会話のペースを握り大人の余裕を見せつける美少女も悪くない
「もう、少しは恥じらいを持って下サイ」
「にしし、すまんすまん。庭に人がいるとは思わなかったんだ」
俺の部屋で、ケイカに髪を拭いてもらっている。
男の時みたく雑に扱うと直ぐ痛むからな。
俺の長い髪を、ポムポムと優しく拭いていたケイカが、俺に話しかけてくる。
「ハナさん、ハーフエルフだったのですね」
「ん、まあ、そうだな」
うぐ、隠してた分ちょっぴり気まずいぞ。
「じゃあ……もしかして、四大元素全ての魔法を扱えちゃったりとか!?」
「は? いや、出来ねえけど?」
「なーんだ、エルフは魔法が得意って聞いていたのに残念です」
「本人の前でそれ言う??」
俺の心配をよそに、ケイカはズカズカと俺の事を聞いてくる。
こいつめ、俺がどれだけ悩んでいたかわかっとらんな。
「でもハーフエルフって、すっごい珍しいんですよね?」
「そう聞いてるけど」
「凄いじゃないですか! 犀人と一緒に喧伝しましょう」
「せんでいい!!」
どうやら、あまりハーフエルフ事情を知らない様だ。箱入り娘だったからその辺の知識が入って無かったのだろう。
まぁ、変に気を使われるよりは助かるが。
「もう、目立ちたがりの癖に面倒臭がりなんですから……ハイ、終わりましたよ」
「ん、さんきゅー」
「もう裸でうろついちゃダメですよ」
「ボタンに言え」
うむ、サラッサラで最高の髪だ。この手で梳くとつるっと滑る感じ。そこまでトリートメントせずにこれを維持できるのこそチートだろ。
自身の髪に満足していると、ケイカが不意に抱き着いてくる。
「むおっ!?」
「……」
「……ケイカ?」
抱き着いてくるのはいつもの事なのだが、いきなりだったので少し驚いた。
背中越しなので、どんな顔をしているか分からない。
しかし、どこかいつもと違うような、根拠は無いがそう感じた。
「ずるいです」
「え?」
「私、ハナさんに助けてもらって。ずっと恩を返そうと思って頑張ってるのに、全部自分で解決しちゃいます」
「別に全部一人でやってる訳じゃないんだが」
「それでも、私何も出来てません……」
そんな事は無いんだがな。こうして髪拭いてくれるだけでも……って、それは違うのか。
毎回タイミング悪いんだよなぁ。ボタンみたいに、いつも傍に居るって訳にもいかんしな。
ともあれ、ケイカが気にする事では無いので、俺はいつも通りに考えを伝える。
「ケイカ。俺はお前に助けてもらおうなんて思っとらんぞ」
「……」
「そもそも、恩返しってのがよろしくない。ケイカはまだこれからなんだから、恩を返そう、なんて囚われてちゃダメだよ。やりたい事やりゃあ良いんだ。俺だってそうだしな」
そう言って納得するとは思っていないが、俺はそう考えている。
嘘を言っても仕方が無いので、素直にそれを伝えたのだが……そう割り切れんか。
俺はチラッとケイカの方を見ながら、話を続ける。
「ケイカ、俺の人生の目標を教えてやる」
「……なんですか」
「当然、世界一の……いや、この世で一番の美少女になる事だ」
そう言った後、何故か微妙な視線を向けられるが、気にせずに続けた。
「確かに俺は今も美少女だ」
「確かにって何も言ってませんが」
「しかしだ。まだ完全な美少女と言うには相応しくない。俺に何が足りないかわかるか?」
「……見た目以外の全部でしょうか」
こいつさらっと俺の全てをディスってくるな。実は落ち込んでないだろ。
「……まぁ、間違っちゃいない。中身も足りないが、何より足りないのは……見識だ」
「見識?」
「そう、見識。俺が美少女で居続けるにはこれが必須なのだ。しっかり自分で見て考えて、納得のいく判断か付けられるようになれば一人前よ」
割と難しいんだなこれが。極端に言えば、後悔しない人生を送るって事なんだが。
「それを補うには……もっと知らないとな」
「何をですか?」
「全部だよ。いっぱい色んな場所を巡って、美味しい物食べて、楽しそうな事には首を突っ込む。知れば知るほど判断力が身に着くぞ」
何が言いたいか分からないって顔だな。まぁ、少し遠回りな言い方だったか。
つまり何が言いたいかというと――
「俺もお前も、まだ未熟なんだよ。だから、一緒に目指そうぜ。成りたい自分にさ」
なんか教材の漫画みたいな台詞になってしまったが、言いたい事はそれだけだ。
暗に、くよくよしてないで一緒に楽しもうぜって言ってるんだが、果たして伝わっているかどうか。
ちょっぴり間を空けて、ケイカがクスリと笑う。
「……なんですか、それ。ハナさんは慰め方が下手っぴです」
「うっせ! 苦手なんだよそういうの」
「じゃあ、それも勉強しなきゃですね」
そう言って、俺の頭を撫でてくる。さっきよりはマシな顔つきだ。下手ながらも、少しは伝わったかな。
「ダイナさんを待たせてますから、早く行きましょう」
「お前が止めたんじゃろがい」
「はいはい、ごめんなサイ」
またこの間の様に、気楽な感じでディゼノを一緒に見て回れたら良いな。
そう思いながら、俺はケイカと一緒に部屋を後にした。
俺とケイカは、居間まで行くとユーリを撫でながら寛いでるダイナとガーベラに声を掛ける。
「お待たせしました」
「ごめんね、急がせちゃって」
「気にしないで下さい! ガーベラちゃんの為なら全く苦じゃありませんので!」
あわよくばお近づきになりたい程だ。めっちゃタイプだしな。犬耳が好きって訳でもないが。
「すまんな、用があるのは俺なんだ」
「なんだオメーか」
「切り替わり方怖すぎんか?」
「そうなんだよ。ハナはいつも照れ隠しで態度悪くしてアイダダダダダ!!!」
不届きな事を言うユーリの鬣を引っ張りつつ、ダイナへと顔を向ける。
「で、なんだ話って」
「大事な話だ。出来れば人を避けて欲しいんだが……」
十中八九あの話だろう。しかし、この状況で二人きりになれと。ガーベラ連れてきてるのに。
「ん、わかった。ケイカ、申し訳ないけど――」
「はい、わかりました。ハナさん、迷惑かけちゃダメですよ」
「え? あ? ああ、わかった」
なんかすんなり話が通った。あれか、冒険者だから空気読むのが上手いとかそういう事か? ようわからん。
ガーベラとケイカは、お店の方へと向かっていった。俺もそっちが良いんですけど。
「オイラも?」
「ユーリはここにいてくれ」
「えー、あっちの方が良いなぁ」
ぶー垂れながらも、ユーリは俺の近くへ寄って座る。
やれやれ、文句言ってても仕方ないから聞いてやるか。
(セピア、いざとなったら調停者の事は共有していいのか?)
(ええ、以前も調停者同士で協力していた実績があるそうです)
(おっけー)
セピア公認を頂いたので、気楽に話せるな。やっぱ隠し事は苦手だ。
ダイナは座り直して、俺の方を向く。真剣な表情だ。俺もちょっとばかし姿勢を正す。
「単刀直入に聞くぞ。俺達の事、どこまで知っている?」
目がギラついているな。そんなに怖い顔せんでも良いじゃない。
恐らく俺達っていうのは、ガーベラとかオクナの事じゃないんだろう。俺にセピアが付いてるように、ダイナにも補助神がいる。
てっきりスキルの事を聞くのかと思いきや、そこまでバレてたか。
「そうだなぁ、可愛い女の子侍らせた鼻持ちならん男っていうのは知ってるぞ」
「いや偶々女の子が揃ったってだけでそれは――ってそうじゃなくて」
ふふん、会話のペースを握り大人の余裕を見せつける美少女も悪くない。
だが、冗談はここまでにして、きっちり答えてやるか。
「そうじゃなくて、お前と話してる神様の事だろ? 知ってるよ」
「ッ! そうか――」
おっと、いきなりすぎて殺気立たせてしまったか。
確かにバレたらヤバい案件だからな、俺だってそうなる。
「知ったのはやはり、ユーリの能力か?」
「え? なんで知ってんの?」
「おバカ、お前はいちいち反応しおって」
「だってオイラ、嘘とか苦手だもん」
尻尾をぺちぺちと揺らしながら、マイペースにユーリは答える。
だが、俺も気になるところだ。なんでこいつが【侵入者】を知っている?
ふむ、お互い気になる事があるならいっそ――
「仕方ないな。ダイナ、俺の事情を話すから、なんでユーリのスキルを知ってるか教えてくれないか?」
「……」
ダイナはそれを聞いて、考える風に手を顎に当てる。
(ユーリ、同調使え)
(アイアイサー)
こっそり、俺に同調を付与。ダイナと補助神の会話を盗み聞ぎしようと試みる。
すると、どこからか会話する男女の声が聞こえてくる。なるほど、こういう風に聞こえるのね。イヤホンを耳に当ててるみたいだ。
(リオン、俺は素直に話した方が良いと思う)
(そうね、あの子の素性も聞く必要があるし。私の想像通りなら――いや、どうせならちゃんとご本人の口から聞きましょう? そうよね、ハナさん)
うわでたよ。私は全部お見通しですよムーブ。むかつくわ~~。
非常に気に入らないが、誤魔化しても仕方が無いのでリオンとやらに答えてやる。
「そうだな、その耳かっぽじってよく聞きやがれよリオンちゃん」
「やっぱり聞かれてたのか……」
「にしし」
聞いていました。聞いていたのはそこの覗き見ライオンだけどな。
「それで、ハナの事情と言うのは?」
「ああ、なんて事はない。俺もお前と同じ立場ってだけだ」
「え? それってつまり――」
「おう、調停者の同期って奴だな」
「え? ……え、え、ええええ!!」
おお、いいねぇその驚きっぷり。かわいい後輩を見ている様だよ。ダイナも女の子にして貰えば良かったのに。
でも、大声出すと他の人に聞こえるからやめて欲しい。
「因みにうちの補助神はセピアね」
(ああ、あの子。貴方ほどふてぶてしい子なら丁度良いかもね。どう? ちゃんと補助神やれてる?)
「おう、めっちゃ助かってるぞ」
「待て待て、なんで普通に会話してるんだよ。俺だけ置いてきぼりだぞ! きちんと説明してくれ!」
「いやそう言ってもな」
俺も調停者でお前も調停者。合わせてダブル調停者だ。これ以上の説明はいらんだろう。
「そんな訳だから、同僚としてよろしくな、ダイナ」
「お、おう。なんか強引な気がしないでもないが」
(気にするんじゃ無いわよ。男でしょ?)
(そうだそうだ)
(獣、あんたは黙ってなさい)
(ハイ)
ユーリの言ってた通り、少し話しただけで分かるくらい気の強い女だ。ユーリはというと、しゅーんと尻尾が下がっている。
これで強引にだが、俺の事情は理解出来た筈だ。さて、今度は俺が聞く番だな。