離れたら死ぬぞ。私が
「ウラララララァァァァ!!!!!!」
「……」
声を張り上げ、続けざまにゴブリンを殴り倒していく一人の少女。
寡黙に、迅速にゴブリンを斬り倒していく一人の少年。
「スノー、街中で魔法は使うなよ。また王都に出稼ぎへ向かう事になるぞ」
「分かってますって!! 見た目は強そうになってるけど、そこまで変化がある訳じゃないっぽいし大丈夫!!」
「……油断するなよ?」
依頼を受けずに買い出しに回っていたスノーとリアムは、突然街中に現れた黒いゴブリンと遭遇した。
ルマリ襲撃の件もあって、冒険者が街中でも常に武器を所持していた為、直ぐに対応する事が出来た。
「シッ!!」
スノーは軽やかなフットワークでゴブリンまで詰め寄り、拳を数発叩きこむ。
ゴブリンが崩れ落ち、リアムがとどめを刺す。
そんなローテーションを繰り返し付近のゴブリンを倒すと、リアムは今の状況を分析していた。
(このゴブリン共、際限無く増えているのか? これじゃまるで――)
あの凶悪なトレントが生み出していたスライムと一緒だ。街中でこの量が湧いているとすれば、甚大な被害が出る。
一度ギルドへ向かうべきかと考えるも、目の前の惨状を無視する訳にはいかないと考えが纏まらない。
……もしかして、例の魔物と同じ条件なら、それを生み出す母体がいるかもしれないと直結するも、スノーの声に思考が中断する。
「ねえねえ先輩」
「……なんだ?」
「あれ、あそこでぶっ倒れてるゴブリン。変じゃない?」
スノーの言葉通り、指す先には倒れているゴブリン。
他の冒険者が倒したのだろう。しかし、外傷が見当たらない。
「ちょっと見てくる」
「待て。少しは警戒しろ!」
リアムの言葉が終わる前に、スタスタと足早にゴブリンの元へ向かうと、スノーはその死体をジロジロと見ている。
「あっ! 見て先輩!! 胸の所!! ああ、私のじゃないですよ」
「はあ」
適当にあしらいながら、リアムはゴブリンへと視線を移す。
よく見ると、胸の部分に小さな穴が開いている。
「……魔核を正確に狙っているな。魔核のみを砕く程度の、力が加減された刺突か」
「凄い技術ねぇ。ギルド長でも無理じゃない? こんなの」
「魔法という訳でも無さそうだな」
「もしかしたらハナみたいにすっごい特殊なスキルかも……」
「……無い事も無いだろうが」
ともあれ、討伐に参加しているのであれば味方の線が濃いだろう。
不審な点はあるものの、優先すべきは住民の保護、及び街中に現れたゴブリンの討伐だ。
そうリアムが考えていると、近くで悲鳴があがった。
「行くぞ!」
「はいッ!!」
救助へ向かうべく、二人は声が聞こえた方向へと走る。
そこには、ゴブリンではなく別の魔物が女性と対峙していた。
灰色の毛玉の様な魔物。数匹はゴブリンと戦闘しており、悲鳴をあげたと思われる女性は一匹の毛玉に詰め寄られている。
「まぁまぁ奥さん落ち着いて。あの黒いのと違ってライズは無害な良い魔物ですよ?」
「ボス、我々もジャンル的には黒い魔物です。それに、そんな詰め寄ったら普通に同族でも怖いですから」
「ああそう? それは失敬」
ボスと呼ばれた毛玉が、ぽふぽふと音を立てて後ろへと下がる。
「先輩、なんですかあれ。毛玉が喋ってますよ。ぶっ飛ばした方が良いんですかね?」
「ダメだって。彼らはライズと言ってな、人と友好的な魔物なんだよ。俺は白いライズしか見た事がないが……」
どうしようか困惑していると、宥めていた方のライズが二人に気づく。
「ボス、冒険者の方が来ましたよ」
「ほう、丁度良いな。そこのご婦人は任せたぞ」
そう言って、こちらに振り向くボスと言われたライズ。
正直人から見たら見分けがつかない物の、ボスと呼ばれたライズはサングラスを、その傍らにいるライズは眼帯を付けているので、辛うじて判別出来た。
「そこの坊主達、一つ聞きたいんだが……ああ悪い。俺はミ・ギグ。アルタ教会のモンだ。別に何もしないからそんなしかめっ面するな」
警戒していたのが伝わったのか、柔和な表情(だと思う)でライズ――ミ・ギグは簡潔に自己紹介を済ませる。
「見た目にそぐわぬ可愛くない声ですね。渋すぎません?」
「おいっ!」
「ハハ、気にするな坊主。俺にとっちゃむしろ誉め言葉だよ」
ミ・ギグは笑いながら言うと、短い手で器用に葉巻を取り口に咥える。
「ボス、歩きながら喫うと毛に引火しますよ」
「平気だよ。それよりも、おたくらに聞きたいんだが。一体どうなってんだこの街は。いつもこんな騒がしいのか?」
毛玉が葉巻とか滅茶苦茶シュールだなと思いながらも、リアムはミ・ギグに返答する。
「そんな事は無い……ですね。異常事態です」
「そう畏まるなって、冒険者だろ? んで、取り合えず俺は教会に向かいたいんだが――」
「あっ! 危ないっ!」
言いかけた所で、他のライズが対応していたゴブリンがこちらへと抜けてくる。
スノーが声をあげると同時に、そのゴブリンへ向けて、ミ・ギグが振り向きざまに爪を立てて刺突する。
(……さっきのゴブリンはこのライズにやられたのか)
ミ・ギグは一瞬で魔核を貫くと、爪を引き抜いて血を払う。
愛らしい見た目とは裏腹に、高い実力の持ち主だとリアムは考えを改める。
(サングラス。そういうのもアリね)
一方、スノーは全く別の事を考えていた。
「すみません、ボス!!」
「おう。俺も悠長に話してる場合じゃなかったな。おたくら、教会はどっちかわかるかい? この街は初めてって訳じゃないんだが……そこまで慣れてる訳でも無くてな。こんな騒ぎじゃ祈りの声が聞き取れなくていけねえや」
「教会はあっちね。街端れだから分かりやすいと思うけど」
「そうか、すまねえな嬢ちゃん。ああ、それとこのご婦人だが、そっちのギルドで保護してやってくれねえか? 本当は俺達の役目なんだがよ、魔物に怯えちまってパニック起こしちまうとマズいからな」
くいっと耳を上げて、女性の方を見る。
魔物に慣れてない一般の女性が、いきなりゴブリンが襲い掛かかられて落ち着いていられる訳もない。
ここはミ・ギグの話に乗り、一度ギルドへ戻ろう。そう考え、リアムは返事をする。
「分かった。俺達で保護しよう」
「すまねえな。おい、ゴズ」
「ええ、貴方もよろしいですか?」
女性は怯えながらも、小さく頷く。
「ねえミ・ギグさん、一つ聞きたいんだけど」
「ん? なんだ?」
「そのサングラスどこで買ったの?」
「おいスノー!」
脈絡もなくスノーはミ・ギグに聞いた。
「これか? これは確か……王都で購入したものだったか。周りと区別する為に付けろって言われてるんだが、必要なのかねぇ」
「我々はともかく他の種族から見ればライズの見た目は大差ないですからね」
「でも、そっち眼帯さんの方が分かりやすいわね」
「なん……だと……」
口を開いて葉巻を落としそうになるミ・ギグ。
「でも、私は好きだけどね、そのサングラス。私も買おうかなぁ」
「フフ、お目が高いな嬢ちゃん」
「ボス、急ぎましょう。プリム様がいるとはいえ、この様子だと教会も安全ではありません」
「プリムの嬢ちゃんがいりゃ大丈夫だっての、ったく心配性なんだよお前は」
ミ・ギグはちゃきっとサングラスを付け直すと、リアム達から離れる。
「じゃあ頼むぜ。これじゃ、おちおち酒も飲めやしねえからよ」
「仕事中ですのでお控え下さい」
「かてぇーこと言うなよ!」
ぽてぽてと軽い足取りで、ミ・ギグはこの場を去っていく。
「なんというか、マイペースよねぇ」
(……お前に言われたくは無いだろうよ)
スノーとリアムは保護した住民を連れ、急いでギルドへと向かった。
「全く何がどうなっているのだ。ルマリの時もこんなてんやわんやだったのだろうか」
「ぶいぶい」
「トマホーク、私から離れるなよ。離れたら死ぬぞ。私が」
「……ぶう」
足早に駆けながら、ギルドへと向かうフロクスとトマホーク。
大通りは意外にもゴブリンが少ない。いたとしても、既に鎮圧されていた。
それでも、泣きながら逃げている者もいれば感情的になって衛兵へ怒っている者もいる。阿鼻叫喚とはこの事だろう。
しかし、重傷者はいない様に見える。ルマリ襲撃の事もあり、衛兵達が巡回数を増やしていたのが功を奏したのかもしれない。
「ふむ、衛兵や冒険者の質が高くて何よりだ」
「ぶう」
「それでも、まだ手が回っていないのだろう。住民達も混乱しているようだ」
まずはギルドの様子を確認しなければと、そんな街の様子を横目に見ながら、目的地へと向かうフロクス。
そして数分も経たないうちに、ギルドへと辿り着く。
息を整え、両開きのドアを開けると中は人でごった返していた。
避難してきた住民や商人、冒険者たちで入れ混じりとても……凄い状況だ。そんな、語彙を選ぶ余裕が無い程にフロクスは呆気にとられる。
そんなフロクスへ、遠くからずんずんと人が近づいてくる。
「フハハハ、お待たせ。私が帰ってきましたよ」
「フロクス!! 貴様何処へ行っていた」
「そう焦らずとも、ちゃんとお話ししますよ、マリー殿」
マリーは食い気味にフロクスへ詰め寄る。
「貴様もあのデカブツも、こういう時に活躍しないでいつ活躍するのだ」
「いきなり酷い言い草だ! 私はともかく、ジナ殿はいつでも大活躍ですよ」
「御託は良い、さっさと話せ」
(自分から始めたのに!!)
普段から気の強いマリーだが、今はどちらかというと余裕がない、と言った方が良いだろう。
街がこんな状態だ、それも当たり前だろうとフロクスも真面目に話を始める。
「……ジナは単独で動いてるんだな?」
「ええ、ゴブリンぐらいであれば彼を見たら逃げ出すでしょうし、危険は無いかと」
「散り散りに逃げられたらそれはそれで危険なんだがな。貴様に付いて行った占術師と三眠はどうした」
「一緒に行動していますよ。ハナ殿のお陰で大人しいですから、問題無いでしょう。多分」
「不安になる言葉を末尾に付けるな。というか、年端も行かぬ少女にあんなものを押し付けるな」
あんなもの扱いに思わず苦笑いしつつも、フロクスは話を続ける。
「ですが、彼女達の実力は確かなので。今回は手伝って頂きましょう」
「まぁ、それは良い。貴様にも働いてもらうぞ」
「ええ、勿論です。お役立て出来る事があれば何でも致しますとも」
「ぶいぶい」
「ほう、期待しているぞ」
マリーはフロクスを連れ、足早にギルド内を突っ切る。
フロクスは、マリーの様子を見る限り本当に何でもやらされそうだな、と早くも自身の放った言葉を撤回したくなった。
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