美少女にはちょっと早いが大人ぶって入店し微笑ましい目で見られたいあの場所
ぷにぷにと頬を触られている感触で目が覚める。
ちらっと横を見ると、ボタンが俺の頬を指でつついていた。
シカトして寝ようとすると、それに気づいたのかぎゅっと抱き着いてくる。
「あーもう。わあった、起きまふよ……」
目をこすりながら起き上がると、大きな欠伸が出る。
昨日は結構長話してしまった。いつの間にか寝ていたらしい。
「おはようございます、ハナさん」
「くぁ……おふぁようでふ」
「ふふ、眠そうですね」
既にオクナは起きていた。身なりもバッチシ整っている。早いな、いつから起きていたんだ。
「髪がぼさぼさですよ。梳いてあげますっ!」
「……おねがいひましゅ」
オクナが颯爽とこちらのベッドへやってくる。
暫くぼけーっとしている俺の髪を、丁寧に整えて貰う。
手馴れているけど、誰かにやっていたのだろうか。
「昨日みたいに三つ編みにします?」
「んー……いや、片側に纏めちゃって下さい。そっちの方が楽だし」
サイドテールにして貰うと、今度はオクナも同じにしたいと髪を結ぶ。
うむ、美少女姉妹みたいで悪くない。
「ぼたんもやる」
「お前は髪短いから出来んぞ」
「んー!」
どうしてもやりたいらしいので、髪の右側辺りを軽く纏める。
ぴょこんと跳ねているが、まぁ変じゃないだろ。
そんな美少女三姉妹が出来上がった所で部屋を出る。
割と早めに起きれたし朝飯を食べるには丁度良い時間だろ。いつもお昼だからな。
下に降りると、既にリコリスとユーリ、そしてダイナが飯を食べていた。
「おはようございます」
「おーハナ、珍しいなこんな早く」
「おめーだっていつも昼まで寝てんだろ」
むしゃむしゃと朝飯と思われる柔らかそうなパンを食べながら、ユーリがいの一番に声を掛けてくる。
ライオンの癖に優雅な朝食キメやがって。
「ダイナ、ガーベラ達は?」
「二人はまだ寝てるっぽいな」
「シーラはともかく、ガーベラは珍しいですね」
「朝食は部屋に持って行って良いらしいから、後で届けてあげよう」
俺には分かるぞ。だって久々のベッドだし。そりゃ昼まで寝たくもなる。
「じゃあケイカとルーファも?」
「あやつらは夜遅くまで話していたからじゃな」
「婆さんは?」
「我は幻獣じゃからな」
謎理論だがまぁ良いか。
俺は席に着くと、タイミング良く朝食が運ばれてくる。
「上から降りてくる音が聞こえたからね。3人分で良いかい?」
「はい、ありがとうございます!」
パンと……これはなんだ、松の葉みたいなのが出て来たぞ。食えるのかこれ。
「トボの葉は苦手だったかしら?」
「いいえ、初めて見たので戸惑っただけですよ。トボっていうんですね。食べられるんです?」
「ええ。でも、少し苦いから苦手な子はいるわね」
食えるなら食うぞ。食べ物か疑っただけだからな。
いざ実食……う、確かにちょっと苦い。でも、全然イケるな。むしろ塩っぽい味付けで苦みが逆に癖になる。
「美味しいです!」
「うまい」
「ふふ、良かったわ」
ボタンがいつも通りむしゃむしゃと食べ始める。
その様子を見ながら、俺はリコリスへと声を掛ける。
「いつ頃に劇場へ向かうんだ?」
「昼前であったか。のう、ダイナ」
「今日は朝から設営して、午後からリハやるって言ってたからな。昼前に挨拶へ行くのが一番邪魔にならないと思う」
「りはー」
なら、少し時間があるな。ならば美少女になってやりたい事ランキング上位のアレをやるしかあるまい。
「よし、俺達は早めに出るぞ。飯前くらいに冒険者ギルド前に集合な」
「聞いておらぬぞ。ケイカ達はどうするんじゃ」
「無理に起こさんでもいいだろ。午後から一緒に行動するんだし」
野宿の時は見張りで寝不足だっただろうしな。
「俺達はもう少し宿にいるから、ケイカさんに言っておくよ」
「すまぬな」
「私、ちょっと様子見て来てますね。ガーベラ達も起こさないとですし」
そう言ってオクナが席を離れる。健気な子だ……って、飯食うの早いな。
「そんで、何処行くの?」
「美少女にはちょっと早いが大人ぶって入店し微笑ましい目で見られたいあの場所だ」
「なるほどわからん」
「行けば分かる」
ユーリにそう言って、俺はパンを齧る。
めっちゃ柔らかい。固いパンだけだと思ってたからありがたい。先人の知恵が生きていますな。
喜びと美味しさを噛みしめていると、ダイナが心配そうに声を掛けてくる。
「ハナ、西区は近寄るなよ。絶対問題起こしそうだから」
「近づかん近づかん。中央の方で安全第一に動きますとも」
「大体そういう事言ってる時は問題起こすんだよな」
「黙れケダモノ」
ユーリの口にパンを突っ込んで黙らせると、水を飲んで一息入れる。
「よし、もう少ししたら行くぞ。ボタン、きっちり身だしなみは整えておけよ」
「ん」
「忙しない娘じゃな」
時間は有限だからな。思い立ったが吉日という言葉もある。
俺はウキウキ気分で、苦いトボの葉をポリポリと噛んでいるのだった。
朝日が昇り、少しずつ街中が賑わい始める。
人の話す声が絶えないラフィル中央区にて、美少女がカフェで優雅に紅茶を飲んでいる。
「……」
物静かな、しかし気品溢れる動作。
まるで絵画が動いているような、絶世の美少女(本人の評価)。
「……」
「うまい」
その横でずるずると紅茶を飲んでいる黒髪の少女を無視して、儚げに笑みを浮かべながらカップに口をつける。
少し口に含み、目を瞑って味わいながら喉を動かす。
「……ん~、カプチーノ」
「いやこれ紅茶だろ」
思わずツッコミを入れる獅子を無視して、更に一口。
まるで、そこだけ世界が違うかのように空目してしまう程の美しさ。
「……」
「……いつまで続けるのじゃ、これ」
「もうちょっとだけ」
隣で乾燥させた果物を食べている幻獣へ返答しながら、紅茶を味わう。
前からやりたかった『カフェで優雅に紅茶を嗜む美少女』という念願が叶い、喜びを隠せないハナちゃんです。
サイドテールなので三つ編みの時よりもお淑やかな印象があるのもポイントですね。
「以前からやっておったではないか」
「違う違う、見慣れない土地でこう、何あの美少女!? どこの令嬢だ!? みたいな感じで見られたいの」
「下心が狡すぎるせいで毎回台無しなんだよな」
良いんだよ、まだ美少女やって半年なんだから。そう言うのは後々是正すれば良いの。
まずは形から入らないとな。
「んふー」
「せめてお前はもうちょっと綺麗に飲みなさい。ほら、口についてる」
ボタンの口を拭きながら、俺は改めて辺りを見回す。
ディゼノと比べて道が広い。それでも人でごった返すんだからやっぱ人口が違うんだなと実感する。
あっちは露店が多いけどこっちはそうでも無いな。お店がずらっと並んでてショッピングモールみたいだ。
北区もそうだったけど、こっちの方が近代的だな。
そんな雑多な所感を頭の中で述べていると、二人組の若い騎士が目に映る。
「オ、ナイスデザイン」
「どうしたんだ?」
女の方は見るからに姫騎士みたいな恰好だ。流石に水着みたいなアーマーではないけど、煌びやかだな。
逆に男の方はそこまでじゃないが、あからさまに強そうな雰囲気出してる。どんな雰囲気って? なんか強そうな雰囲気だよ。
「見ろよあの姫騎士様。超マブい」
「なんかキラキラしてて目に悪いな」
「フム」
ユーリは興味無い様だが、リコリスは目を細めて二人組の騎士を見ている。
男はどうでも良いが、女は中々可愛いぞ。
それにしても朝っぱらから街のど真ん中で何をしているのだろうか。
他の通行人も少し視線を向けてから直ぐにその場を通り過ぎる。
見た所、関わりたくないって訳じゃないが、一瞬目を引くも直ぐに興味が失せるって所だろう。
「恐らく王都から来た騎士じゃな。珍しくは無いが、ここだと些か浮いているから目を引くのじゃろう」
「良く知ってんな婆さん」
「以前、少しだけ見た事があるのでな。しかし、あれは――」
と、言葉を繋げる前に、男の方の騎士と目が合う。
取り合えずにっこりと美少女スマイルをくれてやると、つかつかとこちらへ向かってきた。
やべ、ガン飛ばしてるつもりじゃなかったのだが。
「なんかこっち来てないか?」
「そうだな。トラブルの予感だ」
「かぷちーの」
暢気に紅茶を飲むボタンをよそに、その騎士が目の前までやってくる。
うは、近くによると更に美形。ファンクラブとかありそうな甘いマスク氏ですよ。
「そこのお嬢さんとご婦人の方……少しよろしいでしょうか?」
「はい?」
「ム?」
声まで透き通るような聞き心地の良さである。
その後ろから、あの姫騎士っぽい人が付いてきた。
「サン、どうしたの?」
「いえ、そこで紅茶を嗜んでいるお嬢さんと目が合いまして。折角なので話を伺おうかと」
「そんないきなり……お三方、突然申し訳無い」
姫騎士が頭を下げてきたので、こっちも慌てて返答する。
「いいえ、そんなお気になさらず! どうぞ、丁度席が空いてますので」
「ええ。レギネ様、そちらへ」
「もう、強引なんだから」
普通に身分高そうたったので、腰を低くしながら丁寧に対応する。
やれやれ、こんな美形の騎士すらも落としてしまうなんて罪作りな美少女だわね。