口が悪い狐人
あれから二日後。俺達はラフィルへと辿り着いた。
ワイバーンに襲撃されるなんて事は無かったが、何度か魔物の襲撃を受けた。主に鳥類の魔物だ。
冬から春にかけて、住処を変えるべく集団で移動するらしい。
気が立っているので、人も襲う。群れだし数が多いから皆で撃退しないとダメかな~なんて思ってたけど、シーラがやる気出し過ぎてほぼ一人でカタしてしまった。
ケイカやガーベラが全部取るなって言ってめっちゃ問い詰められてたな。俺は面倒だったから都合が良かったけど。
「すげー行列出来てんな」
「人が減ったって言ってたけどまだまだいるんだね」
門の前で人がごった返してる。ディゼノ以上だわ。
盗賊団の影響で通過時の検査が厳しいとの事だ。
「冒険者は身分証があるから良いとして……ハナとボタンはどうするか」
「子供だから平気なんじゃねえの」
「流石にそんな緩いとは思えないがなぁ」
「大丈夫だよダイナ。王城ならともかく、ラフィルはそこまで厳しくない」
ガーベラがそう言う。自信有り気だし、問題無さそうかな。
どうしたって俺やダイナは元の世界基準で考えちゃうからな。国にもよるが、赤子から老人まできっちり把握されてる現代とこっちじゃ感覚が違うだろうさ。
「ユーリは?」
「首輪と腕輪あるし平気だろ……たぶん」
「オイラ外で野宿なんて嫌だぜ。地面だと安眠出来ないよ」
獣の癖に何言ってんだコイツ。
「平気だ。最悪お前上から飛んで中に入ってこい」
「無茶言うなや!!」
「壁の上には魔法陣が敷いてあるから危険ですよ……」
オクナが言うにはヤバい殺傷力の光魔法が積まれてるらしい。
殺意高すぎだと思わんでもないが、これくらいやらないと侵入者が後を絶たないらしい。
「あっ、でも見て下サイ! 他にも魔物連れてる人いますよ」
「マジか、どれどれ」
ケイカが指し示す先を見ると、デカい鷹みたいな魔物が佇んでいる。なんかここ最近鳥ばっかだな。
その鷹の足元に、男が何やらリングを付けている。あの男の従魔らしいな。
それにしてもすげー格好良いなアイツ。羽繕いをしている姿もどこか威厳がある。
「お前もあれぐらい威厳出せんのか」
「ユーリくんは喋らなければ威厳たっぷりだけどね」
「へへ、照れるぜ」
褒めてないんだが当人が満足そうなのでスルーして、デカい鷹を見ながら順番を待つ。
……おお、なんも問題無く鷹が中に入ったぞ。めっちゃバサバサしてる。
そんな調子で次々と中へ入っていく。
偶に弾かれる人もいるけど、明らかに怪しい……というか、荒くれ者って感じのヤツが大半だ。
そろそろかな~なんて思ってた時、サングラスとマスクで顔を隠した女が門へと近づいていく。
見るからに怪しいんだが、果たして入れるのだろうか。
案の定、兵士に訝しげな目で見られている。
こりゃアカンかもなと思って見ていたら、女性が何かを見せた途端、兵士がペコペコし始めてスッと通してしまった。
「通れるんかい」
「え? どうしたんです?」
ケイカが聞いてきたので、その女の事を話す。
「う~ん……後ろ姿しか見えなかったんですが、服は普通ですよね」
「服が普通なのになんであんな顔面だけ超重装備なんだよ。ロメリアかよ」
どこかの令嬢なのか要人なのか知らんが、顔隠してるのにバラしたら意味が無いと思うんだが。
その女性の後姿を見ながら、そんな事を考えていると馬車が動き出す。
遂に門の中に入った……と思ったら、直ぐに終わった。
ユーリの時だけ何回か質問されたが、首輪があるのとユーリ自体喋れるからスムーズだった。兵士さん超びっくりしてたけど。
ともあれ、何事も無くラフィルに入れてよかった。
それから俺達は、ラフィル中央区へ向かい馬車を冒険者ギルドへ向かう。
「俺達はこれから積み荷を届けようかなと思ってるんだが、ハナ達はどうする?」
「んー、そうだなぁ」
火竜劇団とやらを見てみたいという気持ちと、ラフィルの街を散策したいという気持ちで葛藤している。
俺が悩んでいると、ケイカが思いついたように口を開く。
「私達はお宿を予約しに行きませんか。まだお昼前ですけど、早いに越した事は無いですから。ダイナさん達の分も取っておきますよ」
「それは助かるな」
確かに分担した方が良いな。ラフィルも人が少なくなっているとは聞いてたがこの様子だと普通に宿は埋まりそうだし。
そういう訳で、夕方頃までダイナ達と別れる。集合はまたギルド前という事になった。
「それで、なんで婆さんはぼけーっとしとるんだ」
「……ム? いや、何でもないぞ」
珍しくリコリスがぼーっとしていたので、つい聞いてしまう。
腹でも減ってんのかと思いきや、何か気になるようでラフィル西区の方をじーっと見ている。
「何か気になる事でもあるのか?」
「何でもないと言っておろうに。宿を取るのであったな? 早くせぬと埋まってしまうぞ」
「まだ大丈夫だって。飯食ってからでも平気だよ」
「めし!」
ボタンがしゃきーんとして、ぐいぐいと手を引っ張ってくる。
こうなると手が付けられん。まずは飯を食いに行くか。
「よーし、なんかうまいもん探すぞ。屋台の串焼きとか買い食いしたい!」
「露店はどの区画にもあるみたいですね」
「じゃあ、宿屋がある方に向かいながら適当に買うか」
リコリスの事は気になったが、俺もラフィルの店に興味津々な事もあり、その事は直ぐに頭から抜け落ちた。
ボタンに急かされるように、俺達はラフィルの街へと繰り出した。
「フランクフルト(のようなもの)、パーム(前ロメリアが頼んでたピザみたいなやつ)に謎肉の串焼き。ハンバーガーに新鮮な果物!! フッ……まさに買い食いを満喫しているな」
「んふー」
「主よ、あまり食べ過ぎるでないぞ」
だってお祭りみたいに色んな屋台があるんだもんよ。そりゃ買っちゃうよ。どれも美味いし。
リコリスだってそんな事言ってるけど、久々に出会えた苺を凄い勢いで消費しているしな。
そしてボタンはいつになくご満悦だ。これで暫くは大人しいだろう。
「そろそろ宿を探しましょうか。ダイナさん達が言うには北区の方に沢山あるって」
「ほれボタン、あーん」
「あーん」
「聞きなサイ」
グイっと顔を掴まれる。良いだろちょっとくらいイチャイチャしたって。
「オイラも入れる所にしてくれよな!!」
「分かってるよ。図体デカいから入口もデカい所選ばないとな」
さっきも魔物連れてる人見かけたから従魔OKな宿もあるだろうけど、探すの大変そうだなぁ。
どうせならギルドで聞いてくれば良かったかと思いつつも、俺達は北区へと移動する。
北区は中央と比べて人が減る物の、それでも行き交う程度には人が集まっている様だ。
これで少ないんだから普段どれだけいるんだって話だな。
「この辺全部お宿か。すげーな観光地みたいだ」
「大きい街ならこれくらいは普通じゃな」
「王都はもっと多いんですかね」
人口どんなもんなんだろうな。魔物はいるが戦争はやってないって聞くし増えてるのだろうか。
ここ見ただけだと前の世界とそう変わらなそうだけどなぁ。
「色んな宿があるな。あそことかどうだ、可愛いねーちゃんがいっぱいいそう」
「もう、あれは宿じゃないでしょう」
キャバクラみたいな所があるぞ。しかも獣人専門店。い、行ってみてぇぇぇ……!
時間あったらダイナ誘って行ってみたい……いや、行くか。三日もあるんだ、これくらいはしゃいでも良いだろ。はい決定。
心の中でそう決心しながら、今日泊まる宿を探していく。
新築ぴかぴかな所から古びて潰れそうなのまでホント色々あるな。
「お、ここなんか良いんじゃないか?」
「少し老朽しておるが……確かに、気品を感じるのう」
古めのお宿だが、大き目だし小綺麗だし、雰囲気が良さげである。
なんとなく目についただけだが、ここで大丈夫そうなら決めちゃっても良いかもしれない。ペットOKなら良いんだがな。
「あらいらっしゃい。随分可愛らしい子達だねぇ」
扉が開いているので遠慮なくお邪魔すると、恰幅のあるおばちゃんがどーんと立っていた。宿主さんだと一目で分かる。
可愛らしいと言われて気を良くしながら、俺は挨拶し返した。
「随分早くから来るんだね」
「埋まっちゃう前に予約しちゃおうという魂胆です」
「そうかい。ここ最近は人もまばらだからそんな心配は無用だよ」
優しそうなおばちゃんだ。安心感のある笑顔で出迎えてくれた。
俺がほっこりしていると、ケイカが話を進める。
「人数はここにる4人と1匹、後から4人来るので8人を2日分……あっ、この子は大丈夫ですかね?」
「あらま、大きな猫ちゃんだねぇ。柱や床を爪でガリガリやらないなら大丈夫だよ」
「大丈夫ですっ! 毛もきっちり掃除して行きます!」
よし、ユーリ問題クリア。ここからなら割と中央区も近いし例のお店も近いしで出来るならここが良かったんだ。
「じゃあ8人と1匹か。全員女の子かい?」
「1人だけ男ですね」
「あらまぁ……お部屋はどうするんだい?」
あらまぁ……に意味深な物を感じたが、俺も最初はそんな感じだったので何も言えない。
部屋は2人部屋と3人部屋だけだったので、3、2、2、2で分ける。
六曜がどんな感じでいつも寝泊まりしてるのか知らんが、一応ダイナとユーリで1部屋という事にした。
「じゃあ合計で4部屋ね。食事はどうするんだい?」
「夕食と朝食頂けますか? それも2日分でお願いします」
「まいどさん。正直、最近は人が来なくて食材を余らせてたから助かるねぇ」
さっきも言ってたが、あれだけ人が歩いてるのに宿に泊まる人は減ってるらしい。どれだけあるんだ宿。
「この後、少し出かけるんですが」
「日が落ちきる前に食事を作るからね、その頃には戻っておいで」
「分かりました」
よし、とりあえず寝泊まりする場所は確保できたな。意外と早く見つけられたから、色々見て回れるぜ。
ともかくまずは服屋だろ。飯買うついでに何件かあったから絶対行かなくては。
「宿主。慌ただしくてすまぬな」
「気にしてないさ。そんな事よりもアンタ、ほんと美人さんだねぇ。狐人ってのはどの子もこんな綺麗なのかしらねぇ」
頬に手をやって羨ましそうにおばちゃんが言った。
確かにリコリスは美人だが、幻獣なんだよな……本物の狐人って見た事ないわ。
「この間、狐人の子が来たんだけどねぇ、その子も特別美人でね。ちょっと口が悪かったけど、良い子だったねぇ」
「へえ、口が悪い狐人ですか……」
「フム……」
口が悪い狐人……。う~~ん……まさかな。
リコリスも同じ事を考えているのか、言い淀んでいる。
「おばさま、その狐人の名前って分かります?」
「……名前、聞いてなかったわねぇ」
それは宿屋として大丈夫なのか。記帳とかするだろうよ普通は。
そんな考えが顔に出ていたようで、おばちゃんは苦笑いしながら答える。
「冒険者は一期一会だからねぇ。ここでは前金をきっちり払ってもらうから気にしてなかったよ」
確かに、個人情報が整備されてないから名前だけ記帳してもあんまり意味ないのか?
小難しい事は分からんが、なんにせよその狐人の名前までは分からない様だ。
「引き留めて悪かったね。最近、西区からゴロツキが出て来たのかあんまり治安が良いとは言えないからね。街を出歩くなら気を付けなよ?」
「はいっ! ありがとうございます!」
ま、あのアウレアが街で歩いて普通に宿泊まるとは考えにくいし、別人だろ。気にしすぎ気にしすぎ。
それより服屋だ。今を楽しまなければな。
俺達は宿屋を離れ、早々にラフィル中央区へと戻った。
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