手を抜いたらやられちゃいそうなので
「リナリア、今はそれどころじゃないだろう。気持ちは分かるが、抑えろ。……フロクスはどうした」
「もうちょっと掛かるって」
「準備が終わったら、一人だけでも直ぐに出てくれ。くれぐれも魔法は抑え目に頼むぞ」
「わかってるさ」
マリーがリナリアを宥めながら、直ぐに外へ出る様に言った。
「誰か一緒に連れてこれない? ケイカちゃんは?」
「今は依頼で出ているな」
「六曜は?」
「……リールイ森林だ」
「タイミング悪すぎじゃないかい? いや、むしろ狙ってるんじゃないの?」
「無い物を強請っても仕方ないだろう。そも、今は殆どが鎮圧に出払っている。ここにいるのは避難した住民、怪我人とその処置をする者だけ……いや――」
マリーは視線をスノーへと移す。
「一人……いや、二人いない事もないぞ」
「う゛ぅ゛~~~~ん……なるほどそう来たかぁ」
「え、なんですか私じゃダメなんですか!」
「いやそんな事ないんだけど、被害が広がりそうでねぇ」
「大丈夫ですよ! いくら私でも街中で暴れたりしません!」
ポリポリと頭を掻いて、リナリアはスノーへと頷く。
「ん、分かった。人手は多い方が良いからね。でも、ゴブリンだからって油断しちゃダメだよ」
「はいっ! 先輩連れてきますね!」
スノーはギルドの奥へと向かっていく。
「さて……ハナ、君も気を付けてね。この騒動もそうなんだけど……君は良くないものに絡まれやすいから」
「いちいち一言多いエルフですね。ほら、早く行った行った」
「……あまりこの街で羽目を外さないようにね。君は敵が多いんだから」
クーヤマーヤにそう言って、リナリアはスノーの後を追った。
「……やれやれ、頭でっかちなエルフにも困ったものですねぇ」
「仲悪いのか?」
「う~ん、まだリナリアちゃんはマシですけどね。エルフという種族自体が、私を相容れないみたいで」
「種族規模で嫌われてんのか…」
あんな兵器作ってたらエルフ以前に嫌われ要素高いと思うけどな!
「でも、エルフは良いんです。リナリアちゃんみたいに嫌いはしても邪魔はしてきませんから」
「邪魔?」
「ええ、私の発明を邪魔する不届きな輩がこの国に――」
と、少し不満気に語ろうとしたクーヤマーヤの頭に、ポンっと手を置かれる。
後ろを見ると、いつの間にか復帰したブローディアがそこにいた。
「……愚痴はまた今度。今はそんな事言ってる場合じゃない」
「ブロちゃん、今回は早かったですね」
「昨日慣らしておいた甲斐があった」
「慣れるとかあんのか」
妙にすっきりした表情でブローディアは言葉を返すと、マリーを見る。
「……マリー」
「貴様に命令するつもりはない。好きに動け。だが、コイツだけは視ておけよ」
「そうさせてもらうわ」
「私も好きにやりますよ」
「貴様はダメだ」
「何でですか!!」
「何故ダメではないと思ったのか」
ディゼノの住民をトラウマに陥れる訳には行かないだろうからな。
と言ってもこいつを制御できる奴いないんじゃないか?
「ブローディア、しっかり見張っておけ。コイツは殺人以外は平気でやる奴だ」
「分かっているわ」
「最悪再起不能にしても良い。余計な事はさせるな」
「本人の前でしていいんですかその話」
それから話は進み、ブローディアとクーヤマーヤは再び外へと出て行った。俺も連れて行くとクーヤマーヤがごねていたが、強引に連れていかれた。
俺はどうしようか……ジナはどこ行きやがったんだ。いつも人を待たせやがって。
「おう、遅れてすまんな」
「お待たせしました」
「ぶいぶい」
そう思っていたところに丁度ジナ、そしてフロクスとトマホークが現れた。
「遅いぞこの緊急事態に」
「まぁそう言うな、焦って空回りしても仕方ないだろ?」
「申し訳ありません。私の前準備で少々手こずってしまいまして」
そう言って、フロクスは杖を取り出した。
木製の、やたら格調高そうな品のある杖だな。何に使うんだろ。
「もう問題ありません。早速行きましょう」
「分かった、私も向かおう」
マリーは他の冒険者たちに一言声かけると、外へと向かった。
俺はどうするかな……と思っていたら、ジナが声を掛けてくる。
「ハナ、一緒に来てくれ。くれぐれも離れんようにな」
「おっけー。行くぞボタン」
「んー」
ジナと俺はマリー達の後を追った。
ブローディアとクーヤマーヤは元来た道を戻っている。
理由も言わずにただ進むブローディアに、クーヤマーヤは尋ねた。
「なんでわざわざ戻るんですか?」
「……【占術師】がそう告げているから」
「胡散臭いですねぇ」
これならハナに付いていけば良かったと、クーヤマーヤは独り言ちた。
せっかくだから、銀の天使の調整でもしようかなと思っていたその時――
「っ!!」
「およ?」
目の前で大爆発が起こる。
正確には、こちらへ飛来してきた火魔法を、ブローディアが相殺していた。
「いきなりですねぇ。黒い魔物ですか?」
「……ゴブリンが出せる火力じゃない」
「じゃあゴブリンじゃない黒い魔物ですよきっと!! ルコさん、全然見せてくれなかったからなぁ」
ぶうぶうと文句を言いながら、クーヤマーヤは煙の上がった先を見る。
そこに黒く丸い魔物が数体、こちらを遮るように立っていた。
「よう、お嬢ちゃん達」
「……誰?」
「そっちのお姉さんは初めてだな。俺はミ・ギグ。ミ族のライズであってその辺にいるゴブリンとは無関係だから悪しからず」
「いきなり火球をぶつけるとはご挨拶ね」
いつの間にか手に握られていた剣を宝石へ戻し、警戒心を上げてブローディアはミ・ギグへと返答する。
「すまねえな、そっちのチビちゃんに用があるんだ」
「ありゃりゃ、私ですか」
「そりゃそうだ。うちの頭から大事なモン盗んどいて、放置する訳にもいかねえからな。つーか、既に2度会ってるだろ」
耳をぱたぱたと叩きながら、ミ・ギグはやれやれと嘆息する。
「……貴方、何をしたの?」
「ちょっと参考までに教会所有の魔装具をお借りしただけですよ。そのうち返すつもりだったんですが」
「……おばか」
ミ・ギグと同じようにため息をつき、ブローディアは言葉を返す。
「今はそれどころじゃないでしょう? 見ての通り、異常事態よ。せめて事が済むまで待てないの?」
「俺達部外者が出張る所じゃねえだろ。……そうだな、この騒動が終わって、そこのカフェでお茶しながら話すってんなら待ってやっても良いんだが」
「……」
話を聞きながらも、ブローディアは意識を後ろへと向ける。
既に、何匹かのライズに囲まれている。軽薄なオヤジかと思っていたが、抜け目が無い様だ。
「最初からここに来ることが分かっていたみたいね」
「耳が良いんでな。この街の奴ら割とやり手だからよ、ゴブリン騒動も大分収まってきたみたいだぜ? お陰で多少は聞ける様になったよ」
「飾りじゃないんですねぇその耳。ちょっと構造を見てみたいです」
「オイオイ、おたくが言うとおっかねえな」
笑いながらそう言って、ミ・ギグの手が燃え上がる。
逃すつもりはないらしい。普段であれば街中で乱闘騒ぎなどすぐに衛兵が駆けつけるが、今この場ではそれも期待できない。
「おたくら、良い噂聞かねえぜ? ミゴラスの倅も相変わらず見つからねえし、一体どうなってるんだか」
「この女はともかく、私は大した事してないわ」
「酷いじゃないですかブロちゃん、私だって大した事しとりませんよ」
「しとるでしょう……まぁ、いきなり魔法を撃たれる程、危険視される心当たりはないけど」
とは言っても、教会の連中がどこまで情報を持っているか分からない。
リブラコアに話を聞ければ良かったが、会うだけで窒息しそうになるので聞くに聞けない。
「悪いな、お姉さんはともかく、そこのチビちゃんは2度取り逃がしてるんだ」
「中々楽しかったですね、特に2回目は」
「こっちは楽しむ余裕がなくなってきてるんでね、そろそろブツだけでも返してほしいんだが」
「う~~ん……後半年ほど待ってほしいですねぇ」
クーヤマーヤはごそごそと、銀の天使を取り出す。
「……それを使うの?」
「大丈夫、流石にゴブリンみたいな状態にはしませんよ。それに――」
クーヤマーヤは目の前の、炎が灯った手を構えるライズを見据える。
「流石にあの方は、手を抜いたらやられちゃいそうなので」
クーヤマーヤは妖しく笑うと、その銀の球体を上へと放り投げた。