美少女のお出かけを台無しにしやがって
フロクスとの話が終わった後、暫くボタンの能力を見てもらっていた。
スライムを従魔にしている人もいるにはいるらしい。何でも食うのでゴミ処理とか、庭の雑草食ってもらったりと戦わせる事は無いという。
「じゃあお前もゴミ食うか。薬草の端材とか食べると爺さんが喜ぶぞ」
「ばか」
「イタタタタ、冗談だってのに」
ボタンもスライムの能力である【粘液】を持っているので可能ではあるが、流石にそんな扱いは可哀想なので勿論やらないぞ。肉の串焼きは串ごと食べるけどな。
頬を引っ張ってくるボタンを抑えていると、中へ誰か入ってくる。
「ごきげんよう。挨拶も出来ずに申し訳ありません、つい話し込んでしまって」
「プリム殿、気にしないでくれ。丁度今終わった所だ」
「こんにちわ、プリムさん」
プリムと、その後ろのブローディアとクーヤマーヤが中へと入って来た。
う~ん、大中小って感じ。何がとは言わない。
「ハナさん、ごきげんよう。ジナさんも最近は良く来てくださいますね」
「おう、暫くはここにいるって決めたからな。お前さんも外へ出てみればいいんだ、楽しいぞ」
「フフ、もうそんな歳でも無いですよ」
そんな歳ってどんな歳なんだ……前も言ってたけど、20代前半にしか見えん。それくらいならまだまだ若いと思うんだがな。
「気になりますか?」
「おう……おお?」
いつの間にか隣にクーヤマーヤが。
そして、耳に顔を近づけて――
「じゃあ教えちゃいます。私は29です」
「ああ?」
「29です」
「あー……そう」
おめーの歳は聞いてねえんだよなぁ。さり気に同い年なの複雑だな~~……いや、同い年じゃないんだけど。
「見た目の割に結構歳いってんだな」
「ダメですよ、女の子にそんな事言っちゃ。ホントはトップシークレッツですけど、ハーちゃんには特別です!」
「ええい、引っ付くな」
「そんな恥ずかしがらずに」
パチンとウインクをすると、そのまま腕をぎゅっと絡ませて引っ付いてくる。何故こんなに懐いてるんだ。
ボタンはボタンで頬を膨らませながら逆側を引っ張ってくる。
「お前さん、とんでもないのに気に入られたな」
「……近くにいると火傷程度じゃすまないから気を付けて」
「そんな事言ってないで助けて下さい」
微笑ましい目で見ている二人に助けを求めるも、目を逸らされてしまう。
「まだ日も高い、一緒に街を見て回ったらどうかな?」
「ナイスアイディアです!」
「え゛、マジですか?」
「フロクス……面倒事を押し付けるつもりだろ」
「ハハ、そんな事は――おや?」
このままお出かけの流れになりそうな所で、フロクスが何かに気づく。
何やら外が騒がしい。何かあったのだろうか。
フロクスが様子を見ようと出口に向かおうとした所で、勢いよく扉が開かれる。
「シスター・プリム!!」
先程まで教会で祈りを捧げていた人だろうか。恰幅の良いおじさんが血気迫る様にプリムを呼んだ。
「どうなされたのです?」
「教会の、いや、街中に魔物がッ!!」
「何ッ!!?」
そのおじさんの声の更に倍くらいの音量で反応したのはジナだ。
街中に魔物だ? いつからそんな物騒になったんだここは。
「その魔物はどこにいるッ!!」
「そ、それが至る所に現れて荒らしまわって――」
結構ヤバい事になってんな。何故そんな事になっているかはさておき、こうしてのんびり話を聞いている訳にもいかんか。
「なんだか凄い事になってますねぇ?」
「ここで避難者を受け入れましょう。皆さん、申し訳ありませんが」
「気にすんな。俺達も直ぐに行く」
プリムは一礼すると、おじさんを連れて外へと飛び出した。
さて、俺もぐずぐずしている訳には行かんな。
「ジナ殿、私はギルドへ向かおう。マリー殿は貴方を探すだろうからね。私は戦闘に加わるよりも、連絡係に徹しよう。トマホークも付いてきてくれ」
「ぶいぶいぶう」
「任せた、俺は人を救助しつつ手あたり次第魔物を鎮圧しに向かう。……ハナ」
ジナが俺に話しかけてくる。
「何ですか?」
「一緒に来てくれ。今までの経験上、お前さんは一番の面倒事に巻き込まれるだろうからな」
「既に巻き込まれてるけどな。まぁ、分かった。ジナさんの近くが一番安全まであるからな」
またここで大人しくしてろって言うのかと思いきや、その真逆の事を言ってきた。
ユーリが居ないから移動が面倒だが、仕方がない。全く、ユーリもリコリスも大事な時に居ないんだから。
俺は、手を握っているボタンに声をかける。
「ボタン、その状態でやれるか?」
「ん」
こくりとボタンが頷く。
魔物がどれだけいるか知らんが、今回はボタンにも表立って活躍してもらおう。
「じゃあ私もハーちゃんと一緒にいこっ!」
「えー、お前来んの?」
あんまりスキル使って勘繰られたくないんだが……まぁ、今は言ってる場合じゃなさそうだから使う事に躊躇はしないけど。
それにコイツ、発明家って言ってたけど戦えんのか?
「そんな嫌そうに言わないでください、大丈夫です、これでもちゃーんと自分の身は守れますから! ブロちゃんはどうする?」
「……私も付いていく」
そうブローディアが言うと、ジナは驚いたような顔をする。
「意外だな、お前さんは来ないと思ったが」
「気になる事がある。足は引っ張らないと約束する」
「そんな心配はしてねえよ。むしろ手伝ってほしいくらいだ」
「……」
クーヤマーヤもそうだが、ブローディアもか。占術師って戦えるイメージ無いしな。でも、ジナのお墨付きなら問題無い。いや、俺が心配するのも烏滸がましいかもしれないな。
時間が惜しいとばかりに、ブローディアは外へと出る。
それに続き、俺達も街中へと急いで向かう。美少女のお出かけを台無しにしやがって。魔物だか何だか知らんが全部ボコボコにしたるわ。
いつも騒がしいディゼノだが、今日はまた一層と混沌状態だ。
露店の通りは既に殆どの住人が避難している物の、逃げ遅れた者達も散見される。
中には、商品を荒らされて酷い状態になっている所もある。
「ひっ、だ、誰か――」
辺りを見回していると、一人の商人が魔物に襲われている。
どうやら、店の商品を見捨てて逃げられずにいた商人の様だ。
「ハナッ!」
「あいよ」
ジナからご指名が来たので、俺はナイフに魔糸を通し、一本を投擲する。
商人を追っていた魔物へ一直線に向かっていく。
そのまま貫く――訳もなく、魔物が手に持っていた棍棒で弾かれる。だが、意識をこちらへと向けたので役割は果たした。
「おいアンタ!! さっさと逃げろ!!」
「し、しかし」
「そんなもん気にしてる場合か!! 死んだら元も子もねえだろ!!」
ジナの一喝により、未練がましいながらもその場から逃げ出す商人。
まぁ気持ちは分からんでもないが、ここは従ってほしい。
あの魔物。初見だが、何かは知ってるぞ。見た目がイメージのまんまだしな。その答えを、ジナが教えてくれる。
「あれはゴブリンだな」
「おおー、あれが噂の」
「だが――ご多分に洩れず、全身真っ黒だな」
ゴブリン、初めて見た。でもやっぱり黒いゴブリンは普通じゃないらしい。まずはプレーンなゴブリンで練習したいんだがな。
ギイギイと鳴きながら、ゴブリンはこちらを視認する。
「ゴブリンの魔核ってどこにあるんだ?」
「心臓部だな。通常と一緒ならな」
分かりやすくて良いねぇ。流石にアルラウネの時みたいな特殊な魔物でないと信じたい。
「……あれが黒い魔物」
「ふへへ、初めて見ましたよ!! あれが噂のねぇ。見た所、通常種より一回り大きいみたいですが――」
ブローディアとクーヤマーヤも、情報は知っていたようだが見るのは初めてらしい。クーヤマーヤはこんな状況にも関わらず、キラキラとした目で考察を始める。
ゴブリンはそのまま突撃してくるかと思いきや、棍棒を捨ててその男の露店に並べていた商品を物色する。
「おっ、店売りの武器を手に取りましたよ。武器の良しあしを見るくらいは知性があるようですね!」
「言うてる場合か。ハナ、アイツは頼む。俺は奥にいるのを蹴散らしてくる」
「オッケー」
「……何をする気?」
ブローディアの疑問に答えぬまま、ジナはそのまま方向転換し、別の場所で暴れているゴブリン複数体の元へ向かう。
俺は弾かれたナイフを操作し、先程のゴブリンへと飛ばす。そのまま、ナイフはゴブリンの背中へと突き刺さる。
視覚外の攻撃に、ゴブリンは突き刺さるまで反応が出来なかったようだ。
だが、ナイフが短く魔核に到達していなかったのか、ナイフが刺さったままゴブリンはこちらへと向かってくる。
目が血走っており、手には大きめの剣が握られている。
「しつけー奴だな」
俺はゴブリンの持っていた剣に魔糸を繋ぐと、そのままゴブリンから引き剥がす。
何が起こったのか狼狽えているゴブリンに向けて、そのまま魔核がある心臓部へと突き刺した。
流石に黒い魔物とは言え、魔核を破壊されたら終わりだ。ゴブリンはそのまま倒れ、事切れる。
「……ぐろ」
(大丈夫ですか、ハナ様)
(おう、もう慣れた……訳じゃないけど、大丈夫だ)
セピアが心配して声をかけてくれる。
見ていて気持ちのいい物でもないが、んな事でいちいちビクついてたらこっちが死んじまうからな。
俺の戦いを見ていたブローディアは、目を丸くしてこちらを見ていた。
「あのスキルは――」
「ハーちゃん恰好良い!!!」
横から、ぴょんぴょん跳ねながらクーヤマーヤが抱き着いてくる。まだゴブリンはいっぱいいるんだからもっと気を張ってくれ!!
俺はぐいぐいと足りない胸を押し付けてくるクーヤマーヤを諫める。
「クーヤさんも手伝ってくださいよ」
「んー、そうですねぇ。折角ですから、ここでお披露目しても良いかな」
クーヤマーヤは俺から離れると、球状の金属を取り出した。見た目としては、砲丸に独特な模様が描いてある。
鼻歌交じりにそれを優しく撫でると、模様が光りだす。
「ハナ、危ないから下がって」
「え?」
ブローディアにグイっと手を引かれる。
あれ、爆発するんじゃないだろうな……俺は恐ろし気にクーヤマーヤから離れる。
「銀の天使――起動」
俺の予想とは裏腹に、クーヤマーヤは輝く球体を、両手で天へ捧げる様に、上へと掲げる。
クーヤマーヤがその言葉を口にすると、銀の天使と呼ばれた球体が、ゆっくりと浮かび上がった。