ぷくーっと膨れる美少女は値千金である
2020/9/29 設定に矛盾が有った為、リコリスの元冒険者設定を変更。関連する一文を削除しました。
ルビアの話が意外と早く終わったので拍子抜けしつつも、建屋の外へと出る。
今日はこのまま家に帰って呪術のスキルを見直そうかな~なんて思っていたら、中から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「ちょっと待つでし~!」
この変な語尾はもしかしなくてもセントレアだ。会議を抜け出してきたのか?
少しして、小柄な体を露わにしたセントレアが目の前まで来た。そういや、さっきは気にしてなかったけど鎧付けてない姿初めて……いや、模擬戦の時見たけど、平時の姿は初めて見たな。
「どうしたんです? 何か伝え忘れた事でも?」
「いいや、そうじゃないでしな。私個人から、改めて礼を言いたかったでし」
そう言うとセントレアは、深々と頭を下げてきた。
「こんな大事に巻き込んだ上、手伝って貰って頭が上がらないでし。本当にありがとうでし」
「いえ、ルマリを守る為でしたし。気にしないで下さい」
俺に被害が及ぶしな。あそこに居なくても、何かしらは手伝ってた……と思う。
「傷の方は大丈夫ですか? あの矢を正面から受けたって聞きましたけど」
「問題無いでし。まだ少し痛むでしが、さっき頂いたダズ殿の薬もあるし、二、三日すれば治るでしよ」
セントレアは胸をとんと叩き、笑い飛ばす。
「それよりも、ハナの事でし。王都へ行くつもりでしか?」
「そうですね、この傷は美少女に相応しく無いので、さっさと治したいですね」
「理由がハナらしいでし」
セントレアは笑いながら答える。
痛むとかそれ以前の問題だ。見栄えがよろしくない。これに尽きる。
リコリスもユーリも苦笑いしているが、俺にとっては深刻なの!
「王都に行くなら、もう少し身なりはきっちり整えた方が良いでし。リコリス殿がいるとしても、またこの前の様な事が起きたら大変でしから」
「そうじゃな。近々、買い揃えようと思っていた所じゃ」
「あーん? 聞いてねえぞ? 勝手な事言うなよ」
「言っても行かないって言うだろうからの、強引に連れ出すつもりじゃった」
「おかしない? もう少し従魔らしく付き従えや」
「知らぬ」
「ぐぬぬぬ……」
じとーっとリコリスを睨むもこいつめ。素知らぬふりである。
まぁ良い。今の俺凄い可愛かったし。ぷくーっと膨れる美少女は値千金である。
「それと、王都はディゼノ以上に人が多いでし。まぁ、王都なんだから当たり前でしが」
「へええ! 早く行ってみたいぜ」
「ユーリくんみたいな精霊はともかく、従魔を連れてる人も珍しく無いでしな。でも人が多い分、揉め事も珍しくないでしから、十分注意するでし」
特に俺、ハーフエルフだしな。セントレアもそれを踏まえて教えてくれているのだろう。王都の治安がどうあれ、一人で行動するのは避けた方が良いだろう。
「分かりました。忠告ありがとうございます」
「忠告なんて厳かなもんじゃないでしよ。ちょっと旅行するにあたっての注意点を挙げただけでし」
「それくらいなら抜け出さずに後日改めて教えてくれればいいのに」
「座ってばかりじゃダルいでし」
そんなんだから田舎に左遷されるのだ。と、顔に出ていたのか、セントレアはばつが悪そうにぽりぽりと頭を掻く。
「フッ、強ければある程度の自由は問題無いでし」
「限度はあるがの。騎士であるならせめてそれらしい振る舞いをせい」
「むっ、ならば騎士らしい話をするでし。ハナ、明日一日、ユーリくんを借りてもいいでしか?」
「オイラ?」
「ユーリを? なんで?」
「以前言ってた魔法の手解きをするでし。その代わりと言ってはなんでしが、部下の訓練に付き合って欲しいでしよ。今回、ルマリに被害は無かったものの、リコリス殿がいなかったら怪しかったでしな。それに、防衛時の話を聞けば部下達の魔力管理が甘かったフシがあるでし。その点を踏まえ、対魔物を想定した訓練をしたいでしな」
リコリスが相手してた魔族の他に、大きなレクスも一匹いたんだっけか。
騎士達の話まで詳しく聞いては無かったが、どうやら魔法を撃ちすぎてガス欠になった奴がちらほら出たらしい。
「ユーリが良ければ私は良いですけど。どうする?」
「んー、オイラは行ってみたいなぁ。魔法使ってみたいし」
「ちゃんと手取り足取り教えてあげるでし。では、来てくれるって事でいいでしな?」
セントレアの返事に、俺は頷く。
明日もここに来るのか。まぁ、見てるだけだし良いか。折角のユーリ強化イベントだからな。騎士達の訓練とは言うが、同時にユーリの訓練も出来るという事だ。安全に経験を詰めるのは助かる。
「じゃあ明日の朝、ここで待ってるでし。引き留めて悪かったでしな」
「いえ、それじゃあまた明日」
「お願いするでし」
笑顔で頷くと、セントレアは屋内へと戻っていった。
明日か。先日騒動があったというのに忙しないな。
「良かったのか。誰にも相談せず決めて」
「良いだろこれくらい。ちょっとご近所でペットと戯れるだけだ」
「違うぞハナ。オイラの修行だぞ」
へいへいと、適当に返事をして、ユーリを撫でつつ跨る。
「んじゃ帰るか。それともどこか寄ってく?」
「いいや、このまま帰ってお主の鍛錬じゃな」
「え゛」
「え゛、ではない。はよう帰るぞ」
そろそろ呪術をきっちり学んでおきたいのだがな。リコリスには内緒にしてるからそれも言えない。
もう全部吐いちまうか? リコリスなら人形遣いのスキル含め、大丈夫な気がするんだけど。
(セピア、どう思う?)
(確かに、リコリスさんなら信用できます。ケイカさんの件もありますし、ここで一度情報を共有した方が良いかと)
(だよな。正直誰に何を言ったか全く覚えていない)
(もう、面倒事を後回しにするからですよ)
すまぬ……前世のガサツな性格は半年たっても治せそうにない。
今日の夜だな。今日の夜、リコリスには全部話そうかと思う。あ、もちろん自分が調停者……転生者だという事を伏せて。
ケイカにも打ち明けておくべきかな。……いや、ハーフエルフだって事すら言ってなかったしな。あんまり混乱させるのも良くないから、とりあえずリコリスだけにしとくか。
「どうしたんだ? ハナ」
「何でもない。ユーリ、明日はきっちり【土魔法】を覚えろよ。そして俺を楽させろ」
「おうっ! 任せとけって!」
意気揚々と蔦をクネらせている。この間ドジってたのを気にしていたからな。陽気かと思いきや割と繊細なヤツ。ま、強くなったって実感があれば多少は自信が付くだろ。
「まずは、王都へ向かう為にジナを説得せねばな。何、あやつの事じゃ。何だかんだ了承するじゃろ」
「どうかねぇ。あんまり気は進まなそうな顔してたが」
しかし、呪い付きの火傷をそのままにしておく訳には行かんからな。タダで治してくれる機会を逃したくはない。
ジナをどう説得するかな~と考えながら、俺は家へと戻っていった。
ハナが退室した後、ルビアはずるずると背もたれから崩れる様にだらしなく座る。
「全く、何考えてるかわからんなアイツは。セントレアの奴も急に出ちまうし……ったく、勝手な奴だな」
「元帥。白騎士に対し、少し甘過ぎでは?」
「そう言うなってマスデバ。私の勝手で乗り込んだからな、これくらいは目を瞑るさ」
マスデバは納得はしないまでも、それ以上の言及はしなかった。
彼自身、ルビアに振り回されている為、個人としてはセントレアの心労も理解していた。
「元帥、みっともないですよ。座り直して下さい」
「おうよ」
ハナに褒賞を渡した騎士、エレムルスがルビアを嗜める。
ダイナは、先程まで聞いていた話を『相棒』と纏める。
(ダイナ。やっぱりあの黒い魔物は危険ね)
(リオン、補助神の観点から見てその『アポロス』ってどうなんだ?)
(あの子供が言う事が本当なら、『アポロス』と言う薬が完成したら、バランスブレイカーになり得るわ。魔物が全てあんな歪になったら、間違いなく破綻する)
ダイナの補助神であるリオンは、『アポロス』を極めて危険な代物だと言い切った。
早急になんとかしないといけないが、一介の冒険者であるダイナには、直ぐに動けというのは難しい話である。
「ダイナ、どうしたの?」
「ん? いや、今の話を聞いてると思っていた以上に深刻だな、って」
「うん」
ガーベラはダイナの言葉に頷く。
「だから、早くリールイに行きたいって言ったのに。こんな時に立ち入りを制限されるなんて」
「そう言うなって、明日には入れるんだから」
「むう」
ディゼノ・ルマリの襲撃から、リールイ森林は衛兵に管理され、関係者以外は立ち入りを禁止されていた。
管理とは言うものの、実際はセントレアの戦闘で穴だらけになったリールイの入り口を整地する為に制限しているだけであったが。
ルビアは椅子に深く座り直して、エレムルスへと顔を向ける。
「さて。エレムルス。どうだった?」
「……正直に申し上げますと、ハーフエルフの子は視えませんでした」
「何?」
ダイナは何のことかと訝しみながら、ルビアとエレムルスの会話に耳を傾ける。
「……スキルすら視えんかったのか?」
「はい、彼女の従魔、そして精霊は確認できましたが」
「そか。じゃあそっちから教えてくれ」
と、話を続けようとした所でリナリアが声を上げる。
「待って。まさかハナちゃんの能力を」
「おう、エレムルスに視てもらったぞ」
「本人には伝えたのかい?」
「言ってる訳無いだろ。絶対断られるからな」
そう返され、リナリアはルビアを睨む様に見ている。
どうやら、ハナのステータスを、エレムルスと言う騎士を使い覗き見していたようだ。
以前、ダイナもルビアに一杯食わされ、少しばかり揉めた記憶がある。
「また盗み見か。そんなんだから嫌われるんだぞお前」
挑発する様にそう言ったのはシーラだ。
その挑発を軽く流すように、ルビアは答える。
「不義理であるのは分かっているが、国の為だ」
「あんなガキの中身見て、お国の為になるのか? 随分暇なんだな騎士は」
「貴様――」
「やめろマスデバ。……なんとでも言え。私は正しいと思った事をするまでだからな」
ルビアがぴしゃりと言い放ち、視線を逸らす。
シーラの言いたい事も分かるが、言い方が悪い。もう少し落ち着いてくれたらな、と思いつつもシーラを宥める。
「まぁ、そう突っかかるな。何か考えがあっての事だろ?」
「意外と冷静だなジナ。お前が一番怒ると思ってた」
「話が進まんからな。それに、俺もあいつらの能力はしっかり把握しておきたい」
ルビアはジナの言葉に頷き、話を続ける。
「ハナの情報が見れなかったのは残念だが。仕方ない」
「あの子を疑ってるのかい?」
「黒いスライム引き連れて、更に三度事件に関わっているからな。この件に深く関係している可能性が高い。個人としては気に入ってるが、それとこれとは話が別だ」
「でもね、あの子は――」
「生まれがどうあれ、それとは関係の無い事だ。お前らが反発するのを分かった上で、こうして情報を提供しようとしてるんだ。理解してくれ」
そう言われ、リナリアは渋々と引き下がる。
(……何よ。嫌な雰囲気ね。ダイナ、何とかしなさいよ)
(いやいや無茶言うなよ)
(暗いのは苦手なのよねぇ。全く、なんでこんな事で揉めてるんだか)
(人にも色々事情があるのさ。調停者と一緒だよ)
(ハイハイ、分かってるわ)
ダイナはリオンの愚痴を聞きつつ、セレムルスの口から露わになるユーリとボタン、リコリスの能力へと耳を傾ける。
「ほーん、ボタンはほぼハナが言ってた通りだな。リコリスは予想通り……と言うか、元冒険者だっけかアイツは」
「らしいな。確認は遅れるが、そう変わる物でも無いだろう」
「で、ユーリの方はワケわからんな。【侵入者】なんて聞いた事ないぞ。セレムルス、何か知ってるか?」
「元帥が知らないスキルを、私では知る由もありませんね」
「そか。ジナやリナリアはどうだ?」
「ううん、私も分からないなぁ。希少な固有スキルである事には間違いないだろうけど」
【侵入者】か。物騒なスキルの名前だが、あの精霊がそんなものを持ってるとは。
ダイナがそう思っていた時、頭の中でリオンが声を荒げる。
(な、な、な)
(ん?)
(なんですってェッ!?)
「オワッ!?」
余りの声量に、ダイナはつい声を出してしまった。
「ど、どうしたのダイナくん」
「あはは、いや、何でもないさ」
「ハハ、どうせ寝てたんだろ? 退屈だもんな」
「シーラ!」
オクナがシーラを咎めているが、今は茶化してくれたシーラに感謝する。
皆がこっちを見ていたが、直ぐに元の話に戻っていった。アブナイアブナイ……。
(ご、ごめんなさい。私ったらつい……)
(いや、良いよ。それよりも、どうしたんだ?)
(……その【侵入者】ってスキル。少し不味いわ)
(それ程に危険な物なのか?)
あののんびりとしたユーリなら問題無いように思えるが、リオンがこういった声色で話す事はあまり無く、深刻であると捉えダイナは真面目に聞き質す。
(危険は一切無いわ。でもね、そのスキルの所為で、私達の素性が割れかねないわね。いや、もうバレているかも)
(それは転生者とか、調停者とかそう言った意味で?)
(そうよ。あのスキルはね、他者の【念話】を聞き取る事が出来るの)
(念話傍受なんてあるのか。……って、まさか)
(ええ、私達の会話も当然盗み聞き出来るのよ。参ったわね……まさかあのスキルを持ってる奴がいるなんて)
目には見えないが、リオンが頭を抱えているのが目に浮かぶ。姿を見た事は無いが。
確かに、それなら以前ハナが言っていた事も理解できる。
自身のスキルである【古生物学者】を、ハナが言い当てた時だ。あのスキルは秘蔵しており、先程言った通りルビア達に視られた以外は露見していない。
パーティメンバーである3人には伝えてあるが、当日出会ったばかりのハナに漏らす訳も無く、どうやって知ったんだと気にはなっていたが、これで合点がいく。
(下手すると、リコリスという幻獣にも伝わってるのか)
(まぁ、それは良いわよ。問題はユーリって精霊と、あの女の子ね。あの子達はダメ、迂闊が過ぎる)
(ハハ、確かに)
(笑い事じゃない!!)
当人の前で思わず口から漏らすくらいには迂闊である。下手すると、関係者以外にも伝わってしまう。
これがスキルの件で収まれば問題は無いが、転生者としての情報まで聞いてるとなると、話が別だ。
(俺達さ、その日何か重要な事話してたっけ?)
(そんなの覚えてたら苦労しないわよ。タダでさえ、不測の事態が起きて切羽詰まってたんだから)
(だよな。少なくとも、スキルの事は知ってるんだ、他のもバレてると思っていいかもな)
(……仕方ないわね、こっちから接触するしかないわ。最悪は――)
(ちょっと待ってくれ)
物騒な事を言う前に、ダイナがリオンの言葉を遮った。
(そう急くのはリオンの悪い癖だ。まずは会って、話を聞こう。ジナさんの家に居候しているらしいし、後で訊ねてみよう)
(……そうね。でも、相手の出方次第では覚悟しておきなさい。貴方は正義の味方って訳じゃないんだから)
(それは、まぁ、分かってる。でも、何となくあの子は平気な気がするな)
ダイナはお気楽に、という訳でもないが、リオン程深刻に考えてはいなかった。あの子は前線まで赴き、ユーリが負傷した際は体を張って守っている。あれが偽りの行動であるとは思えなかった。
今日にでも、話を聞くべきだろう。ダイナはそう思いながら、ハナの事を考えていた。