世界一の美少女に相応しい人形だな
げんなりしていても飯は美味かった。でも、俺もリコリスもケイカも肉焼いてしかねえな……誰か料理勉強しろよ。ってそれぞれ3人が思ってるので一向に解決しない。
押し入ってきたクーヤマーヤ(爺さんが客人として入れたらしい)は意外と大人しかった。何だかんだ今日の疲労がたまってるらしく、金が無いので泊めて欲しいと頭を下げてお願いしていた。
なんでここまで来る金があって宿に泊まる金が無いのか。ゴブリンとの戦闘で失くしたのかと聞いたら、買い物しすぎて無くなったらしい。その日暮らしを地で行ってる奴だ。
泊めてくれる代わりに何かお手伝いしますと言っていたが、ジナが泊めてやるから余計な事するなと引き留めていた。お願いがいつの間にか脅迫に変わっていたらしい。
「良いお湯でしたねぇハーちゃん」
「ソウデスネ」
「どうしたんです?」
俺の部屋でクーヤマーヤが寛いでいる。下着で俺の布団に乗り込んでいる。服を着ろと言ってるのだが聞かない。
しかも、風呂でべたべた触ってきやがるので全然休まらなかった。ヒワイな女だ。ボタンも人の状態で入ってくるから狭い事この上ない。
そんな状態だったので、如何せん気力がわかない。もう寝る前だから別にいいけど。
「それにしてもお主、物騒な物ばかり持っておるのう」
「そうですか? どれも旅に必要な物ばかりですけど」
隣にいるリコリスが、一応という事でクーヤマーヤの所持品を検めていた。
ジナから話を聞いたリコリスが、危険が無いとも限らないという事で俺の部屋で一緒に寝るらしい。
いそいそと布団を持って俺の部屋へ入ってきたのだ。押しかけ女房かな?
その代わり、ユーリがケイカに誘拐された。アイツも大分好き放題されてんな。
「あっ!」
「どうした?」
「ハーちゃんに渡すものがあったんですよ! 久々にお湯に浸かれて気持ち良かったから、すっかり抜けてました」
クーヤマーヤはゴロゴロと転がりながら、リコリスの所まで向かう。こいつ自宅みたいにリラックスしてんな。
大きい荷物袋をゴソゴソと漁ると、粗末に扱ってはダメそうな格式高い箱を取り出した。
「はい、開けてみてください。ハーちゃんにプレゼントです」
「これはなんだ?」
「随分と厳重に入っておるな」
幾つもの紐で縛られている。曰く付きな呪物が入ってるんじゃねえだろうな。まぁ、呪いは俺の得意分野だけど。
気が進まないが、変な物じゃなきゃ貰えるなら貰っておく。するすると紐を解き、箱を開いた。
「ム、これは――」
「……人形?」
可愛らしい精巧な人形だ。俺とは対照的な、金色の長い髪がまた美しい。服の装飾も、ドレスの様な作りですげー拘ってる様に見える。関節もしっかり動く、かなり本格的な物。
箱からひょいっと持ち上げて、少し動かしてみる。……おお、結構自由が効くな。見た所呪いの人形って訳でも無さそうだが。
しかし、リコリスは何やらピリピリしていらっしゃる。人形に、というよりはクーヤマーヤを警戒しているな。
俺はクーヤマーヤに聞いてみる。
「何でまたいきなり」
「ハーちゃんが使ってたスキルって【人形遣い】ですよね? だからこれが使えるかなーって」
「おおそう言う事か、なんか悪いな……って、え?」
コイツ、一発で俺のスキル見破ったのか? ジナやリコリス、ギルド長すら見破られなかったスキルだぞ?
「何故【人形遣い】だと思ったんだ?」
「見た事あるんですよ。収監された時に【人形遣い】のお爺ちゃんとお話する機会がありまして」
「お主、『センテ監獄』におったのか」
『センテ監獄』というのは、王都の近くに建っている監獄で、この国だと一番大きい監獄らしい。
一度クーヤマーヤが捕まった時に、そこにぶち込まれたんだと。そんなデカい所なのに良く抜け出せたな。
「素晴らしいスキルだったので、印象に残ってたんですよ。折角だったので、抜け出すついでに人形もお借りしまして。それがこの人形ですっ!」
「盗品かよ!!」
「死ぬ前に返せれば良かったんですけど。余りに高い技術で作られていたので、私では解析出来ませんでしたね! 壊さなかっただけでもヨシとしますよ」
「何も良くは無いがな」
「まぁまぁ。折角のスキルなんですから、それに見合った武器を使うべきですよ。この人形、こんなにも可愛らしいと同時に、とても素晴らしいギミックが沢山詰まってるんですよ?」
改めて人形を見ると、確かに色々ギミックがあるみたいだ。
……すげーな、腕がパカッと開くぞ。中に針みたいなのが入ってる。コワ~。人形自体もかなり強度が強そうだし、本当に戦闘で使えそうだ。
下手に手で弄ると怪我しそうだな。という訳で早速――
「ホイっと」
「おお、やっぱり私が見たスキルと一緒ですねぇ」
「やれやれ、もう少し隠す努力をせい」
魔糸を繋いで、人形を動かしてみる。凄いな、マジでスムーズに動くわ。正に【人形遣い】が使う為の人形って感じ。
以前、ルーファという女の子が作った人形……というかぬいぐるみはどこかぎこちない感じがしたんだがな。普通の人形と何処か違うんだろうな。
くるくると人形を踊らせたり、先程見た腕のギミックを使ってみたりして使用感を確認する。
「こりゃスゲーな。本当にくれるのか?」
「はい、そもそも私のじゃありませんし」
「盗んだものを渡すなんてとんでもない娘じゃな」
「気になるなら『センテ監獄』に行ってみたらどうですか? 王都へ向かうんですよね? そのついでに寄る事が出来ますよ」
そうなのだが、【人形遣い】を所持してるなんて言ったら大惨事なんだよな。
まぁ、こっそり使わせてもらおう。返しに行くの面倒臭いし。
俺は人形にお辞儀させて礼を言う。
「ありがとな。気が向いたら返しに行くよ」
「わあ、可愛い。本当に自由自在なんですね」
「主よ、調子に乗って表で使うと感付かれるぞ」
「わぁーってるよ」
ここでまさかの人形ゲットだ。【人形遣い】というからには、是非扱ってみたかったからいつか買おうと思ってたし、クーヤマーヤには感謝せねば。
気分が良くなっていたところに、セピアが鼻息荒く念話を飛ばしてくる。
(ようやく……ようやくあるべき姿となりましたねっ!!)
(え……なんでそんな興奮してんの?)
(いえ、これからハナ様が調停者として活躍できると思うと、補助神としてこんなに誇らしい事は――)
なんか凄い興奮しながら俺を褒め称えて来るので、適当に生返事しつつ人形を調べる。
凄いな。強度はあるんだが、おててとかフニフニしてる。どんな素材使ってんだ。
「すっごい触ってますね」
「だって凄くね? 硬いのと柔らかいのが両立してるこの感じ。『匠』を感じますな」
「その手、龍の腹部の皮を使ってるようですね。もしかしたら、爪の部分も加工して取り付けてるかも」
かなり豪勢な材料を使っているな。世界一の美少女に相応しい人形だな。
聞けば、これ以外にも沢山の人形を作っていたらしい。作るのは良いが、買う奴おるんか。貴族は欲しがったりするのかな。
「主よ。今日はもう遅い。明日また確認すれば良いじゃろう」
「そうだな。もうへとへとだ」
「ボタンちゃんも既に寝ちゃってますしね。可愛いです」
クーヤマーヤの横で、既にボタンが寝ている。
今日は頑張ってたからな。風呂の時点で既に眠そうだった。
「じゃあ寝るか。ホレ、リコリスよ。もっとちこうよれ」
「たわけ」
「では私が」
「寄るな」
身動き取れない状態にまでくっ付かれた! めっちゃ振りほどきたいが、人形を貰ってるので今日一日くらいは我慢してやろうと思う。
後ろからがっしりホールドしてきやがる。ボタンでももう少し加減するぞ。
「ハーちゃん、一つ良いですか?」
「なんだ?」
「パンツはちゃんとサイズの合ったものを選んだ方が良いですよ。ハーちゃん、お尻が窮屈そうで――」
「寝ろッッ!!!」
こんな状態なのにも関わらず、疲れが溜まっていたのだろう、俺は直ぐに眠りにつく事が出来た。
翌日、リコリスが早くから起こして下さいやがったので朝に起床。
軽く顔を洗って下に降りると、既にクーヤマーヤがここを発とうとしていた。
「ハーちゃん、おはようございます」
「おう、もう行くのか?」
「はいっ! いきなり泊めていただいてありがとうございました! 服まで頂いてしまって」
「俺じゃなくて爺さんやジナさんに言ってくれ」
「勿論、既に皆さんへちゃんとお礼を言ってますよ。ハーちゃんだけ起きてなかったので」
悪かったね、俺はスロースターターなんだよ。
昨日貸した服は既に返してもらっていた。その代わり、俺の間に合わせで買った服を渡しておいた。金が無いって言ってたからな。
その荷物袋に入ってるがらくたでも売れば? って言ったんだが「がらくたじゃないです!!」って怒られた。
お見送りも無しなんて寂しいなとか思ってたが、偶々俺が出ていくのを見ただけで実は誰にも言ってないらしい。本当に嵐の様な奴だな。
「……ハーちゃん」
「なんだ?」
せっかくなので外まで見送ろうとして一緒に付いていくと、クーヤマーヤが俺に話しかけてくる。
笑顔なんだが、ちょっぴり雰囲気が違う。クーヤマーヤの癖に美少女みたいな儚げな笑みをしている。
「ハーちゃんは、私の作品をどう思います?」
「んー? あの銀の天使とか言う奴か?」
「そうですね。それ以外も色々作っていますが」
昨日見た感じだとめっちゃ有用そうだけどな。攻撃方法はともかく。
「どうと問われてもな。そうだな……取り合えず悪趣味だな。人の趣向をとやかく言うつもりは無いが、あんま人に見せんなよ」
「はっきり言いますね」
「嘘ついても仕方ないからな。でも――」
並んで歩いていたクーヤマーヤに視線を移し、その目を見ながら俺は答える。
「美しかったぞ」
「え?」
「動きは無機物と思えない程、生物的だったし。銀色チョイスも悪くない。天使と言われても違和感は無かったな。殺戮マシーンじゃなければ俺好みだ」
「……」
俺の言葉をどう捉えたかは分からんが、聞かれたのならちゃんと答えてやろう。マジな顔だったしな。
「他の作品を見てないからそれくらいしか言えないけど、機会があれば見せてくれよ。物騒なのは勘弁だけど」
「……うん、わかった。絶対見せに来ます」
返事は、どこか消え入りそうな、しかし嬉しそうな声色だった。いつもこれくらいしおらしければ皆もっとフレンドリーなんじゃなかろうか。
「お前、可愛いんだから普段からそれくらい大人しくしなさいよ」
「うう……努力します」
「ま、何か困った事があれば来いよ。物騒な事とえっちな事じゃ無ければ手伝ってやる。クーヤの事、割と好きだしな」
「ハーちゃん……」
勿論やり過ぎな所は否めないが、やりたい事をこう、がむしゃらに走り続けてる奴は嫌いじゃない。
俺もそうだからな。流石に泥棒は良くないが。
「……もう一つだけ。聞きたいんですけど」
「ん?」
「ハーちゃん、王都にどれくらい滞在するんです?」
「どれくらい? うーんそうだな……」
何も決めてなかった……折角だし、長居したいよな。王都だから見る場所もいっぱいあるだろ。
一月くらい居てもいいかもな。まぁ多少前後しても、これくらいは滞在したい。
「一ヵ月くらいかな。伸びてもそこまでいないと思うぞ」
「……そうですか。分かりましたっ!」
何が分かったんだ。まさかコイツ来るつもりじゃなかろうな……別に、暴れなければ居ても良いんだけど。
クーヤマーヤはそう返事をした後、早足で店から離れる。
「じゃあそろそろ行きますね! 早めに離れないと追手が来そうなので!」
「何も聞かなかった事にしてやる」
なんだ追手って……もう少し健全な人生を歩めないのか。
「それじゃあ、また! 今度は私の作品持ってきますねっ!」
「おう、またな。あ、そうそう、盗んだ物はちゃんと返せよ?」
「はいっ! ハーちゃんが言うならそうしますっ!」
クーヤマーヤが手を振って、店を後にする。
さて、今日は俺の新作お洋服が届く日なのだ。春の新作である。ゴツい鎧じゃないぞ。
そのお披露目に相応しい程、晴々としている。うむ、飯食ったら早速俺も行くことにしよう。
俺はそんな事を考えながら、クーヤマーヤが楽し気に歩いているのを見えなくなるまで見ていた。