらまぁ、ありがとう。今度はちゃんとした食事で持て成さないとねぇ」
「宿主よ、体に気を付けてな」
「ええ、貴方達もね」
「おばちゃん!! また来るですよ!!」
別れの挨拶をした後、俺達は外へと出る。
良い天気だ。今日は快晴になるだろう。だが、暑過ぎず春風が心地良い。
「まっすぐ中央へ行く?」
「そうですね、遅いと混んできて大変ですし」
「そういや、劇のチケットとかあるの?」
「ああ、依頼の報酬についてた」
成程、じゃあ定員オーバーで見れないって事にはならないから安心だな。
「でも、ルーファの分とかあるのか?」
「一組って括りだから大丈夫だよ」
「オイラは?」
「従魔も平気だよ。でも、ユーリくん劇に興味あるの?」
「もちのロンだぜ」
蔦をびよんびよんさせながら、ユーリは楽しそうに語る。
そういった話が好きなら、何か本でも買ってやろうか。
「オイラ戦ってるとこが見たい!」
「流石に本格的な物はやらないんじゃないか?」
「それもお楽しみですね!」
ヤタロウとかも出るなら面白そうだけどな。あのマッチョが武器振り回してるだけでも迫力満点だ。
映画や演劇特有の、見る前トークに話を咲かせながら歩き続け、中央区の広場へと辿り着く。
既に何人か入ってるな。余程楽しみだったのだろう。
俺達も中へ入ろうと、入口へ近づこうとした時、横から声が掛けられる。
「お、来たな」
「ん? カカオじゃねえか」
「昨日ぶりだな」
やたら良い笑顔でこっちにやってくる。
「なんだ? まだなんか用か?」
「そう邪険にするなよ。劇を見るんだろ?」
カカオは指先でピラピラとチケットを見せつけてくる。
こいつも観るのか。なんか意外。
「どうせなら見知った同士、一緒に行こうと思ってな」
「えー? なんで?」
「なんで? ってお前……そんな寂しい事言うなよ」
「どうせ俺に擦り寄ってサインでも貰おうって魂胆だろ。やらねえぞ」
「全く意味がわからんが……」
本当に何言ってんだみたいな顔で見てくるカカオ。なんだ、俺のファンになったんじゃないのか。
「お主、ブラキカムに何か言われたか?」
「まぁ言われたっちゃ言われたが……正直、そういった話はナシであんた達とお近づきになりたいのさ」
「割と素直だね」
「ああ、手も足も出なかったんだ、姐さんは尊敬に値するぜ」
「姐さんはやめい」
確かにボコボコにされてたもんな。俺も修行と称してボコボコにされてるけど。
「あの、この人が昨日の?」
「ああ、俺等に大人数で絡んできてボコボコにされたカカオだ」
「もう少しマシな紹介してくれ……」
「自業自得だ」
オクナとシーラは会った事無かったので改めて紹介した。
ちょっと顔が引きつってるが、出会ってまだ間もないのでそう言うしかないのだ。
「まぁ良いんじゃねえか? 別に一人増えても変わんねーよ」
「シーラ、興味無いからって適当言わない」
「そうだな……ルーファ、大丈夫か? 君が良いならカカオと一緒に行こうと思うんだけど」
「平気です!」
ルーファは二つ返事で答えた。
昨日一緒に飲んだ(俺は飲んでないけど)感じだと話の分かる奴だから俺としても良いっちゃ良いけどな。
ルーファの言葉に、カカオは申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「ワリぃな。後で飯でも奢ってやっからよ」
「じゃあ俺マポイフの串焼きで」
「私パーム」
「さっきフルーツ盛りありましたよ」
「良いのう。我もそれを貰おうか」
「にく」
「いや全員かよ」
まぁ食費だってバカにならないからな。集れるものは集るのだ。
という訳で、カカオをメンバーに追加して俺達は火竜劇団のいる広場へと入った。