こんな可愛いお人形さんに申し訳ないと思わんのか!
ディゼノからリールイ森林まで、歩いて一時間弱程。ダイナ達はリールイ森林に入ると、道なりに奥へと進んでいく。
「受付の人が言うには、道から外れると地元の人でも迷うらしい。前は案内してくれる人が居たからよかったけど、今回はなるべく外れない様にしよう」
「でも、この辺じゃ目的のモンは生えてないんじゃないのか?」
「この先に泉があるらしいんだけど、その先からは手付かずだそうなんだ」
シーラにそう返答し、辺りを警戒しながら歩き進めるダイナ。
その横で、ぴこぴこと耳を揺らしていたミ・ギグが喋り始めた。
「森に入ってから妙に騒がしいなと思ったら……この先で戦闘音が聞こえるぜ?」
「誰かスライムと戦ってるのか?」
「いんや、そう言う雰囲気じゃなさそうだ。女が二人……ん~? 何というか、楽しそうに話してるな。それに――」
ミ・ギグは、その小さい鼻をくんくんと鳴らす。
「……良い香りだ。ラ族程、俺達は鼻が良い訳じゃァ無いが……ライズ好みの、甘ったるい匂いがするな」
「匂い……」
ブローディアがすんすんと鼻を鳴らして確かめるが、何も感じない様で直ぐに止める。
「誰かが危ない目に合ってるって訳じゃないんだな?」
「ああ。ちょっくら待ちな。しっかりと聞いてみるよ」
ミ・ギグが更に耳を伸ばし、聞き耳を立てる様に手を添えて立ち止まる。
こんなに長かったのかと、ダイナは率直な感想が浮かびながらもミ・ギグの方を見ている。
「ふんふん……ふぅん、ふぅーん……ほお、なるほどねぇ」
「ふんふん言ってないで、早くどうなってんのか言えよ」
「そう慌てなさんな。なぁーに、行けば分かるさ。安心してくれ、俺の知ってるヤツだったよ……と言っても、少し話しただけの間柄だが」
「勿体付ける程か?」
「良いじゃないか。もうすぐだし、行ってみよう」
危険って訳じゃないなら、のんびり行けば良い。
ダイナがそう思った直後、奥から破壊音が聞こえた。何か重い音が落ちた様な、叩きつけた様なそんな音だ。
「……本当に大丈夫なのか?」
「待ってくれ……耳がキーンて……キーンてなった……」
「ハッ、敵なら俺がぶっ潰してやるから安心しろよダイナ」
むしろ敵対を望んでいるのか、シーラは手を鳴らして意気揚々と進み始める。
ダイナは、耳を抑えているミ・ギグを介抱しながら泉へと向かった。
泉の前までたどり着くと、ミ・ギグの言う通り激しい戦闘音が聞こえる。
先程まで暖かかったというのに、この辺りはどこか肌寒い。何故ここだけ寒いのかは、目の前で繰り広げられている戦いが教えてくれた。
「主よ、距離を取り過ぎじゃな。もう少し近くに寄れ、届かぬぞ」
「いやなこった」
狐の耳と、三本の尾を持った長身の女性――リコリスが、冷気を纏い泉の近くに立っている。
リコリスの説教じみた言葉に、目の前の少女――ハナはつーんとそっぽを向く。
以前見た服装とはまた違い、動きやすそうな白主体の服だ。
トップスがフード付きのパーカーで、下にはジョガーパンツの様に動きやすそうな、しかしどこか洒落たズボンを履いている。
この世界では珍しく見えるがダイナからすれば見覚えのある、どこか懐かしく思えるファッションだ。
ミ・ギグが聞いたのは、この二人が戦っていた音だったようだ。模擬戦でもやっていたのだろうか?
「おいダイナ、少し見て行こうぜ」
「泉で休憩入れる所だったからな。邪魔しちゃ悪いし、終わったら声をかけるか」
シーラは自身が戦うのも好きだが、人がこうして戦っているのを見るのも好きだ。
ダイナが元いた世界でも、ボクシング等、格闘技の観戦が好きな人はごまんといる。なので、そこは不思議ではないのだが、龍が人の戦いを見て楽しむのは、彼女らのコミュニティでは変な事らしいのだ。
単純に、根っからのバトルジャンキーなのかもしれない。そんなシーラを、ダイナは微笑ましく見ながら視線を前に移す。
「やはり、あのご婦人だったか。その前にいるお嬢さんは――」
「……ハナ」
ブローディアがハナを見つけると、ほっとした様に息を吐いた。
その隣で、シーラと同じ眼差しで興味津々に戦いを見るミ・ギグ。
ダイナはハナの方へ視線を移した。彼女の戦闘スタイルは中~遠距離の遠隔型だ。
超能力みたいにナイフを自在に操る事と、魔物を使役する事。そして何より、自身と同じ調停者だと言う事は知っている。
しかし、以前一緒に戦った時は無かった、彼女の隣に佇んでいる人形が目に映る。
あれもハナの武器なのだろうか。ダイナは、何処か普通じゃないあの美しい人形を注視する。
「お主はもっと素直になるべきじゃな。では、行くぞ。全て受け止めて見せよ」
リコリスは小さな氷の槍を生成すると、ハナへ一斉に飛ばす。
決して遅くない速度。当たれば当然怪我する程の威力はあるだろう。
「はぁぁ~~氷属性の人は氷塊投げつけるだけしか能が無いんだよなぁ~~」
そうハナが煽る様に言うと、隣に浮いていた人形が動き始める。その動作一つ一つが美しく、動くたびにふわりと金色の髪が靡く。
踊る様な動きでハナの前に移動した人形が、カタカタと音を立てて腕を動かす。
かしゃりかしゃりと腕が鳴ったと思ったら、一本の小さな剣を握っていた。 その人形が手に持った剣は、白く透き通るような美しい輝きを放っている。
ハナが手を前に出し、人形を操作する。迫る氷の槍を、人形が全て一刀のもとに斬り伏せる。
ダイナが驚いたのはその異常な速度だ。氷の槍は決して遅くはなかった上に、ほぼ同時に放たれていた。
それを、一瞬で全て対応して見せたのである。
「自動で対応……した訳じゃなさそうだな。あのガキが操作してるのか」
「中々美しく、強かなお嬢ちゃんだ」
「……」
シーラとミ・ギグが感心して見ている中、ブローディアだけが硬い表情でハナを見つめている。
「どうしたババア、これじゃウォーミングアップにもならんぞ」
「今度はお主から来い。いつも受け身ばかりじゃからの、自身から戦端を開く事にも慣れるが良い」
「へいへい」
ハナは、人差し指をピンと弾く動作をする。その瞬間、人形が弾丸の様にリコリスへと接近した。
リコリスはすかさずに人形を弾こうと掌底を繰り出す。音が鳴るほどの速さで繰り出された掌底を、人形が華麗に体を捻って躱した。
人形は手に握られた剣で、リコリスを斬らんと迫る。
氷の槍を斬り捨てた時と寸分変わらぬ速さで斬り込むと、リコリスはそれを左の指で受け止める。
「硬すぎだろお前」
「その辺の魔物であれば問題無いじゃろうがな」
一合、二合と打ち合うも、リコリスが傷付く様子は見えない。
「人形の操作に集中し過ぎじゃな。常に周囲を確認せい」
「お前に言われなくても分かってるし!」
「そうか、ならば――」
リコリスは人形の攻撃を受け止めながら、蹴りを放つ。
それは人形に放たれた物ではなく――泉の水を飛ばすように放たれた蹴りだった。
「はぁぁっ!!?」
その水が、氷柱の様に伸びてハナへと襲い掛かる。
ハナは急ぐ様に左手をぐっと握ると、横から精巧な作りの大剣が飛んできた。
大剣が、自動で振り払うように氷柱を叩き落す。
「あぶねえ……マジで怪我してたぞ今の。親子共々、足癖悪すぎだろ」
「ぼうっとするな。お主は常に狙われていると思え」
リコリスはそう言って操作を疎かにしていた人形を吹き飛ばす。
「あ゛あ゛っ! バカお前壊れたらどーすんだ!!」
「この程度で壊れてたら実戦で使い物にならぬじゃろ」
「こんな可愛いお人形さんに申し訳ないと思わんのか!!」
「魔物にそんな情は無い」
「ぐぬぬぬぬ……」
ハナは人形を退かせて立て直す。その合間に、リコリスは接近する。
苦い顔をして、ハナはナイフを投擲する。
「焦るとすぐナイフを投げつけるのう、お主は」
「ぐっ、うるさいな……」
事実を突き付けられ悪態をつきながら、ハナはナイフと一緒に人形でリコリスを迎撃する。
三方からの攻撃に、リコリスは洟も引っ掛けない様子で対応して見せた。
「あーん? 何で後ろのナイフ蹴飛ばせるんだよ……後ろにも目が付いてんのかコイツ」
「お主が単調なだけじゃ。ほれ、ナイフの操作が疎かになっておるぞ」
「ぐぐぐ……言われんでも分かっとるわ!」
口ではイライラしているように聞こえるが、ナイフや人形の操作は精密に、確実に行っている。
あれだけ色んなものを動かして混乱しないのだろうかと、ダイナは不思議に思いながら戦いを見ている。
「見た目と違って危険なお人形さんだ。昨日の悪夢を思い出すぜ」
「あれとは原理が違う。あれは、魔力を直接通してる」
「ほう、見えるのかい?」
ミ・ギグの言葉に頷くブローディア。
手の先から魔力の糸が出ており、それで操っているとブローディアは説明する。
ダイナはじっとハナの手先を見てみる。
「う~ん、分からん……シーラは分かるか?」
「……なんとなく」
これは分かって無いなとダイナは軽く笑みを浮かべると、シーラに小突かれる。
理不尽に思いつつも、ダイナは前へ視線を戻す。
ハナは焦れたのか、自身を守っていた大剣も合わせて攻めを続行する。ナイフもそうだが、真剣なのに大丈夫なのかと、ダイナはハラハラしながら見ている。
リコリスは先程よりも大きい氷塊を放ち牽制しているが、全て断ち切られている。
「アウレアすらも対処出来なかった魔断の剣だぞ。そのショボい氷じゃびくともしないわ!」
「……学習しないのう」
リコリスは、いつの間にか濡らしていた尾から水を調達し、即座に鋭利な氷の塊を放つ。
大きめの塊が一つ、鋭く速く。大剣を戻すのも間に合わない。
これマジで怪我するのではと、ダイナが止めようとしたその時。
スパンッッ!! と、火薬が破裂した様な音が鳴ったと同時に、ハナ目掛けて飛んできた氷塊が弾けた。
まるで、花火が打ち上げられた様な美しい光景。影から見ていた4人は、その光景に目を見開いた。
「にししし、そんなしょっぺえ氷なんざこれ一つで十分だぜ」
ハナは一つのナイフを手で弄びながら、余裕の表情でリコリスを見ている。
一見普通のナイフに見えるが……禍々しい、どろどろとした、という表現が相応しい魔力が込められている。
「氷をただ破裂させたってだけじゃ無さそうだな」
「どういう原理だか分からんが……あれは危険だぜ。あんな可愛らしい嬢ちゃんには不釣り合いな代物だな」
「……」
「あの娘一体何したのよ……面倒になりそうな事するんじゃないわよ!!」と、ダイナの補助神であるリオンが憤慨している。
彼女が驚く程、あの短剣はよろしくない物らしい。ディゼノを離れる前に、ハナへ詳細を聞く事にしよう。そうダイナは決めたのだった。
「一喜一憂してる暇はないぞ。対処したら次が来ると思え」
リコリスが大剣をかいくぐり、ハナの元へと駆け寄る。
ハナは剣を仕舞い、リコリスを迎え撃つ。
「ばかめっ!! 美少女徒手空拳をくらぶへぇっ!!?」
掌底をリコリスの胸元へと突き出す前に、ハナが吹っ飛ばされた。
結構な勢いだったが、なんとハナは体勢を立て直して再び構える。
「まだまだ、そのデカ乳に一発食らわせるまでは倒れん!」
「たわけ」
「にゃあっ!!?」
卑猥な発言をしたのち、ハナはリコリスに持ち上げられ、そのまま下にどすっと落とされる。
仮にもか弱い少女であるし、厳重に近づかれたら手も足も出ないのは仕方ない事だが……それにしても長閑な雰囲気である。
「いってー!! ケツが……ケツに尋常じゃないダメージが……!!」
「容易く守りを捨てるな。せめて魔断の剣か人形は常に近くへ配置しておけ」
「うぐぐ……お前から攻めろって言ったのに……」
どうやら戦いは終わりの様で、リコリスがハナへと指導を始める。
「やれやれ……それで、お主らはいつまで見ているつもりじゃ」
どうやらバレていたようで、リコリスはダイナ達へ声をかけてきた。
邪魔しない様に待っていただけで疚しい事も無いので、4人はハナ達の前へと姿を現した。