痛いのは一瞬なのよ
兵士達の訓練を終え、ユーリはうきうきで戻ってくる。体力有り余ってんな。
「お疲れさん」
「おう! 見てたかハナ! 魔法だぞ魔法!」
「はいはい、分かったから顔を擦り付けるな。土が服に付く」
ぽふぽふと土埃を払ってやりつつ、一緒についてきたセントレアに話しかける。
「すまん、マジで助かった。ありがとな」
「こちらこそ。できれば暫く続けたいでしな」
「俺が王都へ行った後なら良いぞ」
「行ける事になったのでしな」
「おう、ルビアにも伝えんとな」
そういや、ルビアにもちゃんと言っとかなきゃな。こっちにいるのだろうか。
「アレなら夕方くらいにこっち寄ってくるでし。彼らと訓練するならちょうど良い時間でしな」
「アレってお前。一応魔導なんちゃらなんだろ? セントレアより偉いんじゃないのか?」
「知らんでしあんな奴」
ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向く。
この国で一番偉いんじゃなかったのか。大丈夫かルビア、全く慕われてないぞお前。
「それよりも、アルスとロメリアはどこへ行ったんだ?」
「兵士達との訓練後、なんか準備するって言ってどっかいったでし。あの子達から聞いたでしが、準備する程にマジでやるでしか?」
「ロメリアはたぶんそう」
鼻息荒くしてたからな。なんか兵士達と一緒に動いてるときも妙に気合入ってたし。
「……訓練所壊さないでね? ただでさえ整備出来てないのでしから」
「だってよユーリ」
「大丈夫!! 壊れてもオイラが土魔法で直すから!!」
「壊すなって言ってんの! 私だって治すの苦労したんでしから!」
お前も前科あるんかい。大体土魔法で直せんのかこれ。
「と言うか、ここ使っちゃって良かったのか? 衛兵の訓練所なんだろ?」
「ここは共用スペースでし。狭い村でしから、何をするにも場所は必要でし。頻繁に冒険者ギルドにも貸し与えてるでしよ」
お金とらないんだ。まぁ、この村見た感じそこまで裕福でもなさそうだし、金とられるくらいなら村の外でやるわってなりそうだからな。
そんな話をしていると、どうやらやっと来たようだ……って、おいおい――
「……なにそれ」
「愛用の得物なのよ……」
鎖が付いた大斧を、片手で持っているロメリアがそう答えた。昔々、鬼が斧もって山へシバきに行くってか? 怖いよ~。
「もしかしてこれもっていつも動き回ってんのか?」
「これは傭兵の頃に使ってた物なのよ……」
「流石にこれは持ち歩けねえよ。ロメリアは普段盾で敵を押し止める役だな。鎧ももっと軽い物を使ってる」
後からそう付け足したアルスは、ロメリアのよりは小さいながらも、重量のありそうな双剣を持っている。
「マジかお前ら大人げなっ!! そんなに勝ちたいか!」
「そりゃな。やるなら全力だろ」
「……本当に壊さないでね?」
俺に言うな。こいつらに言ってくれ。俺は戦わんし。
ユーリは俺とアルス達を交互に見て、口を開く。
「そういや、こいつら誰とやり合うんだ?」
「お前だよ」
「え? 聞いてないんですけど?」
「そういや言ってなかったな」
「本人のいない所で決めんなよ!!」
とは言いつつも、なんだかんだ乗り気だったのでユーリに詳しく説明する。
お昼過ぎからずっと動いてるのに、全然疲れてないのは凄いな。そういや、前もここからディゼノまで走りっぱなしで全く息が切れてなかったか。
その後、アルスとロメリア、ユーリが向かい合う。絵面が完全に殺し合いみたいな状態なんですけど大丈夫ですかね?
隣では、セントレアを仕事させるべくイルヴィラが頑張っている。
「兵長。その、そろそろ戻りましょう。彼らは私が見ていますので」
「嫌でし。仕事はもう終わったでし」
「まだ先日分のが終わっただけですよ」
「今日のは明日やるでし。それとも、イルヴィラは私を仕事漬けにして苛めるでしか?」
「いえ、明日で良いでしょうね。当然です」
オイ、仕事しろよ。衛兵さんが職務怠慢とか国として終わってるぞ。
「……そんな目で見なくてもやるでしよ。大暴れして敷地内を穴だらけにしないか見張ってるだけでし」
「リールイ森林を穴だらけにした奴がなんか言ってんぞ」
「あれは不可抗力でし」
言い訳しつつ、セントレアは視線を俺から前の2人と1匹へ移す。
「彼らの親が傭兵なのは知ってるでしか?」
「ん? さっき言ってたな」
「衛兵達の間では有名で。ディゼノに来た時は驚いたでしよ」
騎士の間でも有名人だったのね。ギルドで見た時はそんな風に見えなかったが。
スノーやリアムも将来有望らしいし、あのギルドは安泰だろう。
「幼少時からずっと傭兵として鍛えられて、名のある盗賊を数々と捕え、或いは殲滅させてきたらしいでしな」
あの年で既に実績があるとは。それなのに冒険者になったのか。堅苦しいって言ってたけど、傭兵って割と自由なイメージだけどな。
「実際一度見た事があったのでしが……まぁ凄い。全員が鬼人でしから当然でしが、圧巻でしな」
「そんなに?」
「力こそパワーって感じでし」
意味が分からんが、ともかく力押しらしい。
「ま、見てれば分かるでし」
「勿体付けやがって」
「こういうのは、見て知った方が楽しいでしな」
さっきまでの訓練ではそんな大した事はしてなかったが、どうだろうな。ユーリの奴、魔法で浮かれてケガしなきゃいいが。
早速念話にて念を押す。シャレではないよ。
(おいユーリ。真面目にやれよ。何気にそいつらかなり強いらしいぞ)
(でも、冒険者ギルドだとDランクなんでしょ? この間Cランクのおっちゃんぶっ倒したし大丈夫大丈夫)
あっダメだコイツ。典型的やられムーブをかましやがった。
(んなもん飾りだ飾り。そんな下らん格付けで相手を図るんじゃないよ。見ろ、あのバカでかい斧。あれで訓練とか言い張ってるんだぞ)
(あれくらいなら当たっても斬れないよ。オイラ頑丈だから)
あれは斬る物じゃなくて斬り潰すものだろう。ま、余程酷い当たり方しなければ大丈夫……いや大丈夫か? 俺、感覚麻痺してない?
(まぁ、負けても良いけどケガだけはすんなよ)
(おうよ! 負けないけどな!!)
しつこく言っても逆効果だろう。最悪、危なそうならセントレアが止めてくれる筈だ。
ユーリの前に立つ二人は、じっとユーリを観察している。
既にスイッチが入ってるというか、雰囲気が違う。
「そろそろ行くワ」
「待って。始め! とか開始の合図しようよ」
「いらん」
「えー。オイラそう言うのに憧れてたのに」
どんな憧れだ。もうちょっと気を引き締めろ。
俺がそう思っていたらなんと、何の宣言もなくロメリアが斧を投擲する。
「はぁっ!?」
いきなりの投擲に驚き、ユーリはその場を飛びのく。
ズガッと地面が抉れる。普通地面に刺さるくらいの勢いだったら武器の方が壊れますよね?
じゃらりと鎖を鳴らしロメリアが思い切り引っ張ると、あの重そうな斧が音を立ててロメリアの方へと戻っていく。
「ちょっと!! いきなり何すんだ!!」
「いきなりだから良いのよ……獣なら避けた後、突っ込んできたのに勝手が違うワ」
「流石に話せるほどの知能があるんだから勝手が違うだろ。じゃあ行くぜッ!!」
重そうな双剣を持ちながら、アルスは駆け出す。
「はー、分かったわ。もうオイラ怒っちゃったからな!」
土魔法――は使わず、大量の蔦を展開する。
俺を支えていない分、多くの蔦を扱えるので、アルスとロメリア、同時に攻撃する事が可能だ。
「――チッ、かてェな」
アルスは双剣で対応するも、剣で切れないと判断すると避ける様にしてユーリへと突っ込む。
前方真正面から襲ってきた蔦を片方の剣で弾いた後、その勢い任せにもう片方の剣で斜めに振り落とす。
その剣を、土の壁が阻んだ。
「へえ、早速かい」
「へっへっへ、オイラは魔法使いだからな」
重い剣は、土の壁を潰すように切り開いたが、ユーリは更にアルスへ向けて蔦を打つ。
ガツンと鈍い音がして、アルスは吹き飛ばされる。
普通の人間ならそれで大ダメージな筈だが、アルスは体勢を立て直し、何ともなかったかの様に立ち上がる。
「いつつ、硬い上にこんな重いとかどんな蔦だよ」
「こんな蔦やで」
「そうかよ。オイ、ロメリア!!」
後ろを見ると、ロメリアは蔦を掴んでいた。ギリギリと、蔦から出るとは思えない軋んだ音が聞こえる。
その周りには、無残にちぎれた蔦がそこかしこに落ちていた。……ちょっと目を離した隙に全部切り落としてやがったか。
「何?」
「お前の得意な力仕事だ。その蔦、引っ張っちまえ」
「分かったワ」
思い切り、地が沈むくらい踏みしめると、ロメリアは両腕でしっかりと固定すると、思い切りその蔦を引っ張った。
ユーリはその反動で一瞬、体ががくんと引っ張られたが、直ぐに体勢を立て直す。
「いいっ!? こんの……!!」
「凄い力なのよ……でも、私もこんなものじゃ――あっ」
と、綱引き状態に陥ったその時、ロメリアが蔦を腕で潰してしまう。
その瞬間、蔦は自由となり再びユーリの元へと戻っていく。
「千切ってどうすんだよ。馬鹿力自慢してる場合じゃねえだろ」
「むっ……そんな事してないし。兄さんだって初撃ミスって吹っ飛ばされてたじゃない」
「ミスってねえよ。思ったよりユーリの反応が速かったんだよ」
「一緒でしょ。次は私が行くから黙って見ててよ」
「なんだと?」
口喧嘩しつつも、止まる事無くきっちりスイッチを決める辺り手馴れている。
「なんか普通に話進んでるけどあの蔦を潰すっておかしいからな?」
「ロメリア殿は鬼人の中でもパワーがあるでしな。あんな硬い蔦、普通は握り潰せないでしよ」
そりゃあんな鎧来て動き回ってるから、力が強いのは知ってたけど……それにしても突き抜けてんな。
アルスに代わり、そんなロメリアが突っ込む。あの重装備で走ってくるの怖えよ。
「武器は走ると枷になるから、ぽい、なのよ……」
じゃりじゃりと鎖で繋がってる斧を手放し、鎖が付いた腕輪を外して放り投げる。
そのまま、走るのに専念してユーリへと近づいていく。
まるで暴走機関車の様に、ドスドスと音を立てて迫りくる重騎士は恐怖である。
それに威圧されるように、ユーリは走って距離を離そうとするも、同じ速度で追いかける。いや、ユーリってかなり早いはずなんですけど?
合間合間に土魔法で壁を作るも、意に介さず破壊しながら突き進む。
「待って、ユーリ君待って」
「こえー!! 何このねーちゃん!! こえーよ!!」
防御の素振りすら見せず、蔦で叩きつけても速度を落とす事なく追い掛け回すロメリアに戦慄するユーリ。
この狭い中で走ってもすぐに追い詰められてしまう。全く世話の焼ける精霊だ。
(おいユーリ、なんで蔦で止めようとすんだよ。土魔法でロメリアを止めろよ)
(いやいやいや!? 土の壁が効いてないじゃん!!)
(なんで壁だけなんだよもっと良い方法あるだろ)
ちょいちょいと俺がアドバイスすると、ユーリは走るのをやめてロメリアと向き合った。
「大丈夫、痛いのは一瞬なのよ……直ぐに感じなくなるワ」
「それ生きてる喜びも感じなくなる奴ですよね?」
ザリザリと、ユーリは焦る様に手前の土を掘るようにしてひっかいている。魔法を行使する時、あれが癖になってるな? バレバレやん。
「土の壁は意味ないのよ……この距離ならすぐに――!?」
走っていたロメリアの足が止まり、ガクりとバランスを崩す。
ロメリアの足が、半分ほど埋まっていた。
「ふっふっふ……これぞ土を柔らかくする魔法!!」
「ただ魔法で土動かして耕しただけじゃねえか」
アルスのツッコミ通りだが、それでもロメリアはだんだんと地面に沈み始める。
明らかに、耕す程度のレベルではない。どんどん沈んでいく。
あの馬鹿力で無理矢理出ようとしても、逆に下へと沈む手助けをしている。
「えっ!? ちょ、これ、マズいワっ!? 一体何したの!?」
「えっと、流砂? ってのを引き起こしてみました」
「えええっ!?」
地面を柔らかくしたり、段差付けたりして足止めしろとは言ったけどそこまでやれとは言っていない。
流砂って水が入り込んで流れたり、地下に空間が出来て流れ込む仕組みじゃなかったか? アイツ一体どんだけ魔力使ったんだ。
その間にも、ずぶずぶとロメリアが沈んでいく。
「兄さんっ!! 兄さんへるぷっ!!」
「お前、黙って見てろって言ってなかったか?」
「そんな事言ってる場合じゃないのよっ!! ああっ鎧の中に砂がっ!」
「考えなしに突っ込むからだ。少しそこで反省してろ」
「はああ!?」
じたじたと藻掻いているが、そんな抗議も空しく沈む。
土魔法を警戒しつつ、ロメリアから離れる様にアルスがユーリへと近づく。
アルスはにこにこと笑っている。ロメリアが捕まっているのにも関わらず、ご機嫌なようだ。
「じゃ、次は俺の番な。そこで沈んでるバカと違って、俺は簡単に捕まらねえぞ?」
「望むところだぜ」
「ちょっとー!?」
腰の辺りまで沈んでいるロメリアの前で、アルスとユーリが対峙する。