こんな感じで油断してたら何か起こるパターン
豆粒ほどのゴブリンと遭遇。魔法は効かず、そこそこ素早い。S級冒険者やギルド長も見た事が無いらしく、苦戦している。
とりあえずこういうのはボタンにお任せだ。敏捷Aの力を見せる時がついに来た。
「やれ、ボタン」
「ん」
とてとてと可愛らしく前へ向かったと思ったら、いきなり凄いスピードでゴブリン(小さいから見えないけど)へ向けて手を伸ばす。文字通り、腕が伸びている。
「ギヒッ、ギヒヒ――」
ゴブリンは笑いながらぴょんぴょんと(全く見えないけど)避けている。
それを見たボタンが、タコの様に幾つも腕を生やし、バシンバシンとハエ叩きの様に乱れ打ちをし始めた。スラスララッシュだ。
「うっとい」
「ギヒヒヒ」
「……きゅう」
ゴブリンの笑い声にイラっとしたのか、更にスピードを上げる。
スパンスパンともはや鞭のようにしならせながら、至る所を叩いている物の成果は上がらない。
「むー!」
「ぶいぶい!!」
「落ち着けボタン。トマホークが困惑している」
「凄まじい殴打の猛襲だね。しかしそれでも、捉えられないか」
「【変化】自体珍しいスキルだが、あそこまで使いこなすとは――」
平静を装いつつも、そう言ったマリーの顔はどこか驚いたようであった。
あれ、この人にボタンが人になれる事言ってたっけ? ……まぁ、今は良いか。それよりも、あの素早いチビゴブリンを何とかしなきゃだ。
「あれで捕まらないとなると何か手を考えなきゃダメじゃねえか?」
「フム……そうだな」
マリーは少し思惟した後、腕をだらんと下げる。
魔法を使うのだろうか。さっきは全く聞いてなかったけど……一応、ボタンを下がらせる。
「マリー……何する気だ?」
「少し汚すが目を瞑れ」
「久々にマリー殿の魔法が見れますな」
「おいおい……俺達まで巻き込むなよ?」
ジナは呆れた様子でマリーから離れる。
それを確認すると、マリーは魔法を行使した。少し手を下げたと思ったら、腕の先からぽたぽたと水が滴り始める。
そのうち、その水が粘度を帯び始め、次第に泥へと変わっていく。
「魔法が効かないと言っても、実体があれば問題あるまい」
どろりと原型が無くなった腕から、泥が溢れ出てくる。
その泥が、地を埋め尽くす様に流れ始めた。これがマリーの魔法か? 何かイメージと全然違うな。めっちゃ搦め手って感じだ。
「多少は動きが鈍るだろう。ハナ、そのスライムでゴブリンを捕えてくれ。最悪、倒してしまって構わん」
「わかりました。ボタン」
「ん」
ボタンが前に出ると、再び手を伸ばす。
何処にゴブリンが居るかわからんが……ボタンは見えている様だ。
泥濘はどんどん広がっていき、着実にゴブリンの足元を侵食していく。いや、あれだけ小さいとゴブリンにとっては濁流と言っても良いかもしれない。
そして、数メートル程を泥で埋めた辺りで、ゴブリンが動いた。相変わらず見えないが、その動きに反応してボタンが動いたので間違いない。
ビッ! と音が鳴る程の速さで、ゴブリンへ向けて手を伸ばす。
「……んふ」
どうやら上手く行ったようで、手をしっかりと握ってる。無事にゴブリンを捕獲したようだ。
「よーし良くやったぞボタン――」
俺が言いかけた辺りで、パァンと甲高い破裂音が炸裂した。
ボタンの手の先が、木端微塵となり弾けている。あのゴブリンがやったのか!?
驚いている間もなく、今度はマリーに異変が起こる。
腕から出し続けていた泥が、腕の半ばから弾けるようにして遮断された。
「マリー!!」
「近づくな!! 問題無い、それよりも――ぐうっ!!」
言い終える前に、マリーが膝をつく。
ゴブリンが何かしたのは明白だが、原因が分からん。
「ボタン、全力で行け。魔法も使って良い」
「きゅう」
いつもより切迫した声を聞いて、ボタンもふざけるのをやめて本気になったようだ。
ボタンはその腕でマリーを掴むと、こちら側へと引っ張る。そして間髪入れずに、【ダークアライズ】を発動させた。
魔法は効かないのだろうが、さっきのを見る限り動きは止められそうだったからな。今はそれで十分だ。
「ん」
「ジナさんッ!!」
「任せろ」
唸り声を上げ、ジナが大剣を振うと衝撃が辺りを襲う。
これでも加減しているのだろうが、地が陥没し壁が崩れる。民家にまで被害は及んでいないので許してほしい。
「マリー殿、大丈夫ですか?」
「問題無い。……しかしあのゴブリン、スライムや私の手を引きちぎる程の力があるとはな。ますます逃せなくなった」
そう言いながら、マリーの腕から生える様に泥が流れていく。地味に凄い魔法だな。明らかに手が無くなってたようなテレフォンショッキングな絵面だったんだが、一安心だ。
「どうだ? ジナ」
「流石に分からねえよ。大体はこれでぶっ倒せるんだがな、余りにも小さくて全く手応えがない」
「魔力の反応は――消えていませんね。油断はなさらぬ様に」
「あれで死なんのか」
しつこい男は嫌われるぞ。あいつ男か知らんけど。
【ダークアライズ】とジナの馬鹿力が加わって爆心地と化した路地裏を見る。
笑い声は聞こえないが、確実にそいつはいるのだろう。……却って見辛くなっただけじゃねえのか?
「魔力量が大幅に減っていますね。何らかのダメージを負ったのか、それとも消費したのか」
「おお、じゃあもう一発やるか?」
お前の力任せゴリゴリラアタックをもう一回やったら今度こそ民家が滅茶苦茶になるぞ。
それをされる前に、ボタンに指示を入れる。
「ボタン、見つけ次第潰しちまえ。容赦はいらん、害虫の如くやってしまえ」
「んっ!」
ボタンが颯爽と瓦礫の上へと向かう。
やる気満々だ。多分ムカついたんだろうな。ゴブリンは皆殺しだの精神である。
「ボターン、あんまりカッカすんなよ? 冷静に、クールに、常に美少女でなきゃダメなんだぞ」
「こんな時に何言ってんだ……まぁ、頭に血が上ってんなら落ち着いた方が良いがな」
「むう」
そうボタンを宥めていた時、フロクスが「おや?」と、首を傾げる。
「どうしたフロクス」
「少し……不味いかもしれませんね」
「何があった?」
「先程感じたゴブリンの魔力が――分裂しました」
「何だと?」
マリーがそう言った瞬間、ボタンに異変が起こる。
ボタンの両腕が、いきなり切り離される。普通の人間なら絶叫物であるが、ボタンにとっては蚊に刺された程度の物である。
「んー?」
なんかおかしいな? 程度の声色でボタンは周りをきょろきょろと見渡した。
自分の腕を足で踏み、それを吸収する。
「あの豆粒ほどの大きさから、あのような殺傷力のある攻撃が出せるとは……危険ですな。しかも恐らく二匹に増えている」
「フロクス、ハナ。ジナの後ろに隠れていろ。そいつは普通の人間より硬いから多少はもつ」
「身代わりにしたって酷い扱いだ」
俺とフロクスは即座に呆れて笑っているジナの後ろへ回り、ボタンへと指示を出す。
「ボタン、増えてるっぽいから気を付けろ」
「うん」
「魔力自体は小さくなっております。元の個体が魔力を分けて生み出したのでしょう。どのような能力なのか未だに掴めませんが、限度はあるという事です」
ボタンがしきりに周りを見ているのは、もしやゴブリンがぴょんぴょんと跳ねているからだろうか。
数秒を置いた後、ボタンはいきなり魔法を放つ。
「しゃどえっち」
「【シャドウエッジ】な。えっちなのはダメだぞ」
思わず突っ込んでしまったが、きっちり【シャドウエッジ】を発動している。詠唱は必要ないからな。人が言ってるのを真似てるのだろう。
「仕留めたか?」
「んー。かすった」
「マリー殿の魔法が効かず、【シャドウエッジ】が通じるとは思えないが……もしかしたら、分裂すると魔法への耐性が低下するのやもしれませんな」
ジナの後ろでそう呟くフロクス。
魔法が効くならマリーの魔法で一気にカタを付けられるんじゃ……と思っていたら――
「おや? ……ほほう、また増えましたね」
「はあ?」
思わず素が出てしまった。チクチク眉毛め、さらっと重要事項言うんじゃないよ。
「更に小さな魔力反応が4つ。これは、本格的に早く倒さなくては取り返しのつかない事になるかも」
「何をノンキに言っている貴様……仕方あるまい」
泥の腕を地に付けると、一気に放出する。
「ハナ、スライムを下がらせろ。あの一帯を泥で押し潰す!!」
「ボタン、おせんべいになりたくなかったら離れろ!」
ボタンは俺の言葉を聞いて即座に反応し、こちらへと戻ってくる。
その瞬間、マリーは一気に泥の波を前方へ放った。
冷静な様子だが、マリーの尻尾が左右に揺れている。猫が獲物を捕る時の、あの動きだ。
「フロクス」
「はい、4匹とも動いておりません……いや、1匹真上に飛びましたね」
「逃がさんッ!!」
フロクスが指す先を、泥が追随する。
数メートルもの泥の柱が聳え立つと、フロクスが合図をする。
「――捕えました」
その言葉と同時に、強い衝撃がこの一帯を襲う。
泥が一瞬にして凝縮し、巻き込んだものを全て粉砕する。
先程ジナが破壊した瓦礫が、更に粉々になっているのを見ると破壊力が伝わってくる。
(泥の魔法ってこんな強いんか)
(正確には水魔法と土魔法の混合でしょう。あれほどの精度を出すのは常人なら困難ですが)
パラパラと、泥が零れ落ちる。
ゆっくりとなだれ落ちる様に、聳え立った泥が沈み始めた。
「最初からこれで良かったのではありませんか?」
「いや、最初に撃った水魔法を弾いた時点では効かなかっただろう」
「私から見れば結構威力に差があると思いますが……」
俺から見てもそう思うが、単純に街を汚したくなかったのかもしれない。結構派手に散らかってるしな。
「これじゃ死体も回収できんな」
「掃除がてら探してみるが……仕方あるまい。貴様が一撃で倒さなかったのが悪い」
「俺のせいかよ!?」
暢気に話すジナとマリーだが、警戒は解いていない。
しかし、フロクスも「魔力の反応はありませんね」と、安堵した表情である。
マジで俺の出番無かったな。まぁ、この面子であったら一大事だろうけど。
(とまぁ、こんな感じで油断してたら何か起こるパターンは毎回あるので油断しませんがね!!)
(流石ハナ様です)
流石ハナ様を頂いた所で、俺達は路地裏に積み立てられた泥山へと近づいて行った。