絡まれてびくびくする美少女も偶には良いが…
暫く色んな服を着せ替えして大満足の俺は、まだ王都に行ってないにもかかわらず数着買いこんでしまった。
荷物が増えるが、基本は馬車に乗せるので問題無し。移動中はユーリに持ってもらうし。
「いや、限度があるだろ! なんで全員分持たなきゃいけないんだよ!」
流石に多いと思ったが、割と楽々持っているのでつい持たせてしまった。
「器用に蔦使いやがって。洗濯物干してるみたいになってんぞ」
「こうしないと持てないし」
「人に当たっちゃいません?」
「そう思うなら自分で持ってくれ!」
なんかどんどん引っ掛けて、バランス崩して倒した奴が負けみたいなルールのボードゲームを思い出したぞ。
仕方ないので各々自分で持ち直し、冒険者ギルドの前へと戻る。少し早いが、真面目に仕事してる奴を待たせるのも悪いからな。
流石にダイナ達はまだいなかったので、暫く待つ事に。
そして開口一番、ボタンがいつもの台詞を吐く。
「おなかすいた」
「お宿に戻ったら食べられるから、我慢しなさい」
「どんな宿を取ったのですか?」
オクナがそう聞いてきたので、ざっくりと説明をする。
「風呂は無いのか。久々に入りたかったんだがなー」
それを聞いたシーラがそう言葉を漏らした。
まぁ無いのが普通だが、ここ最近歩いてばかりだったから俺も湯船に浸かりたいなとは思ってた。
「流石に道中は水浴びか、体拭くだけだったからなぁ」
「北区に銭湯があるそうですよ」
「ほー、そんなんあるんだ」
銭湯があるとは。現地の人が思いついたのか、俺の先輩が触れ回ったのかは知らんが、風呂の文化がきっちり根付いているのは良い事だ。
「セントーってなんだ? 誰か戦うのか?」
「金払えば使える広い風呂の事だよ。うちにある風呂の何倍も大きくて、開放感がありまた違った良さがあるのだ」
「へぇ~、オイラも入ってみたい!」
「お前は多分無理だぞ」
「マジかよぉ!」
流石にライオンは無理なんじゃねえかな……一応聞いてみるけど。
下手に期待させても可哀想なので、予めダメそうだとは言っておく。
しかし銭湯か、行かない手は無いな。北区だから近いし。そんな高く無いだろ、多分。
「明日辺り行ってみるか」
「良いですね。劇の公演は明後日ですし、明日は長旅の疲れを癒しましょう」
「俺は魔物の討伐依頼受けたいんだがな」
「張り切りすぎだろ」
大体、盗賊団がいるからそういう依頼あんまり無いんじゃなかったか。
そんなやる気十分なシーラの肩を、何者かが後ろから掴む。
「そんなに依頼がしたいなら、手伝えば良かったのに」
「……ガーベラ」
いつの間にかガーベラが居た。気づかなかった……そう言えば、戦闘中もどことなく気配が薄くいつの間にか現れて敵の背後に回ってるなんて事が何回かあったな。
シーラの肩をむにむにと揉みながら、ガーベラは続けて言った。
「明日はお休み。数日馬車旅で皆疲れてる」
「動かねえんだから大して疲れねえだろ」
「人と龍じゃ勝手が違う。長時間の移動は、人にとって負担になる」
淡々と言いながら、むぎゅーっと肩を掴んでいる。肩こりそうだもんな、シーラ。
「うお……はいはい、分かったよ。明日はちゃんと休むって」
「分かれば良い」
シーラがそういうと、ガーベラが肩から手を離した。仲良いなこいつら。
そんなイチャイチャの後ろから、ダイナが現れる。
「随分早いな」
「主らこそ、大分早いと思うがの。手伝っておったのだろう?」
「依頼とはいえ、搬入作業だけだったからね」
ダイナは肩を回しながら言うと、俺らの荷物に目を向ける。
「随分買ったなぁ。まだ王都についてないぞ? 持って帰る時大変じゃないのか?」
「へーきへーき。最悪リコリスとユーリが全部持つ」
「たわけ」
ま、この後は調子に乗って買い過ぎないようにしないとな。
それから俺達は、ちょっと早いが宿に向かう事となった。
冒険者ギルトからラフィル北区へと向かいながら、火竜劇団の事を聞く。
「実際どうなのよ、火竜劇団とやらは」
「俺も見るのは初めてだけどな。劇団員自体は10人くらいなんだけど、人だけじゃなくて魔物も居たぞ」
「ほー、魔物使いもいるんだ」
「フロクスさんが一人趣味がてらやってたことを、事業化した様な成り立ちらしいからな。元々の知り合いも多いんだろ」
演者に人以外を用いるのはあまり聞かないな。探せばあるんだろうけど。
「彼ら以外にも劇団はあるけど、主流の演目は恋物語らしいぞ」
「ラブロマンスか。あんま興味ないな」
「顧客狙うなら貴族の、それこそご婦人が良いだろうからな」
リピート狙うならその辺の金持ちな奥様なのだろう。それなら冒険譚よりも、恋愛物を演じた方がウケが良いのかもしれない。
「だけど、火竜劇団は主に冒険譚を演目に入れてるらしい」
「名前からしてそうですもんね! 火竜ってくらいですから」
「あいつはそう言うの大嫌いだけどな」
欠伸まじりにシーラはそう言った。
「シーラさんは知り合いなんですか?」
「ヴィルポートにいた火竜の事なら、そうだな」
「やっぱドラゴン同士で交流あるんだ」
「そんなんじゃねえ……が、アイツは竜にしては珍しく温厚な奴だったからな。良くも悪くも交流は多かっただろうさ」
ヴィルポート……と言えば、あの骨の龍か。俺としてはあれが初対面だから印象はあんまり良くないが、生前は人にとって良い竜だったのだろう。
「フロクスさんは、火竜と友達のような付き合いをしていたらしくてね。劇団の名前も、その繋がりからだそうだ」
「成程のう」
今回の演目は、その火竜も登場する。
火竜と人が手を合わせ、幾つもの障害を乗り越えて街を興す……ヴィルポートの成り立ちを演じる様だ。
歴史物だな。ちゃんと戦う描写もあるらしい。
「実は新作で、ラフィルの公演が初になるんだって」
「マジか。楽しみになってきた」
「そう思うのであれば、明日は大人しくしておくのだな」
「分かってるって、全く保護者ヅラしやがって」
明日は色々見て回るのだ。西区は危ないと聞くので、東区寄りに攻めるか。
東区は確かメッチャ偉い人が住んでいるのだとか。治安は良さそうだが、貴族に絡まれそうでそれはそれで怖い。
絡まれてびくびくする美少女も偶には良いが…今回はやめておこう。
俺がわくわくしながら明日の事を考えていると、ガーベラがダイナへと声を掛ける。
「ダイナ」
「……ああ、分かってる」
「フム」
今のやり取りだけで、なにやらリコリスは感付いたらしい。
耳をぴくぴくとさせて、普段のしかめっ面を更にしかめている。
(恐らく、何者かが我々を見ているのかと)
(セピアも分かったのか)
(ガーベラさんもリコリスさんも辺りを気にしているようなので)
(んー、この辺植物少ないからオイラには分からんなぁ)
俺も全然分からん。でも、こいつらが分かってんなら良いだろ。
ボタンも警戒して、俺の近くへと寄ってくる。
「ぼたんがまもる」
「頼もしい限りだ」
ぽんぽんとボタンの頭を撫でながら、前へと歩く。
別に手を出してこないなら問題無いが……いやまて、宿屋に危害が及ぶのはマズいわ。
こんな人がいっぱいいる中で、暴力沙汰なんてやるとは思いたくないな……不気味だ。
「冒険者になるとこんな事しょっちゅうあるのか?」
「こんな街中で後をつけられるような事は無いですよ」
そりゃあったら衛兵さん大変そうだしな。
「俺はあるけどな」
「お主は魔物じゃからのう」
「貴様もだろ」
「我は幻獣じゃ」
「同じだろ」
「違う」
何良い歳した奴らがそんな事で言い合ってんだ。……まぁ、喧嘩するくらいの余裕があると安心するべきか。
俺は小声でリコリスへと聞く。
「で、どうすんだ」
「何もなければそれで良い。このまま宿へ向かうぞ」
「宿屋に迷惑かけないか?」
「襲撃する程の相手では無い。尾行にしても杜撰じゃからのう、問題あるまい」
やれやれ、久々のお布団だからぐっすり眠れるかと思ったのに……ホントはた迷惑なストーカー野郎だ。
この後も警戒しながら歩くものの、何事も無く北区へと辿り着くのだった。
ハナが北区へと向かう少し前。
モルセラは王都から半日ほどかけて、ラフィルへと辿り着く。
(結局、碌な変装も出来なかった……)
ラフィルには組織としての知り合いもいるので、極力存在を隠す必要があった。
出会ってどうなる訳でもないが、礼の人形師の弟子がいる情報を齎したのもその人物だ。
カルミアとも面識があり、どういう形で漏れるか分からない。
最悪、その少女を探す名目でラフィルに赴いた事にすれば良いが、カルミアは嘘を見抜くのが得意だ。普通にバレるだろう。
(しかし……!! 此度の劇だけは見逃せないっ!!)
王都でも頻繁に公演される演劇。しかし、どれももう数十回は見ている演目だ。
だが、『火竜劇団』はどれも目新しい演目で度々話題になる。
その『火竜劇団』の新作が、ラフィルで公演される。モルセラにとって唯一の楽しみである演劇を前にして、居てもたっても居られなかったのである。
モルセラはラフィルの門を通ろうとすると、衛兵に呼び止められる。
盗賊団が蔓延っているとの事で、通門を厳しくしているのだとか。
(もし火竜劇団の公演を邪魔しようものなら――)
モルセラは一瞬だけ殺意を巡らせるものの、直ぐに落ち着きを取り戻す。
目の前の衛兵が、どう見ても疑いの目を向けている。まぁ、サングラスにマスク付けているから当然だが。
その衛兵に、爵位を持つ者だけが所持できる通門証(カルミアのを拝借した)を見せると、衛兵は慌ててお通り下さいと道を開ける。
それはそれで良いのかと思いながらも、モルセラは門を通り抜ける。
(何人かに見られてたな……まぁ、門外だから平気だよね)
なんなく街の中へと入る事が出来た。しかし、通り過ぎる人々がこちらを見てサッと顔を背ける。
流石に不審者と思われるかと、モルセラは自身のコーディネート能力に失望する。
後で服屋に寄らなければ……等と、昼食を済ませながら午後の予定を決めた物の、欲望を優先しまずは劇場へと向かう。
公演は2日後と聞いているが、今回は爵位を持って席も指定できるカルミアに連れてきてもらう訳では無く、いわば一般の人間として見る為、一度見ておかないといけない。
場所の把握。劇が見やすい位置などは当然知っておかねば。
いつになくやる気に満ち溢れたモルセラが会場へ入ると、そこに見知った顔がいた。
(六曜……何故ここに)
フルメンバーではない物の、リーダーのダイナと、犬人のレンジャーが火竜劇団と共に道具を持ち運んでいる。
差し詰め、ギルドで依頼を受けたのだろう。なんて羨ましい……と思いながら、モルセラはそっと後ろへと下がる。
(別に彼らと会って不都合はないけど……)
面倒事が嫌なモルセラは今回、極力知り合いを避けたい。
最低限知りたい事も知れたので、そのままモルセラは、そそくさと退散する。
やっぱり顔が目立つので、もっと自然な変装が良いとモルセラは服屋へ急行する。
数十分捜し歩いて、やっと見つけた服屋だったが――
「ぐごおおおおおお……ぐごおおおおおお……」
何故か店の外に、大きな獣型の魔物がいる。
警戒心などまるで無いかという様に、大きないびきをかいて丸くなっていた。
腕輪が見えるので従魔なのだろうが、普通服屋の前にドンと置いておくだろうか……。
「あーん、もう食べられないよむにゃむにゃ」
しかも人の言葉を話した。というかなんだそのベタな寝言は。昨今流行りが廃れた演目でもそんな事は言わない。
関わらない方が良いと判断し、横を通り過ぎる。
中を覗くと、意外と広く種類も多いので、ついつい色々見てしまいそうになる。
1着のドレスが目に映る。以前、カルミアから「みすぼらしい服だと僕の沽券に関わるからね」と、何着か買ってもらったのを思い出す。結局余り着る機会は無いが。
そんな事を思い出していると、横から視線を感じる。
ふとそちらを見ると、そこには――
(カ――カルミア様……!?)
隣に、カルミアと瓜二つの少女がいたのだ。
一瞬呆気にとられ、ついバッグを落としてしまう。
「あの、大丈夫ですか?」
「……はっ、いえ、だ、だ、大丈夫です!」
動揺を見せてしまうとは迂闊だった。直ぐに気を取り直し、バッグを拾う。
余りにも似ているのでつい驚いてしまったが、良く見れば女の子だし、カルミアとは無縁だろう。
「私が余りに美しすぎて驚いてしまった……そうですね?」
「っ!?」
その言葉を聞いて、モルセラは硬直してしまう。
そんな阿呆な言葉は、カルミア以外に聞いたことが無かったからだ。
「ちょっとハナさん、迷惑かけちゃダメですよ!」
「かけてねーよ!! この人が俺を見てめっちゃ感動してるだけだ」
「また訳分からない事を……ごめんなサイ、この子すぐ暴走する癖がありまして――」
後ろから、折れた角が特徴的な獣人の女の子が謝罪をしてくる。
モルセラは、はっとして意識を戻し言葉を返す。
「いえ、お気になさらず。こちらこそ申し訳ありませんでした」
モルセラはそう言った後、急ぎその場を離れた。
カルミアはエルフであり、顔立ちが端正なエルフからしても幼く、可愛らしい印象を受ける。
そんなカルミアに瓜二つの存在。親族はもういないと本人は言っていたが、もしかすると――
(い、いや。落ち着いて。この国居るエルフですら貴重なのに、更に儀式を行わないエルフなどカルミア様くらい。偶々、途轍もなく似た女の子が居ただけの話よ)
屋敷の仕事をサボり、出かけている負い目があるので過剰に反応してしまったが何てことは無い。
2日後の公演が終わったら直ぐに王都へと戻るし問題無いと、モルセラは自分に言い聞かせて服屋の外へと出た。
(……何も買ってない)
更に店を探すのに、モルセラは数時間費やした。
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