人を見た目で判断するなですよ
ルマリを発ってから数日。王都へ向かう馬車は順調に進んでいる。
山あり谷あり……という事も無く、実に快適な旅である。道も整備されている所が多く、魔物のテリトリーにさえ入らなければ安全なのだ。
強いて言うなら賊が出没するらしいのだが、今のところは見ていない。見たくもないけどな!
俺は現在、ダイナ達と一緒に借りたギルドの馬車に乗り素敵な馬車旅の真っ最中だ。
ちょっと狭いが中に6人、荷台に2人と1匹で何とか入る事が出来た。
「こんな詰め込んで、よく馬がもつな」
「馬似の魔物だからな、アレ」
「そうだったのか」
そうダイナがこっそりと教えてくれた。馬にしか見えんかったが別物だったらしい。まさに馬力が違うのだ。
リズムよく、ごとごとする馬車の振動を味わいながら、俺は隣にいるガーベラに尋ねる。
「ガーベラちゃん、あとどれくらいで王都につくの?」
「丁度折り返しだから、3日くらい。ただ、途中でラフィルに寄るから、あと6日程はかかるよ」
「ああ、出発前に言ってた……」
ダイナに話を持ち掛けられた後に、ちょっとここ寄って良いですかの相談を受けた。
王都の近くにラフィルという街があるらしく、そこへ寄っていきたいのだそうだ。
何でも、有名な劇団がいるらしく、丁度劇を開く時期と被っているとの事。
「しかし、あのちくちく眉毛がそんな有名だったとは」
「フロクスさんの劇、王都で大人気なんですよ。今は団員さんと離れて冒険者としての活動をしてますけど、普段はそっちが本職なんですって」
ヴィルポート伯の弟であり、冒険者でもあるが、メインは演劇団の長か。忙しい男だな。
妙に仰々しい動きだとは思ったんだ。でも、アイツ演者じゃないよな?
そんなフロクスから、劇団員へ荷物を渡して欲しいと頼まれたのだ。フロクス当人は、黒い魔物の件でもう少し仕事があるとディゼノに残っている。
もっと早く帰る予定だったが、ゴブリンが湧いて出てきたせいで少し長引いている様だ。正確には、マリーに捕まってこき使われているらしい。
「私も劇、見てみたいです」
「その為に3日取ってるんだ。俺達も見て行こう」
「やった!」
その劇が見れると聞き、ケイカが喜んでいる。
娯楽が溢れてる現代でも人気だしな、演劇。俺も楽しみだ。題目知らんけど。
「でも、良くない噂もあるんだよな」
「なんだ、せっかく楽しもうって思ってた時に水差しやがって」
「すまんすまん。でも、ギルドの人から聞いたんだが――」
現在、ラフィルの近くで規模の大きい盗賊団がいるらしい。
王都に近いにもかかわらず動きが活発で、手を焼いているのだとか。
「王都から近いんじゃすぐにとっちめられるんじゃないのか?」
「うん。話によると、王都から騎士が派遣されるらしいから時間の問題」
「じゃあ大丈夫だろ」
「主よ。そう楽観視するな。警戒心を忘れず、且つ何が起きても動じない事じゃ」
荷台から、お節介おばあさんの声が飛んできた。
「分かってる分かってる。ほれ、婆さんは辺りの警戒に勤しみなさい」
「やれやれ……」
「リコリスさん。そろそろ俺、変わりましょうか?」
「いいや、大丈夫じゃよ」
「じゃあ俺と変わってくれよ」
「シーラはさっきまで、こっちでのびのびとしてただろ」
ダイナがそう言っても、シーラが駄々こねている。
正直あいつケツでかいからずっと荷台に居て欲しいんだが、これ言うと頭をぐりぐりされるので口を噤んでおく。
「シーラ、大人しくして下さい。ボタンちゃんが起きちゃいますよ」
そう言ったオクナに寄りかかる様にして、ボタンが寝ている。相変わらずスライムの癖に食っちゃ寝してんな。
気持ちよさそうにしやがって。そんな無防備美少女な所がオクナやガーベラにも人気である。羨ましい。
しかし平和だ。思わずケイカが大欠伸をしてしまうくらいに。
「大体こういう時ドカーンとヤバい事が起こるんだよな。ワイバーンが襲来してくるとか」
「ワイバーンってなんです?」
「えっ!!? いないのワイバーン」
「ハナ……」
迂闊な事言うなと、ダイナから目で訴えられる。仕方ないじゃん、異世界ならワイバーンくらいいるだろ普通。
「ほら、なんかこう……ドラゴンを小型化させたばったもんみたいな……」
「そういうのならいるけど……こんな所にはいないよ」
「居たら大騒ぎですね!」
「そりゃそうか」
ドラゴンモドキに限らず、そう簡単に魔物は出ないって事か。ちょっと道から逸れると鉢合わせるらしいが。
「じゃあ安心だな」
「そういう事言ってると来ちゃうんだぞ」
「大丈夫だ。お前がそう言ったから来なくなった」
「どんな理論ですか」
フラグを立ててフラグをへし折っておくマッチポンプ理論だ。全然意味が違うけど。
そんな下らないお喋りが出来るくらいには、平和な馬車旅であった。
王都から馬で1日程かかる距離に位置し、商都と呼ばれ商いが盛んなラフィル。
そのラフィルが今、盗賊団の影響でピリピリとした空気に包まれている。門を潜るには厳しく検めを受け、長い時間拘束される。
更には、商売にも規制がかかり、武器や薬物の販売を縮小、物によっては一時的に禁止される事となる。
盗賊団に加え、そのような規制も掛けられた影響か、ラフィルから人が離れていた。
「ったく……数時間も待たされた挙句、ペタペタ触られるなんてやってらんねえっつーの」
壁に隔たれている街の外。そこで狐の耳、そして尾が付いた女性――幻獣アウレアが一人ぼやいていた。
主であるルコに言われ、頭を冷やすべく買い物が出来るラフィルへとやってきた彼女。しかし、運悪く盗賊団の登場により街の中へと入れないでいた。
ラフィルの中へと入るには、暗器を全て置いていかなくてはならない。
それ以前に、他人に触られるなんて耐えられないと、アウレアは早々に踵を返した。
(けど、他に行く当てもないのよね……ルコからここ以外はダメだって言われてるし)
どんなに彼女が傍若無人であろうと、主の命が第一であるアウレアにとって、困った事になっていた。
そこまで執着も無いが、来たるべき時が来るまでの間、他にやる事も無い。
(もう適当に壁乗り越えて入ろうかしら。夜に行けば見つからないでしょ……多分)
当然、夜間の警備はいつも以上に厳戒態勢を敷いており、壁を乗り越えようものなら衛兵が跳んでくる。
しかし、それを踏まえてもどうにかなるだろうという楽観的な考えの元、彼女は早々に侵入の選択をした。
その間は昼寝でもして時間を潰すか。なんて思っていると、後ろから何者かが近づいてくる。
ぴくりと耳を立てて、アウレアは振り向いた。
「こんな所で何してるですか」
そこには、みすぼらしい姿をした一人の少女立っていた。
その少女が、不審者を見る目で話しかけてくる。
「……なんだ、ガキかよ」
「ガキじゃないです!! 私はこう見えても13歳です!!」
「いや、ガキだろ」
子供扱いされて、少女は憤慨している。
うるさいなと思いながらも、アウレアは警戒しつつ言葉を返す。
「何してようと私の勝手でしょ。早く失せな、しっしっ」
「なんですか、せっかく人が心配してるのに!!」
「なんでお前みたいなガキに心配されなきゃいけねえんだよ……」
面倒だなと思いつつ、手を振って子供を追い返そうとするアウレア。
しかし、少女の姿をよく見てその動きが止まる。
旅人にしてはボロボロ、靴もすり減っているようでとても長旅が出来そうにない。
ラフィルの住民にしてもおかしい。こんな状況で子供一人を野放しにしている訳がない。ましてや門の外だ、見つかり次第小突かれて連れて帰られるだろう。
なら、この少女はどこから現れたのか。不思議に思い、アウレアはつい尋ねてしまう。
「アンタ、何者?」
「あんたじゃないです、私はルーファです!」
「はあ」
聞いても居ない名乗りを聞き、気の抜けた返事をしつつも黙ってルーファの話を聞いた。
「私はラフィルで商売してたですが、中々売れず困ってたですよ。なんで、一度出直して商品を一新してきたです」
「とても商売人には見えないけど」
「人を見た目で判断するなですよ」
ルーファは背負っていた包みを地に置き、中身を取り出した。
見せつける様に品を前へと出しているが、アウレアにその価値は分からない。
「ふふん、今回はイケるはずですよ。という訳で、私はこれからラフィルに入るですよ」
「アンタみたいなボロいガキが、あの門通れるとは思えないけど。身分証あるの?」
「なんですかそれ」
「ダメだこりゃ」
早々にダメ人間認定をして、手を上げるアウレア。
その様子に、ルーファはまたしてもぷくっと頬を膨らませる。
「ダメじゃないです!! お姉さんだってここで立ち往生してるじゃないですか!!」
「私は良いのよ、夜こっそり入るから」
「この壁、上から侵入したら魔法が発動するですよ。最悪死んじゃうです」
「そんなヘボ魔法踏みつぶして行くわよ」
「……」
何でもない様に答えるアウレアを、ルーファは心配そうな顔で見ている。
鬱陶しいなと思いながら、アウレアは言葉を続ける。
「で、それだけ? 用が無いなら向こうに行ってほしいんだけど」
「お姉さん、門を潜れない理由があるですか?」
「……お前には関係ねえだろ」
身分を証明出来るものも無く、武器はあちらこちらに仕込んでおり、到底通る事は出来ない。
だが、それをルーファに言うのも癪なので、素っ気なく返す。
「私もあの門、通れなかったです。でも、ラフィルには秘密の抜け道があるですよ」
「抜け道ィ?」
「はい。私は以前、そこを通って中に入ったです。良かったら、一緒に行くですよ」
なんとも胡散臭い話だ。子供の言う抜け道なんてたかが知れている。
しかし、一度中に入ったとルーファは言っていた。もしかしたら、無理矢理侵入するよりは楽かもしれない。
そのしかめっ面を更にしかめて、アウレアはルーファへと聞き返した。
「それ、本当なの?」
「はいっ! お姉さんくらいの大きさでも通れる抜け道ですよ! あ、でも胸がちょっとつっかえるかも」
「そんなのはどうでも良い。最悪つっかえたら壊せば済む」
「壊しちゃダメですよ!」
まぁ、バレたらバレたでルーファを囮に逃げれば良いか。
子供のお遊戯に付き合ってるみたいで若干癪だけど、楽には入れるなら付き合ってやっても良い。
そう折り合いをつけて、アウレアはルーファの話に乗る事にした。