絶世の美少女だから意図せず人と巡り合わせてしまうのだ
その後、ルーファとケイカを連れて中に入った俺は手ごろな机を見つけて髪を直してやった。
強力な助っ人の力もあり、時間を掛けずに俺達は外へと出る。
「ただいま戻りました!! 完璧です。カンのペキですよ」
「騒がしいのう」
「凄い勢いで顔に水をぶっかけられました」
「もう拷問だろそれ」
しゃきーんと目が輝いているケイカとルーファにドン引きしながら、シーラは俺に尋ねてくる。
「おい、水なんてどこから貰ったんだ」
「ん? それは――」
「儂が魔法で出したんだよ」
俺が答える前に、ギルドの中から一人の老人が現れる。
巨躯で鍛え抜かれた肉体を見せ、顔に傷を負っている如何にも世紀末みたいな強そうなお爺さんである。お前の様なジジイがいるか!
「昨日ぶりだな、ダイナ君、ガーベラ君」
「カンザギルド長」
この人が昨日話だけは聞いていた、マッチョな爺さんのギルド長であるカンザである。
最初はいきなり現れてビビったが、事情を説明すると魔法で水を出してくれた。こう見えても魔法使いなのである。
「イージュ、そろそろ騎士達がお見えになる。飯はまだだろ? 今食べとかんと、昼抜きになっちまうぞ」
「申し訳ありません、少し話が弾んでしまいまして」
どうやら大事な予定が控えていたようだ。つい話し込んでしまったな。
「すみません、お邪魔してしまって」
「いいえ! 私から声を掛けたのですからお気にせずに」
「カカ、イージュから切り出すとは珍しいな」
そう笑いながら、カンザは俺達の方を向く。
「さて、昨日聞いた話だと諸君らはディゼノからやってきたそうで。長旅ご苦労だったね」
「長いって言っても数日ですけどね!」
「国の端から中央まで来たんだ、旅と言っても良いさ。そして、ディゼノの事情はギルド伝手で伝わっているよ。魔族の襲撃があったそうだな」
こちらに近寄りながら、カンザは続けて話す。
「王都にも巨大な魔物の襲撃があり、ここラフィルでも、規模の大きい盗賊団に居座られていてな」
「はい、道中衛兵に教えてもらいました」
「そんな厄介事が続いていて国内は酷く不安定だ。そんな中で、犠牲を最小に抑え襲撃を鎮圧した諸君らには感謝している。もう何度も言われてると思うが、儂からも礼を言わせてくれ」
あの時はいきなり現れて、更に怒涛の展開が続いてあんまり鎮圧したって気にはならんがな。悪い気はしないけど。
「カンザさん、お気持ちは受け取りますが俺達だけって訳じゃないので」
「カカ、そうだがな。代表として受け取っておいてくれ」
笑いながら言うと、カンザはちらりとこちらを見る。
いや、俺じゃなくてリコリスだな。背が高いから目線が上になって分かりやすい。俺が小さいだけだって? そうだよ。美少女は小柄で可愛いのがデフォだからな。
「その耳、狐人の方ですかな?」
「まぁ、似たようなものじゃ」
「それは違うと言っているようなモンだ。ま、詮索はしないが最近変な事件が多い。あんまり思わせぶりな事を言うと疑われるからな、気を付けてくれ」
「存じておる。しかし、我は昨日来たばかりであるからな。絡まれたら絡まれたでとっちめるから問題あるまい」
問題大有りだから。せめて怪我させず無力化して衛兵に突き出してくれ。
「何かありましたら、私達にご連絡下さい。すぐさま対応致しますので」
「良い。この程度は些事である」
「ですが、ハナ様……皆様にご迷惑をおかけするのは忍び有りませんので。手一杯ご助力させて頂きます」
イージュはそう言って、リコリス……いや俺に頭を下げてくる。何故俺に言うのだ。
「数日滞在するだけだし大丈夫だろ」
「シーラ……数日中に問題起こすなよ」
「俺だけに言うなよ」
シーラがダイナの頭をぐりぐりしている。いちゃつきやがって羨ましい。
俺もいちゃつく為にリコリスに引っ付こうとするとボタンとケイカにガシッと掴まれる。なんだテメーら!!
「ハナさんの考えている事は分かりやすいです」
「ぐりぐり」
「ぐおお……もちもちしてて微妙に気持ちいい!」
そんな美少女達の戯れを、カンザとイージュは微笑ましく見ている。
カンザは孫を見ているかの様に、イージュはなんか熱っぽい目で。
辺りが少し暗くなった。日は落ちてないが、少し影の位置が変わったのだろう。カンザは空を見上げた。
大抵、こういうのは時間を確認してる時だ。時計が無いので、日の位置で大体の時間を割り出す。
「さて、出来ればじっくりと話をしたかったが……儂とイージュはこの後大事な用があるのでな。もてなす事が出来ないのだ」
「俺達も用事があるので大丈夫ですよ」
「カカ、そうであったか。2日後にはもう王都へ立つと言っていたな」
「そうですね、回復術師に用事があるので。王都へは歩いて向かおうと思うので馬車を借りに立ち寄る事も無いかと」
「ほう、そうか」
カンザは少し眉を顰めるも、その事を深くは聞いてこなかった。俺の腕を治すだけだから隠す様な事でもないけどな。
イージュが俺の方を見ている。用があるのお前だろみたいな目で見ないでくれ。なんか目が熱っぽいぞ。怖い。
「では、失礼します」
「カンザさん、お水出してくれてありがとうございました!」
「カカカ、達者でな。落ち着いたらまた来てくれよ」
「お気をつけて」
待ち合わせで使ってただけだが、何故かギルド長と知り合いになった。
絶世の美少女だから意図せず人と巡り合わせてしまうのだ。罪な美少女だな。
ギルドの建屋内へと戻ったカンザとイージュ。
開口一番、カンザはイージュへと尋ねる。
「あの狐人は?」
「本人も名前は仰っていましたが、リコリスと言う幻獣ですね。本部からも一報入っていたと思いますが」
「ほう、彼女がそうか」
一見人にしか見えないが、イージュにはその生物の本質が見える。
イージュの目には、リコリスが強大な獣の様に映っていた。
「気絶しかけました」
「カカ、よく耐えたな」
「少し視線を移したらハナ様と目が合いましてね。気が逸れたと言いますか」
ハナと言う少女。容姿端麗な少女であり、どう見ても戦えるようには見えない。
ギルド内の端で困っていた様なので声を掛けたが、ごく普通の少女であった。
「詳しくは聞いていませんが、ハナ様とリコリスは主従関係と見て良いでしょうね」
「主人の名までは聞いていないが、そうだろうな」
幻獣がモント山を離れた事はギルド伝手で聞いている。
ディゼノの街で冒険者をやっている事も聞いていたし、従魔になったとの報告も上がっていた。
「やはりあのお尋ね者と関係があるのでしょうか」
「狐人の情報もディゼノが発端だからな。予想の域を出ないが」
という事は、そのお尋ね者も幻獣である可能性が高い。
ただの人探しと違い、難易度が跳ね上がる。依頼内容は見つけ次第報告しろとの事だが、安易に依頼を貼り出していたら被害が出たかもしれない。
早まらなくて良かったとカンザは安堵した。
「それで、何故ハナ君が気に掛かる。確かに周りには珍しい種の獣人や精霊もいたから目に付くのは確かだが、そういう事ではないんだろう?」
「ええ、その。お恥ずかしい話なのですが」
眼鏡を少し触りながら、イージュはカンザの問いに答える。
「そっくりでして。私のお慕いする方に」
「……なるほど?」
「エルフ領の領主。ストレチアの歴にも度々登場するかのカルミア伯と。そっくりなのですよ」
少し熱が入った様にイージュは語りだす。
「あの人形の様な美しい顔。愛くるしくも整った等身。動作もまるで演劇の様に麗しい。正に天使と言っていいでしょう」
「おお……」
「更には幻獣や精霊を付き従えあの堂々たる振る舞い。しかし驕らず謙虚であり、自分の言った事は曲げないと言わんばかりの真っ直ぐな瞳。仲間から慕われ茶目っ気もある。当然、不敵で高貴なカルミア様も十二分に美しいですが……あの方はまた違った良さがあります」
「そう……」
「彼女との出会いは運命かと。無理強いはしたくありませんが、もし冒険者に興味がある様なら直ぐに私の方で手配を掛けます。望むなら特級冒険者に指名する算段も付けましょう。ああ、王都へ向かうと言っていましたか。六曜の皆様であれば不足は無いと思いますが、念の為に後数人冒険者をつけた方が良いですかね。それと、狐人の件は私にお任せください。あの方と関係があるのならば穏便に、且つ迅速に対応に致しますので」
「うん……」
息継ぎ無しで自身の心の内を吐露すると、イージュはギルドの奥へと向かった。
「では、打ち合わせの準備がありますので。ギルド長は休んでいて下さい、ここ数日は籠りっぱなしで疲れたでしょう」
「いやそれは大丈夫だが……飯は食べないのか?」
「もうお腹一杯ですよええ」
「そっか……」
以前より子供好き(マイルドな表現)である事は知っていたが、ここまで興奮していたのは初めて見た。
カンザは、疲れでストレスが爆発したのだと思う事にし、自身も疲れていたのもあってとやかく言う事はやめた。