オイラ、口の堅さは精霊界で一番だから
ケイカ、リコリスと共に部屋を使う事になったルーファは、ハナとの出会い話を二人へと話していた。
「――つまり、呪いを掛けられたお主を救ったのが主だと」
「そうみたいです。痛みで気絶していたので見ては無いですけど」
ラフィルの宿屋で出会った少女、ルーファ。
ハナの強引な誘いを受け、明日ルーファも一緒に行動する事となった。
「ハナさんが使ったのは恐らく解呪ですね。ハナさんならどんな呪術も打ち消せる程の力がありますし」
「そんなに凄いのですか!」
「呪いに関してはそうじゃろうな」
「今度見せて欲しいです」
「気軽に見せる物では無い」
ルーファが意外とポジティブな事に内心ホッとしながら、リコリスはベッドへ座る。
窓から見える街は、ぽつぽつと灯る宿の光によって夜道を照らされている。
夜になると店じまいをするディゼノと違い、ラフィルは日夜盛んに商いが行われているのだとリコリスは実感する。
「こうも明るいと、落ち着かぬのう」
「そうですか? 明るいと安心出来るじゃないですか。呪いを受けて眠っていた前はこんな明るく無かったですし」
「我は暗くても見えるからの」
「幻獣は何でもアリですね」
「幻獣でなくともその辺にいる獣も似たようなものじゃ」
夜の街を窓越しに見ながら、リコリスは呟いた。
「王都もここまで明るくは無いですよ。ラフィルの中央はもっとキラキラしてるです」
「一回見てみたいですね」
「数日前、狐のお姉さんと一緒に見て回ったですよ」
リコリスの耳がピクリと動く。
宿主が言っていた狐人の事であり、少しの間ともに行動していたとルーファは言っていた。
「その狐人、名前は分からないのじゃな?」
「聞きそびれたですよ。私は名乗ったのにつれないお姉さんです」
「フム……そうか」
元々、ハナの手首に負った火傷を治す為に王都へと向かっている。
本人に出会えれば……と、一瞬考えが浮かぶも、直ぐにそれを振り払う。
ふと横を見ると、その様子をケイカがじっと見ていた。
「心配はいらぬ。我とて、考え無しに会いに行かぬよ」
「でも、向こうから来る事だってありえると思います」
「その時はその時じゃな。前とは違い人もおるからの、あやつとてそう簡単には向かっては来るまいて。なに、よく似た別人の場合もある。むしろ、そっちの方が可能性は高いじゃろ」
リコリスは尾を丸め、ベッドの上で横になる。
以前と違い、人との関わりが増えた。しがらみも増え、自由に動く事は前ほど出来なくなったが……それを踏まえても、心地良さを感じていた。
ハナやケイカと出会い、少しずつ考え方が変わっていっているのか、それともアウレアと出会った時に変わったのか。
一人で山に籠っていた時とは打って変わり、目まぐるしく騒動が起こるこの状態も、リコリスはどこか楽しく感じていた。
「……お姉さん達、喧嘩してるですか?」
「お姉さんという歳ではない。婆で十分じゃよ」
「じゃあ、お婆ちゃんで! それで、喧嘩してるですか? 狐人同士仲良くしなきゃ駄目ですよ」
「狐人ではない。あやつは我の娘。正確にはどちらも幻獣じゃ」
「親子なら尚更じゃないですか!」
その言葉に、リコリスはくすりと笑った。
ハナと全く同じ事を言っている。そう単純な話では無いが、どこか無視できない純真さがある。
「リコリス様、私だってそう思いますよ。直ぐにお話は出来ないまでも、動けなくして雁字搦めにしてからなら会話できますから」
「人の娘に凄い事言うなお主」
「あの性格じゃ、そうでもしないと絶対殺し合いになりますから」
実際に殺し合っていたので返す言葉も無い。リコリスは無言でケイカの言葉に頷く。
「こ、殺し合い……」
「これ、ケイカ。娘が怯えておるぞ」
「すみません。よしよしルーファさん、今夜は一緒に寝ましょうね~」
「狭いから嫌です……何故人のベッドへ入って来るですか!!」
「騒ぐと迷惑になるからやめい」
そんな騒がしさすら心地良く感じながら、リコリスは目を瞑る。
道中、正体不明の尾行者がいた為、眠る事はしない。幻獣は数日程度なら睡眠を取らなくても支障は無い。
部屋の外まで警戒をしながらも、アウレアとどのように向き合っていくか反芻させながら夜を過ごした。
「……という感じに、オイラは生まれてきたワケよ。どうだ、感動的だろ?」
「植物がいきなり喋れる様になったり、いきなり獅子になったり脈絡が無さすぎてそれどころじゃないな」
(デタラメな生き物ね)
「そういう事言うなよ!」
ダイナはハナから託されたブラシを使い、ユーリをブラッシングしながら話を聞いていた。
しかし、半分も理解できない為に相槌をうつことしか出来ない。
「ダイナはどういう生まれなんだ? ハナと一緒の所なんだろ?」
(言える訳ないでしょ。調停者の情報はトップシークレットなんだから)
「そう硬い事言うなよ~友達だろ?」
「ユーリは、ぽろっと言いそうで危なっかしいんだよな」
そんなダイナの言葉に、ユーリはごろんごろんと床を回りながら返答する。
「そんな事無いって。オイラ口の堅さは地元一だったし」
「まだ生まれて間もない奴が何言ってるんだ。というか、毛が舞うからゴロゴロしないでくれ」
ユーリはのそりと立ち、ベッドへと上がる。
「ま、良いけどさ。ハナもそうだったけど、何でも吐き出せるヤツが一人くらいいた方が良いぜ。溜め込むと辛いだろうしな」
(獅子なのに変に気を遣うのね……心配しないでも、その為に私がいるんだから平気よ)
「ハナにも会えたしな。これから頼る事もあるかもしれないから、友好的にしたいもんだ」
周りに人がいる分、話を切り出し辛いのは仕方が無いのだ。
だが、事情を知っている知り合いがいるだけでも幾分か気が楽になる。
「そうだな。じゃあ俺のスキル……【古生物学者】についてなら教えられるぞ」
(それも稀少なスキルだし、あんまり触れ回って欲しくないのだけど)
「まあまあ、名前の通りなんだし危険なスキルって訳でも無いんだから」
【古生物学者】。古生物の学者として活動していたダイナが、そのままのがあるじゃん!! と真っ先に選んだスキル。
しかし、想像に反してとても攻撃的なスキルであったため、持て余していた。
「まさか、古代生物の知識を元にその力を模して攻撃するスキルとは……」
(何言ってるの! その他にも沢山の有用な能力が秘められている凄いスキルなんだから!)
「俺はてっきり探索するのに有用な能力とか、あわよくば古生物の復元出来るような能力があるのかと……はあ」
(露骨にガッカリしない!!)
生前の夢は新種の恐竜を発見し名づけをする事。なんて子供染みた夢であったが、それがそのまま将来の職業になるぐらい、熱意は本物だった。
ダイナは発掘調査の際に、運悪く落盤事故で命を落としここへと転生した。
「まぁその……ドンマイだな!!」
「雑な慰めありがとう。でも、諦めちゃいないさ。いつかこの世界の古代生物も明かしてやる。ストレチアで論文出すんだ」
(前の世界と違って魔法があるんだから大して進化なんてしてないでしょ。環境もそんな変わって無いし龍だっているし)
「そんな事無い!! 例えば龍が人へ変化できる能力はほぼ確実に後天的な物だし、シーラの体の構造ひとつ取ってもだな」
(わかった! わかったわよ! 悪かったから!!)
一度語ると止まらなくなるダイナ。途中では止められなくなるので、リオンは必死に止める。
「なんだかんだお前も面白いんだなぁ」
「面白いとはなんだ」
「ハナも毎日楽しそうだし、その調停者とやらは明るい奴が多いのかな?」
「いや、人それぞれだよ。まだ二人しか会った事無いけど」
その言葉に、ユーリは一瞬首を傾げる。
「あれ? ハナ以外にもいるんだ」
「ああ。王都で今も元気に活動してるよ」
「同じ調停者なんだからハナにも教えてやればよかったのに」
「そのつもりだったんだが……まぁ、結局会う事になるだろうしな」
「そうなのか?」
ベットに仰向けで倒れると、ダイナは話を続ける。
「実はハナが会いに行く【回復術師】が調停者の一人なんだ」
「ほーん」
「しかもめっちゃワケワカらん性格でな……疲れるから怪我してもあんまり診て欲しくないというのが本音だ」
「なるほどな~そりゃハナには言えんわ。絶対ゴネるし」
「だろ? ハナが自分から決めた事とは言え、話をややこしくしたく無いからな。ユーリも黙っててくれよ?」
「おう、任せとけ。オイラ、口の堅さは精霊界で一番だから」
(アンタ、他の精霊と会った事無いでしょ……)
リオンは不安に思いながらも、ダイナに腹を割って話せる相手が増えて良かったと安堵する。
調停者は機密事項が多い。それが転じて人と関わらなくなる孤独な人間も多い。それが祟って、心を壊す者もいるからだ。
『六曜』の面々がいればそれも大丈夫だと思っていたが、ハナやユーリがいれば安心だろう。
リオンはそう考えながら、ダイナとユーリの楽しそうな会話を聞いているのだった。