私がいるって事は、滅びてませんから!
「じゃあモルセラさんはお仕事でここへ来たのですか?」
「ええ……まぁ、そんな所ですね。主人が魔物について……その、詳細を知りたいそうで」
「私も、魔物について調べていたんですよっ!」
「えっ」
「もし良ければ一緒に見ていきませんか?」
「いいですね! 1人より3人の方が捗りますよ」
「えっえっ」
流されるまま、モルセラはケイカのいた机へと座る。
(何故こんな事に……)
ただカルミアの権力を利用して書庫へと入り、面白そうな戯曲があるか物色しようとしただけであったのだが、まさかそこにオクナがいるとは思わなかった。
見栄を張って咄嗟に出任せ言ってしまった事を、早くも後悔していた。
「ケイカさんはどうですか? お探しの本は見つかりました?」
「全然ダメですねぇ。掠りもしません。でも、まだ奥の方に見てない物もありますので。オクナさんは?」
「私は黒い魔物の事半分、趣味で半分と言った所なので気楽な物ですから。ケイカさんのお手伝いをします。モルセラさんも、もしよろしければ一緒に調べますよ! 何の本を探しているんですか?」
(いや、知らんけど……)
自分から言った手前そんな事は言えず。モルセラは話を合わせる事にした。
「その、まぁなんというか、アレですね」
「アレですか」
「そう、私もその黒い魔物について調べようとしてまして」
黒い魔物はおろか、元凶を知っているのだが。
絶対にボロは出さない様に誓いながら、モルセラは続ける。
「王都が襲撃されたこともありまして、この国に安全な場所はありません。ですので、少しでも情報を集めて……その、対処出来ればなと思いまして」
「あの大きな魔物ですよね。あの時は大変でしたね」
なんとか話を誤魔化すと、モルセラは一冊の本を手に取る。
適当に選んだ魔物の調査記録だ。こんな物じゃなくて、もっと面白そうな冒険譚が良かったと心の中で毒づきながらもそれを目に通す。
「じゃあオクナさんはこの本からお願いします。犀人の記述があれば教えて下サイ」
「分かりました」
オクナは、本を手に取り読み始める。
1枚ページを捲った所で、思い出したかの様にオクナは口を開く。
「ケイカさんの事情は以前伺っていますので、なんとなく知りたい事は分かるのですが……犀人以外の記述にも目を向けた方が良いかもです」
「と、言いますと」
「例えば……その、酷い言い方になってしまいますが」
「構いませんよ」
なんとなく、何を言われるかは分かっている。ケイカにとって、とても酷く辛い事だと。
しかしケイカは、笑顔でオクナへと返答した。
「犀人が絶滅していた場合、その種族がいたという事すら記録に残らない可能性もあります」
「……」
「または、生きていた、生活していたと言う痕跡を発見した方や学者様に、別の名前を付けられてる。という事も有り得ます」
「なるほど、つまり」
「名前が伝わっていないだけで、きちんと記録は残っているかもしれません。もちろん、これは最悪の場合で、ちゃんと今も生きているのかもしれませんが」
自分以外の犀人が絶滅していた。なんて考えたくも無かったが、当然あり得る事だと思う。
ケイカが冒険者として活動している中、少しずつ自分の生きていた時代がどれほど昔の話だったかを理解していた。
恐らくストレチアが建国される前――300年以上は過ぎている。
それほどあれば、人と変わらない寿命であり、数も少なかった犀人が絶えてしまう事も有り得ない話ではない。
「……」
「その、ケイカさん。ごめんなさい」
「謝らないで下サイ。それは私も覚悟していた事なので。それに――私がいるって事は、滅びてませんから!」
確かに自分以外の犀人がいなくなったのは悲しい事だけど、それはそれとして、自分が生きていればどうにでもなる。強がりでは無く、本気でそう思っていた。
ハナと出会った事で、今まで以上に前向きになったのかもしれない。
「ですから、オクナさんも気にしなくて大丈夫です!」
「……はいっ! ケイカさん、頑張って見つけましょうね! 私も、出来る事があれば協力します!」
オクナは力強く頷くと、ケイカの手を取って激励した。
(なんか重い話してるな……)
モルセラは本を読むふりをしながら、二人の話を聞いていた。
人の話を盗み聞きする趣味は無かったが、目の前で話されたら聞こえるに決まっている。
種族の存続を懸けている様な話を聞くと、これ聞いてよかったの? と思ってしまう。
しかしモルセラは、そんな使命を持って生きているケイカを、少し羨ましいと感じた。
そんな視線に気づいたのか、ケイカがモルセラに謝ってくる。
「ごめんなサイ。声、大きかったですね」
「平気ですよ。随分と重い物を抱えているのですね」
「あはは、聞こえちゃってましたよね」
「ええ。もちろん、無暗に話を広めたりしないから心配しないで下さい。大変でしょうけど、頑張って下さいね」
そう返しながら、再び本へ目を向けるモルセラ。
これ以外にどんな言葉で返せば分からなかった。年頃の女の子と全く話さないので。
同世代とおしゃべりなんて、幼い頃孤児院で少しあったくらいだ。
カルミアから言葉や話し方は教わったものの、気の利いた会話など出来る筈もない。
「ありがとうございます! モルセラさんは良い人ですねっ!」
(良い人て。ただの社交辞令じゃない)
そう思いはするが、そんな言葉と共に屈託ない笑顔を向けられるのは不思議と悪い気はしなかった。
それから暫く、3人で話しつつ各々調べていく。しかし、中々それらしい情報が得られない。
ダレてきたので、ぐぐーっと伸びをして休憩しようとしたケイカに、オクナが話しかける。
「ケイカさん、ちょっと良いですか?」
「ん? どうしたんですか?」
「ここの記述なんですけど」
オクナは、ケイカが見やすいように本を広げる。少し色褪せて、所々皺になっている古い本だ。
その古い本に記載されている一文に目を通す。
『鋼龍の逆鱗に触れた一本角の獣人達が、呪いを掛けられる』
本の内容は、鋼龍と言う魔物の資料であった。
生態や生息地等、細かく記載されておりその中にこの一文に載っていたのである。
呪いを掛けられたとあるが、どのような種族か詳細は書いていない。だが、一本角の獣人と言うだけで大分絞られる。
「でも、私一本角じゃないですよ?」
「その大きな角であれば白骨死体であっても痕跡が残りますが、二本目の小さな角は、もしかしたら気づかないかもしれません」
考察しながらも読み進めていくと、どうやら鋼龍はストレチア王国内に生息していたようだ。
今は息絶え、その死体から大量の資材が取れ巨万の富をもたらしたと書かれている。
「場所は――ジアイスと書かれていますね」
「ジアイス?」
「ストレチア北部にある、鉱山の近くにある町ですね。王都から馬車で三日もあれば行けますよ」
そうモルセラが答えた。
カルミアが以前から『あそこ鉄臭くって嫌いなんだよねぇ』と、不満を漏らしていたので、聞き覚えがあったのだ。
「行けない距離じゃないですね」
「曖昧過ぎて期待は出来なそうですけど……」
「でも、これ以外は手掛かり無しですし。それに、色んな所へ行ってみたいと思ってましたから、丁度良いです」
鉱山が近いという事は、それだけ近くの町も活気があるだろう。
ハナの腕が直ったら、相談してみても良いかもしれない。
「それにしても、まさか魔物の本に載ってるとは思いませんでした」
「これ、モルセラさんが持って来た本ですよ」
「そうだったんですか! モルセラさん、ありがとうございます!」
「偶々載ってただけですよ。でも、力になれたなら良かったです」
「でも、どうして鋼龍の資料を選んだんです?」
なんか鋼龍とか、冒険譚に出て来そう。そんな適当な考えで持って来ただけである。
「あの黒龍さんじゃないけれど、龍が黒化したら手に負えないな、と思いまして。一応目を通していたのですよ」
「確かにそうですね。火竜も亡くなって、龍の生態も不安定ですし。一通り調べた方が良いのかも」
「でも、結構時間が経ってますよ」
「そろそろ、日が暮れる頃ですね」
それに、今日は目を酷使してもう本を読みたくない。そう言いたげに、ケイカは苦笑いする。
「じゃあ、戻りましょうか。モルセラさんはまだ残りますか?」
「ええ、もう少しだけ」
「それじゃあ、私達は出ます。またお話しましょうね!」
「はい。今日は楽しかったですよ。またお会いしましょう」
モルセラは、ケイカとオクナを笑顔で見送る。
「……ふう」
最後の言葉に、偽りは無かった。
実際少し楽しかったし、また会いたいという気持ちも湧いてくる。しかし、自身の置かれた環境でそれは難しい事も理解している。
さらに言えば、カルミアが何をするか分からない。揶揄われるだけならまだしも、ちょっかいを出してくる可能性もある。
黒龍はともかく、歓談し打ち解けたケイカやオクナに手を掛けるのはモルセラとしても抵抗がある。
今日の事は絶対にバレない様にしようと、モルセラは心に誓った。