カッコいいトコ見せたいじゃないの
「ケイカ、リコリス。フゥン、野兎みたいにプリティな名前じゃないか」
「褒められてるんですかねそれ」
「勿論だ」
何がおかしいのか、ミ・ギグはくつくつと笑っている。姿だけで見ればかわいいライズなのだが、どうにも声の所為でそんな目で見れない。
ひとしきり笑った後、ミ・ギグはサングラスを取り、つぶらな瞳を露わにして話を始める。
「それでだ。呼び止めたのはそんな大したことじゃない。鳥の鳴き声がビイビイうるさかったんでな。魔物に襲われてるんじゃないかと思い親切心で寄り道しただけだ」
「そんなに騒いでいましたか?」
「ミ族は嗅覚だけでなく、聴覚も優れるからの。遠くまで我らの戦闘音が聞こえたのだろう」
「ああ、自慢の耳だ。こうして馬車旅してる時は不要な争いを避けられるし、聞き逃しちゃあいけない、助けを求める声も聞き取れる。なんだったら俺が喋る度ため息をつく音すらも聞こえる」
「え? ああ、そう……」
反応に難しい自虐を、ケイカは苦笑いで返した。
「……それだけか?」
「いいやそれだけじゃないぜ? ああ、そんな気を張らなくて良い。ちょっと聞きたい事があるだけだ。元々、俺達は人探しで出向いてるんでね」
「ほう」
その言葉を鵜呑みにはせず、リコリスは警戒した様子でミ・ギグの話を聞く。
「ハッハ!! いや良いねぇアンタ。俺に女が居なきゃ馬車へ連れ込む所だ」
「下らぬ戯言を言うなら失礼するぞ」
「そう言うなって狐のご婦人。ちょっと間違いを起こしそうになっただけだろう。オイ、ゴズ」
ゴズと呼ばれた眼帯を付けているライズが、一枚の紙を持ってくる。
「えーっと、えーっと……? ミゴラスんとこの倅の……ああ、そうそう。リブラコア・フラッタ。この名前に聞き覚えは無いかい?」
「知らぬ」
「いきなり言われても……う~ん、聞いた事ないですね。どなたですか?」
「俺と同じ教会の人間でな。同僚なんだが……まあ、名前だけじゃ流石に分からんか」
耳をパサッと手で弾くと、ミ・ギグは持っていた紙を見せる。
その紙に、一人の男が詳細に描かれている。
「わ、凄いです! まるでこの人が紙に入っちゃってるみたいですよ!」
「そうだろう? こいつ、ミ・ゴズってんだが、美術家顔負けの絵描きでな。人の世界でもここまで描ける奴はいないだろうぜ」
「……恐縮です」
隣の眼帯ライズ――ミ・ゴズが、頭を下げる。
リコリスは紙に描かれている男を、じっと見ている。
「……やはり知らぬな。ここまで派手なら嫌でも目に付くだろうに」
「ジャラジャラしててハナさんより目立ちますよね。それに凄い筋肉です。ジナさん以上かも」
「まぁ、こんなナリだから一目見りゃ忘れねえよな。ったく、俺以上に好き放題やりやがって」
耳の付け根をくしくしと掻きながら、ミ・ギグは紙をミ・ゴズへと返した。
どうやら随分と振り回されているようで、ため息交じりに口を開く。
「こいつがよ、自分の仕事ほうっぽり出していろんな所巡ってるそうだ。んで、同僚として叱って来いとジジイ……上司に言われちまってな。この国にいるのは分かってんだが」
「なんというか、ギグさんもこのリブラコアさんも教会の人らしくないですねぇ。プリムさんは一目で分かるのに」
「プリムの嬢ちゃんを知ってるのか。アンタ等、ディゼノの所属だな?」
「はい。ローフットの討伐、納品依頼でここまで来ました」
「ハハ、そいつはご苦労なこった――」
言葉の途中で、ミ・ギグの耳がピンと立つ。
そんなミ・ギグを、ケイカは不思議に思いながら話しかけた。
「どうしたんですか?」
「ああ、婦女子との楽しい歓談を邪魔する輩がいるようだぜ」
「魔物か。我には気配が感じられぬが」
ミ・ギグは上方をちょいちょいと手で指し示す。
ぽつぽつと雲が浮かんでいる空。ケイカから見て、特に異常は感じられない。
「何も……見えませんよ?」
「よぉーく目を凝らしてみな。ほれ、段々と近づいてくるぞ」
「えっ!?」
ケイカが指し示す先を注意深く観察すると、ようやくその黒い影が認識できた。
ロンティア。ローフットとはまた別の、鳥型の魔物である。モント山に生息し、冬の間は狩りの為この高原まで出向く事があるそうだ。
「どうやら我等を狙っている様だな」
「ったく、『ラ』のいるノイモントには手を出さないのに冒険者には手出しするとは、頭が良いんだか悪いんだか分からねえ魔物だ」
リコリスとケイカが戦闘の為に構えるが、それをミ・ギグが制する。
「ここは俺に任せてくれ」
「大丈夫か? ライズとはいえ、飛行する魔物は相性が悪い様に思えるが」
「問題ねえよ。アンタみたいなイイ女の手前だ。カッコいいトコ見せたいじゃないの。テメェらも手出しすんじゃねえぞ!!」
「はいッ!! ボスッ!!」
そうこう言っている内に、ロンディアの姿が視認出来る位置まで近づいてきた。
鋭い嘴と鉤爪を持つ、鷹を思わせる魔物だ。ライズよりも大きく、ミ・ギグぐらいの大きさなら一飲みにしそうな程である。
ミ・ギグは他のライズを下がらせ、一人ロンディアへと対峙する。
「つってもまぁ――すぐ終わっちまうだろうがな」
ミ・ギグの手先から、鋭利な爪が露わになる。
ロンティアがギイギイと鋭い声を上げ、目の前の獲物を威嚇する。
「ンマーうるさい鳥さんだ。『ラ』の奴ら、こんなのが近くにいてちゃんと安眠出来てるのかねぇ」
そう独り言ちながら、ミ・ギグは飛び上がる。
一瞬でロンティアの目の前へ到達すると、そのまま指の爪一本で、ロンティアの胸を貫いた。
胸部にある魔核を正確に貫かれ、悲鳴をあげる間も無くロンティアは絶命する。
落下するロンティアと一緒にミ・ギグが着地すると、爪の血を払ってこちらへと戻ってくる。
「いきなり飛び上がったと思ったら一瞬で倒してしまいましたよっ!?」
「フム、思ったよりもやる様じゃな」
「ええ、ボスはああ見えても『五家』のお一人ですから」
「『五家』?」
ミ・ゴズの言葉にリコリスが聞き返す。
「『五家』とは、最初に教会を立ち上げた5人。その子孫を事を指します。ボスはその一人なんですよ」
「さっき言っていた者もそうなのか?」
「リブラコア様も『五家』の一人です。そうですね、教会の名はご存じですか?」
「なんじゃいきなり。えーと、確か――」
リコリスは教会の正式名を思い出そうとするが、アルタ教会としか頭に残っていない。
ケイカも同じだろう。ちらりと横を見ると、?が沢山並んでいるかのように、必死に思い出そうとしていた。
「ううむ、すまぬな。覚えておらぬわ」
「ハハ、まぁあの長さでは仕方ありませんよ。シャイルガーナ=ミ=フラッタ=ロトンゲム=アルタ教会。これが正式名な訳ですが――」
リコリスは名前を聞くと、ああそんな名前だったなと納得すると共に、何故いきなり名前の話を切り出したのかも理解した。
「成程。家名がそのまま名前になっているのか」
「ええ。ミ族からは我等のボスであるミ・ギグ。フラッタ家のリブラコア様。シャイルガーナ家のファンダマーク様。ロトンゲム家のネメシア様。そして、五家の筆頭であるアルタ家のハルジオン様。以上の五名が現教会の統括をしておられます」
実は凄い人物であったのかと、ケイカは驚いた。
それと同時に、そんな権力者が好き勝手放浪しているのかと呆れ交じりにもっと驚いた。
「なんだ、随分楽しそうに喋くってるじゃあねぇか」
「すみません、ボス」
「いいよ、すぐ終わっちまったしな。アンタらもすまないな、もう少し魅せてやりたかったが」
「早く終わるなら、それに越したことはあるまい」
後ろでは、ミ・ギグの取り巻きであるライズたちがロンティアの処理を行っている。
慣れた手つきで首を切り、血を抜き始める。
「引き留めて悪かったな。もう帰るところだったろ?」
「いえ、お力になれずすみません」
「気にするなよ、むしろこっちが謝る所だ」
ミ・ギグは再びサングラスを付けると、ぽてぽてと馬車へ戻っていく。
「俺達はその魔物の処理が終わったらノイモントへ向かうんだ。その後ディゼノへも行くからまた会うかもな」
「ノイモントへ用事があるのか?」
「人探しも兼ねてるが、まぁ、ちょっとな」
濁す様に喉を鳴らす。
あまり言外出来ぬ内容なのだろうと、リコリスは深く追及しなかった。
「リコリス様。そろそろ行かないと日が暮れちゃいますよ」
「そうじゃな。あんまり遅いと主がうるさいからの」
「ああ見えて心配性ですから。リコリス様が心配なんですよ」
リコリスの姿が獣の姿へと変わっていく。それをみたライズ達は目を見開いてリコリスの変わった姿を凝視していた。
「ったく、女をジロジロみるたぁみっともねえぞテメェら」
「ボス、流石にそれは無理があるかと。あの方は――」
「ああ、分かってるさ。まさか幻獣だったとは。通りで俺が目を離せない筈だ」
3本の尾を持つ巨大な狐。国外から来たミ族でも、ノイモントの守護獣と名高いその幻獣は知っていた。
姿だけでなく、内包された魔力が強大である事はミ・ギグで無くとも感じ取れる程である。
「では、失礼するぞ」
「ああ、プリムの嬢ちゃんによろしく言っておいてくれ。一応リブラコアの件も気にしてくれると助かる。ディゼノにいる可能性も……まぁ、無いとは思うが」
「はい、プリムさんに聞いてみます! それじゃあ、また!」
「ゆくぞ、しっかり掴まっておれ」
リコリスは地を蹴り上げ、疾駆する。
馬車とは比較にならない程の速度で、あっという間に元来た道を戻っていった。
「おー、はえーはえー。もう俺達が聞こえない所まで行っちまった」
「あの幻獣、モント山から降りた様ですね。先程、主と言っていましたが、主人がいるのでしょうか」
「さてな。まぁ、アレだけヤバいのをとっ捕まえたんなら、そいつの意思に関係なくそのうち台頭してくるだろ」
ミ・ギグは馬車の中へ戻り、腰を下ろす。ミ・ゴズが続いて中へと入り扉を閉めると、馬車の窓を開く。
「さて、予定より遅れちまったが、アイツは許してくれるかね」
「許すも何も、会う約束を取り付けている訳では無いのですが」
「いいや、俺とアイツの仲だ。きっと分かってる筈だ」
「今まで一度も理解して貰えてませんよね」
まるで聞こえてませんと言うかの様に、ミ・ギグはパサッと長い耳を伏せる。
「今日は大丈夫だ。時期的にも宿の客入りが減る頃だし、夕食の支度は雇ったライズに任せているだろうからな」
「なんで私が知らない情報知ってるんですか怖い」
「お前ばっかに任せられねえからな」
「ストーカー紛いの事を任せられても困りますが」
ミ・ゴズが眉間に皺を寄せながら抗言していると、外にいたライズ達から声が掛かる。
ロンティアの血抜きが終わったのだろう。そのまま、リコリス達と出会う前の配置に戻り、ボスであるミ・ギグの指示を待っている。
「よし、じゃあ行くか。待ってろよカフ。今日こそお前に、俺の愛を受け止めて貰う!! 行くぞテメェら!!」
気合の入った掛け声と共に、馬車が進み始める。
ラ・カフに恋慕の情を抱いていたミ・ギグは、その威厳の籠った声とは裏腹にそわそわと耳を震わせながらノイモントへと向かう。
その様子を、やれやれと首を振りながらミ・ゴズは見ていた。
そしてその後日。ノイモントを出る黒い馬車から、すすり泣きの様な声が聞こえたという話がライズの間で噂になった。