ちょっと不貞腐れてる美少女は誰が見ても可愛いな
【魔物使い】は、先天性スキルの中でも比較的所有者の多いスキルだそうで、その専門的な知識を綴った文献が多く残っている。
とは言っても、元の世界の印刷技術とは比べ物にならないので、そこまで普及はされていない。王都に行けば沢山あるらしいけど。
そんな知識をフロクスはしっかり頭に入れている。流石元貴族、家にそんな本があったらしくじっくりと何度も読み返していたそうだ。
以前セピアに教えてもらった通り、一度テイムした魔物は絶対に逆らう事は無いらしい。最初にテイムした時点で上下関係というのが刻まれるそうだ。普通は戦闘を行った後に、魔物側が任意で受けるものだから当たり前と言えばそうだが。
「しかしそれだとおかしい。リコリスが全くいう事を聞いてくれない……」
俺は足をばたつかせながら不満を口にする。ちょっと不貞腐れてる美少女は誰が見ても可愛いな。
「聞かないんじゃなくてお前さんを窘めてるだけだ、あれは」
「何故だ……俺は何も間違った事言ってないのに」
「フフ、そうですね。それは、ハナ殿の心の中では、その方の言ってる事を拒絶していないからですよ。とても良い関係の様ですね」
うぐ、そう言われるとまるで俺がツンデレみたいな感じじゃないか。ツンデレ美少女も王道中の王道だが……素で言われるのは少し恥ずかしい。
こほんと咳払いをして、再びフロクスに話を催促する。
気になっていた街での振る舞いだが、それほど気にしなくても良いそうだ。実際この街でも咎められるような事は無かったな。
殆どの街で【魔物使い】の事は周知されているそうで、しっかり手綱を握っておけば問題無いとの事だ。
なんか不用心だなと思わない事も無いが。小さい村とかだと危ないんじゃないだろうか。
それを聞いた所、やはり自分を魔物使いと偽って魔物を嗾ける事件もあったようだ。
「そんな事したら、魔物使いが入れてもらえなくなっちゃうだろ」
「一時期そんな話もあったけれどね。しかし、全てを禁ずるなんて事がずっと続く訳も無し。衛兵がいる様な村なら問題は無いよ」
「まぁ、勝手に入ったら良い顔はされないだろうなァ」
逆を言えば、衛兵もいないような小さい村は保障できないと。好き好んで危なそうな所へ行くつもりはないが……覚えておこう。ボタンやユーリが嫌な思いするのは良くないからな。
そういう訳なので、王都へ入るのも問題はない。まぁ最悪はルビアの名前出すつもりだからその辺は心配してなかったが。
元より、黒い魔物の件が無くてもボタンは極力人間の姿でいてもらうつもりだ。その方が色々楽だしな。
「ボタン、街中では勝手に行動するなよ。お前店売りの食べ物とかに気を引かれがちだからな」
「ぶいぶいぶう」
「わかってます?」
「ハハ、主人としてちゃんと見てないとダメだぞ? ハナ」
「分かってるよ」
トマホークとじゃれながら、ぶいぶいと返事をするボタン。
遊ぶのは良いが、自分の事なんだからもうちょっとしっかり聞いて欲しい。
その他にも、色々話を聞けた。やっぱ現役の人の話は為になるね。
気になっていた細かい所まで知る事が出来たので実に有意義であった。
「他に、何か聞きたい事はあるかな?」
「そうですね……ああ、そうだ」
話を終え一息ついた後、フロクスは俺に聞いてくる。
そういえば、この世界に来た時から気になっていた事があったんだ。
「【魔物使い】の後ろに+(プラス)ってのが付いてるんですけど」
「ハナ殿は確か、従魔が三体いるんだったね。じゃあ、プラスが二つ付いているのかな?」
「いえ、一体はまた別物でして――」
ユーリは精霊だから【魔物使い】の従魔では無いんだよな。
ややこしいながらも、俺はその事をフロクスへと伝える。
「なるほど、精霊にまで従えているとは。君は余程この世界に愛されている様だ」
「世界にねぇ……そんな大層な事でもないと思いますが」
本当に愛されてたら何回も死にかけないと思うぞ。どんな歪な愛情だ。
まぁそれはともかく、俺はその謎のプラスに付いて話を戻す。
「この雑で取ってつけた様なプラスってなんなんです?」
「雑かどうかはさておき……これは特定のスキルに見られる物なんだけど――」
曰く、プラスが付けば付く程性能が上がるんだと。そのまんまだな。具体的に言うと魔物をテイム出来る数が増えたり、魔力の譲渡を離れた位置から行えたり。
人によっては付いてなかったり、俺以上にプラスが付いていたりするらしい。
その性能を上げる方法を聞いたところ、明確にどうすれば上がるという理屈は分かっていないとの事だ。
上がった時の状況はまちまちで、絆が深まったから! とか、強敵と戦って苦難を乗り越えたから! というのも無いらしい。安心したが、更によく分からなくなったな。セピアに聞いても分からんし。
とは言っても、別に今すぐ魔物の数を増やしたいとかいう訳じゃないので、説明を聞けただけで満足だった。
「ありがとうございますフロクスさん。とても助かりました」
「ああ、困った事があれば何でも聞くと良い。講義料は全てジナ殿から頂くからね」
「金取るんかい」
「ハハ、冗談ですよ」
今後は度々、世話になるかもしれない。俺はフロクスに頭を下げて礼を言った。
教会の横に建つ、こじんまりとした小屋。その中で、三人の女性が椅子に座り談笑している。
「お二人でヴィルポートに……それは大変でしたね」
「……違う。クーヤとは偶々ヴィルポートで鉢合わせた。この女と一緒に出歩くのは正気じゃない」
ディゼノのアルタ教会。その教会を取り仕切るシスターのプリムが聞くと、占術師のブローディアが目の前の少女を見ながら答えた。
「もう~なんでそうツンツンなんですか? そんな一方的に感じが悪いと叩かれますよ?」
「貴方が相手なら無条件で勝つから大丈夫」
「またまたぁ、意地張らずに仲良くしましょうよ――ぎゃうっ!?」
クーヤマーヤが、つんつんとブローディアの豊かな胸をつつこうとして、指を思い切り掴まれる。
ギリギリと音を立てて指をあらぬ方向へと曲げると、骨が軋む音と同時にクーヤマーヤからも声が漏れる。
「待って、指、このままいくとえらい事に、待って」
「まぁ、その辺にしてあげてください。あまり騒がれると祈りを捧げている方々に迷惑ですので……」
「私の心配は!?」
プリムに窘められると、ブローディアはふうっと息をついて手を放す。
クーヤマーヤはすかさず手を引っ込めると、恨めし気な目でブローディアを見やる。
「良いじゃないですかちょっとくらい……イタタ、めっちゃ容赦ないですね」
「女同士だからって節度は持つべき」
「ブローディアさんのプロポーションは魅力的ですからね。でも、自分がやられて嫌な事を人にしてはいけませんよ」
「私は嫌いじゃないけどなぁ」
「なら嫌いになってください」
プリムとクーヤマーヤが会話している合間に、ブローディアは蒼く輝く宝石を取り出す。
その宝石を握り、目を瞑る。
宝石が光を帯びたと思ったらすぐに収まり、ブローディアはプリムの方を向いた。
「プリム、結果が見えた」
「いきなりですねぇ」
「……私は忙しい。時間は無駄に出来ない」
クーヤマーヤが茶化しながら言うと、プリムは素っ気なく答えて続ける。
「ディゼノが危険に及ぶ事は無いと思う。貴方が表立って出る必要はない」
「でも――」
「それでも、プリムが気になるなら冒険者ギルドに手を貸すと良い。結局、どんな未来も創るのは自分自身だから」
「……そうですか」
悩むプリムを諭すように、ブローディアは優しい声色で答えた
「相変わらずカッコイイですねぇ。でも、占術師らしからぬ発言じゃないですか?」
「……別に、確定した未来なんて存在しないから。私は、よりよい未来の為に提言するだけ。人の未来を人が決めるなんて、烏滸がましい事はしない」
「でも、実際の所見えてるんじゃないですか?」
「あくまで、『有り得る未来』が見えるだけ。可能性があれば道は拓ける」
つまり可能性が無い事も有り得る訳ですか。と、クーヤマーヤは思いながらも口には出さずに『そうですか』と、一言答えた。
自分自身、発明家として可能性が無いなんて言葉が嫌いだからだ。
「……プリムは優しいから絶対に人の為に動く。けど、その勘定に自分が入って無いの。だから心配」
「大丈夫ですよ。いざとなれば力で何とかします」
「とても自己犠牲を心配されている人とは思えない発言ですね」
腕を巻くってみせるプリムに、苦笑いするクーヤマーヤ。
そんなクーヤマーヤへ、プリムは更に言葉を加える。
「私なんてまだまだですよ。リブラコアさんなんて――」
「ゴブッッ!!!」
「!?」
その名前を挙げた途端、いきなりブローディアが突っ伏してしまった。
プリムは驚いてブローディアへと駆け寄る。
「ブローディア! どうしたのですか!」
「……いや、その名前を言わないで。死ぬ……」
「名前って……リブ――」
「ウッッッッ!!!!」
胸をこれでもかというくらいに抑えて苦悶の表情をするブローディア。
訳が分からぬままのプリムへ、クーヤマーヤが助け舟を出す。
「ほら、ブロちゃん、筋肉アレルギーじゃないですか。あの筋肉が擬人化したみたいなリブくんの名前出したらこうなるのも仕方ないですよ」
「名前だけで!?」
「この間実際会ってますけど、殆ど気絶してましたからね」
「酷い……」
どっちに対しての『酷い』かは敢えて聞かずに、うんうんと頷くクーヤマーヤ。
「……余計な事を言わないでクーヤ。彼に悪気がある訳じゃないの」
「被害者面してますけどブロちゃんが一番失礼ですからね?」
「仕方ないじゃない……これは体質なの」
息を整えながら、ブローディアは座りなおして答える。
「でも、彼の事は尊敬してる。……あの若さで、悩みなんてとっくに払拭しているもの。体だけでなく、心まで頑強な人」
「色々凄いですよねぇホント」
「貴方も大概だけどね。プリム、これらは普通じゃないから比較しても無駄。比べるのは他人じゃなくて、自分自身」
「これら」
引き続いてモノ扱いされて不満げなクーヤを余所に、ブローディアはプリムへと向き直る。
「貴方は他人に振り回されがちだから、もっと自分勝手で良いと思う。そこのみたいに」
「そこの」
「フフ、そうですね。友達にもそう言われました」
「私も友達として言ってる」
「……ありがとう」
プリムはブローディアの手を取り、礼を言う。
そのプリムを見るブローディアの目は、どこか憐れむ様な、悲しみを帯びた物だった。