自分の名前を自称で使うとはやはり天然の美少女である
ダイナとガーベラが帰ってから直ぐに、ジナが戻ってきた。俺が風呂入ってる間に買い物に行っていたレイとリコリスも一緒だ。
そろそろ店じまいの時間なので、外の看板を閉店に変えて、一緒に中へと入る。
「ただいま。店番ご苦労さん」
「おう、お疲れさん。毎日村の回りぐるぐるして大変だねぇ」
「ハナ、ボタンいるか?」
「ん? ボタン?」
帰ってきて早々ボタンの事を言及された。どうやらレイから聞き出したようだ。
「全く、次から次へと問題起こしよって」
「そんな言わなくても良いじゃない。ボタンの事は別に大した問題じゃ無いだろ?」
「はなー」
タイミング良く人へ変化しているボタンがやってきた。多分飯の催促だろう。ケイカが今作ってるだろうに。
その姿をみたジナは驚いている。
「こりゃすげえな。お前本当にボタンか?」
「とーちゃん」
「……え?」
ボタンがそう言いながら、コアラの様にジナへと引っ付いた。
「にくー」
「お主、思いのほか懐かれてるのう」
「いつも肉持って帰ってきてるから給餌係と間違えられてる説」
服をぐいぐいと口で引っ張っているので間違いないと思います。
「いや、それよりもなんでとーちゃんなんだ」
「レイが言ってたの真似てるんじゃね?」
「そ、そうか。いや悪い気はしないんだがな。後、肉は無いぞ」
「むうー」
ボタンは不満そうにしてジナから離れる。現金な奴だ。
「話は飯食いながらにしようぜ。今日は……いや、今日も色々あって疲れちまったよ」
「僕もお腹すいちゃった」
「お前は頑張りすぎだっつの」
「めしー!」
相変わらず表情は変わらないが喜怒哀楽が分かり易いスライムである。
居間に戻ると、ケイカとユーリ、爺さんが既にスタンバイしていた。
今日は……魚だとッ!? こっちに来てからディゼノでちょいちょい売ってるのを見かけたが、食べるのは初めてだ。
「やべえ、ちょっと感動したわ」
「どうしたんです?」
「いやこっちの話だ」
少し小さいが、ちゃんとした魚だ。というかケイカの奴、魚の下処理出来たのか……意外だ。
ふむ、白身魚か。焼いちまってるからどんな魚か分からんが、楽しみだ。
「おっ、ズーヴィ。もうそんな時期か」
「ズーヴィ?」
「このお魚の事ですよ。冬の終わりが近づくと、海の浅瀬の方にやって来るんです」
「ほほ、魚は初めてかのう?」
こっちじゃ初めてだから間違ってない。
ズーヴィねぇ。鯥とかその辺の魚と似てるのな。
「今年も大漁だったみたいでな、ここも海に近いからディゼノまで新鮮なまま送られてくるんだ」
「え? ここから海近いの?」
「おう、この間ディゼノからノイモントへ行っただろ? その逆方向に向かえば港町だ」
「マジかよ」
知らんかった。これなら海岸ではしゃぐ美少女も出来るではないか。
フフ……夢がひろがりんぐ。
「呆けてないで食べようぜ。これ美味いぞハナ」
「お前はまたつまみ食いしよって」
「へへ、味見だよ味見」
ユーリはそう言いながら、ズーヴィをむしゃむしゃと美味しそうに食べている。
んじゃ俺も一口。……ウマっ。やっぱ焼き魚はド安定ですわ。脂っぽくてまさに鯥。刺身が食べたくなりますね。
おほ、久々のフィッシュに舌が喜びの声をあげておるわ。唾液が止まらん。
「見事な焼き加減だ。やるじゃん」
「フッフッフ! 私も日々成長してるのですよ!」
「その割にあんまり冒険者としての活躍を聞かんな」
「そんな事ないです! 今ディゼノでぶいぶい言わせてるんですから!」
ぶいぶいねえ。ケイカが戦ってる所最近見てないからなぁ。
「ウム、ケイカは積極的であるぞ。もう少し周りを見た方がいいがの」
「そういやリコリスは冒険者登録してたんだっけ。なんか依頼こなしてないのか?」
「少しだけじゃな。以前と違ってお主から離れる訳にはいかぬからの」
リコリスは前にも冒険者をやっていたそうだ。
やろうと思えば再登録でランクを維持出来るらしいが、面倒でやってないんだと。
「前はランクどれくらいだったん?」
「B……いやAじゃったか」
「どんだけ前なんだよ」
覚えておらぬと、リコリスはズーヴィをちまちまと食べながら言う。
それに興味を示したのか、ジナが口を挟んだ。
「どこで登録したんだ?」
「はて、何処であったか。ノイモント付近であったのは間違いないが」
「じゃあ国内ギルドの管轄だな。リナリアに言って調べてもらうか?」
「別にギルドの位など、何でも良いのじゃが」
「だが、ある程度高い方が融通は利くぞ? まぁ高すぎるとしがらみも増えるがな」
自身にそういった経験があるのだろう。ジナは苦笑いしている。
ズーヴィを口に入れ、もしゃもしゃと咀嚼しながら、リコリスは少し考える風に視線を外す。
「ふむう、そうじゃな。ハナはどう思う?」
「おーん? 好きにしたら良いんじゃね?」
「そうか」
「おいおい、主人なんだからもうちょっと話に乗ってやれよ」
「良いの良いの、リコリスが判断したなら間違いないだろ」
信頼しているのであって決して無関心という訳では無いのだ。
でも、俺の意見を敢えて言うならば。
「まぁ、そうだな。俺だったら再登録しちゃうね。ランク高いとちやほやされるんだろ? 使わない手はないぜ」
「俗っぽい理由だなぁ」
「あんだよ良いだろ別に。在り来たりでもなんでも実力が物を言う世界なんだから」
「ハハハ、まぁ信頼も大事だがな。それでも、そういう理由で冒険者やってる奴はいるさ」
箔ってモンは、前の世界でいつの時代も重要視されてたしな。こっちでもそれは変わらないか。
それにランキングとかランク制度ってとっても男の子だよな!
「ほほ、儂は自分で薬草を採取する為にやっておったのう」
「親父……爺さんは夢がなさすぎんだよ」
「お前さんは夢に生き過ぎじゃわい。もうそろそろ腰を落ち着けても良いだろうに」
やれやれと、爺さんは呆れた様にジナへと言った。
なんだかんだ爺さんも心配なんだろう。S級冒険者と言っても、息子だしな。
「ったく、最近やたらそういう話を振られるな」
「ほほ、お主は面倒見が良いからの。それが帰ってきただけじゃろう」
「お節介だっての」
ワイルドに魚を頬張りながら、ジナは答えた。
「それより、そろそろボタンの事を聞きたいんだがな」
「朝皆にも言ったんだがな、俺もいきなりでびっくりしたんだよ。起きたら隣で人間に変化したボタンが寝てたんだぜ? 説明のしようがねえよ」
「何か心当たりとかないんですか?」
「ないない。腕とかパーツ単位でなら変化出来るのは知ってたけどな」
「不思議だね」
当の本人……本スライムはひたすらにズーヴィを食べている。
「良いじゃないッスか。人の姿になれた方が色々都合が良いだろ?」
「お店で一緒に座ってランチも食べれますしね」
「らんちー」
「はああ……まぁ、悪い事では無いがな。突拍子も無い事が次々起こって気が気で無いわ。今日出てきた王都の件もだが」
そういやそうだった。ダイナが来ててすっかり忘れてたぜ。大事な話なのにすぐ忘れるんだよな。趣味の事は覚えてるのに。
レイは何のことかと俺とジナを交互に見ている。
「王都って?」
「ああ、俺の手首の傷を治してもらいに王都へ行くって話が出てな。それに乗ろうかと」
「……本当に行くのか?」
「おいおい、別にこの家から出ようって訳じゃないんだぜ? ちょっぴり長めのお出かけしようってだけだ」
ま、個人的には王都で可愛い服が買えれば良いんだがな。そうだ、ツバキおばさんの妹さんも王都にいるんだっけか。紹介して貰おうかな。
俺が能天気な事を考えている間、ジナは少しばかリ沈黙し、そして口を開く。
「……お前さんが行きたいというなら止めないさ。でもな、もう少し自分を労われ」
「十分すぎるぐらい労わってるぞ?」
「口ではそう言ってるが……いや、自分ではそのつもりかもしれんがな。ハナ、お前さん相当無茶してるぞ? 今回の件だって、一歩間違えれば死んでいた」
いつになく真剣な表情だったので、いつもなら軽口を叩く所をそれを口に出来ない。
「ハナがどう思ってるかは分からんがな。既に、俺はお前さんの事を娘の様に思っちまってんだ」
「……」
「ハナがどういう境遇でここまで来たかは分からんがな、そんな事は関係ない。ただ、心配なんだよ。次に無茶して無事な保証は無いんだ。冒険者やってりゃ嫌でも分かる」
誰かに重ねているのか、ジナは親身になって心配をしてくれている。
確かに、無茶が過ぎていたなと思う。しかし、それでも行かないという選択肢は無いのだ。
俺はいつも通りに笑って、ジナへと返す。
「にしし、心配かけてごめんな。でも、やっぱり俺行きたいよ」
「そうか……分かった。ハハ、そういや俺も無茶言って家を飛び出したのが始まりだしな。どの口が言うんだって話か」
「ほほ、懐かしいのう」
そういうと思っていたのか、思いの他すんなりと了承してくれた。
「大丈夫じゃよジナ。我が必ず守り通してみせる」
「ああ、俺は暫くディゼノから離れられん。頼むぞ」
「私も! 私もハナさんと行きますよ! お任せ下サイ!」
「そうだな。お前さんも一度王都を見て来ると良い。良い経験になる筈だ」
「ハイ、楽しみです」
黙って話を聞いていたリコリスとケイカも、同調する様に答えてくれる。
ズーヴィを食べ終えていたボタンが、俺の傍に寄ってくる。
「ぼたんがまもる」
「にしし、良い子だ」
ぽんぽんと頭を撫でてやる。
……自分の名前を自称で使うとはやはり天然の美少女である。
「……」
「どうしたユーリ」
「ここでオイラがなんか良い事言おうと思ったんだけど何も思い浮かばなかった」
「不相応な事考えるからだ」
やはりマイペースではあるが、強いのは確かなのだ。明日セントレアから土魔法を教えてもらえば更に強化されるだろう。
「王都かぁ。僕も行ってみたいなぁ」
「うん? 良いんじゃないか?」
「……いや、やめとく」
レイは箸を止め、はっきり否定する。
意外だ。てっきり行ってみたいと駄々ごねるかと思ったのに。
「冒険者になった時、一人で、自分の力で行くんだ。そして、そこで名を上げる!!」
力強く宣言して、ズーヴィを頬張った。
気持ちの良い宣言に、ジナは思わず笑っていた。
「良いぞレイ!! 明日はとーちゃんが剣を見るぜ」
「ほんと!?」
「ああ、だから今日はもうしっかり休めよ? 鍛錬は詰めすぎても意味ないしな。怪我したら元も子も無いだろ?」
「分かったよ!!」
どうやら、レイは自分の目標を再確認出来たようだ。
良かった、ノイモントの時から思い詰めてたからな。吹っ切れてくれて何よりである。