やれやれ、モテる美少女は辛いね
時は少し戻り――
ケイカ達と別れた俺は、即座に以前入った服屋へと向かう。
ささっとルーファに合いそうな服を数着買うと、直ぐに着替えてもらった。
「どうです?」
「ウム、似合っておるぞ」
「俺の選んだ服だから当然だ」
以前はボロくて膝下ほど伸びたワンピースだったが、メンズ寄りの服へ変えた。
足が速いから走り辛い恰好も何なので、主にズボンと靴はしっかりした物を選ぶ。
「でも、これから暑くなるですよ」
「スパッツと半パンに変えればいいだろ買ったんだから」
「下着じゃないですか!」
「違うわ!」
なんだったら元の服の方が下着以上に危ないわ。
「それで、どうするんだハナ」
「んー……何も決めてなかった」
「相変わらず無計画じゃな」
だって来たの昨日の今日だし。何があるか分からんし。何があるか分からんから歩き回ろうという魂胆だし。
「じゃあ、ぐるーって回って面白そうなところあったら入る!」
「それが良いね。私もゆっくり見て回りたかったから」
ガーベラからOK貰ったならもう決定ですよ。
宣言通り街の中央をぐるーっと歩き始める。
「こうしてみると沢山お店があるですね」
「ルーファって、ラフィルのどこで過ごしてたの?」
「専ら西区寄りです!」
「危ない所じゃねえか……」
奥まで行かなきゃ平気だとルーファは言っているが、理解出来ん。
「だって、こうして見て回ると何か買いたくなるです。浪費癖が付くと大変ですよ」
「だからと言って、倹約し過ぎるのも考え物じゃな。せめて服ぐらいまともな物を選ぶべきであろう」
お婆ちゃんのお節介を聞きながら、俺は店の看板を見ている。
良い匂いがするな~っと思って目を見やると、パン屋がある。
そして予想通りボタンが反応する。
「めし」
「ダメダメ、今日は食道楽はしないぞ。毎回やってると太っちゃうからな」
「むー!」
「ボタン、オイラの花でも食うか? 優しくもぎってくれるなら食べてもええぞ」
「いらん」
「即答かよ!」
以前はもしゃもしゃ食ってたのにな。だんだんと舌が肥えてきたのだろうか。いや、串食ってるくらいだからそれは無いか。
気になった店を見て回り、物色していると大きなお店が目に入る。
「石屋?」
石屋だ。元の世界の様に整形して墓石でも売ってるのかと思ったがそうじゃない。
鉱石やらなんやらキラキラとした石が沢山ある。確かに宝石は石だわな。
「商業都市とあって大きな店じゃの」
「うん。ちょっと行ってみるか」
「めし?」
「違うから絶対食べるなよ」
「ん」
綺麗なのがあったら指輪なりイヤリングにして欲しい。そんな石工サービスあるか知らんけど。
リコリスの言う通り大きく広い店だ。ユーリも難なく入れる。そして強そうな見張りのお兄さんが立っている。
そりゃ宝石扱ってれば当然盗人の対策も必要だろうな。
中へ入るといきなりどーんと大きな石が置いてあり、他にも形が歪な鉱石だったり、小さな丸い石が山積みになっていたりと様々だ。
ルーファの目が、石へ石へと移って行く。
「綺麗です」
「そうか? もっとこうキラキラとしたものを想像してたけど」
「神秘的と言えばそうかもしれないね。でも、ここにある石はそれぞれ用途があるんだよ」
聞けば魔装具の原動力になったり、魔力を流すと光ったり、武器を作る際に合金として使うと火が出たり等、ファンタジーに富んだ物だった。
「確かに師匠も、人形に小さな石を埋め込んでいた時があったですよ!」
「武器に直接嵌め込む事もあるからね。需要は高いよ」
俺の持ってる人形にも入ってたりするのかな。
魔法とか撃てたりしてな。後でルーファに見て貰おうか。
仲良くお喋りしながら商品を見て行くと、美しい翠の宝石が目に入った。
なんというか、美しさで体が吸い込まれるような感覚だ。魅せられるというのはこの事を言うのかもしれない。
「ガーベラさん、これ見て下さい。凄い綺麗で――」
「それはダメ」
ガーベラが俺の言葉を遮り、俺の顔をむぎゅっと胸に押し付けながら即座に引き離される。
いきなり顔面が幸せだ。幸せだが、息がし辛いぞ。
ポンポンと肩を叩くと、ガーベラはゆっくり頭を放してくれた。
「ごめん、つい……」
「いえ、むしろ最高で……いや、それよりも突然どうしたんですか?」
「あの鉱石――【ピィリング】って言うんだけど。ハナに、いや、エルフの身体能力を向上させる力がある」
こしょこしょと耳元で囁き、説明するガーベラ。
以前拾って付けていたリナリアの髪飾り。あれにも少量【ピィリング】とやらが施されいるそうだ。
少量なら問題無いが、大きな塊に近づくと効力が強すぎて酔ったり、気分が高揚してくるらしい。
確かに少しばかり石に吸い寄せられたが……俺はガーベラの胸に埋もれた方が気分が高揚してきますよ。
「主よ、迂闊にあの石へ近寄るな。お主の種族がバレかねぬわ」
「傍から見たら分からないんじゃないか?」
俺が答える前に、ユーリが疑問を口にした。
それをガーベラが否定する。
「魔力を感知できる人はそれなりにいる。ハナはうっかりさんだから、普段から気を付けないと」
「うぐ……返す言葉もございません」
そんな風に思われていたのか。いや、散々うっかりを見せてたから当然なのだが。
「ハナ、大丈夫なのか?」
「何が?」
「あの石危険なんだろ? 具合悪く無いのか?」
「別にそんな事は……」
ずっと近くにいた訳でもないし、少し見て綺麗だなーって思ったくらいだからな。
だが良いことを思いついたので、俺はちょっと体調悪そうな感じに振舞ってみる。
「ぐわあああなんか酔ってきた。ガーベラちゃん介抱頼みます」
ふらふらしながらガーベラに抱き着く。ぐふふ、役得役得。
と思ってたら後ろから強い力で引き戻される。
「全く息をする様に迷惑をかけおって」
「なんだ嫉妬か?」
「たわけ」
ぽすっと優しく頭を突っつかれる。やれやれ、モテる美少女は辛いね。
その後店内を見て回り、ルーファやユーリが疑問を口にするたびにガーベラが説明する。
「お主、やけに詳しいのう」
「……勉強してるから」
「まぁ、詮索はせぬが」
リコリスの言葉に少し淀んでいた物の、直ぐ何とも無かったかの様に歩き出す。
言いたくない事は言わなくても良いのだ。美少女には秘密が付きものなんだよ。俺のようにな。
一方、ボタンとルーファは別の石に興味を示していた。
「石が光ってるですよ。ぴかぴかです」
「ぴかぴか」
「それは日光を蓄える性質があるんだ。光が無くなってから1時間くらいで消えちゃうけど」
ソーラーパネルみたいな石だな。発光する石自体は生前の世界でもありそうだけど。
ボタンが面白そうに石を見ている。欲しいのだろうか。
「欲しいかボタン」
「うん」
「じゃあ買うか。安いしな」
銅貨5枚だ。超安い。
光る石ってだけで、1時間じゃランプにもならないし量も取れるので安価で買えるそうだ。庶民がろうそく代わりによく使うとか。
他にも有用な石はあったが、高いし俺の趣味じゃない物しかなかった。だが、良い勉強になったな。
「ガーベラさん、色々教えてくれてありがとうございました!」
「ううん、私も楽しかった」
「今後、ハナの家庭教師として雇うのもアリじゃな」
「それは……難しいかな。私、六曜として色々な場所へ行くのが好きだから」
「フフ、冗談じゃ」
リコリスのナイスな提案を出すが、即座に却下されてしまう。
冗談とは言え残念と思う気持ちもある。だが、同じく若いうちに自由を謳歌するのが良いとも思う。って、俺もそんな偉そうにモノを言う程長生きじゃないっての。
「ぴかぴかー」
「ボタン、食べちゃダメだぞ。ちゃんとお日様に当てて、光を蓄えるんだ」
「む、たべない」
ボタンは、キラキラと光る石を頭上にあげて楽しんでいる。そこまで喜んでくれたなら買ったかいがあると言うものだ。
「ボタンさん、その石を後で借りたいんですけどダメです?」
「むり」
「即答ですか!」
「ボタン、ちょっとくらい良いじゃないか。別に盗られる訳じゃないんだから」
「……ん」
俺が諭すようにボタンへ言うと、おずおずと石をルーファへ渡そうとした。
「今じゃなくても大丈夫ですよ。宿で、光が無くなった後にでもお願いするです」
「んー、わかった」
ボタンは再び石を掲げている。そんな気に入ったか。
「んふー」
「前を見ずに歩くと危ないですよ」
「元々スライムだから、目は飾りなんだけどな」
「んじゃ、オイラに乗るか?」
「たのもう」
ボタンがユーリへと景気良く乗っかる。たのもうのニュアンスが別の意味に聞こえるがな。
日が暮れ、ラフィルの街並みがオレンジ色に染まっている。しかし、ディゼノと違って夜も店は開いてるから人は変わらず多い。
そんな人が流れて行く様子を見ていると、ガーベラが口を開く。
「日も落ちて来たしそろそろ戻ろう」
「くふわぁぁぁぁ……石見てたら良い時間になったな。オイラ眠くなってきた」
「猫は夜行性だろ」
「早めに夕ご飯食べて、お風呂に行くですよ!」
そうだ、銭湯だ。ラフィルの一大イベントを忘れていたとは不覚だ。
久々に湯船に浸かりたかったしな。ガーベラちゃん達とも風呂に入れるし最高じゃないか。
「よし!! 早く戻るぞ!!」
「いきなり元気になったね」
「どうせ碌でもない事を考えているのじゃろ」
いちいち一言多い婆さんだ。
俺は夜の一大イベントに思いを馳せながら、宿へと戻った。